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こうもり 投稿日:2002/03/06(水) 00:40

「なぁー、たのむわ、カズ」
「えっーあの話本当だったんですか、叔父さん」
「叔父さんって言うなっていつもゆうてるやろ
俺はまだ33やぞちゃんとつんくさんてよべやっていつも言うてるやないか
それで明日連れて行くからよろしく、というかお前に選択権はないぞ
その家俺の家やねんから」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ」
そう言った俺の声もむなしく電話はもう切れていた。

俺の名前は南条和智。
某私立美大に通う大学二年生だ、一応現役で入ったので今は二十歳。
「はぁーこまったなー」
俺はソファーに腰掛けながら大きくため息をついた。
ため息の原因はさっきの電話にある。
叔父さんに、ある頼まれ事をされたのだ
その頼まれごとと言うのは
あのモーニング娘。の高橋愛を一ヶ月間預かってくれと言うのだ。
叔父さんが言うには、高橋は母親と一緒に住んでいるのだが
福井に住んでいる高橋の父親が交通事故に遭い一ヶ月入院するため
母親は福井に戻らなければならなくなり、それでその間高橋が一人になって
しまうので俺に預かってくれと言うのだ。

「ふぅー結構いろいろなものが入ってるな」
そう言いながら俺はその部屋にある一番大きなもの
それは俺が高校時代に書いた絵をどこかにしまおうとした。
俺は自分の書いたその絵を久々に見た。
「ああ、俺は前こんな絵をかいていたんだな」
と呟いた。
その絵は俺が美大に入るきっかけとなった絵で
この絵は県のコンクールで一位を取り、それのおかげで大学の推薦が取れたのだ。
今見るとやっぱり粗さが目立つが、でも今の自分には出せない
ような躍動感があるような気がした。

俺は美大に入ったことを後悔していた。
それは、大学の授業に追われ、自分の書きたいものが書けない不満
もあるのだが、それよりも自分の絵に対する情熱が徐々に少なくなっている
ような気がしているのだ。
しばらくその絵を見ていたがそんなことをしていても仕方ないので
俺はその絵を押入れに押し込み、部屋の片付けを再開した。

「ふぅーこんなもんでいいだろ」
俺は綺麗になった部屋を見て呟いた。
絵は押入れに押し込み読み終わった本はちゃんと本棚に並べておき
ちゃんと布団の敷けるスペースも確保することが出来た。

時計を見るともう午前一時を回っていた。
明日は大学に行かなければいけない日だったことを思い出しもう寝ることにした。
俺は綺麗に片付いた部屋を出て、シャワーを浴び自分の部屋のベッドに寝そべった。
俺はベッドに入りながら、明日からのことを考えると
少しわくわくしている自分がいるのがわかった。
この一ヶ月間で俺の何かが変わればいいな
そんな期待を抱きながら俺の意識はゆっくりと遠のいていった。

「ジリリリリリリリリリ」
けたたましい目覚し時計の音に少しイライラしたが
ベッドから起き上がり目覚ましを止め、着替えて部屋を出た。
どうやら朝飯を食っている暇はなさそうなので
俺は冷蔵庫に入っている牛乳だけを飲みそのまま家を出た。
俺の通っている大学はバイクで三十分くらいかかるのだが
遅刻しそうだったので、ちょっと飛ばして大学に向かった。

「おーい南条、元気か?」
バイクから降りて、校舎に向かう途中後ろから声を掛けられたので
振り向くとそこには俺の大学での唯一の友達 壬 晃二 だった。

「朝はやっぱりきついよ」
「そうだよな、でもとりあえず今日来れば四月までこなくても
いいんだからいいじゃねえか」
うちの大学は今日二月一日で後期がすべて終わり
その後は二ヶ月休みなのだ。
「まあでも、絵を書きたいやつは来るんじゃないの?」
そう言って俺は壬の方を見た。
「俺がそんなことするはずないだろ、大学なんて卒業できればいいんだよ
ところで、今日打ち上げがあるって言ってたけどお前行くのか?」
「パス、今日はちょっと予定があるんだ」
「そうなのか、じゃあ俺もいくのやめようかな」
そんなことを話しているうちに講堂に着いたので適当に座り
ただただ時間が過ぎるのを待った。

退屈な授業も全部終わり、俺が帰ろうとしてると
「南条、どっかよってかないか?」
「悪いさっきも言ったけど今日は予定が入ってるんだ」
「ふーん、じゃあこんど遊ぼうぜ連絡するから」
「ああ、わかった」
そう言って俺は壬と別れた。
時計を見ると、まだ午後二時だったが叔父さんが
何時に来るかわからなかったので俺はさっさと家に帰ることにした。
家に帰る途中に俺は遅い昼飯を食べた後
スーパーに寄り、一応三人分の晩飯の材料を買って家に戻った。

家に戻り材料を冷蔵庫に入れ一息ついていると、携帯が鳴り
液晶を見ると叔父さんだったので俺は、携帯の通話ボタンを押した。
「おう、カズ今日な、八時頃いくからちゃんと家におってくれや」
「わかってますよ、おじ、いやつんくさん」
「そうやそういえばいいんや、でな晩飯でも作っといてくれへんか?
俺も高橋も多分レコーディング終わってすぐ行くから飯食う時間あれへんのよ
それに、お前の手料理も久々に食べたいし」
「わかりました、三人分の材料を買っておきましたから大丈夫ですよ」
「おお、そうかじゃあ後でな」
そう言って電話は切れた。

俺は電話をテーブルに置いて、晩飯の準備を始めた。
実は俺は料理が昔から大の得意で、それはなぜかと言うと
両親とも働いていて、帰りも遅かったため
子供のころから家族の分の晩飯を作っていたのだ。
俺も台所に立つのは嫌いではなかったので
そのあいだにどんどん料理の腕が上達していったのだ。
一人暮らしを始めてもうそろそろ二年になるが、晩飯はよほどのことがない限り
外食はせず自分で作って食べている。

「これでよし、と」
大体の準備が終わったので、俺はキッチンから移動して
リビングのソファーに座り、さっき買ったペットボトルのお茶を一気に飲んだ。
目の前にあるビデオの時計見ると
まだ、五時をちょっと過ぎたところだったので、俺は久々に絵でも書こうと思って
スケッチブックを開いた。
このスケッチブックは大学入りたてのころに買ったものでその当時は
一日一枚くらい書いていたのだが、だんだん書かなくなり
まだ半分くらいページが残っている。
鉛筆を持ちながら、真っ白いページを見てるとなんだか絵を書く気が失せてきたので
俺はスケッチブックを閉じた。
はぁーだめだな、昔なら情景が頭に浮かんできてすぐにでも書けたのに
今は頭の中に何も浮かんでこない。
やっぱり昔より絵に対する情熱が薄れた気がする。

俺は人の顔を書くのも苦手だ、高校時代好きだった女の子にその女の子の顔
を書いて送ったら『こんなの私じゃない』と言われて
目の前で破かれてしまったことがあったのだ。
そのときはすごくショックを受け、しばらく立ち直れなかった。
俺が女の子と付き合えないのはそのことがあったからだと思う。
それ以降俺は、無意識に女の子と向き合うのを避けていた気がする
でもそんなんじゃいけないと言うのもわかっている。
だから、自分を変えていかなければいけないと言うこともわかっている。
しかしどうやって自分を変えていいのかが俺にはわからなかった。
そんなことを考えながら、俺はしばらくぼーっとしていた。

「うん?」ぼーっとしていたら
いつのまにか寝てしまっていたのか、もう外は暗くなっていた。
腕時計を見ると、もう七時半になっていたので俺は
またキッチンに行き、さっきしたごしらえした材料を
煮たり、焼いたりしていた。
今日のメニューは、ご飯、味噌汁、肉じゃが、野菜炒め、牛蒡サラダ
とまあ簡単に出来るものばかりだったが、俺が得意な料理ばかりなので
自信を持って客にでも出すことが出来るのだ。
出来たものをテーブルに置いて、俺はリビングで二人の来るのを待った。

