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silent suzuka 投稿日:2002/03/05(火) 09:54

??「おい!子供が倒れているぞ!」
??「早く運ぶんだ!」

 ……俺は目を開いたらベッドの上にいた。

??「せんせー!気が付きましたよー!」

 ………

先生「やあ気が付いたかね。」

 ………先生?ここは学校か…?

先生「まぁ何があったかは知らないがゆっくり休みなさい。」

 ………

先生「無理にしゃべらなくてもいい、
  後で話してもらえればそれでいい。」

 ………

 そういうとその人は俺の元から去った。

??「テキ、様子はどうでした?」
先生「健康状態はいいみたいなんだけど……」

 この人との出会いが俺の人生を大きく変えるとは
 夢にも思わなかった……

 そして昼過ぎ―

先生「やあ、昼飯でも食べながら聞いてくれ。」

 というと俺の目の前には昼飯が置かれた。

先生「君の素性はあえて聞かない、
  ただ君の両親はどうしたか聞きたい。」

 ……親ねぇ………

 俺は首を横に振った。

先生「そうか君も独りか……」

 君も?

先生「いや実は私もね………」

 その後この人は自分の生い立ちについて話し始めた。

 両親がある日突然いなくなり路頭をさまよっていた所、
 ここの先代に拾われ(今は亡くなっているとのことだ)
 暮らしていると……

 その先代の意思を引き継ぎ孤児の引取りをやっているという事も…

先生「だから君みたいな子はどうしてもほっとけなくてねぇ…」

 ………

潤「……お、俺は岡崎潤と言います………」
赤川「…そうか、私は赤川亨と言うもんだ。
  ここで調教師をやっているんだ。」

 なるほど…だから先生と呼ばれているのか……

 …しかし俺はこれからどうしたらいいんだろう…?

赤川「ちょっとついて来なさい。」
潤「は、はい…」

 俺は赤川さんの後をついていった。

赤川「私は調教師をやっているとさっき言ったね?」
潤「はい…」
赤川「もし差し支えがなかったら、私の手伝いをしてみないかね?
  君の身の振りが決まるまででいいから?」

 …まぁタダメシ食らうのも居心地悪いしな……

潤「何をするかわからないけど…」
赤川「かまわないよ、
  ……あっ、あの娘見えるかな?」

 と突然前の方にいる女の子を指差した。

潤「はぁ……あの娘が何か?」
赤川「実はあの娘も孤児でね……」

 赤川さんが言うには両親が死んでしまい引き取り手がいなかったため
 赤川さんが引き取ったという。

 パッって見た感じ俺と年齢は近いみたいだ。

赤川「潤君紹介しよう、安倍なつみちゃんだ。」

赤川「この子は岡崎潤と言う子だ。
  なつみちゃんと同じ境遇の子だ、仲良くしてやってくれ。」
安倍「よろしくね、潤君。」

 ……(ペコ)

赤川「じゃあ、他行くからついて来なさい。」

 その場を後にし、赤川さんの後をついて行った。

赤川「馬見るの初めてかね?」

 (コク)

赤川「まぁそうだろうね。」

 まぁな、フツーの人間は見ないもんだからな。

赤川「これからは厩務員達の手伝いをしていってほしいんだ。」

 ……別にいいけど………

赤川「まぁそんな不安な顔をしないでくれよ。
  水を運んだりとか、藁を運んだりとかの簡単な作業から入るから。」

 フーン……“それだけ”なら簡単ですね。

 さていつまで続くやら……

 夕食を終えた後俺は赤川さんを呼び、
 自分の素性を明かすことにした。

 黙っていてもしょうがない、いつかは話さなければならないことだ。

潤「僕は1年ぐらい前に両親に捨てられました…
 朝起きたら家には何もなく、誰一人いませんでした……」
赤川「……」
潤「当時僕は中1だったのですが、学校の先生に相談して身の振りを決めました。
 いわゆる孤児院に入ったのです。」
赤川「ほう…」
潤「ところがそこの孤児院がひどくて、
 暴力あり・絶食ありみたいなところだったんです。」
赤川「何でそんなところが孤児院として続いているの?」

潤「経営者が……国会議員の息子らしくて……その…」

 こう話すと赤川さんは呆れ顔を見せた。

潤「学校でも周りの人間や先生達も避け始めて……
 まぁ、いわゆるいじめも始まりましたし………」

 赤川さんは辛そうな顔をしたが俺は話を続けた。

潤「まぁ僕みたいな家庭事情の人間をかばったり助けたりするやつもいるはずなく、
 孤児院にも居られないから、死ぬ覚悟で出てきました。」
赤川「……もういいよ…十分だよ…」

 俺は無視して話を続けた。

潤「生きるために色んな事をしてきました、大半は犯罪ですけど。
 ……そしてここにたどり着きました、ここが最期かなと思い……」

 無表情に語っていた俺に反して、赤川さんは涙を浮かべていた。

赤川「わかったよ……もう…」
潤「………そうですか、明日から朝早いのでそれでは…」

 少し赤川さんに申し訳ないと思いつつ俺は部屋を出た。

安倍「……はっ」

 何でこいつがこんなところに居るんだ?

潤「(……まぁいいや…)」

 俺は無視して自分の部屋に戻ろうとした、

安倍「あ……ご、ごめん…聞くつもりは……」

 何か向こうは慌ててた様子だったがそんなの無視して俺は足を進めた。

安倍「(わわわ…)に、似たもの同士仲良くしようね……」
潤「…………(プイッ)」

 気を使ったような言葉だったがそんなの無視して俺は部屋に戻った。

安倍「(………何か……やりずらいなぁ…)」

安倍はその場で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

―それからしばらくたったある日、

厩務員「先生。」
赤川「何、池田君?」

 2人はあるところで話し込んでいた。

池田「潤君すごいですね、昔どっかで馬に携わっていたんじゃないですか?」
赤川「そうだな……私も正直言ってかなり驚いている…」
池田「馬の考えてることが分かってるみたいですよね………」

 そういえばこんな事がった。

池田「ほら!行くぞ!」

 池田さんが強引に引っ張るが、その馬はなかなか馬場入りをしない、
 つまり調教を開始できない。

潤「珍しいですね、こいつが嫌がるなんて。」
池田「潤君、一緒に引っ張ってくれ。」

 と、

潤「……待った、こいつ……脚を痛がってます…」
池田「え?」

 調教を開始する前厩務員は馬の具合をチェックするので、
 そんなことはないと思ったに違いない。

池田「……そうかな…」
潤「……」

 池田さんが再び足元を調べていると……

池田「あっ、爪が微妙に割れてる……」
潤「じゃあ、止めですね。調教……」

池田「……とか数えたらきりがないくらいですよ。」
赤川「そうだな……」

池田「後、やることを言いつける前に行動してることが多いんですよ。
  “気がきいてる”と言えばそれまでなんでしょうけど、
  逆にこちらの考えてることを見透かされてるようで何か………」
赤川「……お前もそうか…」

 と、

潤「何やってるんですか?」

 2人が話し込んでいるのを不思議に思い、俺は話し掛けた。

池田「い、いや……」
赤川「これからのローテーションとかについて話していたんだよ。」

 ……

潤「(俺のことについて話していたんだな……)」

 俺に隠し事は通用しないよ、2人とも。

潤「おい、そこちゃんとやっとけよ。」
安倍「うん。」

 俺と安倍は小屋の整備をしていた。
 ガキ2人に整備させるなんて………人手足りないのか…?

潤「(イラッ)そーじゃねーだろ、ちゃんとしてくれよ。」
安倍「ご、ごめん……潤……」

 ピクッ、

潤「謝るくらいならちゃんとしとけ。」

 俺よりも経験があるのに安倍のヘタッピー振りに
 俺のイライラは募る一方だった。

潤「(ふー終わった終わった)」

 俺の区分が終わりさっさと帰ろうとすると、

安倍「あー……こっちまだ終わらないからちょっと手伝ってくんない……」
潤「(゚Д゚)ハァ?自分の区分くらい自分でやれよ。」

 俺はそう言い残しその場を去った。

安倍「(〜〜〜手伝ってくれたっていいじゃん!ケチ!)」

潤「誰がケチだ?」
安倍「(え?え?どうして?)(;● ´ ー ` ●)」

 女ってのは感情がすぐに顔に出るから…………

 それから月日がたったある日、

赤川「なあ、潤君。この仕事にはなれたかい?」
潤「ええ、馬の心理を読まなければならない仕事なんで、
 僕向きの仕事かもしれませんね。」

 ……

赤川「……なぁ、騎手になってみないか?」
潤「え?誰がですか?」
赤川「君だよ潤君。君なら騎手になれるよ。」

 俺は赤川さんの言っていることは悪ふざけと思った。

潤「僕はコネもないですし、乗馬経験もないですし、
 学校も行ってないからダメじゃないですか?」
赤川「いや、ウチみたいな地方競馬なんて適当よ。
  潤君だったら大丈夫だよ、私が保証する。」

 ……よく考えたらン年間もリーディングトレーナーを張っている
 人に言われているんだよね………本気かも…

潤「じゃあこれから乗馬のトレーニング積まないといけませんね〜」
赤川「それなら心配ないよ、近くにそういう場所あるから。」

 ……まぢかい…

潤「そ、その前に書類審査で引っかかるんじゃないですか?」
赤川「その辺はよーく言っておくよ、心配しないでくれ。」

 いけないんだー♪いけないんだー♪そんなこと〜
 ム○ヲとおんなじじゃん、やってること。

安倍「騎手になるんだって?」

 赤川さんとの会話を聞いていたのか
 こう俺に尋ねてきた。

潤「………だったらなんだよ…」

 俺は同年代の女というのは嫌いである。
 前の学校にいた時、真っ先に俺をいじめだしたのが女だからだ。
 男の方は別にそんなことはなかったのだが、
 女共に嫌われたくなかったのか、男共は日に日に俺を邪険に扱い始めたのだ。

 だから女相手にいちいち話したくないし、
 顔も合わせたくない。

 極端な話を言えば同じ空気を吸っているだけでヘドが出る。

安倍「がんばってね、応援するから。」

 てめーになんか応援してもらわなくて結構だ。

安倍「私、できるだけ潤の協力するからね!」

 ……

潤「じゃあ今後俺の周りをウロチョロするな。」

安倍「な、なによその言い草!ひどいじゃない!」
潤「フン。」

安倍「私が何したって言うの!?」

 ……

潤「オメーは馴れ馴れしいんだよ。潤、潤ってな……」
安倍「そ、それは仲良く……」

 安倍の話を遮ってこう答えた。

潤「周りの大人はお前に気を使って仲良くしてるかも知れねーけど、
 俺は馴れ馴れしくされるのが大嫌いなんだ。
 少しはお前に気を使ってる周りを見習うんだな。」

 俺は不愉快だったので即座にその場を去った。

安倍「(……そうだったの?私が周りに迷惑を……?)」

 安倍はその場で立ちすくんでしまった。

 自分の行為が周りのみんなに気を使わせてしまったこと、

 自分の行為が潤を怒らせてしまったこと―

赤川「どうしたの?そんな難しい顔をして?」
安倍「えっ?」

 考え込んでいた安倍に赤川が声をかけた。

安倍「いや……あのですね……」

 安倍は潤に言われたことを赤川に話した。

赤川「そんなことないよ(w」
安倍「えっ?」

赤川「潤君はただなつみちゃんが仲良くしようとすることに警戒してるだけだよ。」
安倍「???」

 安倍は何を言ってるかサパーリという表情だった。

赤川「潤君はね、なつみちゃんと仲良くなることが怖いんだよ。
  仲良くなってもいつの日か裏切られるんじゃないかってね……」
安倍「私はそんなことしません!( ● ` へ ´ ●)プンプン!」

 安倍は顔を赤くし強く反論した。

赤川「そっ、だからなつみちゃんは今のままでいいんだよ、
  潤君の閉ざされたここを開くのはなつみちゃん次第だよ。」
安倍「(そうか……)分かりました!ありがとうございました!」

 赤川に礼を言い、足取り軽く安倍はその場を去った。

赤川「(………正直、なつみちゃんには難しいかもな……)」

 潤の硬く閉ざされた心を同年代である安倍にといてもらうと言うのは
 正直難しいだろうと赤川は感じていた。

 そして数年後、赤川の計らいもあり(?)潤は見事試験に合格し競馬学校へ。

 2年後無事に卒業しデビューを迎えた。

??「よう、潤、初勝利おめでとう。」
潤「オウ、( ´∀`)オマエモナー安斉。」

 安斉とは同期のジョッキーだ、

潤「一番人気で快勝とはおめでてぇな。」
安斉「何いってんだい、お前最低人気で勝ったじゃねーか。」

 安斉は親父の安斉厩舎の所属、俺は赤川厩舎の所属。

 安斉はいい馬を廻してもらえるが、
 俺は下から数えた方が早い人気の馬しか乗れない。
 
 人気馬は全てベテランジョッキーに行くからだ。

潤「新人でリーディングジョッキーもいいんじゃねーの?」
安斉「バカ言え、んなことできるか。」

 こいつの親類は全てと言っていいほど競馬に関わっている。

 しかしこいつは全くと言っていいほど飾りっ気のないやつだ。
 しかも腕も立つ奴なのに……

 学校でもこいつの腕はずば抜けていた、いや、抜けすぎていた。

 天才とはこいつの為にあるのだろうと思うくらい…

 数年経っても変わらないのがコイツ、

安倍「あ、潤!」

 馬の手入れをしている手を止め、俺を呼び止めた。

潤「………」
安倍「どう?」

 ……ダメだ…進歩がねぇ………

潤「…舐めた手入れしてんじゃねーよ、ボケが。」
安倍「えっ。」

 俺は安倍のブラッシングを横取りして、
 自らの手で手入れをしなおした。

安倍「わっ、すっごい……」
潤「オメーもこれぐらいできないと困るんだよ。」

 馬の手入れを厩務員が騎手よりできなくてどうする?

