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関西人Z 投稿日:2002/02/27(水) 16:18

短編第5弾 「社長は若い女性」

「みんな、ちょっと聞いてほしいんやけど」
部屋内に彼女の声がこだますると同時に、緊張が走る。
「最近たるんでるんちゃうか?もっと頑張って業績伸ばさなリストラされるで」
椅子から立ち上がり、歩きながらみんなに言いかける。
「これは社長命令や。しっかり働け!」

彼女の名前は中澤裕子。30歳を前にして社長になった人だ。

中澤さんが社長になってからかなり厳しくなったが、業績は確実に伸びていた。
しかし、その厳しさが故にほとんどの人が彼女を嫌っていた。
俺は別に嫌いではなかった、むしろ尊敬している。
だが、少しだけ苦手だったりする。

俺はまだ2年目だが、しっかり働いてこの会社に貢献できればいいと常に思っていた。

昼休みのこと。
数人の仲間と昼飯を食っていると、その中の一人が言い出した。
「なあ、中澤社長のことどう思う?」
「何だよ急に」
「だってよ、今日もそうだけど厳しすぎねーか」
「まあな、確かに厳しい」
「関西弁がまた厳しさを増してるよな」
『だよなー』
俺以外の奴らが同意している。
確かに関西弁はキツく聞こえるだろう。
俺も関西生まれで、東京に引っ越してから何年か経つ。
だから関西以外の人が関西弁を聞くと、言葉がキツいと言うのがそれなりに分かる。

その後も話は続いたが、俺はその話題には入らず飯を食い続けた。 

「ただいまー」
誰もいない部屋に帰ると寂しい。
しかし時間が経つと慣れるもんだ。男だからだろうか・・・。
寝間着に着替え、オレンジジュースの缶を手にベットに座る。
タバコも吸えない、酒も好んで飲まない。
他人から見れば子供だろうな。

午後10時を過ぎた辺り。
風呂でも入ろうかと思い立ち上がると、携帯が鳴った。

「もしもし」
「おー、我が部下!元気かー?」
「え?な、中澤社長ですか?」
「そうや、中澤社長やでー!」
一瞬誰だか分からなかった。
「一体どのようなご用でしょうか?」
「今な、新年会の3次会で使ったカクテルバー覚えてる?そこで飲んでんねん」
少し嫌な予感がする・・・。
「はあ・・・」「ほんでな、あんたも今すぐ来てくれへん?」
「今すぐですか?」「うん、ええやろ?」
「いや、でもですね−」「ほな待ってるから」
プッ ツーツー
言い返す前に電話を切られてしまった。

あまり行きたくなかったが、逆らうと後が怖い。
「・・・着替えて行くか」

到着したのは家を出てから20分ぐらいだろうか。
店に入るとカウンターで一人飲んでいる中澤社長を見つけた。
「遅くなってすみません」
一言謝りながら、隣に座る。
「・・・」
何の反応も示さない。
「?社長、どうしたんですか」
そう訊くと、こちらを振り返って言った。

「社長やと?誰が社長やねん」
顔がほんのりと赤い。
(よ、酔ってるよ・・・)
「私は裕子って名前やろ、忘れたんか?」
「ちゃんと覚えてますよ」
「ほんならちゃんと名前で呼ばんかい!」
だんだんと言葉が荒れてくる。
静かな店だけに声が響き、当然みんな見てくる。
「わ、わかりましたから、どうか落ち着いて下さい裕子さん」
名前を言うと、急に笑顔になり
「ん、わかった」
と答えた。

俺は既に嫌な汗をかいていた。

「にしても、この店も飽きたな。別の所に行こか」
「別の所って?」
「せやなぁ・・・、あんたの家なんてどうや?」
「ぼ、僕の家ですか?」
「何や、彼女とかおって都合悪いんか?」
「いや、別に彼女とかはいないんですけど・・・」
「ほんならええやん。よっしゃ、すぐ行こ」
勘定を払うと、裕子さんは僕の腕を引っ張っていった。
(マジで行くのかよ、ハァ〜)

「なんや、素っ気ない部屋やな」
(人の家に来て速攻で文句か)
帰ってくる途中コンビニで買った酒をテーブルの上に置いて座る。
「ほな早速飲もか。かんぱーい」
既に酔っているためテンションが高い。

酒をあまり飲まない俺にとって、酔える人が少し羨ましかった。

「そういえばあんた、関西出身やったよな」
「ええ、そうですけど」
酎ハイを少し飲みながら答えた。
「何で関西弁で喋らへんねん」
「何でっていわれても」
「関西人やったら関西弁で喋らんかい。男やろ!」
ここでまたとやかく言うと怒り出すと思ったので素直に従うことにした。
「わかりました、そうさせて貰います」
「そうか、素直に言うこと聞く子は好きやでー」
そう言ってニコニコしながら俺の頭を撫でた。
あまり嬉しくない・・・。
「で、どこの生まれなん?」
「僕はですね−」


しばらくたわいのない話をしていた。
その時、
「・・・グスッ」
裕子さんが急に涙を流した。
「ど、どないしたんすか?」
「いや、久しぶりに関西弁が聞けたから、なんか嬉しくて。
 すまんな、社長が泣いたらあかんわ」
涙を拭きながら続ける。