「ピンポーン」
呼び鈴が鳴ったので俺はソファーから立ち上がりドアを開けた。
「おう、ちょっと遅れてすまんかったな」
「いいですよそんなに遅れていませんから」
そのとき腕時計を見ると、八時十五分だった。
「玄関で喋っていてもあれですから、とりあえず中に入ってくださいよ」
俺がそう言うと「ああ、そうやな」
そう言って叔父さんは靴を脱ぎ部屋の中に入った。
高橋さんは、ちょっと大きめの鞄を持って玄関のドアの前に立っていた。
「さあ、高橋さんもどうぞ」
俺がそう言うと、高橋さんは、遠慮がちに靴を脱ぎ「おじゃまします」
と言って、部屋に向かっていった。
俺もその後を追うように部屋の中へ入った。

「おおーいい匂いがしてるやないか」叔父さんは部屋に入るなりそう言った。
「ささ、二人とも座ってください、今すぐ用意しますから」
俺は味噌汁を温めなおし、ご飯を茶碗に三人分よそって、テーブルに置いた。
そして準備もすべて終わったので俺もテーブルに座り、俺が
「じゃあ食べましょう」というと二人もそれに続いて「いただきます」
と言い、三人で晩飯が始まった。
ご飯を食べていると、叔父さんが
「そういえば、まだこいつのことを高橋にちゃんと紹介してなかったな
こいつは俺の甥っ子の南条和智、今二十歳で美大に通ってる
こいつは俺の姉ちゃんの子供で、昔から可愛がってやってるんや
まあ、一ヶ月だけどなかようしたってや、高橋」
と言ったので俺はご飯を食べている手を止め高橋さんに向かって
「よろしく」とだけ言うと高橋さんも同じように手を止めて
「こちらこそと」だけ言った。

晩飯も食べ終わり俺が片付けをしてると
「おいカズ、俺もういかなあかんとこあるから帰るわ」
「もう帰っちゃうんですか?」
「ごめん、ほんまはもうちょっといてやりたいんやけど
これからまたスタジオにいかなあかんねん」
「わかりました、じゃあまた今度」
「ああ、またな、飯うまかったで」
そう言って叔父さんは帰っていった。

片付けも終わり、俺はリビングのソファーに背筋を伸ばして
座っている高橋さんに声を掛けた。
「高橋さん、そんなに固くならないでいいよ
これから一ヶ月間は高橋さんの家にもなるわけなんだし」
「あっ、はい」
高橋さんはそう言うとすこしリラックスしたのか、ソファーの背もたれに
背中を預けるように座った。

俺は高橋さんの向かいに座り、聞いてみたかった事を聞こうと思い
話し掛けようとしたが逆に、俺に高橋さんが話し掛けてきた。
「あの、南条さんは、なんで私がここに住むことをOKしたんですか?」
「いや、別にどうって理由はないけど、部屋も空いてたし
それにここ叔父さんのだから叔父さんに
『お前に選択権はない』とか言われちゃうと俺も逆らえないし
逆によく高橋さんは男の一人暮らしのところに来る気になったね
俺のこと怖くないの?」
「最初言われたときはやっぱり抵抗ありましたけど、でもつんくさんが
『あいつなら高橋を安心して、まかせられる』って言っていたんで」
「そんなこと叔父さん言ってたんだ、で今日始めて俺に会ってどう思った?」
俺がそう言うと、高橋さんは少し考えて
「なんか優しそうな人だなぁーって思いました。
あと料理上手なんですね、とくに肉じゃがすごくおいしかったです」
「そう言ってもらえるとこっちもすごく嬉しいよ、なんか食べたいものがあれば
いつでもいって、俺は材料さえあれば大体のものは作れるから
じゃあこれからよろしく、高橋さん」

「こちらこそよろしくお願いします。で、あの、あとお願いがひとつあるんですよ」
「なに、高橋さん?」
「その私のこと高橋さんって呼ぶんじゃなくて、なんか違う呼び方で呼んで
もらえませんか?これから一ヶ月間一緒に住むわけですから」
「うん、いいけど、じゃあなんて呼べばいい?」
「名前で呼んでもらった方がいいです」
「それじゃあこれからは高橋さんのこと『愛ちゃん』って呼ぶよ、いい?」
「はい、それで構いません」
「俺の事も、南条さんなんて呼ばなくていいから、まあカズでもトモでも
ジョーでも適当に呼んでよ」
「わかりました、これからは、カズさんってよびますよ」
「それがいいなら、それでいいや。あっ!!愛ちゃんそういえば
部屋の場所の説明をしてなかったね」
俺はソファーから立ち上がり、愛ちゃんを昨日片付けた部屋に案内した。

「愛ちゃんの部屋、ここだから」
俺はそう言って部屋へのドアをあけた。
愛ちゃんは昨日片付けたばかりだというのに気付いたのか
「すいません、片付けてもらっちゃって」
「そんなこと気にしないでよ、俺もいつか片付けないといけないと思ってたし
それでこの部屋にあるもの全部自由につかっていいからって
いっても女の子が使うものはあんまりないと思うけど・・・」
「ありがとうございます、いろいろと」
「だからいいって、気にしなくても、それから風呂の場所はこっちだから」
そう言って俺は部屋を出て、リビングの奥にある風呂場に愛ちゃんを案内した。
「ここがお風呂、でそこの角にあるのがトイレだから」
俺はそう言ってトイレのドアを指差した。
「はい、わかりました」
そう愛ちゃんが言ったので俺はとりあえずリビングに戻った。
その後に続いて愛ちゃんもリビングに戻った。

「愛ちゃん明日は仕事あるの?」
俺は時間が十時半になっていたので、愛ちゃんの仕事が
明日早いとまずいと思い愛ちゃんに聞いてみた。
「明日は、福岡でライブがあるんですよ」
「えっ!!そうなんだ、じゃあ明日は何時に起きるの?
「明日は、集合が六時ですから五時くらいですね」
「そうなんだ、じゃあお風呂に入って寝ちゃったほうがいいよ
あと洗濯物は嫌じゃなかったらで、いいから脱衣所の洗濯籠に入れておいて
俺が洗濯しとくから」
それを聞いた愛ちゃんは、申し訳なさそうに
「・・・すいません、じゃあそのお言葉に甘えさせていただきます」
そう言って愛ちゃんはソファーから立ち、自分の部屋で着替えを取り
お風呂場に向かっていった。

愛ちゃんがお風呂に入っている間、俺は愛ちゃんのことを考えていた。
俺は女の子と接するのが苦手だった筈なのに、なぜか愛ちゃんには
あんまり緊張せずに接することができた。
まあそれは愛ちゃんが結構緊張してたから、緊張をほぐしてあげるために
俺はいつもより明るく愛ちゃんに話し掛けたりしたと言うのもあるが
それよりも、愛ちゃんは俺がいままであってきたどの女の子よりも
落ち着くような感じがするのだ。
俺はその後もしばらく考え事をしていたが、愛ちゃんに渡すものがあるのを思い出して
ソファーから立ち上がり、自分の部屋に行き部屋の引き出しにある
合鍵を取りまたリビングに戻った。
そして、メモ用紙に自分の携帯の番号を書いて合鍵と一緒に近くにあった
封筒に入れた。
入れ終わって少し経つとパジャマ姿の愛ちゃんが、風呂場から出てきたので
俺は愛ちゃんのほうにいきさっきの封筒を愛ちゃんに渡しながら言った。

「はいこれ、部屋の合鍵あと一応携帯の番号、それといつでもいいから
愛ちゃんの番号も教えといて、なんかあったとき困るから」
俺がそう言うと愛ちゃんは、自分の部屋に行き、またすぐ戻ってきて
そして、俺に一枚の紙を手渡した。
「これが私の携帯の番号です」
「あ、ありがとう」紙を手渡されたときに愛ちゃんからすごくいい匂い
がして、その上愛ちゃんと少し手が触れてしまったので
俺は慌てながらそれを受け取った。
愛ちゃんもちょっと顔を赤くしていて、二人の間に少し沈黙が流れたが俺は
「愛ちゃん明日早いんでしょう?だったら早く寝ないと」
と言うと愛ちゃんが「そうですね、おやすみなさいカズさん
あなたがいい人でよかったです」
「ああ、おやすみ」俺がそう言うと愛ちゃんは自分の部屋に入っていった。