安倍「じゃあ教えてよ、潤。」

 バカか、コイツは。

潤「騎手の俺に聞いてどーするんだよ!他の厩務員に聞け!」
安倍「同じ厩舎の人間なのに………ブツブツ」

赤川「(あの2人は進歩がないなぁ……)」

 安斉はその天才振りを如何なく発揮し、
 新人にしてリーディングジョッキーに立つ。(勝率.308 連対率.496)

 一方、潤は乗り馬に恵まれずベスト10にすら食い込めなかった、
 (勝率.136 連対率.257)

 しかし、潤の凄さはコアな地元ファンには浸透していた。

 安斉の平均連対人気が2.3番人気に対して、
 潤の平均連対人気が7.6番人気となっており、
 一部の地元のファンの間では
 「7・8番人気の岡崎は買い。」と言う言葉が生まれていた。

安斉「おい、潤ちょっといいか?」
潤「オウ、なんじゃい?」

 俺たち2人は調教も終わり一息ついていた。

潤「今度、特指(注1)で中央に行くんだって?いいねぇ〜。」
※注1…特別指定交流競走の事。中央競馬の認定競走を勝った馬の特典である。

安斉「まぁいいけどよぉ…」
潤「重賞とかに騎乗依頼無いの?」
安斉「……一応ある…人気無いと思うけど。」
潤「おっいいねぇ〜。勝った日には有名人ってか。」

 ガチャ、

安斉「先生おつかれさまです!」
潤「お疲れ様です。」
赤川「あっ、そのままでいいよ。」

 入ってきた赤川さんは、立った安斉に対して座るように命じた。

赤川「潤君、日向君が落馬したのは知ってるよね?」

 日向とは赤川厩舎所属のベテランジョッキーである。
 つまり、おれの先輩にあたる人である。

潤「はい、知っていますけど、何か?」

赤川「日向君が怪我したから今度の特指、潤君行ってくれないか?」

潤「もちろん行きますよ、誰が断りますか。」
赤川「そうか行ってくれるか、じゃあ決定な。」

 そう言い、赤川さんは去った。

安斉「あっはっはっはっ!やったな潤!」
潤「バカ、不謹慎なこと言うなよ。」

 しかし、俺はうれしかった。

 ガチャ、

安倍「潤、特指に行けるんだって!?」

 そこに安倍が乱入してきた、

安斉「そうだよー、なつみさんも行くの?」
安倍「そうなんですよー!担当していた馬が行くから
   私も行くみたいなんですー!」
潤「(全くなんでだよ……ブツブツ)」

安倍「それじゃあねー潤。(ガチャ)」

 安倍は出て行った。

潤「ふーっ…」

安斉「…おい、潤」
潤「ん?」

安斉「お前……なつみさんのこと好きだろ?」

潤「ぶっ!」

 俺は飲んでいたお茶を思いっきり噴出した。

安斉「その動揺ぶりはビンゴ?!(キタナイケド)」

潤「お前なぁ、そんなこと言われれば誰だって噴出すわ!
  だーれがあんな能無しの豚をすきになるかっつーの!
  あいつのおかげでいつも迷惑かかってるっつーの!!!」

安斉「フッフッフッ…どうやらお前は知らんようだな…」
潤「あ?何が?」
安斉「赤川厩舎の安倍なつみと言えば知らん奴はいない…
   あの超カワイイなつみさんは若手ジョッキーの間では憧れの的だ。」
潤「あっそう、それで?」
安斉「(ガクッ)それでそんなお前もそうじゃ…」

潤「あんな奴いくらでもお前にやるわー!!」

 めげずに安斉は反論する、

安斉「お前はとても取っ付きにくいが、一旦親しくなれば話しやすいものだ…
   しかし、なぜお前はなつみさんに対してだけ辛くあたるのだ!?
   お前は嫌いな奴に対してはトコトン無視をするタイプじゃないか、
   もしなつみさんが嫌いならそうするべきじゃないのか?
   なぜなつみさんにだけあんなに辛くあたるのだ!?」

 う……安斉の奴やるではないか……

安斉「そんな風なお前は俺ははじめて見た、だからって訳じゃないけど、
   お前はなつみさんに特別な感情を抱いてるのは確かだろ!?」

潤「……いーや、それはない…」

 俺は安斉の猛追に対して何とか持ち越した。

 ガタッ

 突然、風も無いのにドアががたつく音がした。

安斉「あ、なつみさんじゃん。」

 安斉は窓の外を見ながらこう言った。

潤「何ぃー!!」

 今までの話全部聞かれていたってことか!?

潤「あのやろー盗み聞きとはフテエやろうだ!」

 怒り心頭な俺を横目に安斉は、

安斉「いーじゃない、別に。」
潤「あ?」

安斉「これを機会になつみさんに本当の気持ちを伝えてみたら…」

 (#-_-)/~~~~ピシッ!

安斉「いてぇ!鞭で殴る奴があるか!」
潤「殴られるような事をする奴が悪い。」

 (#-_-)/~~~~ピシッ!ピシッ!

安斉「ぎゃあ!いてぇってば!!」

赤川「.。oO(なるほど、そう言う事だったのか…) 」

赤川「あ、潤君。ちょっといいかい?」
潤「はい。」

 赤川さんが俺を呼び止めた。

赤川「なぁ、これからなつみちゃんと一緒に馬の世話してくれないか?」

 はぁ?いったい何を言い出すと思えば…

潤「俺、そんなにできませんよ。」
赤川「空いている時間の合間を縫ってやってくれればいいよ。」
潤「なんで俺なんですか?」
赤川「君もまだ若いから騎乗技術だけでなく、
  他のことも学んでほしい。」

 ………どうやら安倍と一緒にさせたいらしいな……

潤「……わかりました、そうさせてもらいます。」

 俺はとりあえず渋々ながら首を縦に振ってその場を去った。

赤川「(これで何とかならないかな……)」

 そして特指の日がやってきた。

 俺は中山競馬場へ、安斉は阪神競馬場へ向かった。

 特指のレース自体は俺は4番人気で3着、
 安斉は8番人気で見事1着だった。

 安斉は他の平場のレースも勝ち、2勝をあげて
 大阪杯(GU)に向かった。

 一方俺は特指以外のレースの騎乗依頼もなく、
 今日は0勝のまま終わるのかと思いきや……

潤「(ん?何か騒がしいなぁ……)」

 中山のメインレース(ダービー卿チャレンジトロフィー(GV))を前に
 北村宏騎手が落馬してしまい、調教師が慌てて他の騎手を探していた。

潤「(誰が乗るんだろ……)」

 とまるで他人事のようにボケーっとしていたら…

調教師「あ、岡崎君、11Rの騎乗お願いできないかね?」

 へっ?

潤「えっ……いいんですか……?」
調教師「頼むよ、いいかい?」
潤「はい、わかりました…」

 ピンポンパンポ〜ン♪

 「騎手の変更についてお知らせします。
 中山競馬場11レース、北村宏騎手は落馬負傷のため
 岡崎潤騎手に変更となりました。」

赤川「えっ!潤君が…」
安倍「重賞騎乗……」

―阪神競馬場、

安斉「うそぉ……あいつも乗るの……」

 しかし、そんな事に気を止めているものはいなかった、
 15頭中12番人気のためであろうか。

係員「とま〜〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜〜」

 パドックの周回が終わり、騎手が騎乗し始めた。

潤「作戦はどうしますか?」
調教師「任せるよ、君の思う通りに乗ってくれ。」
潤「いいんですか?」
調教師「構わないよ。」

 他に馬の個性について2、3触れただけで話は終わってしまった。
 そのまま地下馬道をくぐり抜け、返し馬に入った。

潤「(さて、どうしようかな……)」

 俺は重賞というプレッシャーは感じなかった、
 むしろどう騎乗しようかで頭がいっぱいだった。

赤川「大丈夫かな……いきなり重賞だ何て…」
安倍「あーなんかこっちまで緊張しちゃうよ……」

 …こちらの方がプレッシャーを感じていたようです……

 返し馬の最中も俺はどう騎乗しようか考え込んでいた、
 周りには一言二言喋っている騎手もいたが、俺はそんな相手などいるわけない。

潤「(どうしようか…)」

 テキ(調教師の事)が言うには
 ・気性がよい
 ・スタートがよい
 ・でもなかなか勝ちきれない(←どうしろって)
 って言うし………どうしようかな……

調教師「先生、岡崎君借りましたよ。」
赤川「!?何と………やっぱり君かね……佐木君…」
安倍「知り合いですか?」

 なぜ中央の調教師と面識が?と言う安倍の表情だった。

佐木「昔、先生の下で働いていた事があったんですよ。」
赤川「ずいぶん出世したな……佐木。」

 もうすぐスタートだというのに先ほどの緊張感はどこへやらと言う感じだった。

 と、重賞のファンファーレが鳴り響いた。
 http://silentsuzuka.hoops.ne.jp/G3.mp3

安倍「えっ……潤ってどれですか…?」
佐木「黒い帽子の3番ダイヤフラッシュってやつだよ。」

赤川「(さぁ〜芝での潤君の力を見せてもらうよ)」

スターター「出ろー」

 ガチャン!!

実況「スタートしました。ほとんどそろったスタートです。
   まず先行争いは……内から3番ダイヤフラッシュが先頭へ伺おうとしております。
   鞍上は北村宏から地方の岡崎潤に替わっております…」

佐木「!?ハナにたつのか?」
赤川「今までどういう競馬してたの?」
佐木「だいだいいつも中段くらいから…」
赤川「なるほどね…」

 潤は馬の気性が良い場合はあまり位置取りを気にせずに競馬をする、
 スローなら前へ、ハイペースなら後ろへと言う事ぐらいしか気を使わない。
 このメンバーだとスロー濃厚だから自然と前へ行ったのだろうと赤川は思った。

安倍「(潤………がんばって……)」

 安倍は独り、手を組んで祈るような気持ちで観戦していた。

実況「……どうやら3番ダイヤフラッシュがハナにたった模様です。
   それから3、4馬身離れて2番手以下がギュっと固まっております…」

赤川「こりゃいい。」
佐木「は?」
赤川「潤君はスローでハナにたって引き離して逃げると大抵勝ってしまうからさぁ。」
佐木「まぁ…それができれば大抵勝つのでは…?」
赤川「それが潤君の場合だと勝手が違うんだよね、なつみちゃん?」

安倍「…」

 しかし、安倍は聞こえていないのか全く返答しなかった、
 小刻みに震えながらレースをじーっと観戦していた。

実況「さぁ600の標識をきりました。以前先頭はダイヤフラッシュ、5・6馬身のリード」

 コーナーを曲がり、直線に近づくにつれてスタンドから大歓声があがっていった。

赤川「よし!いいぞ!」
佐木「(どーかなー…)」
安倍「行けー!!」

実況「直線に入りました。先頭はまだダイヤフラッシュ!3・4馬身のリード!
   2番手はタイキルビー!その外からミホカラノテガミ!
   さらにその外からダンがのびてきている!」

安倍「行け行け!!」

実況「坂を駆け上がる!先頭はダイヤフラッシュまだ先頭!
   追いすがるように外からミホカラノテガミ!内でタイキルビーが粘っている!」

赤川「がんばれ!後一息だ!」

実況「ダイヤフラッシュが先頭!2番手はミホカラノテガミ!その後ろからタイキルビー!
   先頭はダイヤフラッシュ半馬身リードでゴールイン!」

 差を詰められながらも何とか1着でゴールインしたのは3人にはわかっていた。

赤川「わー!わー!ほんとに勝っちまった!」
安倍「キタ━━━━━━( ● ´ ー ` ● )━━━━━━ !!!!!」

佐木「(あ…赤川先生……(・・;))」

 この2人はまるで自分達の馬が勝った方のような喜びようだった、
 馬主や佐木はその2人のリアクションに驚きを隠せない表情だった。

 その後の大阪杯は安斉は8番人気で12着だった。

 帰ってきてから俺と安斉の2人で重賞制覇の祝杯をあげていた。

安斉「おめでとう、潤」
潤「ありがとう…」

 軽く飲酒し、杯を交わした。

安斉「しっかしワカンネーもんだな……」
潤「俺なんてグリーンベルト通ってただけだぜ。」

 中山競馬場の内ラチ沿いの馬場はかなり良かったのでそこを通った、

 ただそれだけの事だ。

安斉「だからって逃げきれるかよ。」
潤「あんなの誰でも逃げきれるよ。」

 結果はともかく、騎乗についてはそんなに滅多な事はしていないと思うのだが…

安斉「……(あ、)俺もう行くわ。」
潤「え?もう…?」

 あまりにも早すぎるお開きに俺は訳が分からなかった。

潤「ああ……行っちゃった…」

 と、

安倍「……潤…?」

 月の明かりに照らされながら安倍が俺の前に現れた。

潤「……」
安倍「……」

 数分間全く会話が無かった。

 俺は話す気は無かったが、向こうは機会を何度かうかがってたようだ。

安倍「………お、おめでとう…潤」

 ようやく安倍が口を開いた、

潤「ああ……」

安倍「……」

 また会話が無くなった。

安倍「……こ、これから一緒にやるから……よろしくね…」

 そういえば俺はコイツと一緒に馬の世話をしていくんだった、
 すっかり忘れていた。

潤「お前がヘマしなければな。」
安倍「しない………しないから…………っと…」

 安倍は適当な事が思い浮かばず、その後の言葉に詰まってしまった、

潤「自分の発言に責任持てよ、いいな。」

 俺はこういい残しその場を去った。

安倍「………(うん………わかったよ…)」

 安倍は一瞬、ほんの少しでも潤と心が通った事に満足していた。

 そして潤19歳、12月の事だった―

 既に2歳馬が続々デビューしている中、
 厩舎には数頭未出走の馬がいた。

赤川「なぁ潤君、今週この馬に乗ってくれないか?」

 と言って、安倍が担当している馬を指した。

潤「コイツですか……」

 コイツの名は“サイレントスズカ”
 どうやって馬名審査を通ったんだろうという感じの名前だ。

赤川「とりあえずレースに出してみてどんな感じか見てみたいんだ。」

 コイツに関してはあまりいいことを聞いていない。
 調教でいいタイムを出すと言う事も無く、
 周りの言うことをよく聞くというわけでもなく、
 何となくつかみ所の無い奴だと周囲は言っている。

潤「フーン……分かりました、
  おい安倍、よく手入れしとけよ。」

 横にいた安倍に俺は激を飛ばした。

安倍「はーい、しっかり仕上げとくからね。」
赤川「頼んだよなつみちゃん。」

 と、頼んだものの、

赤川「(多分ダメだろうなぁ…)」

 長年調教師をやっている赤川はそう捉えていた。

 そしてサイレントスズカのデビュー戦となった。

赤川「じゃあ、あまりムリしないように。」
潤「はい、じゃあ行って来ます。」

 俺はそう言い残し返し馬に入った、

 現在9頭立ての9番人気、最低人気のようだ。

 そしてスタートとなった、

 ガチャン!!