「私はな、いっぱい頑張ってん。頑張って頑張って、そしたら社長にまでなった。
 社長になったらなったで今度は部下を引っ張っていかなあかんから余計に頑張った。
 でもな、私が頑張れば頑張るほど、みんな私を避けていくんや」
「・・・」
「知ってるんよ、私が社内で何て言われてるんか。
『女のくせにでしゃばるんじゃない』『あいつのやり方は厳しすぎる』って。
 あんたもその口やろ?」
「いや、僕はそんなこと−」「ウソつけ!!」
立ち上がり、大声を出す。
「なんや、あんたもあの人みたいに良いように言うて去っていくんか!?」
(え?)
「私が社長やからってだけで近づいて、合わへん思たら離れていくんか!」
(何か話が滅茶苦茶になってきたな)
いまいち話が見えてこなかったが、とりあえず今は落ち着かせないといけない。

「もう辛い事は嫌や!こんな辛いんやったら社長辞めたる!」
「とりあえず落ち着いて、座って下さい」
肩を抱きなだめながら座らせようとした。
「離せアホ!私に触るんやない」
と言いだし暴れ出した。
あまりに言うことを聞かないので俺は・・・。

―プチッ

キレた。

「ええかげんにせえ!」

パンッ

俺は裕子さんの頬を叩いた。

「・・・」
叩かれた左頬に手を当て、俺を睨み付ける裕子さん。
しかしそれにひるまずに言った。もう歳上や社長なんて関係ない。

「ちゃんと人の話を聞け。俺はな、確かにあんたのことは苦手や。
 でもな、避けてるつもりはない。俺は俺なりに尊敬してる」
「・・・」
「ほんでな、辛いんやったら泣けばええやろ。社長やから泣いたらあかん?
 誰が決めたそんなこと!泣く場所がなかったらここに来ればええやろ。
 俺がいくらでも慰めたるわ!」

(ハッ!!)
そこまで言って俺は冷静さを取り戻した。
この時ほどキレたのを後悔したことはない。
1度キレるととんでもない事を言ってしまうのだ。

恐る恐る裕子さんの顔を見てみる。
「・・・」
黙って俯いていた。
(しまった!どうしよう・・・)
急いでどうフォローしようか考ていると、

「・・・」
裕子さんが無言で近づいてきた。

(しばかれるかなぁ)

俺は覚悟を決めた。

「・・・なあ」
「は、はい?」
「しばらく、あんたの胸で泣いていい?」
「え?」
突然言われ、すぐに反応できなかった。
そんな俺の返事を待たず、裕子さんは俺に抱きつき、
「ウッウッ・・・ウワー!!」
大声で泣き出した。

俺は少しビックリしたが、裕子さんの頭をずっと撫でていた。

「・・・半年前に彼氏と別れてん」
裕子さんがポツリと喋りだした。

「付き合って2年くらいやったかな。
 そのあと私は仕事に打ち込んだ。でもな、ほんまは辛かってん。
 どこに行っても社長という仮面が外されへんかったから」

少しぬるくなったビールを喉に流し込む。
「誰かに甘えたかった、私を支えて欲しかった。それが正直な気持ち。
 だからさっきあんたが『泣けばいい』て言うてくれたんが嬉しかった。
 ありがとうな」
「別に、御礼を言われることをやったわけやないんですけど」
「まあいいやん。ところで、今何時?」
「えっと」
壁に掛けてある時計に目をやる。

「3時ですね」
「そうか、もうそんな時間か・・・。泊まっていっていい?」
「へ?」
何かの聞き間違いか?
「どうせ明日は会社休みやし、酒飲んだから車乗って帰られへんし。ええやろ?」
上目遣いで言ってくる。
(確かに休みやけど、マズイんちゃうかな)
などと思っていると、
「何よー、さっきの優しさはなんやったんよー」
と今度は怒りモード。
「わ、わかりました。泊まっていっていいです」
結局押し切られてしまった。

「じゃあですね・・・」
タンスから、Tシャツと寝間着に使えるズボンを出した。
「これ使って下さい。いつまでもスーツ姿は辛いでしょうし」
「お、ありがと。気が利くな」
「じゃあトイレ行ってきますから、その間に着替えといて下さい」
そう言い残し、部屋を出た。

トイレに行き、意味もなく台所の片づけをして時間を稼いだ。

5分以上経ち部屋に戻ると、着替えを済ませた裕子さんがベットにもたれ掛かり眠っていた。
多分泣いたのと今までの疲れが一気に出たのだろう。
「スー・・・スー・・・」
(・・・ベットで寝かせるか)
抱きかかえると、以外に軽くビックリした。

そっとベットの上に寝かせ、掛け布団をかけてやる。
「スー・・・スー・・・」
その寝顔は、こういうのもなんだがとても可愛いらしかった。

(すごい疲れてたんやろうな。あれだけ厳しいのも社長としての重圧、
 彼氏と別れてからの頑張りと孤独、他にも色んなモノを抱えてやってきたんやろうな)
「俺が少しでも手助けすれば、負担も軽くなるんかな・・・」

しばらく寝顔を見ていると、こっちも眠くなってきた。
「ふぁぁ、もう寝よ」
欠伸をかみ殺し、電気を消して、ベットにもたれ掛かり眠りについた。

・・・・・・

「くー・・・くー・・・」
「・・・優しい子やな、ほんま」
「くー・・・くー・・・」
「あんたみたいな人が側にいてくれれば、私は頑張れる」
「くー・・・くー・・・」
「いつまでも・・・、私の横におってな」

 ―チュッ

「ん・・・・・・くー」
「起きたらデートしよな。・・・おやすみ」

・・・・・・

〜END〜