俺は愛ちゃんが自分の部屋に戻った後、リビングでテレビをしばらく見ていたが
眠くなって来たので、風呂でも入ってもう寝ようと思い
テレビを消して、リビングのソファーから立ち上がった。
そして俺は風呂に入るために風呂場に向かった。
風呂から出て、一息ついたあと、俺は自分の部屋のベッドで
自分の携帯に、愛ちゃんの携帯番号を登録していた。
そして目覚し時計を見ると、十二時半になっていたので俺は目覚し時計を
四時半にあわせて、俺は目を瞑った。
目を瞑った後、頭の中に『あなたがいい人でよかったです』という愛ちゃん
の言葉が思いだされた。
正直俺は周囲からそう言う風にいわれたことがなかったので、それが
お世辞だとしてもとても嬉しかった。
そんなことを考えてると俺はいつもより疲れていたためか
いつの間に眠っていた。

俺は目を覚まして時計を見ると、まだ四時十五分だった。
あんまり寝てないためか、体が重かったが、俺はベッドから降りて
着替えてリビングに行った。
俺はリビングのソファ−で少しぼーっとしていたが、朝飯の準備を
しようとキッチンに向かった。

朝飯の準備も終わり、時計を見てみると、五時を過ぎていたのに
愛ちゃんが起きてこないので俺は、愛ちゃんの部屋のドアを叩いた。
「コンコン、愛ちゃん起きてる?」
何にも反応がないので、俺はもう一度強くドアを叩いた。
「ドンドン、愛ちゃん早く起きないと遅刻しちゃうよ」
またも反応がないので、俺はドアノブに手を掛けた。
鍵が掛かっていると思っていたが、愛ちゃんは鍵を掛けていなかったらしく
ドアはあっさりと開いた。

愛ちゃんは部屋の真ん中に布団を敷いて気持ちよさそうに寝ていた。
愛ちゃんの寝顔はとても可愛く俺はこのままずっと愛ちゃんの寝顔を見ていたかったが
これ以上寝かしておくと愛ちゃんが遅刻してしまうので
「愛ちゃん、起きてよ」と言って愛ちゃんの体を揺すった。
そのまま揺すっていると、愛ちゃんは「うわっ!!」と驚いたような声をあげて
布団から飛び起きた。
愛ちゃんは状況を理解できていないのか、きょろきょろと周りを見ていた。
「愛ちゃんもう急がないと遅刻しちゃうよ」
俺が声を掛けると愛ちゃんは、自分がどこにいるか気づいたのか
「あっ、そうでした昨日から、カズさんの家でお世話になってるんでした」
と言って、俺のほうを見た。
「愛ちゃん朝ごはん食べて早く行かないとほんとに遅刻しちゃうよ」
「はい、じゃあ着替えたらすぐ行きます」
俺は愛ちゃんがそう言うのを聞いて立ち上がり、愛ちゃんの部屋を出た。

部屋を出てキッチンのテーブルで座って待っていると
愛ちゃんが身支度を済ませて部屋から出てきた。
「愛ちゃん早く朝ごはん食べちゃって」
「あ、はい」
愛ちゃんはそう言うと、俺の向かいに座った。
朝飯もあらかた食べ終わったころに、時計を見るともう五時半になっていた。
「愛ちゃん、今日は六時にどこまで行けばいいの?」
「あ、ええと事務所の前です」
「じゃあ俺がバイクで送ってあげようか?」
「ええっ、いやそこまで迷惑かけられませんよ」
「でもここから、事務所まで電車で行くと二十分くらいかかっちゃうよ」
「そんなに掛かるんですか?」
「うん、電車に乗ってる時間はそんなにないけど
ここから駅までがちょっと遠いんだ、それにタクシーもこの時間は捕まりにくいし」

愛ちゃんはちょっと考えてからこう答えた。
「じゃあお願いします、すいませんおやすみのときに」
「いいって気にしないで、愛ちゃんを遅刻なんてさせたら
叔父さんに申し訳が立たないよ、じゃあ早く行こうか?」
「はい」
そう言って、俺と愛ちゃんは同時に席を立った。

俺と愛ちゃんは外に出てバイクに乗り込んだ。
「じゃあいくよ、危ないからしっかりつかまってて」
「はい、わかりました」
愛ちゃんはそう言うと自分の腕をしっかりと俺の腹のあたりに回した。
その時俺の背中に愛ちゃんの胸があたって俺はすごくドキドキした。
最近の中学生って結構発育いいんだな。
それとも愛ちゃんの胸が大きいのかもしれないな。
なんてちょっと邪な事を考えていたら「カズさんどうかしました?」
と急に愛ちゃんに聞かれたので、俺は
「う、ううん別になんでもないよ」と言ってバイクを走らせた。

バイクを走らせている間、俺はずっと背中のなんともいえない感触が気になっていたが
そのことを愛ちゃんに悟られるのはまずいと思い、何もないように振舞っていた。

「ふぅ・・・何とか間に合ったね」
「そうですね」
俺と愛ちゃんは何とか五分前に集合場所に着いた。
集合場所の事務所の前には、バスが一台止まっていた。
どうやらこのバスで、羽田にでも行ってそこから飛行機で福岡にいくのだろう。
「愛ちゃん、ライブがんばってねー」俺は愛ちゃんに手を振った。
「はい、送ってくれてありがとうございました」
と言って愛ちゃんも手を振りながらバスに乗り込んだ。

俺もバイクに乗り帰ろうとしたら後ろから
「あんた誰?」と言う声がしたので振り返ってみると誰もいなかったので
空耳かと思い、またバイクに乗ろうとすると
「ちょっとあんたどこ見てんのよ、ここよ、ここ」と言う声が、また聞こえてきたので
振り向いて下を向くと、そこにはモーニング娘。の矢口真里がいた。
「うわっ!!ほんとにちっちゃいですね」
矢口さんの身長は俺の肩くらいまでしかなく本当にちっちゃかった。
「そう言う風にいわれるのもなれたわよ、それより
もう一回聞くけどあんた誰?いま高橋に手を振ってたでしょ
いったいどういう関係なの?」
俺は矢口さんにそう聞かれて少し考えたあと
「俺の名前は南条和智といいます、叔父さんに頼まれて、あっ叔父さんと言うのは
つんくさんのことなんですけど・・・」俺は矢口さんに簡単に経緯を説明した。

「ふーんそうなんだ、けどだめよ、高橋に手を出しちゃ」
突然そんなことを言われ俺はすごく驚いて
「そ、そんなことするはずないじゃないですか、彼女まだ中三ですよ」
「でも高橋、私より胸大きいから・・・」
矢口さんにそう言われて、俺はつい矢口さんの胸を見てしまった。
「ちょっと、あんたどこ見てんのよ」
俺の視線を察知したのか、矢口さんは自分胸を手で隠すようにした。
「これは高橋に言っとかなくちゃね、男は狼なんだから、油断しちゃだめよって」
矢口さんはニヤリと笑いながらそう言った。
「あっ!!矢口さん誰か呼んでますよ」
俺はバスの方で矢口さんを呼んでる声が聞こえたので
それを矢口さんに伝えた。
「あ、そろそろ行かなきゃね、まあでもあんたいい人そうだから
高橋の事よろしくね、でも手は出しちゃだめよ」
矢口さんはそう言ってバスの方に走って行った。
俺はバスが出発したのを見ると、ヘルメットをかぶり家路に着いた。

「ピルルルルル」俺は携帯のなる音で目を覚ました。
携帯を見ると、愛ちゃんからだったので俺は携帯に出た。
「はい、もしもし」
「あ、もしもしカズさんですか?」
「うん、そうだけど、どうしたの?」
「今日は帰れないので、一応電話しておこうと思いまして」
「ふーん今日はどこに泊まるの?」
「今日は福岡市内のホテルに泊まって、明日の午前中には帰ります
それでひとつお願いがあるんですが」
「なになに」

「明日の午後はオフなんですよ、だから買い物に付き合ってもらえませんか?
私あの辺のことあんまり詳しくないんで」
「ああ、別にいいよ、でもどうする?明日、どこかで待ち合わせでもしようか?」
「荷物があるので、一回カズさんの家に戻ってからにしましょう」
「それならそれでいいよ、じゃあまた明日」
と俺は電話を切ろうとしたが、愛ちゃんが
「そうだ、後もうひとつ聞きたいことが、メールアドレス教えてくれませんか?」
「あっそういえば教えてなかったっけ俺のアドレスは携帯の番号そのままだから」
「そうなんですか、じゃああとでメール入れてみますね」
「うんわかった」
「それじゃ、失礼します」
愛ちゃんがそう言いおわると電話は切れた。
俺は携帯を見つめながら、少し考えていた。