実況「スタートしました、1番サイレントスズカが良いスタートを切りました。
   …サイレントスズカがそのままハナを切った模様です、
   1・2馬身後方にライデンスマッシュとなっています。」

赤川「(…ハナに行ったか……)」
安倍「(潤、どうするのかな……?)」

 それほど離さず逃げ、1馬身のリードのまま4コーナーを迎えた、

実況「先頭はサイレントスズカのままで直線、
   先頭はサイレントスズカ、2番手はライデンスマッシュ、
   3番手以下はちょ〜っと伸びないか?
   先頭はサイレントスズカ、ライデンスマッシュがじりじり差を詰める、
   差はわずか半馬身、ライデンスマッシュが懸命に追う!
   しかし先頭はサイレントスズカ、サイレントスズカ1着でゴールイン!
   勝ったのは最低人気のサイレントスズカ、
   岡崎潤してやったりという感じです。」

安倍「わー!やったー!」
赤川「……ポカーン…」

 素直に勝ちを喜んでいた安倍と、何で勝ったんだろうという驚きの表情の赤川、
 2人対照的な表情をしていた。

 ―レース後

赤川「いやぁ〜まさか勝つとは…」

 未だに勝ったことが不思議な様子の赤川、

潤「次、どこ使う予定ですか?」

 赤川とは対照的にサバサバとした表情の潤であった。

赤川「えっ…と……どうしよう?」

 勝つとは考えていなかったから次のレースなんて考えているわけが無い、

潤「じゃあ、“登竜門”にしませんか、次?」
赤川「(ぶっ!)登竜門?!」

 登竜門とは1月始めに行われる中央のトライアルレースに出るためのレースである、
 ここで勝った馬は皐月賞のトライアルレースに出走する権利が与えられる。

赤川「ゆ、勇気あるね……」
潤「何言ってるんですか、こいつなら中央の重賞取れますよ。」
赤川「き、気持ちは分かるけど…1勝の身で登竜門ってのはちょっと…」
潤「勝てますよ、コイツなら勝てますからお願いします。」

 珍しく、潤が頭を下げてお願いに挙がった。

赤川「……分かった、登録はしとくから頭上げてよ。」

 さすがに潤に頭を下げられては参った表情の赤川であった。

潤「本当ですか?絶対に勝ちますからお願いします。」

 珍しく熱意のこもっていた潤であった。

 サイレントスズカの次走が登竜門に決まった日の事であった。

潤「(相変わらず手入れが下手糞だなー)」

 などといつもの事を思いながら安倍が行ったサイレントスズカの手入れを
 俺がし直していると、

安倍「またあなたですか?結構です!」

 何か向こうの方から安倍の怒鳴り声が聞こえてきた、
 何だ?

??「ねー、いーじゃない、1回で良いからさぁー」

 …………ん?この声は、

安倍「もー!潤、助けてー」

 安倍が駆け足で俺の後ろに隠れた、

??「ねぇ待ってよ………あっ!」
潤「(……あのバカ何してんだか…)」

 やっぱりバカ業腹だ。

業腹「おいてめぇ、なつみちゃんをこっちによこしな!」
潤「逃げられるような事をする人には引き渡せません。」

 業腹……コイツは親父が調教師だということをいい事に
 恵まれた馬しかまわしてない。
 しかも親父は県競馬組合の長なだけにかなり厄介である。

 一番タチが悪いのはコイツがその権力をいいように(もちろん悪い意味で)
 扱っているという点である。
 でも、腕の方は至ってヘタッピーである。

業腹「あぁ!?てめぇ誰に向かって口を聞いてんだ!」
潤「あなたしかいません。」

 こいつは自分が気に食わないと思った奴に対して因縁をつけたがる、
 俺はそれに選ばれてしまったようで。

 何でも、
 「駄馬にしか乗ってねぇくせに勝ちすぎだ」
 だってよ。プッ

業腹「ははーん……お前もなつみちゃんのこと好きなんだな?!」

 ………

潤「………」
安倍「(えっ?)………」

 ( ..)ヾ ポリポリ……

潤「べ━━( ´_ゝ`)━━つにぃ━━」
安倍「(;● ´ ー ` ●))ガクッ」

潤「登竜門へ向けてコイツの調整してるんだ、とっととドッカ行ってください。」
業腹「プッ、こんな駄馬で登竜門出ようなんて10年早いんだよ!」
潤「少なくともキャッスルクエストより強いけど。」

 キャッスルクエストとは業腹のお手馬である。
 4戦4勝で登竜門へ出る大本命の一角である。

業腹「バカか、寝言は寝てから言え……………
   …………そうだ…(ニヤリ)」

 業腹のイヤラシイ笑みが出てきた、
 大体この笑みが出るときは良からぬことを思いついた時だ。

業腹「今度の登竜門で勝った方がなつみちゃんを物に出来るってことでどうだ?」
安倍「そんなのイヤー!!!」

 当たり前だが全面否定する安倍に対して、

潤「アッソ」
安倍「コラ!私をなんだと思ってるの!?」
潤「馬の手入れも満足に出来ない人。」
安倍「ムキー!!」

業腹「コラァ!人の話聞け!」

 …おっと、そんな話すっかり忘れていますた。

 ……

安倍「………サイレントスズカ…強いんだよね?」
潤「当たり前な事聞くな。」

 ……

安倍「……いいわ、潤が勝ったらもう二度と私の前に現れないなら。」
業腹「やった、ただもらいだぜ。ヒャッハハ……」

 不快になる笑いを発しながら業腹は去っていった、

安倍「スズカ強いから勝てるんだよね!?」
潤「強いとは言ったけど、誰も勝てるとは一言も言ってないぜ。」

 ……

 ナンダベソレ!(ポカポカ!)( ● T ー T ●)//~~"/(#-_-)イテェナ…

 何はどうであれ、安倍を賭けたレースが徐々に近づいてきた…

 ―そしてレース当日、

関東の方→http://silentsuzuka.hoops.ne.jp/kantouST.mp3
関西の方→http://silentsuzuka.hoops.ne.jp/kansaiST.mp3
これを聞きながら↓の実況を読むと気分が出ると思われ。

実況「今日のメインレースは登竜門特別です。
   優勝馬には中央競馬の皐月賞のトライアルレースに出れる権利が与えられます。
   今年は頭数が揃いました、フルゲート14頭で争われます登竜門特別、
   断然の1番人気は4戦4勝のキャッスルクエスト、鞍上は業腹ジョッキー
   現在の手元のオッズでは単勝1.1倍となっております、
   2番人気以降はだいぶ割れている模様です。
   発想時刻までしばらくお待ちください。」

 パドックでは珍しく安倍と赤川の2人引きであった、
 これで何となく安倍の意気込みが伝わってくるものである。

安倍「ちょっとー、全然人気無いけど大丈夫なのー!?」
潤「さぁ?人気は客が決める事だろ?」
赤川「まぁ人気が無いのはしょうがないけど、勝てるんだよね?」

 安倍と赤川の2人はまだサイレントスズカかこのレースに勝てるか疑問視していた、

潤「競馬は人気でやるもんじゃないよ、実力でやるんだよ。」

 そう言い放ちそのまま返し馬に入った。

安倍「もー!人事(ひとごと)だと思ってぇー!!」
赤川「……競馬は人気でやるじゃない…………か…」

 独り熱くなっている安倍を尻目に赤川は潤のさっきの一言に心奪われていた。

安斉「おい、潤。」

 輪乗りの最中、安斉が俺に話し掛けてきた、

安斉「お前いい馬に乗せてもらったな、俺には分かるよ。」
潤「そうか?」

安斉「ここで宣言する、俺はお前マークで行くからな。」

 単勝1.1倍のキャッスルクエストを尻目に天才の宣戦布告だった、
 もちろん周りのジョッキーは皆目を丸くして驚いていた。

業腹「へっ、安斉もヤキが回ったか。」
安斉「黙れ、お前の相場眼が腐ってるだけだ。」

 安斉は普段とても好青年だが、
 競馬になるとこっちが怖くなるくらい口が悪くなる。

 そして各馬ゲートインとなった。

安斉「覚悟しろよ、潤。」
潤「5番人気が12番人気に対して言う事か?」
業腹「(コイツら……よくも俺を無視しやがって…)」

 ガチャン!

実況「スタートしました、ちょっとバラバラっとしたスタートであります、
   先行争いは……内からサイレントスズカが大方の予想通り行こうとしています、
   2番手にキングマーマン、いたいたその後ろ3番手にキャッスルクエスト、
   今日は比較的前の方での競馬であります。」

池田「ハナに立ちましたね、先生。」
赤川「そうだね、どうするのかな?」
安倍「え?何も指示してないんですか?」

 赤川はさも当たり前のように、

赤川「してない。」
安倍「え゛ー!!」
池田「先生良いんですか!?こんな大事なレースで?!」
赤川「良いんじゃない?人気ないし、潤君に任せておけば。」

 2人とは対照的に赤川はあっけらかんとしていた。

潤「(業腹は3番手か……早目に付けたか………)

 潤はさらに後ろを見た。

潤「(……安斉は………アレ?…どこだあいつ?)」

 マークするといっていた安斉は潤の目の届く範囲にはいなかった、
 てっきり馬体を併せて来ると思っていた潤にとって予想外の出来事だった。

実況「…最後方はスタートの悪かったロケットエンジンです、
   安斉は最後方からの競馬を選びました、
   安斉マジックがこの位置から炸裂するんでしょうか?」

実況「800mを切りました、さぁこのあたりから各馬ジワジワと追い上げます。
   キャッスルクエストが早くも2番手に上がっていきました、
   サイレントスズカに馬体を併せに行きます。」

安倍「どーするのー、潤!?」
池田「あわわ、早めに来られた……あっ!」

 ワァァ!!

 と、いきなり大歓声が上がった、

実況「おっと!外からロケットエンジンが物凄い勢いで上がってきます!
   一気に3番手までポジションを上げてきました!」

 サイレントスズカとキャッスルクエストとロケットエンジンが4コーナー手前で
 馬体を併せる格好になった、

実況「内にサイレントスズカ、外にロケットエンジン間からキャッスルクエストという
   体勢で直線を向かえます、先頭はサイレントスズカ半馬身差でキャッスルクエスト、
   ほとんど差が無くロケットエンジンが詰めて来ている!」

 ほとんどの人間はサイレントスズカが後退して、間からキャッスルクエストが伸びて、
 連れてロケットエンジンが伸びてくると思っていた、
 安倍、池田、もしかしたら赤川もそう思っていたかもしれない、

 だが―

実況「内でサイレントスズカまだ粘っている!キャッスルクエストが一気に交わすか!?
   ロケットエンジンがジワッジワッと伸びてきている!」

安倍「あ゛ー!!」
池田「(やられる!)」

 もうこの2人は既に諦めていた表情だった、

実況「サイレントスズカまだ粘る、ロケットエンジンが2番手に進出!
   キャッスルクエストちょっと動きが悪いぞ?!」

 この実況に周囲の状況は一変する、

業腹「くっ!おいどうした?!」
潤「(もう伸びないか…)」
安斉「バーカ、自分で潰れに行ってどうするんだよ。」

 業腹の右鞭も虚しく、キャッスルクエストはズルズルと後退していく、

業腹「なんだと、安斉!?」
安斉「お前に構ってる暇はねぇ、じゃあな。」

 安斉の左鞭が入りさらにロケットエンジンは伸びようとしていた、

実況「キャッスルクエストはズルズル後退!後方からも何も来ない、前2頭の勝負だ!」

 残り200m、潤と安斉の一騎打ちになっていた。

安斉「(やっぱりコイツは長くいい脚を使う…後はこっからどうかだ…)」

実況「200mを切った!先頭はわずかにサイレントスズカ、
   外から、外から安斉とロケットエンジンが襲い掛かる!」

安斉「(800mからずっと突っつかれぱなしだったんだ、そろそろ脚が止まるはずだ!)」

潤「あめえよ、安斉。」
安斉「(え?)」

実況「内からサイレントスズカが突き放す、あっという間に差がついた、
   差が見る見る広がるサイレントスズカ既に独走態勢!
   3〜4馬身リードを広げた、サイレントスズカ1着でゴールイン!
   2着はロケットエンジン、3着はキャッスルクエストが何とか確保といった感じです。
   確定までお手持ちの勝ち馬投票権はどうかお捨てにならずにお待ちください。」

安倍「……!?」
池田「……!?」
赤川「何だありゃあ……!?」

 3人ともゴール前の瞬発力にただただ目を丸くするばかりだった、

 ザワザワ……

客「おい……一体幾らつくんだ…?」

 ピンポンパンポ〜ン♪

単勝 A22,670
複勝 A2,760 J480 D100
枠複 A-F25,300  枠単 A-F66,670
馬複 A-J153,690 馬単 A-J356,410

 キャッスルクエストの1本被りが生んだ高配当だった。

安倍「やった!やった!」

 満面の笑みで帰ってきた潤を迎えた安倍であった。

潤「バカ。」

 素っ気なさ過ぎる潤の返事にも安倍の表情が曇る事は無かった、

赤川「おめでとう潤君、君の言うとおりだったね。」
潤「次は弥生賞ですよ、赤川さん。」
赤川「よし、分かった。」

 すると安斉が近づいてきた、

安斉「いややっぱり強かったな、俺の目に狂いは無かったよ。」
潤「ま、そう言っとかないとなお前は。」
池田「どういうことだい?」

 潤は安斉が自分をマークして競馬したのを話した。

池田「へぇ〜」

 池田とその周りは大変感心した様子だった、
 そりゃサイレントスズカが勝つなんて誰も考えていなかったのだから。

安斉「芝でもいけると思いますよ。」
赤川「ありがとう、弥生賞がんばるよ。」

 2人はがっちり握手を交わした。

業腹「……」

 不思議な顔をした業腹がようやく引き上げてきた。

業腹「おい安斉、“自分で潰れに行ってどうするんだよ。”ってどう言う事だ!?」

 業腹が安斉に詰め寄った、

安斉「自分の馬の事わかんないのか?だったら説明しても無駄だ。」
業腹「なにぃ!」

 自分のお手馬なのに安斉が自分より馬の事について知っている事が腹に立っているようだ。

赤川「業腹君やめないか、」
潤「八つ当たりはよくねぇぞ。」
業腹「ケッ!」

 周りが止めに入り、業腹は渋々引き上げた。

安斉「……まぁいいや…それにしても良かったな。」
潤「そう誉めんなよ、安斉。」

安斉「なつみちゃん取られなくて(-。-) ボソッ」
潤「氏ね。」
安倍「( ● ´ ー ` ● )?」

 ってかなんでこいつが知ってるんだ?

潤「何で知ってんだよ、そんな事?」
安斉「あんな馬鹿でかい声で喋ってれば誰だって。」

 安斉は俺のもとから離れ安倍に近づいた、

安斉「いやーよかったね〜……」
安倍「うん、とっても!」

 徐々に2人は遠ざかる、

安斉「…………」
安倍「……!…………!」

 くそっ、離れててよく会話が聞こえん。

 後で安斉氏なす。

 ―そして3月、サイレントスズカと潤は弥生賞へ駒を進めていた。

赤川「ついにここまで来たか……」

 赤川は自分の馬が中央のクラシックに進めた喜びに浸っていた、

安倍「先生、それにしても人が多いですね……」

 そりゃそうだ、今2人がいるパドックには数え切れない人がいた、
 地方のパドックとはケタが違う。

 とま〜れ〜!

 独特のとまれの掛け声がかかり、それぞれ騎手がお手馬に散った、

赤川「潤君、頼むから3着までに入って皐月賞の権利を取ってくれ、
   そうでなければ……」
潤「大丈夫ですよ、任せてください。」
安倍「頼んだよ……!」

 しかし現実は甘くなかった、
 この3歳世代にはパンドラという怪物とタガノモンスターの怪物対決、
 超良血ヒカリノハヤサの3強対決に注目が集まっていた。
 各陣営は続々回避し7頭立てになっていた。

 もちろんサイレントスズカは7番人気だった。

 http://silentsuzuka.hoops.ne.jp/G3.mp3

 ファンファーレが鳴り響き早くもゲート入りとなった。

実況「さぁ小頭数の7頭早くも収まりました。」
スターター「出ろー」

 ガチャン!!

実況「スタートしました、そろったスタートであります。
   ……まだ横一線であります。」

 お互いが牽制しあいまだ7頭横一線、
 誰が逃げるんだという感じだった。

実況「……どうやらパンドラが先頭に立つ模様でしょうか…?
   ほとんど差が無くタガノモンスター…1馬身後にマイネルジン、
   レッドデビルが半馬身外そのすぐ後方にロードスキャン、
   3馬身はなれてここにヒカリノハヤサです。そのすぐ外に最後方から
   サイレントスズカ地方からの参戦です、今年の弥生賞はこれで全部7頭。」

安倍「う、後ろから!?」
赤川「超スローになりそうなのになぁ…」

 普段スローのときは逃げる事が多い潤だが、
 今日は最後方という珍しい位置取りを取っていた。

実況「さぁそろそろ1000の標識を……通過しました、
   1分2秒!かなりのスローペースで各馬第3コーナーを向かえます。」

 誰もが予想していたとおり超スローの展開となった、
 しかし、サイレントスズカは3コーナーの時点でまだ最後方だった。

実況「そとからスーッとヒカリノハヤサが上がってきました、
   タガノモンスターがパンドラと馬体を併せに行きます、
   マイネルジンちょっと後退加減か?
   サイレントスズカがまだ最後方といった体制で600の標識を通過しました。」

安倍「早く早く〜」
赤川「(ダメかなこれは……)」

 超スローの展開で最後方、誰もが前3頭の争いと思っていた、

実況「人気馬3頭が馬体を併せる格好で直線を向かえます、
   先頭はパンドラその外にタガノモンスターさらに外からヒカリノハヤサ!
   3頭の叩き合いだ!」

 3頭横一線、激しい叩き合いとなった、
 サイレントスズカは後ろの方でもがいていた、

実況「真ん中からタガノモンスターが頭一つ抜け出した、パンドラはもう伸びないか!?
   外からヒカリノハヤサが食い下がる、後ろからはもう何も来ないか?」

安倍「(もう……だめなの……)」
赤川「……」

 2人は諦めモードの表情だった、
 恐らくサイレントスズカの馬券を買っていた人もそう思っていただろう。

 坂の途中パンドラが下がり、タガノモンスターとヒカリノハヤサの2頭の叩き合いとなっていた、

実況「この2頭の競り合いとなったタガノモンスターわずかに先頭、
   2番手にヒカリノハヤサ懸命に食い下がる!」

客「…うおっ!後ろから何かくるぞ!」

実況「う……後ろから何とサイレントスズカが物凄い勢いでやってきた!
   前3頭を捕らえ切れるか!?坂の頂上タガノモンスターが先頭、
   2番手外からヒカリノハヤサ内でパンドラが粘っている!
   サイレントスズカ一気に伸びてきた!前3頭に馬体を併せる形でゴールイン!
   最後方から地方のサイレントスズカ直線一気の脚を見せました。」

安倍「どどどどうなったの!?」
赤川「………さぁ……」

 と、場内ターフビジョンにスローVTRが流れた、

 わぁぁぁぁぁ………!!

実況「………どうやらタガノモンスターが体制有利でしょうか?
   2着は……微妙です、内にパンドラ外にヒカリノハヤサ間にサイレントスズカ
   この3頭の2着争いとなっております、
   確定までお手持ちの勝ち馬投票権はどうかお捨てにならずにお待ちください。」

 掲示板には5着の番号だけが点滅していて、
 1〜4着まで[写]の文字が映し出されていた。

 5分後確定の赤ランプが点灯した、

 サイレントスズカは3着だった。

赤川「いやぁ〜ドキドキしたよ!」
潤「でも勝てませんでした……すいません…」
赤川「何いってんの、皐月賞に出れるんだからいいよ!」

 珍しく赤川さんは興奮した様子で話し掛けていた、
 やっぱりクラシックは調教師にとって特別なものなのか。

潤「やはり初めての芝ということで戸惑っていました、いつもより手ごたえが悪かったです。」
赤川「そうか……やっぱりそういうもんなのか…」

 赤川さんは一瞬渋い顔をしたが、

赤川「まぁいい、次(皐月賞)も頼むよ。」
潤「え?俺が乗るんですか?」
赤川「当たり前じゃん、潤君が乗らなくて誰が乗るの?」

 全てが……全てがうまくいっていた……

 ここまでは……

 次の日、弥生賞の潤の騎乗を見たサイレントスズカの馬主が怒鳴り込んできた、

 勝つ競馬ではなく、着を拾いに行く競馬に激怒したらしい。

赤川「申し訳ございません、あれは私の指示でやらせた事です。」
馬主「権利が取れたからいいもの、4着以下だったらどうする気だった!?」

 この馬主は日本でも有数の富豪であり、
 ゆえに少しワンマンぶりな所が目立つ人間であった。

赤川「そ、それは……」
馬主「ええい、そんな馬鹿げた指示に従ったジョッキーもジョッキーだ!
   皐月賞では乗り代わりを命じる!」
赤川「サイレントは潤君ではないと……」
馬主「それなら皐月賞には出さん!転厩する!」

 この馬主に逆らったら何をされるか分からない、
 現にやり合った調教師の所には馬が全く来なくなり廃業に追い込まれた、
 この馬主を敵に回す事は全ての馬主を敵に回すのと一緒なのだ。

赤川「……」

 赤川は相当悩んだだろう、廃業に追い込まれれば
 厩務員・潤・安倍の生活が失われる事になる、
 しかし、乗り代わりで全てが救われるならと………

赤川「……分かりました…次は…」

 赤川がジョッキーの名前を挙げようとしたとき、

馬主「柴田善臣に依頼する、もう既に頼んである。」
 
 ここから微妙に歯車が狂い始めた……

赤川「本当に申し訳ない!」

 赤川は理由を潤に話し、地べたに頭をこすりつけた。

潤「赤川さん……頭を上げてくださいよ……」
赤川「私が…あんな事言わなければ………」

 潤は乗り代わりのことより、土下座されている事に困り果てていた。

潤「しょうがないですよ、次の為にサイレントをきっちり仕上げましょうよ。」
赤川「………潤君……すまない……」

 潤の一言に赤川はようやく顔を上げた、

潤「さぁ戻りま……」

 センセー!!

赤川「!?池田君どうした?」

 突然、池田が大声で叫びながら走ってきた、

池田「先生大変です、直に…直に……」
赤川「あ、ああ…」
潤「(まさかサイレントが…!)」

 しかし駆けつけてみた所はテレビのある部屋だった、
 そこでは記者会見の様子が映し出されていた。

県知事「累積赤字に伴い、県競馬は今年いっぱいで廃止とする検討を進めております。」

 県競馬廃止の方針を打ち出した県知事の会見だった……

 調教師会会長である赤川は直に話し合いの場を確保し、取り下げの交渉を行った。

 しかし、話は平行線のまま何も解決しなかった。

 そんな状況の中皐月賞を迎えた……

実況「…さぁ直線を向かえます、先頭はタガノモンスター2馬身のリード!
   2番手にパンドラ外からヒカリノハヤサが一気に上がってきた!
   4番手以降は離された前3頭の勝負だ、内からパンドラが伸びていている
   パンドラが交わした!パンドラだパンドラが先頭だ!パンドラが1着でゴールイン!
   2馬身くらい離れて2着にタガノモンスター、3着にヒカリノハヤサ、
   やはりこの3頭が上位を占めました、4着はサイレントスズカ…でしょうか?
   確定までお手持ちの勝ち馬投票権はどうかお捨てにならずにお待ちください。」

 サイレントスズカは3着に6馬身離されて4着の入選だった。

 レース後の柴田善臣のコメント

「荒れた馬場を終始通らされたのが痛かった、
 折り合いはあっていたが、GOサインに反応してくれなかった。」

 それでもダービーの優先出走権は何とか確保したという感じだった…

 1週間後、赤川は青葉賞に登録した、
 東京コース2400mの経験を積ませようとしていた。

潤「中1週ですけど……大丈夫そうですね。」
赤川「疲れが見られないので思い切って使ってみようと思う。」

 ……ひょっとしたら赤川さんはサイレントスズカの活躍で、
 廃止の取下げを狙っているのかもしれない…中央の重賞を取れば………

赤川「……ごめんね…また柴田善臣になったんだ…」
潤「そうですか。」

 俺はサバサバとした表情で返した、

赤川「ここを勝ってダービーに望みたい………
   ダービーを勝って廃止を何とか取り下げたい……!」
潤「(やっぱりそうか……)」

 少しずれたが、重賞を勝って廃止を取り下げようとしているのは間違いなさそうだ。

潤「じゃあ私はこれで……」

 潤はその場を去った、

安倍「………先生…」
赤川「どうしたのなつみちゃん?」

 入れ替わりで安倍が赤川のもとにやってきた。

安倍「最近……潤の様子がおかしいんです…」
赤川「へぇ、そうかい?」

安倍「3月くらいからかな…騎乗回数が半分以下に減りましたし、
   サイレントに乗れなくなってから特に何か………元気が無いんです。」
赤川「まぁ…確かに最近目に見えて元気が無いよね、」

 ここ最近の潤は確かに様子がおかしかった、
 今までのような覇気がどこか薄れ、うつむき加減だった。

安倍「何で騎乗回数が減ったのですか?
   馬主さんの都合ですか…………?」
赤川「別にそういう事ではないけど何でだろうねぇ?
   私が頼んでも断られる事があるは事実かな。」

 やはりサイレントに騎乗できなくなった事が精神面で影響を与えているのだろうか?
 2人はそう考えてるように見えた。

安倍「後、全然食べなくなっているし……体重も落ち気味で……
   体調…維持できてるのかな……」
赤川「そんなに心配なら面倒みなよ、」
安倍「一応そういう事は聞いているんですけど…なかなか口を開かなくて…」
赤川「そうか……」

 と数秒間を置いた後、

赤川「まっ、サイレントに騎乗できるようになれば元に戻るでしょう、
   そのためにも馬主さんと話し合ってみるよ。」
安倍「お願いします……」

 安倍は赤川に対して深く頭を下げた。

 ―そして青葉賞当日、

 サイレントスズカは単勝3.6倍の1番人気でレースを迎えた。

実況「さぁ第4コーナーを曲がって18頭直線を迎えました、
   おっと、内の方でサイレントスズカ既に右鞭が入っているぞ!大丈夫か!?」

 ああ………

 周囲から落胆と驚きの声が上がった、

実況「1番人気サイレントスズカは最後方まで下がった!どうした!?
   全く伸びる気配が無いぞ!」

 ………

 もう既に皆々諦めた表情が前面に出ていた、

実況「先頭はビックバン!まさに直線大爆発の脚!5馬身以上のリード!
   2番手は離された!ビックバン先頭大差をつけたゴールイン!」

 サイレントスズカは直線まったくといって良いほど伸びず大差の18着に敗れた。

 レース後の柴田善臣のコメント

「スタート直後から行きたがってしまい折り合いを欠いてしまった、
 3コーナー過ぎてから手ごたえがサッパリ無かった、
 そもそも2400mは距離が長いかもしれない。」