これは、もしやデートと呼ばれるものか?
俺は生まれてこのかた女の子と二人で出かけたことがないのだ。
出かけたことがないわりに女の子と一緒に暮らすことになってるわけだが・・・。
なんか明日の事を考えていたら眠気がなくなって来たのでとりあえず
家のことでもしようと思い、ソファーから身を起こした。

俺は、部屋の掃除をやり、そして洗濯をして、それを干そうと思ったが
愛ちゃんの下着をどうしようかしばらくじっと見てしまっていた。
しかし、これから一ヶ月間は彼女の洗濯物も一緒に干さなければならないので
なるべく気にしないように、全部まとめて干した。
家の事もすべて終わり、時計を見ると、もう午後二時半だった。

なんか腹が減ってきたので、俺は何か食うものがないか探したが
生憎何もなかったので、外に食べに行くことにした。
飯も食べ終わり、俺は別に何もすることがなかったので
近所の本屋に行くことにした。
本屋に入り俺は何か小説でも買おうかと少し思案したが、面白そうな本が
なかったので、いつも買っている雑誌を一冊買い本屋から出た。
そして俺は夕飯の材料を買い家に戻った。

家に戻って時計を見ると午後五時だった。
俺はソファーに座り買った雑誌をよんでいるとテーブルの上に置いてあった
携帯が鳴ったので俺は立ち上がり、携帯を見るとそこには愛ちゃんからの
メールが入っていた。
【カズさんこんばんは、初めてメールをしてみます。
ところで今日矢口さんと話をしましたか?
さっき休憩中に矢口さんがカズさんの事を私にいろいろ聞いてきたんです
その中で矢口さんが『男は狼なのよ、高橋も気をつけなさいね』
って言われたんですけど、どういう意味ですか?
矢口さんに聞いたらカズさんに聞けって言われたんで・・・
メールの返事してくれると嬉しいです。】

俺はメールを見て、しばらくの間考え込んでしまった。
矢口さんはいったい何を愛ちゃんに吹き込んだんだろう。
その前にこのメールの返事をどうするか考えないと・・・。
俺はさらにしばらく考えて、メールを打った。
【愛ちゃんこんばんは、カズです。
矢口さんとは、愛ちゃんバスに乗り込んだ後声を掛けられて
少し話をしました。
矢口さんは愛ちゃんのことをすごく気にしてましたよ
それに俺に『高橋をよろしく』って言ってました。
『男は狼』については後日ゆっくりと説明したいと思います
メールではちょっと伝えづらいことなので・・・。
それでは愛ちゃんまた明日】
「多分こんなもんでいいだろ」
俺は送信ボタンを押した。
結局愛ちゃんからのメールを返すのに三十分以上掛かってしまった。

それはなぜかと言うと、俺はメールあまり打ったことがない上に
相手が女の子なので余計緊張したのだ。
俺は携帯をテーブルに置くと、しばらくテレビを見ていたが
お腹が空いてきたので、俺は晩飯を作るためにキッチンに行った。
適当に晩飯を済ませた後、俺はまたソファーに座り今度は
さっき読み途中だった雑誌を読むことにした。
「ふぅー暇だなぁー」
雑誌も読み終わり、手持ち無沙汰になった俺はもう寝ようと思い
シャワーを浴び自分のベッドに入りしばらく経つと、俺は眠りについていた。

「ピンポーン」
俺はいつものように起きてテレビを見てると、呼び鈴が鳴ったので
ドアを開けた。
「愛ちゃんお帰り」と俺が言うと愛ちゃんは少し嬉しそうに
「ただいま」と返してくれた。
俺と愛ちゃんはひとまず、リビングのソファーに座り少し話をしていた。
「ライブどうだった?」
「やっぱりライブは何回やっても緊張しますね」
「でもいい経験してると思うよ」
「それはどうしてですか?」
「だってさ、あんなに大勢の前で歌うなんて普通の人じゃ絶対出来ない事を
してるんだから」
「そうですよね、私もっと頑張ります」
「その意気で頑張って」
会話はそのまましばらく続いた。

そのまま十五分くらいたった後、愛ちゃんが
「じゃあそろそろお買い物に行きましょうか?」と言ったので
「ああそうだね」と俺も言った。
「カズさん買い物行く前に、ちょっと事務所に寄ってもらっていいですか?」
「いいけど、どうしたの?」
「ちょっと忘れ物しちゃったみたいで」
「うん、わかった」
俺はそう言って愛ちゃんと一緒に部屋から出た。
「愛ちゃん今日買うものって大きいの?
買うものが大きければ車もあるから車で行こうか?」
俺はエレベーターの中で愛ちゃんにそう聞いた。
愛ちゃんは少し考えて「そうですねそうしてくれると助かります」と言った。
「じゃあ車で行こう」俺はそう言って愛ちゃんと車のとめてある場所に行った。
俺の車は大学に合格したとき叔父さんがくれたもので
その時、モーニング娘。がいい感じになってきたころだったので
金があったのか俺にその時自分が乗っていた車をくれたのだ。
でもその車は週末一人で絵を書きに行くときくらいにしか使ってないのだが。

二人で車に乗り込み俺と愛ちゃんはとりあえず事務所へ向かった。
「じゃあすいませんちょっと待っててください」
愛ちゃんはそう言うと、車から降りて、事務所のほうへ走っていった。
俺は喉が渇いたので、車を降り、自動販売機の前に立って
何を飲もうか考えていると「おーい南条さん」という声が聞こえてきたので
振り向くと、矢口さんが走ってきた。
「南条さん、こんなところで何してるの?」
「いや、今愛ちゃんと買い物に行く途中ですけど」
「じゃあなんで事務所の前にいるの?」
「愛ちゃんが忘れ物をしたって言ってたから
ところで矢口さんはどうしてここにいるんですか?」
「これからミニモニ。の収録があるのよ、まったく大変よ
ほかのメンバーはオフなのに、なっちとミニモニ。だけ仕事があるんだから・・・。
それでこれから現場に行くんだけど辻加護が、喉が渇いたって言い出して
私も喉が渇いてたからじゃんけんで負けた人が買いに行くってことにしたら
私が負けちゃってジュースを買いに来たのよ」

「そうなんですか、ところで矢口さん愛ちゃんに変なこと吹き込まないでくださいよ
あの後メールが来て返答に困ったんですから」
「私は何も言ってないわよ別に・・・」
矢口さんはまたしてもニヤリと笑った。
そして矢口さんは俺を押しのけてジュースを四本買った。
俺もジュースを二本買い、矢口さんは
「じゃあねこれから仕事だから」と言って車に戻ろうとした。
俺も車に戻ろうとしているときに
「矢口さん、遅いですよ」
「矢口さん、はやく、はやく」
と言う声が聞こえてきたので俺は振り向いて矢口さんのほうを見た。

そこには、辻 希美と加護 亜依が立っていた。
二人は、矢口さんに「遅いですよ」とか「何してたんですか?」と
言いながら手はしっかりと矢口さんからジュースを奪い取っていた。
その光景を少し微笑みながらみていると、辻ちゃんと加護ちゃんが
俺が見ているのに気づいたのか、こっちを見ていた、そして矢口さんに
辻ちゃんが「あの男の人は誰ですか?」と聞いていた。
矢口さんは、俺のほうを振り向き「こっちへ来て」と
言うような手招きをしたので俺は三人の方へ行った。
「この人は南条和智さん、今愛ちゃんと一緒に住んでいるの」
「ええっ!!」二人は同時に驚いたような声をあげた。
「ちょっと最後まで話を聞きなさいよ、なんで一緒に住んでるかって言えば・・・」
矢口さんは驚いている二人に向かって話を続けていた。
「へーそうなんや」
「そうだったんですか」
二人は納得した表情をして俺のほうに駆け寄ってきた。