 ダービーに向けて暗雲が立ち込めた。

潤「……」

 あたりが暗くなった頃、潤は人気(ひとけ)の無い所にいた、

潤「……くそっ!何が“距離が長いだ!”
  折り合い欠いたくせに馬のせいにするんじゃねぇ!(バキバキ!)」

 よほどサイレントスズカが負けた事が悔しかったのだろう、
 普段滅多に出さない大声を出しながら目の前の木を殴っていた。

潤「……くそっ…俺が乗っていれば……………くそっ!(ドガッ!)」

 今度は木を思いっきり蹴った、
 振動に驚いたのか鳥達が一斉に辺りの木へ散った。

潤「(……くそっ、くそっ、くそっ!)」

 まだイラつきながらも潤がその場を後にしようとしたその時、

安倍「………潤……」

 潤の目の前に安倍が立っていた。

潤「何だよ?俺を笑いに来たのか?」
安倍「……」
潤「笑いたきゃ笑えよ、みっともねぇとこ見られちまったしな。」

 足早に去ろうとする潤に

安倍「待って!」
潤「何だよ?」

安倍「どうして自分ひとりで何もかも抱え込んでるの?
   自分ひとりじゃ何も解決しないでしょ……?」
潤「お前には関係ねぇ、じゃあな。」
安倍「待って!!」

 安倍は潤の左腕をつかんで強引に食い止めた、

安倍「最近潤おかしいよ…騎乗回数が急に減ったり…元気ないし……おかしいよ!
   何も無いんだったらそんな事起こらない!!理由を話して!」

 安倍は半狂乱気味に潤に訴えた、

潤「いちいち俺に突っかかってくるんじゃねぇ!
  お友達ゴッコはもうウンザリなんだよ!(バシッ!)」
安倍「痛っ!」

 潤は左腕で安倍を吹き飛ばし、全速力でその場を去った、

安倍「………潤……」

 安倍も直に起き上がり潤の後を追いかけた、

安倍「はぁはぁ……(ガラッ)」

 安倍は潤の部屋に入った。

潤「何だよ………」
安倍「まだ話があるの。」
潤「俺には無いね。」

 いつにも増してつれない潤だった、

潤「早く出てけよ!」
安倍「………」

 安倍はふと思い出した。自分にもこういう時期があった事を。
 誰もが信じられずに他人に当り散らしていたときの事を。
 そのときの自分は他人に構って欲しかったのにイマイチ信じきれず、
 周りにあたっていた、ひょっとしたら潤もそうではないか?
 自分が潤を信じきっている事を見せ付ければ大丈夫ではないかと…

安倍「(ガバッ!)」
潤「ぅわっ!」

 突然安倍が潤に抱きついた、

安倍「………ボソボソ」
潤「……!!」

 安倍が潤の耳元で何か囁いた、

 と、同時に潤の顔色が驚きの表情に替わった。

潤「て…テキトーなこと言うんじゃねぇ!」

 強く言い返すがいつもの迫力が無い、
 ひどく動揺しているように見える。

安倍「……」

 安倍はただ黙って潤を抱きしめている、

潤「………おい!」
安倍「……抵抗しないんだね、潤…」

 安倍の言う通りだった、
 安倍が抱きついてきたが潤はそれを逃れようとはしなかった。

潤「……うっ、」
安倍「寂しかったんだよね………私には分かる…
   潤………私はいつでも潤の味方だし……………側にいるよ…」

 潤の心が徐々に困惑していくのが表情でよく分かる、
 滅多に見られない焦りの表情を浮かべている。

安倍「ずっと……ずっと…………」
潤「…………」

 潤の身体の力がフッと抜けた、

 潤はそのまま安倍に身を預けた。

 ………ん?

 ゲッ、もうこんな時間じゃん!

 潤は慌てて起き、調教の支度に入った。

潤「………おい、起きろよ…」

 潤は横で寝ていた安倍を起こした。

安倍「ぅん……?何時…?」
潤「もう3時過ぎたぞ、早く支度しろ。」

 時間を聞いた安倍は慌てて布団から出て支度に入った。

潤「……」
安倍「………」

 2人とも何故か気まずい空気のまま急いで支度をしていた。

池田「お、珍しく遅かったね〜?」
潤「すいません、目覚ましの電池が切れていました。」
池田「あはは、そりゃどうしようもないなぁ。」

 寝坊の理由を何とかごまかした潤であった。

安倍「おはようございます!」

 遅れて安倍もやってきた。

池田「(珍しい………2人が寝坊するなんてなぁ…)」

赤川「どうだい潤君、サイレントの調子は?」
潤「今7割くらいなので、ダービー当日までにはピークを迎えられるのではないでしょうか?」

 赤川はよしといった表情で順調さを感じていた。

赤川「今日どうしたの、遅れちゃって?」
潤「すいません、今後2度と無いようにします。」
赤川「なつみちゃんも遅れてきたけど………何かしてたの?」

 と、やや茶化すように赤川が話し掛けると、

潤「何もしてません!!さっ次々!」
赤川「(´-`).。oO(何もそこまで怒らなくていいのに…) 」

 近くで話を聞いていた池田は( ̄ー ̄)ニヤリ
 といった表情を浮かべていた。

 ……数日後、県競馬組合は県と話し合い次のような約束を結んだ。

1.サイレントスズカ号が日本ダービー1着の場合、5年間の無条件での県競馬継続を約束する。
2.しかし、2着以下の場合は今年度中の廃止を決定する。

 このように赤川にとって厳しい条件・プレッシャーの中ダービーを迎える事となった、

 県競馬の廃止がかかっている為、何とか自分の選んだ騎手で行きたいと馬主を説得した。

赤川「鞍上は………岡崎潤で行きます。」

 木曜日の午後、日本ダービーの枠順が決まった。

1 1  サイレントスズカ  牡3 57 岡崎潤
1 2  ビックバン     牡3 57 佐藤哲
2 3  マイネルターン   牡3 57 太宰
2 4  セクシーセクシー  牡3 57 横山典
3 5  タガノモンスター  牡3 57 藤田
3 6  ブラックジャック  牡3 57 蛯名正
4 7  ドラゴンカフェ   牡3 57 岡部
4 8  パワーショット   牡3 57 デザーモ
5 9  ヒカリノハヤサ   牡3 57 武豊
5 10 アラビアンナイト  牡3 57 安田康
6 11 カネツサンダー   牡3 57 松永幹
6 12 パンドラ      牡3 57 後藤
7 13 ウォータープルーフ 牡3 57 河内
7 14 メジロベッカム   牡3 57 吉田豊
7 15 マークマン     牡3 57 四位
8 16 サザナミ      牡3 57 江田照
8 17 バックスラッシュ  牡3 57 柴田善
8 18 アドマイヤダン   牡3 57 福永

 サイレントスズカは1枠1番、最内枠となった。

 ―そしてダービー当日、オッズは4強
 (ビックバン・タガノモンスター・ヒカリノハヤサ・パンドラ)を示していた。

 サイレントスズカは単勝126.3倍の16番人気だった……

 ダービーのパドックが始まると同時に県競馬の大型ビジョンが
 東京競馬場のパドックを映し出した。

 県の傲慢な条件を飲んでしまった赤川に怒りを覚えたものもいるが、
 条件を飲まなければ県競馬の存続は危ぶまれてしまうのは目に見えている。
 逆に1着にならなければ廃止というプレッシャーを前面に負っている
 赤川に同情を覚えるものもいた。

 彼らがどう思っていようが全て赤川に運命を委ねているのは変わらない、
 ただじっと祈る事しか出来なかった。

係員「とま〜〜〜〜〜〜〜〜れ〜〜〜〜!」

 18頭全てが止まり、18人の騎手がライン上に並んだ、

 係員の話が終わると同時に各ジョッキーは思い思いに駆け足で散っていった、

 しかし、潤は17人とは対照的に一歩一歩ゆっくりとサイレントスズカに近づいていった。

赤川「なぁ潤君、私はこんなプレッシャーの中で君を乗せたくなかった、
   だから今日は潤君の好きなように乗ってきてくれ、
   君が後で後悔しないような騎乗をしてきてくれ、
   ……それが唯一……私の指示だ………」

 やや涙声の赤川の話を潤はただ黙って聞いていた、

安倍「し…死んでも勝ってきてよね!」

潤「…ああ……死んでも勝ってきてやるよ………
  ………そして明日もいつもと同じように調教するぞ………」
 
 地下馬道を通り抜けサイレントスズカと岡崎潤は一番最後に姿をあらわした。

 輪乗りの最中に話をするものは全くいなかった、
 やはりダービーというのは特別なレースなのだろう皆顔を紅潮させ緊張気味みたいだ。

 しばらく経つとゲートインの為、18頭がゲートの前までやってきた、
 幾らGTとはいえ、観戦客もいつもとは雰囲気が違うのが伝わってくる。
 ダービーというのは調教師・厩務員・騎手・ファン………
 競馬に関わる人全てにとって特別なレースなのであろう。

 県競馬にいる調教師・厩務員・ファン、赤川・安倍……
 皆々緊張した面持ちで観戦している。
 
 しかし、潤はいつものように……いや、いつもよりも落ち着いてるように見えた、
 県競馬の廃止、ダービーという独特の雰囲気……色んなプレッシャーが潤を襲っている、
 それなのに潤は無表情に近い表情で淡々としていた。
 
 プレッシャーを感じていないのか…?
 それともプレッシャーに押し潰されそうになっているのか?

 さまざまな思いが交錯する中、GTのファンファーレが鳴り響いた、
 http://silentsuzuka.hoops.ne.jp/g1.mp3

実況「1枠1番、県競馬の運命を握っているサイレントスズカはすんなりと入りました。」

 サイレントスズカもファンファーレ・お客の大歓声に負けずに落ち着いているようだ、

実況「奇数番の各馬が順調にゲートインしているようです……
   ……ちょっとウォータープルーフが嫌がりましたが…収まりました。」

 そして偶数番の各馬が順調にゲートインを行い、最後18番アドマイヤダンとなった、

実況「偉大な兄達に続けるでしょうか、アドマイヤダン収まりました!」

 アドマイヤダンが収まると同時に場内から大歓声が沸いた、

スターター「出ろー!!」

 ガチャン!!

 ワァァァァ!!

実況「日本ダービースタートしました!」

 ついに運命のダービーがスタートした。

実況「内からサイレントスズカが好スタートを決めました、
   その他はまずまずと言ったスタートであります!
   おっと、そのままサイレントスズカが行った!4・5馬身離して先頭にたちました!」

赤川「(やはり逃げに出たか……)」

実況「2番手以下は控えました、手綱をがっちり押さえてタガノモンスターと藤田、
  藤田伸二は早め早めに前の方につけました!
  その外からドラゴンカフェ、カネツサンダー、サザナミと続いております!
  中段よりやや前の方にビックバン、パンドラは中段よりやや後ろのようです、
  そしてメジロベッカム、ウォータープルーフ……おっと、ヒカリノハヤサはシンガリ!
  武豊はシンガリを選びました!」

 この体制のまま第1コーナーを迎えた、

 うぉぉぉぉぉぉ!!

実況「場内大歓声です、サイレントスズカが既に10馬身以上離しております!
   現在タガノモンスターは2番手、ビックバンは中段よりやや前、
   パンドラは9番手くらいヒカリノハヤサは最後方といった4強であります。」

安倍「(本当に……本当に大丈夫なの……)」

 無謀とも思える大逃げに安倍は不安をぬぐいきれなかった、

 わぁぁぁぁぁ!!!

実況「まだ、まだ差が広がります!サイレントスズカのリードは15馬身以上でしょうか!?
   とても今の実況では分からないくらい大きく離しております!」

 そして1000m通過のラップタイムが表示された、

 1000メートル通過
 58秒0

実況「1000m通過は58秒0!このペースでいいのか!
   幾らなんでも早過ぎないか岡崎潤!!」

安倍「……」
赤川「信じよう、潤君はバカな騎乗はしないのは分かっているだろう。」

 この大逃げに不安を感じていた安倍に赤川は声をかけた、
 まるで自分に言い聞かせるようにも聞こえた。

実況「2番手以下は10馬身の圏内でギュっと固まっております、
   内にタガノモンスターその外にドラゴンカフェさらに外にカネツサンダー進出
   1馬身差サザナミ並んでアラビアンナイト・ブラックジャック
   ビックバンは8・9番手当たりさらにその外にマイネルターン後方にマークマン
   その内に3頭パンドラは少し下がった超良血アドマイヤダンはその内
   更に内にラチピッタリにパワーショットはデザーモさらに1馬身後方に
   メジロベッカム・ウォータープルーフ・バックスラッシュ
   半馬身後方にセクシーセクシー宣言通り後方待機、
   そしてヒカリノハヤサが最後方です!武豊はいつゴーサインを出すのでしょうか!?」

 実況が18頭全てを名前を言い終わった頃にはサイレントスズカは既に3コーナーを曲がっていた、

実況「さぁ既にサイレントスズカ1頭だけが3コーナーを曲がり終えようとしております!
   後続の各馬は大丈夫でありましょうか!?まだ約10馬身以上リードがあります!」

 全ての人達がこう思ったに違いない、
 “このまま逃げ切られるのでは……?”と。
 3コーナーでまだ差が縮まらない、県競馬の皆・安倍・赤川は期待を抱かずにはいられなかった、
 17人のジョッキー達も“このままでは……”と思った瞬間だったが……

 ピシッ!ピシッ!

実況「ああっと4コーナー手前で岡崎の右鞭が既に飛んでいる、やはりペースが速すぎたのでしょうか!?
   もうここで県競馬存続の夢は途絶えてしまうのでしょうか!?」

 スタンドから“大"の付く程の落胆の声があがった、
 県競馬の関係者は皆一様に目を伏せた。

実況「徐々に徐々にサイレントスズカのリードが縮まってまいりました、
   さぁ18頭の優駿が約8000頭の頂点を目指し直線を向かえます!」

 うわぁぁぁぁぁ!!!!!

 実況の声がかき消されんばかりの巨大な歓声がスタンドから沸いた、
 サイレントスズカのリードは10馬身もなくなっていた、

実況「先頭はまだサイレントスズカ8馬身くらいのリード、タガノモンスターが差を詰めます!
   内からビックバン!パワーショット粘っているカネツサンダーは後退加減、
   パンドラがジワジワと差を縮めてきま………おっとヒカリノハヤサがやってきた!
   パンドラに並びかける勢いです!まだ先頭はサイレントスズカ5馬身までリードが縮まった!」

安倍「………」
赤川「……最後まで見届けよう、それが私達の使命だ。」

 レースから目をそらそうとした安倍に赤川は声をかけて止めた、
 自分も本当はそうしたい、だがそれでは懸命に戦っている潤に大してあまりにも失礼だ、
 それが県競馬調教師会会長としての精一杯の努めだった。

実況「先頭はサイレントスズカまだ粘っている!2番手以降は4強が先に抜け出した格好だ!
   やはり4強か!後続の集団は伸びがあまり感じられません!」

 もうだめだ……

 誰もがサイレントスズカに対して思った事だろう。
 4コーナーで鞭が入った時点でサイレントスズカの勝ちが無くなった事は明らかだし、
 既に手ごたえが見た感じ怪しいのが手に取るように分かった。

 誰もがサイレントスズカの勝ちを諦めていた………

 赤川は何気なく双眼鏡で潤の様子をうかがった、

赤川「(チャッ)……………」
安倍「……」

赤川「……えてる………」
安倍「え?」

実況「先頭はまだサイレントスズカ!岡崎潤ここで懸命に手綱をしごく!!
   大外からヒカリノハヤサ馬体を併せてパンドラもやってくる!!
   真ん中からビックバン懸命に喰らいつく!
   タガノモンスターが徐々にサイレントスズカに追いつこうとしております!」

潤「……(ピシッ!ピシッ!)」

実況「サイレントスズカに右鞭が入る!まだ、まだ諦めません岡崎潤!!」

 サイレントスズカの様子が違う事に双眼鏡で見ていた赤川は気づく、

赤川「……う…………うそだろ…」
安倍「え?え?なにがですか先生?」

実況「おっとサイレントスズカ一気に伸びた!後続との差が広まるぞ!?
   4強は後ろで喘いでる感じだ!まだ伸びるぞサイレントスズカ!!」

安倍「そのまま!!」
赤川「何もくるんじゃねぇ!!」

実況「あっという間に差がついた!おーきくおーきく差がついた!!
   4強は来ない!絶対に来ない!差がまだ広がるぞ!!
   先頭はサイレントスズカ、夢をつないだ!!
   サイレントスズカ1着でゴールイン!!岡崎潤やりました!!!」

安倍「やったーーーーーー!!!!!」
赤川「うわーーーーーーーー!!!!!!!」

 あまりにもの出来事に何を叫んでいるか分からないくらい2人は興奮していた、

 うわぁぁぁぁああおおおおおおおお!!!!!!