「どうもこんにちは辻希美です」
「こんにちは加護亜依です、よろしゅう」
二人に挨拶されて俺はどうして言いか分からず、とりあえず
「南条和智です、よろしく」と言った。
少しだけ二人と話していたが矢口さんが
「ほら、辻、加護そろそろ行くわよ、じゃあ南条さんまた今度」
と言って辻ちゃんと加護ちゃんの腕を取った。
「じゃあねー」
「またねー」と二人は言いながら俺に手を振っていたので俺も
「また今度」と言って手を振り返した。
そのまま三人は車に乗り込み、現場に向かったようだった。
それから少したって愛ちゃんが事務所から出てきた。
「すいません待たしちゃって」
「いいよ気にしなくて、それに待ってる間、ミニモニ。の三人と会ったよ
矢口さんが今から仕事だって言ってた」
「そうなんですか、ミニモニ。は新曲が出たばっかりなんで忙しいみたいですから」
「じゃあそろそろ行こうか?」
「はい」そう言って俺と愛ちゃんは車に乗り込んだ。
「あっ!!そうだこれ上げるよ、喉が渇いたから買ったんだ」
そう言って、俺は愛ちゃんにジュースを手渡した。
「どうもありがとうございます」愛ちゃんはそう言って俺からジュースを受け取った。

「愛ちゃんとりあえずどこ行くの?」
「じゃあドライヤーを買いたいので、電器屋に行きましょう」
「あれ、ドライヤーってうちになかったっけ?」
そういえば俺はドライヤーを使ったことがなかった気がする。
「一昨日お風呂場を探したんですけどなかったんで・・・」
「あっそうだったっけ、そういえば俺家でドライヤー使ったことなかったよ」
そう言って俺は電器屋へ車を走らせた。
「どれにしたらいいですか?」
俺と愛ちゃんは家電製品売り場でドライヤーを選んでいた。
「うーん俺あんまりドライヤーって使ったことがないからわかんないな」
愛ちゃんはその場でしばらく考え込んでいた。
俺はその間、誰かが愛ちゃんのことを気付かないかきょろきょろ見ていた。
だがその店はあまり込んでいなかったせいか、気付く人はいなかった。
「よし、じゃあこれにします」
愛ちゃんはそう言ってドライヤーを手にとりレジの方へ向かっていた。
それに続いて俺も愛ちゃんの後をついていった。
レジでお金を払うとき、愛ちゃんが自分の財布からお金を出そうとしたので
俺はそれを手で制して、自分の財布からお金を出した。

ドライヤーを買って店を出ると、愛ちゃんが
「私、お金払わなくてもいいんですか?」
「べつにいいよ、どうせ俺の家でしか使わないものだし・・・」
「いえっ!!でも」
「いいって、いいって、いつかは買わなきゃって思ってたものだから」
愛ちゃんは、俺がお金を受け取らないのがわかると
まだ納得のいかない様子だったが財布をしまっていた。
「後はどこに行きたいの?」
「えーと後はですね、いろいろと雑貨を買いたいんですけど」
「わかった、じゃあ近くだから、車はここに停めておいて歩いていこうか?」
「はい」そう言って俺と愛ちゃんは歩き始めた。

雑貨屋に入ると愛ちゃんはいろいろと物色していたので
俺も何かないかと、店内を見て回った。
おっ、これなんかいいかな。そう思って俺が手に取ったのは
写真立て位の大きさの小さいキャンバスだった。
それを二つ取り、俺は再び店内を見て回ると小さな水彩絵の具のセットが
あったのでそれも買った。
その後俺は愛ちゃんを見かけたので愛ちゃんに声をかけた。
愛ちゃんは手に一杯荷物を抱えていたので
「愛ちゃん一体なにをそんなに持ってるの?」
「なんかほしいものが一杯あって、いろいろ選んでたらこんなになっちゃって」
「そうなんだ、まだ買うものあるの?」
「いやもうないんでこれからレジにいこうと思ってたところです」

「なんかあの店いいですね、いろいろあって」
愛ちゃんは店を出ると嬉しそうに俺に話してきた。
「俺はあんまり行ったことないけどやっぱりああいう店は女の子とかは好きなのかな」
「ええ、私気に入っちゃいました」
「で、ほかには行きたいところあるの?」
「ちょっと疲れたからあそこで休憩しませんか?」
愛ちゃんは小さな公園を指差した。
「そうだね、ちょっと休もうか?」
そう言って俺と愛ちゃんは公園のベンチに腰をかけた。

「今日はいい天気ですね」
そう愛ちゃんに言われて、俺は空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。
「本当にいい天気だね」
そう言って俺と愛ちゃんはしばらく空を見ていた。
そしてなぜか左肩に重みを感じたのでそっちをみると、愛ちゃんが静かに寝息を
たてて眠っていた。
やっぱり疲れてたんだろうな、愛ちゃんきのう福岡に行って
そのまま今日帰って来てここにいるんだから。
俺は愛ちゃんが寒いといけないと思い
愛ちゃんを起こさないように着ていたジャケットを愛ちゃんにかけた。
俺は動くわけにもいかずにじっと空を見ていたが
それにも飽きてきたので、さっき買ったキャンバスに絵でも描こうと思い
袋から、キャンバスと鉛筆を出した。そして少し目を閉じてると
いい情景が浮かんできたので、いっきに描いた。
下書きが終わって横を見ると愛ちゃんはまだスヤスヤと眠っていた。
俺はその寝顔をじっと見ていた。

愛ちゃんの寝顔は見ているだけで全然飽きず、急に驚いたような顔をしたり
なぜか急にとても嬉しそうな顔になったりしていた。
それから三十分くらい経ってあたりも薄暗くなった頃
突然強い風が吹いて愛ちゃんの髪が俺の鼻をくすぐり、俺はつい
「ハックション」と大きなくしゃみをしてしまった。
その音で愛ちゃんは吃驚して目を覚まし俺のほうを見た。
「ごめん、愛ちゃん起こしちゃったね」
「私こそごめんなさい、眠っちゃっていたみたいですね」
「いいよ気にしないで、愛ちゃんも疲れてたんだと思うし
それに愛ちゃんの寝顔可愛かったよ」
「そんなこと言われると恥ずかしいですよー」と
愛ちゃんは顔を真っ赤にして、俺の肩のあたりをつついた。
その時ジャケットを掛けられているのに気付いて愛ちゃんはそれを俺に返した。
「すいません、寒かったんじゃないですか?」
「まあちょっと寒かったけど、でも愛ちゃん風邪引かすわけにはいかないから
これから新曲のプロモーションもあるんだろうし・・・」
そういいながら俺は寒かったので愛ちゃんから渡されたジャケットを着た。

「もう十分休んだ?」と俺が聞くと、愛ちゃんは
「ええ、もう十分です」といったので公園のベンチから立ち上がった。
「そういえば手に持ってるのなんですか?」
俺が立ち上がった時に愛ちゃんは俺の手に持っているものを指差してそう聞いてきた。
「ああ、これはさっき雑貨屋で買ったキャンバスだけど」
「でもなんか描いてありませんか?」
「これは、俺が描いたんだ」
「ちょっと見せてもらえませんか?」
「いいよ、でもまだ下書きだから、鉛筆で書いただけだけど」
そう言って俺は手に持っていた、キャンバスを愛ちゃんに手渡した。
「なんかすてきですね、この絵」
「あ、ああ・・・そう」
俺はそう言われてなぜか照れてしまった。
そんなことを誰かに言われるのは久しぶりだったからかもしれない。
「この絵私にくれませんか?」愛ちゃんは絵をしばらく見て俺にそう言った。
「いいけど、まだ完成してないから完成したらあげるよ」
「本当ですか?じゃあ約束ですよ」
と言って愛ちゃんは俺に小指を俺に差し出してきた。

俺は訳がわからず愛ちゃんに
「愛ちゃん、その指は何?」と聞くと
「決まってるじゃないですか、指きりですよ、ゆ・び・き・り」
そう言って愛ちゃんは俺の小指と自分の小指を絡ませ
「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のまーす、指切った」
と言って指を離した。
「フフ、約束ですよカズさん」
愛ちゃんにそう言われた後も俺はさっき愛ちゃんと繋がれた指をじっと見ていた。
「カズさん、そろそろ行きましょうか?」
愛ちゃんは置いてあった荷物を取り俺より少し先に行っていたので
「ああ、うんわかった」そう言って
俺は視線を戻し、少し先にいる愛ちゃんに小走りで駆け寄った。
「後はどこか行きたいところあるの?」
「もうないです」
「じゃあ夕飯の買い物をして帰ろうか?」
「そうですね」
俺と愛ちゃんは再び車に乗り込み、今度はスーパーに向かった。