 いきなり場内から巨大な歓声が沸いた、
 こちらもだいぶ興奮気味で訳が分からない歓声が沸いた、

実況「タ…タイムは2:22:1!!!信じられません、信じられないタイムです!!
   もちろん日本ダービーレコード!そして芝2400m日本レコードを更新いたしました!!!
   本当に本当に3歳馬なのでしょうか!?」

 2着は大きく離されて4強が並んで入線した、
 1着と2着の差は裕に10馬身以上はあったのは間違いないようだった。

 ザワザワ……

 人気薄が勝ってしまったので場内はしらけると思われたが、
 意外とざわついていた。

客A「何だよあのタイム…」
客B「青葉賞はなんだったんだ……」
客C「まぁ善臣はへたれと言う事で。」

 安倍と赤川の2人は既に下へ降り、潤がくるのを待ち構えていた。

武豊「おめでとう凄かったよ。」
潤「……」
武豊「?」

 あの豊が声をかけてきたが潤は無視するかのように無反応だった、

武豊「(まっ思うところがあるんだな…やっぱ。)」

 あまり深く考えず豊は引き返した。

 それから17頭引き上げたと言うのにサイレントスズカはまだ第2コーナーあたりで立ち止まっていた、
 サイレントスズカも潤もピクリとも動かなかった、

 すると……

 おっかざき!!おっかざき!!おっかざき!!

 場内から“ジョッキーコール”が起こり始めた、
 全くの人気薄なのにそれを感じさせない場内の盛り上がりだった。

潤「………(ハッ)」
サイレントスズカ「ブルル?」
潤「帰ろうか………サイレント……」

 ようやくサイレントスズカと潤はスタンドを目指して動き始めた、

 潤とサイレントスズカはゆっくりとゆっくりと
 第1コーナーへ向かった、

 おっかざき!!おっかざき!!おっかざき!!

 再び割れんばかりのジョッキーコールが起こった、
 しかし潤は手を上げたり鞭を上げたりなどコールに応える事はしなかった、
 ただゆっくりと戻ってきた、

 ドサッ、

客「えっ?」
安倍「あっ、」
赤川「!!」

 と突然ゴール板の前で潤が落馬をした、
 場内は不意を突かれ場内が一瞬静まり返った。

赤川「あああ!!(ダッ)」
安倍「せ、先生!どこに!?」

 潤が落馬すると同時に赤川はその場を離れ走り始めた、

実況「どうしたのでありましょうか?岡崎騎手が突然落馬しました、
   立ち上がろうとはしない様子です。」
解説「別に馬がチャカついたりした訳じゃないのですけどねぇ?」
実況「ええ、そのように見えたのですが…………」

 ぉわっ!!

実況「おっと場内が少しどよめいてるようですが………?」

赤川「はぁ……はぁ……(タッタッタッタッ…)」

 ターフの上を走っている赤川に場内がどよめいたようだ、
 そのまま倒れている潤に向かっていくようだ、

解説「あ、あれは赤川調教師ですね、あの走っているのは。」
実況「…どうやらそのようですね、赤川調教師が倒れている岡崎騎手の元に向かう模様です。」

各騎手「なんだなんだ?」
安倍「え?え?なになに?」

 東京競馬場にいる人々は皆訳のわからない顔をしていた、
 
 赤川以外は………

赤川「潤君………しっかりするんだ!」
潤「………あ………赤川さん…………どうし…て…」

 そこには顔色の悪い潤が倒れていた、

実況「2人で何か話し込んでいるようですが………
   ……おっと係員が近づいてまいりました。」

係員「どうしましたか?」
赤川「救急車だ!!早く!!」

 赤川の言葉に係員は驚いていた、

係員「きゅ…救急車ですか……?」
赤川「早くしろ!!命が危ないんだ!!」
係員「は、はい!」

 係員は訳もわからず赤側の勢いに押されて救急車を呼んだ、

安倍「(何が……何があったの……?)」

 何が起こったのかは安倍は分からないようだが
 良くない事が起こっていたのは感じ取れていたようだ、

実況「まだ何が2人で話し込んでいるようですね………
  ………あっと!ここで救急車が来ました!!
  ど、どうしたのでありましょうか岡崎潤!!」

サイレントスズカ「(ツンツン)」

 サイレントスズカが心配そうに鼻で潤の顔を突いた、

潤「…お前は……これから……世界に………がんば…れ……よ………」

 やっとで身体を半分起こし、右手でサイレントの鼻を“ポン”と叩こうとした瞬間…

潤「(フッ)ドサッ、」

 無常にも右手は鼻を捕らえず空振りに終わってしまい、ターフの上に完全に倒れこんでしまった、

 あぁ……!!

 潤の右手の空振りに場内から“大”のつくため息が漏れた、

赤川「早くするんだ!!」
隊員「お、おい早く運べ!」

 潤を乗せた救急車はそのまま病院へ向かった、

実況「おっと……赤川調教師も救急車に乗り込んだようです。」
解説「…同乗するって事はやっぱり何かあったんでしょうね、
   普通調教師がそういうことってしませんからね。」

安倍「どうしたんですか!!」

 安倍はサイレントスズカを引っ張ってきた係員に事情を尋ねた、

係員「いやこっちが聞きたいくらいよ、そっちこそ何か知っていないの?」

 係員も困り顔で答えていた、

安倍「………」

 安倍は何がとてつもなくいやな予感がした、理由や根拠は無いがいやな予感がした、
 何か恐怖感が襲い掛かるような気がしてたまらなかった。

安倍「び、病院はどこですか!!」
係員「あ、えーっと…主催者側に聞いてみたらどうかな…?」

 安倍はその言葉を聞きすぐさま病院を聞き出し、病院へ向かった。

 それから数時間後の事だった、

安倍「……終わらないですね…手術……」

 長い沈黙を切り裂くように安倍がつぶやいた、

赤川「なつみちゃんすまない、こうなってしまったのも私のせいなんだ……」

 赤川はさっきから同じ言葉を繰り返していた、
 安倍が色んな疑問点をぶつけてくるが帰ってくる答えは全て同じ言葉だった…

安倍(「いったい何があったんだろう……私の知らないところで何が……?)」

 出口が見つかるはずも無い問いに自ら迷い込み必死に悩んでいると、

 ガチャ

安倍・赤川「!!」

 緊急手術を終えたドクターが2人の元へやってきた。

赤川「ど、どうなりましたか……?」

ドクター「……残念ながらたった今亡くなられました………」
赤川「そ、そんな………」
安倍「……う……嘘……でしょ………?」

 がっくりしている赤川と対照的にポカンとしている安倍がいた、

 タッタッタッタッ……

池田「先生!!潤君はどうなりましたか!?」

 とそこに池田を始めとする厩務員たちが病院にたった今着いた、

赤川「亡くなったそうだ……たった今………」
池田「亡くなったって………」

 厩務員一同信じられないといった表情だった、

池田「先生!!どうして潤君は亡くなったんですか!?
   あの落馬も不自然でした!潤君は一体どうしたのですか!?」

 池田がその場全員の疑問を代表するかのように赤川に詰め寄った、

赤川「潤君は潤君は………ウッ…ウッ………」

 涙を流すばかりで答えにならなかった、
 その状況に見かねてドクターはこう答えた、

ドクター「彼は………今の医学では治らない病気に侵されていました……」

 とても話は難しかった、それくらいの難病に潤が侵されていたことは一同承知したらしい。

池田「そ、そんな病気で騎乗だなんて………」
ドクター「私も信じられませんよ、自分の命を大幅に削る行為ですよ。」
安倍「先生、潤は何で治療を……?」

赤川「治療は……薬程度だった……本当は入院しなければいけなかったけど、
   潤君が入院を拒否したんだ………」
池田「な、なぜですか?!」

 赤川は悩んでいた、潤が自分に言った理由はとんでもない事だったからだ、
 しかも潤を止める事が出来なかった自分がいるからだ。
 
池田「先生!?」
赤川「……サイレントの騎乗を放棄できないと言っていた………」
安倍「そ、そんな理由で……」
池田「なぜ先生は止めなかったんですか!?
   それになぜ我々にそんな大切な事を言わなかったのですか!?」

 かつては赤川もジョッキーだった時代がある。
 今みたいに当時は中央と地方の交流は無かった、しかし中央で騎乗したかった。
 そして数十年、自分の教え子の潤がそんな立場にいた、自分の所属の馬で。
 地方ジョッキーなら大半の人間が中央で騎乗したいと考えているだろう、
 ジョッキーの自らの手で見つけ出したサイレントスズカという才能の塊でGTを…
 そんな事を考えると自分の命を削ってまで騎乗した潤の気持ちが何となく分かる気がした。
 潤本人も絶対に周りには言わないでくれ。と言っていたのもあるが、
 そこまで賭けていた潤に対して申し訳ないような気がして周りには黙っていた………
 ……何ていえるわけが無かった。

 ―そして数日後葬儀が行われた、

 関係者ほぼ全員が葬儀に参加し、潤を見送った。

 安倍以外は…………

 潤の死後、県競馬の売上は面白いように伸びて行った、
 カク地のダービー馬ということで日増しに注目度も上がっていった。
 だがしかし……

赤川「……」
安倍「……」

 潤が死んでからというもの赤川厩舎全体に全く破棄が感じられずにいた。
 特に安倍は日増しに元気がなくなっていった。

安斉「すいませーん、赤川先生いますか?」

 とそこに安斉が訪れてきた、

赤川「なんだい安斉君?」
馬主「……(ペコ)」

 安斉の横にはあのサイレントスズカの馬主がいた、

馬主「今日はお話がありまして来ました、よろしいでしょうか?」
赤川「ええ、よろしいですよ、じゃあこちらへ……」

 赤川は応接室に2人を入れた。

赤川「で、お話というのは?」

 赤川はお茶を出しながらこう尋ねた、

馬主「はぁ…実は今後のローテーションについてお話をしようかと……」

 少し言いづらそうに話を切り出した、
 まだ潤が死んで何日もたっていないからであろうか?

赤川「……そうですね、サイレントはダービー馬ですからね……
   ちゃんと今後の事を決めとかないとマスコミがうるさいですからね……」

馬主「………あなたは岡崎君の最期の言葉を聞いた人間だ……
   申し訳ないが最期に岡崎君はサイレントについて何と言っていたか聞きたい。」

 少しためらいがあったようだが、思い切って馬主は聞いてみた。
 それを聞いた赤川の表情が苦痛にも似た表情に変わる、

赤川「……そうですね…これは直に言わねばならない事ですね…………」

 赤川は潤の最期について重い口を開いた……

 ―あれは救急車の中の出来事だった、

潤「赤川さん……サイレントは……世界に………」
赤川「もう喋るな!……喋らないでくれ……」

 潤は構わず話を続ける、

潤「もう……日本にいても…………ゴホッゴホッ!」
赤川「潤君!」
潤「奴は世界を………凱旋門………BCクラシック……ドバイ………全部制覇だ…」
赤川「そのときはもちろん君が乗るんだよな!!」

 赤川は潤が死ぬ事を否定するかのように叫んだ、

潤「………オレじゃなくて………安斉なら……安斉なら………」
赤川「……?」
潤「………」

 もうその時既に潤の息は無かったそうだ………

馬主「……」
安斉「……」
赤川「それが……潤君の最期の言葉です…」

 最後の方の赤川の声はほとんど涙声だった、

馬主「……分かりました、この秋は凱旋門を目指しましょう、鞍上は安斉君で……」

安斉「!?」
赤川「えっ!そ、それは大変な……」
馬主「金銭面のことはいい、私もバカじゃない覚悟している、
   死んでしまった岡崎君の償いもあるし私自身ダービー勝利後に遠征を考えた。
   ただ状況があんなだったために言い出しにくかったんだ。」

 赤川は黙って話を聞いていた、

馬主「凱旋門後の事は後にして、とりあえず凱旋門を目指しましょう。
   ……これが今後のローテーションです、決まり次第マスコミに発表します。」
赤川「………分かりました…それではその予定で……」

 ちょっと待った、

赤川「ど、どうしたんだい安斉君?」
安斉「遠征の際、誰を厩務員として連れて行くのですか?」
赤川「そりゃあ…ずーっと担当しているなつみちゃんに……」
安斉「だめだ、今のあいつはふぬけだ、調整が出来るわけがない。」

 確かにそうだ、今の安倍には到底無理な話かもしれない……
 赤川もどこかでそう思っていたかもしれない、

赤川「うーん……じゃあどうしようかな……」
馬主「彼女を何とかできないのか?」

 馬主の言葉に赤川が困っていると、

安斉「出来ない事もないですよ、先生が許してくれるなら。」

赤川「どういうことかね?」
安斉「今のあいつはどうしようもないくらいにふぬけだ、気持ちはわからんでもないが。
   だが、アイツ抜きでは遠征は出来ないし、それにこれからずーっとあのまんまじゃ困る。
   そうでしょう先生?」
赤川「確かにそうだけど………どうすれば……?」
安斉「だからそれを俺にやらせてください、保証は出来ませんが。」