「愛ちゃんなんか食べたいものでもある?」
スーパーの食料品売り場で俺は愛ちゃんに夕飯は何がいいか聞いた。
「えーと、そうですね今日は寒いから鍋なんてどうでしょうか?」
「鍋か・・・そうだね鍋にでもしようか」
俺は鍋の材料を買い物カゴに入れながら愛ちゃんに
「そういえば鍋なんて久しぶりだよ」と話し掛けた。
「そうなんですか」
「ああ、一人暮らしなんてしてると、鍋にしようなんて思わないからね」
買い物を済ませて店出るとあたりはもう真っ暗になっていた。
「じゃあ帰ろうか?」
「はい」そう言って俺と愛ちゃんは車に乗り家に戻った。

「ふぅー疲れたね」
「そうですね疲れましたね」
俺と愛ちゃんは、家に戻り荷物を置いてリビングのソファーに座っていた。
時計を見ると、六時半になっていた。

「そういえばカズさんってアルバイトとかしてないんですか?」
俺と愛ちゃんはしばらく座って休んでいたが、愛ちゃんがそう俺に聞いてきた。
「つい最近までしてたけどやめちゃったんだ、だから新しいバイト探さなきゃとは
思ってるんだけど、愛ちゃんがいる一ヶ月くらいはバイトしなくてもいいかなとも
思ってるんだ、別に今お金に困ってるわけじゃないし、あとやりたい事も少しあるし」
「なんかご迷惑かけちゃってるみたいで・・・」
「迷惑じゃないよ愛ちゃんが来てまだ三日だけど
なんか自分の生活が変わったような気がするんだ、だから逆に俺は愛ちゃんと
一緒に住むことになって良かったと思ってる」
俺がそう言うと愛ちゃんは少し嬉しそうな顔をしていた。
「じゃあ夕飯にしようか?」
俺がそう言ってソファーから立つと
「あっ、私も手伝います」と愛ちゃんも一緒に席を立った。
「じゃあ愛ちゃんはこの野菜を切って」
俺と愛ちゃんは一緒にキッチンにたって鍋の準備をしていた。

今日の鍋は水炊きで俺は魚のしたごしらえをして
愛ちゃんは野菜を切っていた。
「愛ちゃん大丈夫?」
愛ちゃんの野菜を切る手つきはかなり危なっかしく見ている
こっちが不安になって来たので愛ちゃんの後ろに立ち
腕を取ってちゃんとした包丁の持ち方を教えてあげていた。
「だからこういう風に持ってこう切るの」
愛ちゃんは俺に言われたとおりに野菜を切っていった。
その時俺は、今の体勢が、かなり危険な体勢だと気付いた。
なにせ俺は、愛ちゃんに密着しているのだから。
このままだと俺の下半身が元気になってしまうので、愛ちゃんから離れた。
そして今度は横から愛ちゃんが野菜を切る様子を見ていた。
「カズさん、こんな感じでいいですか?」
愛ちゃんは一通り野菜を切り終わると、首を横にして俺を見ながら言った。
「う、うん、そんなもんでいいんじゃない」
その野菜は御世辞にもうまいとは言えない物だったが、それよりも
俺は愛ちゃんの顔を間近で見てドキッとしていたので、答えが適当になっていた。
それをごまかすために俺は「じゃあそろそろ食べようか?」
と言って、切り終わった野菜や魚をテーブルに持っていった。

俺と愛ちゃんは鍋が煮えるまで少し話をしていた。
「それにしてもカズさん本当に料理上手ですね」
「そうかな」
「そうですよ、私なんてほとんどできないですから、何でそんなに上手なんですか?」
「子供の頃から料理してたからかな」
「料理を始めたきっかけって何ですか?」
「いや、俺の両親は二人とも働いていて、あんまり家にいることがなかったんだ
だから、俺が料理ぐらいはやろうかと思って始めたのがきっかけ」
「そうだったんですか」
「うん、まあ、やる必要がなくなった後も作るのが楽しくなったから
ずっとやってて、そのおかげで一人暮らし始めてから
食事の面ではあんまり苦労しなくなったけどね」
「今度私に肉じゃがの作り方を教えてくれませんか?」
「いいけど、どうして?」
「お母さんを驚かせて見ようと思いまして
急に私がおいしい肉じゃがを作れるようになってたら
お母さん驚くんじゃないかなーって思って」
「そういうのっていいね、じゃあ今度教えてあげるよ、って言っても
教えるほどのものじゃないけど」
「じゃあ今度よろしくお願いします、カズさん」
「ああ、まかしといてよ」
俺はそう言って胸を叩いた。

それから鍋を見てみると、いい感じに煮えてきていたので俺は
「じゃあ食べようか」と愛ちゃんに言った。
「いただきます」
俺と愛ちゃんは声をそろえて、鍋をつつき始めた。
「おいしいですね」
「そうだね」
そう言いながら、俺と愛ちゃんはさらに箸を進めた。
「これ愛ちゃんが切った野菜だね」
俺はそう言ってなんかちょっと変な形をした白菜を愛ちゃんに見せた。
「もうやめてくださいよー」
愛ちゃんはそう言って、野菜から目を背けた。
俺はそんなことをしていると、なんだかとても気分が良くなって
「こういう食事って楽しいね」と愛ちゃんに言った。
「ええ、そうですねやっぱり食事は一人で食べるより
みんなで食べる方が楽しいですもんね」
「うん、俺あんまり人と一緒にご飯を食べることってなかったから・・・」
「じゃあこれからはなるべく一緒にご飯を食べましょう
そうすれば私も料理が少しは上達するかもしれないですから」
「うん、そうしよう」
そう言って、俺と愛ちゃんは再び鍋を食べ始めた。

「はぁーお腹一杯になったね」
「ほんとにもう食べれません」
鍋一杯にあった野菜や魚それに肉や豆腐などはすべてなくなり空になっていた。
「愛ちゃんおいしかった?」
「はい凄くおいしかったですよ」
「そう言ってもらうとまた愛ちゃんになんか作って上げたくなっちゃうな」
「じゃあまたお願いします、でも今度はちゃんと作り方も教えてくださいね」
「愛ちゃん後片付けは俺がやっておくから先にお風呂入っちゃっていいよ」
「でもいいんですか?」
「だって愛ちゃん明日も仕事なんでしょ、だったらいいよ俺がやっとくから」
「でも・・・」
「いいって、いいって」
俺はまだ何か言いたそうな愛ちゃんを強引に立たせ風呂に入るよう促した。
愛ちゃんは一言「すいません」とだけ言って着替えを持って風呂場に入って行った。
俺は片付けが終わった後、ソファーで愛ちゃんにあげる絵を描いていた。

公園では下書きをしていただけだったので、それに手直しをして
後は筆で書くだけになった。
ふと後ろに視線を感じたので振り向いてみると、愛ちゃんが俺のことを
見ていた。
「どうしたの愛ちゃん、声をかけてくれればよかったのに」
「カズさんが真剣な表情だったので、声を掛けづらかったので・・・」
「人に絵をあげるなんて久しぶりだからつい真剣になっちゃったよ」
俺は愛ちゃんに後は仕上げるだけになった絵を見せた。
「わあーさっきよりももっと良くなってますね」
愛ちゃんはそう言って絵を見ていた。
「そう、なんかほめられるって嬉しいな」
俺は照れながら自分の鼻をかいた。

「絵を書いてるときのカズさんってなんか違う人みたいでしたよ」
「そう、どういう風に見えたの?」
「なんかこう、目とか鋭くなっていて、別人のように見えましたよ」
「俺って絵を描いてる時そう言う風に見えるのかな?」
「ええ、でも結構かっこいいでですよ、カズさんが絵を描いているとこって」
「そ、そ、そ、そそ、そんなこと、な、な、な、ないよ」
俺は思いっきりどもってそれを否定した。
そんなことを言われたのは初めてだったので、俺は凄く慌てていた。
「そんな事ないですよ、やっぱり男の人の真剣な表情って素敵です」
そう言っている愛ちゃんの顔を見ると、風呂上りのせいなのか
ほんのり赤くなっているのが分かった。
その上愛ちゃんはかがんでいて、俺のほうから愛ちゃんの胸元がチラッと見えたのだ。
俺はその時、自分の顔が凄く赤くなっていくのがわかり視線を
愛ちゃんから外した。そして
「あ、愛ちゃん、明日は朝何時に起きるの?」
「えーと明日ですか・・・明日は確か八時くらいに起きればよかったと思います」
「そうなんだ」
俺は赤くなった顔を愛ちゃんに気付かれないようにするために
関係ないことを聞いて愛ちゃんの注意を逸らした。

「じゃあそろそろ寝た方がいいんじゃない?」
俺が時計を見るとまだ九時半だった。
「またー、冗談を言わないでくださいよ、まだ九時半じゃないですか?
もうちょっとお話しましょうよ」
愛ちゃんはそう言うと俺の向かいに座った。
そしていろいろと話をしてると、愛ちゃんが
「カズさんは大学でどんなことをしてるんですか?」と聞いてきたので
俺はしばらく考えて、
「うーん、うちの大学は美大だからあれなんだけど、まあ絵を描いたりは
もちろんするし、後は美術史とかを勉強したり・・・でもちょっと
後悔してるんだよね美大に入って」
「それはどうしてですか?」
「いや、なんて言ったらいいかわからないんだけど
いろいろなことを覚えた代わりに大事なことを忘れてしまったような気がして
何かって訳じゃないんだけど、絵のことにしたって、最近課題以外では
ほとんど描けなかったりしてるし」

「でもこの絵はよくできてるじゃないですか」
そう言って愛ちゃんはテーブルに置いてある絵を指差した。
「まあこの絵は、サイズも小さいし一気に描いたものだから・・・
それに最近絵に対する情熱も薄れているような気もするんだよね」
「でもやっぱり、カズさんの描いた絵は素晴らしいと思いますよ
それにさっきの真剣な表情を見てると『絵に対する情熱が薄れた』って事は
ないような気がするんですけど・・・すいません生意気言っちゃって」
「・・・・・・・」
愛ちゃんにそう言われて俺はなにも言えなくなってしまった。
それを見た愛ちゃんは急に
「もうこの話は止めて別の話をしましょう」
と言って俺と愛ちゃんは話題を変えてまた話を始めた。
その後の会話は少しギクシャクしてたが、なんとか間を繋ぐことが出来た。
「おやすみなさい、カズさん」と言って愛ちゃんは自分の部屋に入った。
「おやすみ愛ちゃん」
そう言って俺は自分の部屋に入った。
時計を見ると十二時半だった。
俺はベッドの上で横たわり考え込んでいた。
俺はやっぱり絵が好きなんだろうか?
まだ絵を描いていけるんだろうか?
俺は心の中で何かが変わっていることに気がついていた。
それは、言うまでもなく愛ちゃんのおかげである。
またもしかしたら自分の絵に対する情熱が戻ってくるかもしれない。
そう思いながら俺は目を閉じた。

それから二、三日愛ちゃんはとても忙しくてあんまり話も出来なかったけど
朝食のときだけは何とか話をするようにはしていた。
そんなある日、俺と愛ちゃんはいつものように朝食を食べていた。
「愛ちゃん今日も仕事遅いの?」
俺は昨日愛ちゃんが帰ってきたのが十一時を過ぎていたので気になって聞いてみた。
「今日は確か八時くらいには終わると思います
それで、ちょっとお願いがあるんですけど」
「何?」
「実は今日加護さんの誕生日なんですよ、それで辻さんと話したんですけど
今日ここで誕生会をしてあげられないかなと思って」
俺は少し考えて、まあ今日は予定もないしいいかなと思い
「いいよ、それで何人くらい来そうなの?」
「昨日聞いた限りでは保田さん、後藤さん、吉澤さん、石川さん
辻さん、加護さん、あと矢口さんは
ラジオの仕事が終わったら、来るそうです」

「そうすると俺と愛ちゃんを入れて九人だね、分かった俺の一番の得意料理を
用意して待ってるよ」
「ありがとうございます、後ケーキは用意しなくてもいいです」
「どうして?」
「後藤さんと吉澤さんが作ってくるって言ってましたから」
「ああ、そうなんだじゃあ後藤さんと吉澤さんに楽しみにしてるよって言っておいて」
「はい分かりました」
そう言うと愛ちゃんは残っていた紅茶を飲み干した。
「そろそろ行く時間じゃないの?」
「ああ、そうですね」
そう言って愛ちゃんは席を立ち、コートを着て
「じゃあ今日の夜楽しみにしてます」
と言って、玄関に向かっていた、俺はその後ろ姿に
「仕事頑張って」と言うと
愛ちゃんは「はい頑張ります」と言って家から出て行った。

俺は朝食を食べ終わり、今日どうしようか考えている。
とりあえず今日は何を作ろうかな・・・やっぱり俺の一番の得意料理
ビーフシチューを作ろう。
それにはあんまりもたもたしている時間はないな。
俺はそう思い席を立った。
とりあえず朝食の片付けをして、俺は材料を買いに行くことにした。
外へ出ると風が物凄く冷たかったのと、荷物が多くなりそうだったので
俺は車で家からちょっと離れた大きなスーパーに向かった。
その日は平日と言うこともあってか店は結構空いていて、欲しいものは
あっという間に揃い会計を済ませ、店を出た。
家に帰る途中に雑貨屋に寄り、加護ちゃんの誕生日プレゼントを買うことにした。
うーんどれにしようかな?
俺は女の子にプレゼントとかをしたことがほとんどないので
かなり悩んだが、よさそうな猫のぬいぐるみがあったので、それを買い、店を出た。

「ふー疲れた」
俺はそう呟き、買ったものをテーブルの上に置いた。
少し休みたかったが、そんな暇もないので、俺はすぐにキッチンに立ち
買ったものを取り出してビーフシチューを作る準備を開始した。
その説明は省くがかなり俺はかなり本格的に作るので
結構時間が掛かるのだ。
「やっと終わった」
後は3〜4時間煮込むだけになったので、俺は椅子に腰掛け
お茶を飲んでいた。
ちょっとするとお腹が減ってきたので、時計を見ると、二時半になっていたので
俺は昨日愛ちゃんのために作ってあった夕食の残りを昼食として食べ
一休みして今度は部屋の片付けをしようと思い椅子から立ち上がった。
リビングは結構整理されていたが、これでは九人も座れないので
俺はテレビの前にもソファーを置いて何とか九人座れるようにした。
そしてまあ入られないとは思うが自分の部屋に行き、乱雑になっている
部屋の整理をした。
そして時計を見ると、まだ二時間ぐらい煮込んでいなければならなかったので
俺はリビングに戻り絵の続きを描いていると
「ピリリリリリリリリリリリリリ」
と携帯が鳴ったので、俺は携帯を見た。

するとそこには愛ちゃんからメールが入っていた。

【カズさんへ
今日は多分八時半くらいにいけると思います
でも後藤さんと加護さん保田さんは
ちょっと遅れて九時半くらいになりそうです
だから私と吉澤さん、石川さん、辻さんが先に行くので
待っていてください。
後今日の料理皆楽しみにしていますよ。】

メールを読み終わると俺は、愛ちゃんにメールを返そうと思い
文章を考えて、メールを打ち送信した。

【愛ちゃんへ
了解しました。
じゃあ気合を入れて料理を作っておきます
今日は俺の一番の得意料理ですから
楽しみにしていてください】

その後俺はしばらく絵を描いて
ふと時計を見ると六時半だったので
俺は鍋の様子を見にキッチンに向かった。
「よし完璧だ」俺は味見をしながらこれならみんな気に入るだろうと思い
かなり満足していた。
サラダは後で作ろうと思い、俺は再びリビングに戻り
愛ちゃんにあげる絵を見ていた。
自分では久しぶりにいい出来だなと思いつつ、ちょっと納得の行かない部分が
いくつかあったのでまだ愛ちゃんにあげるのは少し先になりそうだ。
そろそろ用意しないとな。
しばらく座ってボーっとテレビを見ていたが時間が迫ってきたので
俺はそう思いまたキッチンに立った。
今日のサラダはシーザーサラダだ。
それは作りなれているので、すぐに出来上がり、後は皆の来るのを待つだけになった。