 赤川は10秒ほど悩んだ後、

赤川「……わかった、お願いするよ。」
安斉「分かりました。」

 安斉はそう言い残し応接室を出た、

池田「おっ安斉君、どうしたの?」

 安斉は池田の言葉を無視してサイレントスズカの手入れをしている安倍に近づいた。

安斉「……おいテメェ、こんな手入れしてやる気あるんか!!」
安倍「……」
池田「あ、安斉君……落ち着いて……」

安斉「池田さんも池田さんです!こんな舐めた手入れしてるのに何も言わないんですか!?」
池田「だってなつみちゃんは今は……」
安斉「今だとか昔とか関係ねぇ、こんな手入れでレースに出せますか!?出せるんですか!?」

安倍「……(ボトッ)」
安斉「おい待てよ、コラ!」

 ブラシを捨ててその場を去ろうとした安倍を安斉が食い止めた。

安斉「こんなんで客がくると思ってんのか!?答えろよ!」
安倍「……」
安斉「テメェは潤の行為を無駄にする気か!?今俺達がこうして居られるのも潤のおかげなんだよ!
   俺たちに残された期間はたった5年だ、5年後に廃止になったら潤に顔向けできるんか?」
安倍「……」

 安倍の胸ぐらをつかみまだ怒鳴りつづける、

安斉「テメェのくだらない感傷に付き合っているほど周りはひまじゃねぇんだよ!」
池田「くだらない感傷とは何だ!なつみちゃんの気持ちを考えろ!」
安斉「じゃああんた達は潤の気持ちを考えた事あんのかよ!?
   アイツが何のために自分の命を削って騎乗したのかを、
   何のためにダービーに騎乗して勝ったのかを…………」
安倍「……」
池田「……」
安斉「ただ悲しんでもらう為だけにそんなことしたのかよ!?違うだろ!
   俺達が今すべき事は何だ!?潤は何を伝えたんだ、潤は何を残したんだ!?
   一番近くにいたテメェがよく分かっているはずだろ、答えろ!!
   岡崎潤は俺達に何を残したんだ!!」

安倍「(ポロポロ……)」

 無言の安倍の目からあふれんばかりの涙が落ちてきた。

安倍「潤は……私達に………県競馬と…サイレントを…………」
安斉「そうだ!その通りだ、分かってるじゃねぇか。
   じゃあ俺達は何をすべきなんだ、奴は何を伝えた!」

安倍「……県競馬を無くさない事………………
   ……サイレントを……サイレントを……………」
安斉「そこまで分かっているならもういい、後は俺の話を聞け。」

 安斉は安倍の胸ぐらから手を離した、同時に安倍は尻餅をつきその場に座り込んだ。

安斉「いいかよく聞け、池田さんも聞いてくれ。
   サイレントは秋にフランスへ旅立つ、凱旋門を目指して。」
池田「えっ!?」
安倍「…凱旋門……?」
安斉「そうだ、芝世界一を目指してフランスへ向かう、そして俺が乗る予定だ。
   だがな、お前がそんな状態じゃあ連れて行けねぇ、
   サイレントの厩務員はお前だ、お前がしっかりしねぇと負ける、
   お前が最高の状態にして始めてジョッキーが勝ち負けできるんだ、」
安倍「……」
安斉「ここまで言ったんだ、後は自分で考えろじゃあな。」

 安斉はその場を去った、

 ひょっとしたら潤の事を一番良く分かったいたのは安斉なのかもしれない……

 その後、サイレントスズカの海外遠征が発表された、
 予定としてはフォワ賞→凱旋門賞を予定してると発表された。

 そして8月初頭にサイレントスズカと安倍はフランスへ旅立った―

 しかし、

安倍「………」
通訳「顔色が悪いですね、具合でも悪いのですか?」
安倍「うーん……」
通訳「ちょっと病院へ行きましょうか。」

 通訳を便りに安倍は病院へ向かった、

 検査を終え2人は医者に呼び止められ部屋に入れられた、

 医者が安倍に向かって話し始めた、
 もちろんフランス語、

安倍「なんですって?」
通訳「………妊娠してる……そうです……」

 相手は潤と見てまず間違いないだろう、
 懸命な読者ならそんなシーンがあったのを覚えているはずだと思う。

 2人はとりあえず手続きを済ませ、受け入れ先の厩舎へ向かった、

安倍「……」

 車中安倍はぼんやりと車の外を眺めていた、

通訳「(変なこと考えてなきゃいいけど……)」

 妊娠していて尚且つ、その相手が潤というのを聞いて通訳は気が気ではなかった、
 変な事を思い立たれたらどうしようと頭が一杯だった、

安倍「(シングル……シングルマザーになるんだ私、なんか変な気分。)」

 しかし安倍は落ち込みや不安などという“負”の要素は不思議と無かった、
 「これからどうしよう?」ということで頭が一杯だった、
 子供の事・自分の事・サイレントの事……
 あの落ち込みようはどこへやら…という感じだった。

通訳「安倍さん着きましたよ。」

 受け入れ先の厩舎に着き調教師への挨拶をそこそこに済ませ、
 安倍はサイレントスズカのいる馬房へ向かった、

安倍「わー元気だったかー?こっちの水はうまいかー?」
通訳「(…取りあえず落ち込んでいる様子は無いかな……?)」

 安倍のはしゃぎっぷりに取りあえず安心を覚えていた通訳であった。

 そして9月、ついに欧州初戦フォワ賞となった、
 鞍上は予定通り安斉で戦う事になった。

安斉「よーし行こうか、」

 返し馬を終え、ゲート入りを待っているときであった、

安斉「……(すたっ)」

 と突然安斉が下馬をした、
 それを見た関係者は安斉の所へ集まりだした。

赤川「どうした、安斉君?」
安斉「…歩様が…少しおかしいんです……」

 サイレントスズカの脚元をじーっと見る一同、
 その中で行われているひそひそ話し、
 
安倍「(どうしたんだろ……さっきまで別になんとも…)」

 遠くから見ている安倍は気が気ではなかった、

 約3分後、一同は一斉に引き上げてきた、

 サイレントスズカの競走除外という結果で………

安倍「あ、あたしなんか変なことした!?」

 除外にパニックになっていた安倍であった、

安斉「いや、なつみちゃんは別に悪くは無いよ、きちっと仕上げてくれたよ。
   何か…返し馬に入ってからかな……違和感を感じたのは。」
赤川「ひょっとしたら深い馬場のせいで捻ったのかもしれないなぁ。」

 脚に異常があれば次の凱旋門賞はどうするのだろうか?
 一同そんな疑問が沸いて出た。

安斉「見た感じはそんなにひどくは無かったですよね?」

 一同の疑問を振り払うかのように安斉が喋った、

赤川「確かにね。凱旋門まではいくらか日にちはあるからね。」

 とりあえず軽症に一同は肩を下ろした。

 検査の結果軽いコズミという事がわかった。

※コズミ…馬の筋肉痛見たいなもの

 陣営は早急に立て直し凱旋門賞に備えた、
 フォワ賞の除外を無駄にしないためにも……

 そして10月、凱旋門賞の幕が開いた………

安斉「(馬場状態はかなり悪い方だな……)」

 発表は不良となっており、確かに悪かった、

安斉「(まぁ、コイツにはあまり関係ないけどな)」

 しかし、馬場状態に悲観する様子はなかった。

 サイレントスズカはエルコンドルパサーと同じく最内枠となっていた、
 今年は4頭強いのが登録したためか近年では珍しい10頭と少数頭での競走となった。
 
赤川「(……フォワ賞とよりはだいぶ良くなったな………)」

 さすがに赤川関係者一同は緊張の色を隠せなかった、
 注目度が日増しに高まっていくのがよく分かった。
 フォワ賞を直前で回避しただけに余計にプレッシャーがあった、
 やれる事はやった、後は天才・安斉に任せるだけとなった。

安倍「……潤は見ているかな…?」

 その場の緊張感を切り裂くように安倍が言葉を発した、

馬主「見てるさ、この馬の才能をいち早く見抜きいち早く中央の挑戦を促したんだ。
   そして海外の挑戦も促したのも彼なんだ、
   見てないわけがないよ。」
安倍「……そうですね、そうでしたよね。」

 2人のやり取りに少し場が和らいだ感じがした、
 緊張感が少し取れたようだ。

赤川「おっ、そろそろかな?」

 ……………

 ガチャン!

 サイレントスズカは好スタートを切りそのまま先頭に立った、
 テンの速さにペースメーカーは着いて行けず、競り掛ける事もできなかった。

実況「さぁサイレントスズカがそのまま先頭に立ちました、
   リードはおよそ3馬身程度でしょうか?それほど離しておりません。」

赤川「(あの感じなら勝負になるはずだ……)」

 サイレントスズカの立ち上がりに勝ち負けの確信をもった赤川であった、

 そのままサイレントスズカが逃げ、欧州独特のスローペースになった、
 誰もが決めて勝負と思い込んだ残り1000mの所であった、

実況「ここからそろそろ後続が徐々に進出していきます……
   おっと、サイレントスズカジワッジワッと後続を引き離していきます!
   あっという間に5馬身以上開いています!」

 後続がいつ仕掛けるか互いに牽制しあっている時のことであった、
 安斉がそれを見越してかは分からないがロングスパートを仕掛けて来た、

実況「さぁ残り600m切りました!先頭は相変わらずサイレントスズカです、
   リードが8馬身近くあります!?後続は追いつくのでしょうか!?
   それともサイレントスズカが逃げ切ってしまうのでしょうか!?」

 あれよあれよというまに大差がついて直線となった、
 ロンシャン競馬場の直線は約500m、坂はない。

 直線に入ってようやく後続が伸びてきた感じだった、
 しかしその差は約10馬身以上、

実況「先頭はサイレントスズカです!エルコンドルパサーの時と同じ展開です!
   あの時はモンジューの猛追で2着でした、
   しかし今回は後ろから何も来ません!サイレントスズカも衰えません!
   安斉後ろを振り向いた、まだ余裕はあるぞ!
   ……いや、もう大丈夫だ!もう大丈夫だ!
   安斉持ったままだ!楽勝、大楽勝です!
   サイレントスズカ1着でゴーーーーールイン!!!
   やりました日本の内国産馬が世界を制しました!
   サイレントスズカ芝世界一の称号を得ました!!!」

 ゴールした瞬間、日本から応援にきていた人達、
 サイレントスズカを受け入れた厩舎の関係者、そして日本から来た赤川達、
 皆一様に歓声を上げた。
 
 主戦岡崎潤の死、フォワ賞の直前の回避、海外遠征の難しさ、
 全てが報われた瞬間だった。

 しかしレース後、安斉だけは独り浮かぬ顔をしていた、
 
安斉「オーナー、お願いがあるのですが……」
馬主「安斉君どうした?こんな時にお願いって…?」

 それは表彰式が終わった時の事だった、

安斉「BCクラシックに登録してくれませんか?」

馬主「えっ!?」
赤川「BCクラシック!?」

 一同が驚いている中、安斉は話を続けた、

安斉「今日の走りで分かりました、ダートの方が2倍強いです。」
安倍「に、2倍って……」
安斉「輸送にかなり強いですし、環境の変化にも強いです、
   今日のレースの疲労度も低いです、お願いします狙うなら今なんです!」

 BCクラシック…アメリカの最高峰のレースである。
 ダート2000mの競走で、毎年ハイレベルな競走が行われる、
 アメリカのレースは超ハイペースになりやすく馬の真価が問われるレースである。
 登録料がバカ高い為よほど自信のある陣営しか参戦してこない。
 (2001年のJCDに来たリドパレスはBCクラシックの登録料を嫌ってJCDに来た)

馬主「赤川さん、アメリカ行けますか?」
赤川「ま、まぁ参戦するならやりますよ。」
馬主「サイレントスズカで好勝負になるんだよね?」
安斉「好勝負?まさか、」

 安斉の言葉に場の空気が一瞬まずくなるが…

安斉「勝ちますよ、普通の状態で普通に乗れば勝てますよ。」
馬主「……」

 数秒考え込んだ後、

馬主「…よし、アメリカへ行こう!」

 ―1ヵ月後、BCクラシック

 日本は当たり前、世界が注目をする一戦となった。
 単勝オッズが1.2倍という超超一本被りとなるほどの馬が参戦していた。
 (2番人気以降は12倍以上)
 
 その名はサイレントスズカ

 前走の凱旋門賞のブッちぎり具合を買われてこうなったのだろう、
 それにしても1.2倍って付け過ぎなのでは……
 と思っているのはダートが久々なのにと思っている日本人だけであった。
 勝負を前にしてサイレントスズカ楽勝ムードが漂っていた。

安倍「……どう?」
安斉「いいよ、だいぶいいね。」
赤川「よし、じゃあ行くか。」

 しかし、陣営は淡々としていた。
 報道陣から何を言われようといつものようにしていた。
 周りの過度の期待に負けず、普通を装っていた、
 誰一人として変なプレッシャーは感じていなかった、
 熱すぎず冷め過ぎず……いい感じで本番を迎えていた。

 サイレントスズカは大外枠からのスタートとなっていた、

安斉「(……)」

 ガシャン!

 スタートと同時に内枠の4〜5頭がブッ飛ばす、
 アメリカらしい超ハイペースがこのレースでも予想された。

観客1「おい、サイレントはどこだ!?」
観客2「えっ……あそこだよ!あんなとこだよ!」

実況「日本のサイレントスズカはどこでありましょうか………?
   な、何と後方3番手あたりです!大方の予想とは違います!」

 出遅れたのかは分からないが後方を進んでいた、
 ほとんどのレースで逃げていたので超ハイペースのこのレースでは、
 好位置・中段辺りを予想していた人が多かったに違いない、
 それだけに後方という予想外の展開にスタンドはざわめいていた。

安倍「(どうしたのかしら……)」

 不安がる安倍に対して、

赤川「(……)」

 一人落ち着き払っていた赤川であった、
 その表情には不安の色が見えなかったように見えたのは気のせいだろうか?

実況「日本の皆さんサイレントスズカは後方です、後方を進んでおります、
   安斉マジックが世界でも炸裂するのでしょうか!?
   …今1000mを59秒前半ぐらいで通過しました、
   やはり、やはり超ハイペースとなりましたBCクラシックです。」

 不安がる周りを尻目に、ここから“安斉マジック”が発動した……

実況「さぁサイレントスズカは………な、何と中段です!一気に中段まで……
   い、いや4番手…3番手…………何と先頭に並びかけました!!
   600mを切りました!あーっとサイレントスズカが先頭に立ちました!!」

 後方からの一気のマクリに場内は悲鳴にも似た歓声が上がっていた、

安倍「うぉ!!」
赤川「な、何ぃー………」

 さすがの赤川も驚きを隠せなかった、

実況「トップスピードのままサイレントスズカが3馬身のリードをつけて直線です!!
   サイレントスズカのスピードはまだ衰えません!差が広がります!!
   後方はもがいている感じだ!サイレントスズカまだ突き放します!!!」

 残り100m切ったというところで既に勝負あったという感じだった、

実況「後ろの馬達が小さくなっていきます!何と言う事だ!!
   もう後ろからは何も来ない、もう後ろからは何も来ない!!
   サイレントスズカ圧勝、ゴールイン!!
   単勝1.2倍の人気に答えました、安斉マジックが世界で炸裂しました。」

 別次元の走りに周りは大興奮、
 アメリカの一線級の馬達がケチョンケチョンにやられてボーゼン。
 サイレントスズカの走りに二極化が出来てしまった様だ。

 翌日のあるアメリカの新聞には、
 “セクレタリアトが21世紀に現れた!!”
 と見出しを打っていた。

 その後、香港国際Cに出場という予定もあったらしいが、
 これ以上無理させたくないということで早々に日本に帰ってきた。

 今年度は休養という形を取り、来年に備えた。

安倍「さてと、今日はおしまい。」

 今日の分の仕事を終えた安倍が引き上げてきた、
 もうお腹が十分に目立つようになっていた。

池田「なつみちゃん、ムリしないでね。」
安倍「ハイハイ、1月くらいに産休に入りますから。」

 重い身体を引きずりながら歩いていた時の事だった、

安倍「(あれ?あの3人何してんだろ?)」

 あの3人とは安斉・赤川・馬主の事だった、
 3人とも顔を合わせるのはBC以来の事だった。

赤川「じゃあそういうことにしましょう。」

 どうやら何か話し終えたようだ、

安倍「どうなさったんですか?」
 
 すかさず安斉が近づいた、

安斉「なつみちゃん、今度はドバイに行くよ。」

安倍「ド、ドバイぃ〜!!」
馬主「まぁ、モハメド殿下から直々に招待されているし。」

 というのは、BC終了後観戦していたモハメド殿下が馬主に近づきこう言ったのだ。
 「あの馬素晴らしいですね、今すぐここで売ってくれませんか?50億以上出します」
 うむ、恐るべしシェイク・モハメド。
 もちろん丁重に断ったが、その後直ぐに、
 「ではドバイWCに招待します、是非きてくれないでしょうか?お願いします。」
 何といきなりオファーをここで貰ってしまったという事情があった。

赤川「なつみちゃん、サイレントの状態は?」
安倍「放牧にも出していないですし、状態もいいですよ。
   レースに出そうと思えば出せるのではないでしょうか?」

 それを聞いた赤川は大きくうなずいた、

赤川「じゃあ、新春グランプリ使ってドバイに行きましょう。」
馬主「そうですね。」
安斉「決まりですね。」

 新春グランプリ…県競馬最高峰のレースである。
 今のところ県競馬に所属している馬であれば誰でも出れるレースで、
 毎年レベルの高いレースが行われるダート2000mである。
 もちろんサイレントスズカも例外ではない、定量で出れる。

(´-`).。oO(いいのか?こんなのにサイレントが出て?)

 新春グランプリの参戦を発表した翌日県競馬は大変な事となった、

 「あんな奴出てきたらレースにならないよ!!」
 という人、

 「地元のレース使うなんてもうねぇぞ!!見るぞ!!」
 という人、

 前者は県競馬の調教師、後者はファンというケースがやや見られた。
 地元の調教師は回避するのも出てきたが、
 フルゲート収まるほどの頭数は何とか揃った。

 新春グランプリ当日、県競馬には今までにないくらい人が集まってきた。
 右見ても左見ても黒山の人だかり、
 ボロいスタンドが壊れるかと思うほど人が押し寄せていた。
 もちろん売上も格段にあがっていた。

騎手1「おいおいスゲー人だな……」
騎手2「こんなに人来るのはじめて見た…」

 もちろん騎手も驚きであった。

 そして、新春グランプリの発走が近づいた。

 パドックの時から押すな押すなの大騒ぎ、一部柵が壊れてしまったとこも。
 
 もちろん一番人気はサイレントスズカ、単勝1.0倍の元返し。
 その他は全部単勝万馬券という珍事になっていた。
 窓口のおばちゃんも終日フル回転だった。

安斉「さて、行きますか。」
赤川「しっかりな、」
安倍「お願いね!」

 安倍はこのレースを終えた後、産休に入る。

 新春グランプリというより、
 サイレントスズカ壮行レースという模様を見せていた。
 もちろん観客もそうだし、場内実況もそうなっていた。

実況「世界一のサイレントスズカが今私たちの目の前で走ります、
   どうかじっくりとご覧になってください。発走までもう直ぐです。」

安斉「やれやれ、これは負けられないねぇ。」

 確かに。

 ガチャン!

実況「新春グランプリスタートしました、サイレントスズカがスーッと前に出ました、
   外から2〜3頭競り掛けに行きます。」

 好ダッシュを決めたサイレンとスズカがそのままハナを奪った、
 そうはさせまいと外から出鞭を入れて2〜3頭競りかけに来た、

実況「しかしサイレントスズカがそのままハナを奪いました、
   後続とは2馬身ほどのリードです。」

 結局テンの速さに着いて行けずにサイレントスズカが単騎で逃げる事になった、

実況「さぁバックストレッチに入りました、先頭はサイレントスズカです、
   差は5馬身ほどでしょうか?」

 徐々に後続との差が離れ始めていた、後ろは全く着いていけない様子だ。

実況「5〜6馬身のリードのまま第3コーナーを迎えます、
   以前先頭はサイレントスズカです、後続の手が激しく動いていますが差は縮まりません!」

 もう勝負になっていなかった、安斉も後ろを確認し手綱は持ったままだった、

実況「直線に入りました!先頭はサイレントスズカ6〜7馬身のリード!
   2番手に上がってきたのはキタノサイレンス、しかし縮まらない!
   持ったままだ!持ったままだ!サイレントスズカ大・楽・勝〜!!!!」

 やっぱりという感じの結果だった。
 このレースを見てある観客がこうつぶやいた、

 「公開調教ですか、これは?」

 ―そしてドバイへ旅立つ当日、

安倍「じゃあお願いしますね池田さん。」
池田「なつみちゃんもしっかりね。」

 もう安倍のお腹はかなり目立っていた、
 予定は3月下旬らしい。

安斉「向こうの暑さについて詳しい事は分かりませんが、
   サイレントは暑さには負けないタイプですから何とかなるのでは?」
池田「そうだね、何とかするよ(笑)」

 一同笑顔でサイレントを見送った。

馬主「あら、もう行っちゃったか。」
赤川「あ、オーナーどうなさいました?」

 そこに遅れて馬主が登場した、

馬主「……まあいいか、皆さん聞いてください。」

 改まった感じに皆緊張が走った、

馬主「ドバイWCをもし勝ったら……引退させたいのだが…」

 「引退!!」

 馬主の言葉に驚かずに入られなかった、

馬主「私は県競馬の為にサイレントスズカの血を残したいと思っている。
   その為にも無事なうちに引退させたいんだ、
   私自身競走成績には文句ない、ドバイWCを勝ったらもうお終いでいいと思う。
   まだ勝てると思うけど、目先の勝ちより種馬として成功させたい……」

一同「………」

赤川「ではどのようになさるつもりですか?」
馬主「シンジゲートとか海外への売却とかはしないつもりだ、
   でも、海外のためにもシャトルサイアーも考えている。
   実際種付けのオファーが海外からも来ていることだし………」

 周りは何か納得がいかない様子だったが、

安斉「いいんじゃないでしょうか?そこまで考えていられるのなら。」

 安斉の意外な言葉に周りは驚いた、

安斉「先生、何か意見はありますか?」
赤川「オーナーがそこまで考えていられるのなら反対意見はない、
   その意見はあくまでドバイWCを勝ったらの話ですよね。」
馬主「そうだ。」
赤川「それなら、勝ったら引退、負けたら現役続行でいいですよね?」
馬主「うむ、かまわん。」

 しかしこの事は当日まで外部に漏れることはなかった。

 ドバイWC当日安倍が出産したと現地に連絡が入った、

池田「あらー生まれたか。」
赤川「しかもこんな日に、」
安斉「こりゃ将来ジョッキーだな。」

 ちなみに男の子です。

池田「よーし、なおさら負けられないな安斉君。」
安斉「そうですね、」
赤川「…全力で戦ってきてくれ、サイレントスズカの力を見せ付けて引退しよう。」

安斉「はい!!」

 日本の競馬界の期待を一身に背負い安斉はゲートへ向かった。

 ガシャン!!

実況「スタートしました、おっと手綱をしごいて一気にハナを奪ったのは
   サイレントスズカです、既にリードが5、6馬身ついています、」

赤川「……勝った。」
池田「ええ!!」

 何を根拠にかは分からないが、赤川は勝ちを確信したらしい。

実況「サイレントスズカがそのまま快調に飛ばしています、
   リードは10馬身以上はあるでしょうか!?2番手以降は固まっております!」

安倍「(そういえば、こんな展開以前にもあったような……?)」

実況「1000m今通過しました、59秒フラットくらいでしょうか!?
   かなり速いペースでサイレントスズカ軽快に飛ばしています!
   さぁ既に第3コーナーを迎えようとしております!!」

 さすがにこれはと思い後続の各馬が早めに仕掛けてくる、

実況「後続も一気に仕掛けてまいりました、サイレントスズカとの差が縮まっていきます!
   あれだけあったリードがもう既に6〜7馬身程度になっています!!
   そんな体勢のまま第4コーナーを曲がり600mの直線を向かえます!!」

実況「先頭はサイレントスズカ、5馬身のリード!!
   2番手は同じく日本からの参戦のグランドクロス!」

 自然と場内はヒートアップしていった、

実況「サイレントスズカに鞭が入った!あっというまに伸びる、伸びる!!
   後続を一気に突き放した、既に楽勝ムード、後続は来ないぞ!
   差は広がるばかりだ、突き抜けた!
   サイレントスズカ10馬身以上離して今ゴールイン!!!!
   やはり強かったサイレントスズカ、ドバイでも大楽勝でした。」

池田「勝っちゃいましたね………」
赤川「だろ?」
池田「何で勝つって分かったのですか?」
赤川「さぁ、何でだろうね?」

 思わず池田はガクッとしてしまった、

 そしてその後、サイレントスズカの引退が発表された、
 早すぎる引退に惜しむ声も聞かれた。
 しかしサイレントスズカの戦いはまだ終わらない、
 今度は種牡馬として戦いが始まろうとしていた。

 ―そして20年後、歴史は再び繰り返す

実況「さぁここで先頭に立ったのはタガノスペシャル!1馬身差でブレイクアウト!
   2頭が抜け出した格好だ!2頭の激しい叩きあいだ!
   …外から、外からネイティヴヒーロー!馬場の真ん中を通ってネイティヴヒーロー!
   2頭まとめて差しきったところでゴールイン!!
   地方からやってきた安倍潤一郎ジョッキーやりました、
   人馬ともに父子ダービー制覇です!!
   先日亡くなった父サイレントスズカに捧げるダービー制覇です!!」

潤一郎「母さんやったぜ!!」
安倍「おめでとう潤一郎、やったね!」
池田「やった、やった!!」
潤一郎「先生、はしゃぎ過ぎですよ(笑)」

 赤川が亡くなった後、池田が調教師として赤川厩舎を引き継いだ、
 池田は今では立派な“先生”なのだ。

中澤「よっしゃ、表彰式や!」

 この人がネイティヴヒーローのオーナーである。

 その表彰式が終わった直後のことであった、

潤一郎「母さん、こっちに着いて来て。」
安倍「ちょ、ちょっとどこ行くのー!!」

 潤一郎は安倍の手を引っ張りそのまま走った。

潤一郎「着いたよ。」
安倍「え………?」

 そこは東京競馬場のゴール前だった、
 安倍にはなぜここに連れてこられたのかサッパリ分からなかった、

潤一郎「……20年前ちょうどこの辺だったよね……
    父さんが倒れたのは……?」
安倍「あ………」

 そう言えばそうだった、潤はゴール板のところで落馬したのだった、
 そんな事を安倍は思い出していた。

潤一郎「さぁ、父さんとサイレントスズカに報告しようよ、
    “自分の息子がダービーに勝った”ってね………」

 潤一郎は表彰の時に貰っていた物をゴール板の前において手を合わせた、
 安倍もそれを見て手を合わせた。

中澤「ちょい待ち、これも備えてやってや。」
潤一郎「中澤オーナー、」
中澤「なかなか“粋”なことするなぁ自分、うちも参加させてや。」
安倍「じゃあ3人でいっしょにしましょう。」

 3人は同時に手を合わせ黙とうを捧げた、
 それと同時に10万人以上いた東京競馬場が一気に静まり返った、
 今までの歓声が嘘だったかのように辺りは静まり返った。

 1分くらいだろうか、3人はほぼ同時に黙とうを止め引き上げようとした。

 パチパチパチパチパチパチ…………

 何ともさわやかな拍手がスタンドから沸いた、
 そこにいる誰もが拍手していた……そんな気がした。

潤一郎「あーあ、罰金かなこれ。」
中澤「そんなもんうちが払ったる!」
潤一郎「えー?ほんとですかー?」
中澤「ダービー勝ったんやから心配いらん!」

 …………おめでとう

安倍「えっ!?」
 
 安倍は思わず天を見上げてしまった、

潤一郎「どうしたのー母さん?帰るよー」
安倍「うん、今行くよ。」

 しかし安倍はまた天を見上げていた、

安倍「(ありがとう潤………ありがとう………)」

 太陽の日がまぶしいのか、目を細め右手で太陽を覆いながら天を見上げていた。

 それは20年前と同じ初夏の陽気がする昼下がりの事だった……