時計を見ると八時二十五分だった。
「ピーンポーン」
俺が時計から目を戻したすぐ後に、呼び鈴がなったので
俺は玄関に行きドアをあけるとそこにはモーング娘。が四人立っていた。
「いらっしゃい」俺がそう言うとまず愛ちゃんが
「ただいま」と言いそれに俺は「お帰り」と言うとまず先に愛ちゃんが部屋の中に
入って行った。
それに続いて「こんばんは」と辻ちゃんも声も聞こえ
その後に「始めまして、こんばんは」という二人の声が同時に聞こえた。
暗くてよく分からなかったが多分石川さんと吉澤さんであろう。
「まあとりあえず入ってよ」俺がそう言うと三人は
「おじゃまします」と言って家の中に入った。
その時吉澤さんが俺に三十センチくらいの箱を渡して
「これケーキだから、冷蔵庫に閉まっておいてください」
「はい了解しました、吉澤さん」
「そんな固い言い方でくださいよ南条さんのほうが年上なんだから
『ひとみ』って呼んでくれてもいいですよ」
「あっ!!、私の事も名前で呼んでもらって構いません」
石川さんもそう言ってきたので俺は二人に
「分かったじゃあそうすることにするよ」と言って部屋に入った。

部屋に入ると辻ちゃんが「おいしそうな匂いがします」
と言ってキッチンの鍋に近づいていた。
「これ食べてもいいですか?」
と辻ちゃんが言ったので俺は
「加護ちゃんを待ってなくていいの?」
「いいです、遅い方がいけないのです
今のうちに私があいぼんの分も食べちゃいます」
と辻ちゃんが言うと
「じゃあ食べちゃおうか私もお腹空いてるし」
とひとみちゃんが言い
「そうしましょう」と梨華ちゃんもそれに同意した。
愛ちゃんも食べようと言う表情をしていたので
「じゃあ食べちゃおうか」と俺が言うと
「賛成」という声がいっせいに聞こえたので俺は
「じゃあ準備するから座ってて」と言うと四人は各自席についた。
俺はビーフシチューとシーザーサラダを五人分用意してテーブルに置いた。

「いたただきます」
そう声を揃えて言って俺たちは夕食を食べ始めた。
さっきまで騒がしかった辻ちゃんは急に静かになり
凄い勢いで食べ始めた。
他の皆も急に静かになり、黙々と食べている。
俺は少し不安になって隣に座っている愛ちゃんに
「どうおいしい?」と聞くと愛ちゃんは
「凄くおいしいです、こんなおいしいビーフシチュー食べたことありません」
そう言うと愛ちゃんは再び皿に目を落とし食べ始めた。
「お代わり」
まだ食べ始めて、十分も経ってないのに辻ちゃんはそう言った。
俺はそういわれ席を立ち、辻ちゃんにビーフシチューのお代わりを盛って
辻ちゃんに渡した。
「辻ちゃん、おいしい?」
「うん、おいしいです」
「良かった気に入ってもらえて」
俺がそう言うと辻ちゃんは再び凄い勢いで食べ始めた。
その後も皆三杯位づつお代わりをして辻ちゃん以外は
「ごちそうさま」と言ってリビングに行った。

その時ひとみちゃんが「最高でした」と言い
梨華ちゃんも「おいしかったです」と言ってくれて俺は凄く満足だった。
そして辻ちゃんのほうを見ると五杯目を食べている。
「ピーンポーン」
その時インターフォンが鳴ったので俺は玄関に行った。
ドアを開けると、目隠しをしている加護ちゃんが立っていた。
それを見て俺は後藤さんと保田さんに何か言おうとすると
後藤さんが小声で
「こんばんは、始めまして後藤真希です。
実は加護のことを驚かそうと思って加護にはなにも言ってないんです
まあ今日が自分の誕生日だからうすうす気付いてるとは思いますけど・・・」
俺は無言でそれに頷いた。
後藤さんはそれを見て加護ちゃんの靴を脱がし
加護ちゃんの手を引っ張って部屋の中へ入って行った。
その後保田さんが
「こんばんは南条さん、保田圭です」
「あっ!!どうぞ入ってください」
「おじゃまします」
そう言って保田さんと俺は部屋の中へ入って行った。

部屋の中に入ると、リビングに座っていた三人と
ついさっきまでビーフシチューを食べていた辻ちゃんが
クラッカーを持って加護ちゃんを囲むように立っている。
そして、愛ちゃんが俺のほうに駆け寄ってきて、俺にクラッカーを渡し
「後藤さんが加護さんの目隠しを取るのでそしたら一斉に
『誕生日おめでとう』と言ってクラッカーを鳴らします」と言ったので
「うん、分かった」と俺は言ってクラッカーを受け取った。
そして後藤さんが加護ちゃんの目隠しを外したので
俺たちは「誕生日おめでとう」と言って加護ちゃんに向けてクラッカーを鳴らした。
加護ちゃんは状況が理解できていないらしく、きょろきょろと周りを見回している。
「ののどういうことや?」
そして加護ちゃんは辻ちゃんに駆け寄り、そう聞いている。
「どういう事って、今日はあいぼんの十四回目の誕生日じゃない」
「ああ、そうかそうやったな、それでおばちゃんがいきなり目隠ししたんか
一体何事かと思ったで後藤さんも手を引っ張るだけで何も言うてくれへんし・・・
皆集まってくれてありがとう」
加護ちゃんは目に涙をためて周りの皆にお礼を言っていた。

しかしそのすぐ後、部屋の匂いに気付き
「なんかいい匂いがする」
と言ってさっきの辻ちゃんと同じ行動を取っていた。
「あっ!!もしかしてもう皆食べたんか?」
加護ちゃんはテーブルの上に置いてあった皿を見て先にきていた
四人に詰め寄った。
俺はそれを見てさっきまで泣いていたのにと思いながら
「まあまあ加護ちゃんの分も一杯あるからとりあえず座って」
と言って加護ちゃんを無理矢理席に座らせた。
「ああ、そうだ後藤さんと保田さんも」
俺がそう言うと保田さんも席についた。
後藤さんは俺に
「さん付けは止めてくださいよ、南条さん」
「分かりました、でもなんて呼べば?」
「『真希』とでも呼んでください」
「うん、分かった」
と俺が言うと真希ちゃんも席に座った。
辻ちゃんはいつのまにか席についていて、さっきの分を食べている。
他の三人はリビングに戻り座って何か話をしているようだった。
保田さん、真希ちゃん、加護ちゃんは
「いたただきます」と言って三人はビーフシチューを食べ始めた。
「おいしい」
そう言って真希ちゃんは俺のほうをみた。

「本当に料理上手なんですね、私もたまにビーフシチューとか作るけど
こんなにおいしくは出来ませんよ」
「これは市販のルウとか使ってないから、結構自分好みに味付けできるんだ」
「そうなんですか、じゃあこんどレシピをください
今度自分の家で作って見ますから」
「ああ、いいよ」
「南条さん、お代わりください」
真希ちゃんと話をしていると、加護ちゃんがそう言って俺に皿を渡した。
「はいどうぞ、ところで加護ちゃんこれおいしい?」
「うん、めっちゃうまいわ」
俺が皿を渡すと加護ちゃんは返事もそこそこに食べている。
そして保田さんもなにも言わずに食べているようだったが急に俺のほうを見て
「おいしいわよ」とだけ言ってまた食べている。

「ごちそうさま」
そう言って四人はリビングに行った。
俺は食器を片付けている。
シチューの鍋を見るとあれだけ作ってあった
ビーフシチューはほとんどなくなりかけていた。
加護ちゃんと辻ちゃんが「残っているやつも頂戴」と言ったが
俺は「矢口さんの分がなくなっちゃうから」と言って何とか二人に納得してもらった。
しかし十四人分くらい作ってあったのにもうほとんど残ってないな
まあ、あの二人だけで十杯くらい食べていたような気もするが・・・。
それにしても女の子っていうのは結構食べるんだな。
真希ちゃんにしても、四杯くらい食べてたし・・・。
「手伝いますよ」考え事をしながら、食器を洗っていると後ろから愛ちゃんの
声がしたので、俺は振り向いた。
「別にいいのに」
「でも、あんなにおいしいもの作ってもらった上に片付けまでさせちゃうのも
どうかと思いまして」
「分かったじゃあ俺が皿を洗うから、愛ちゃんは皿を拭いて」
「分かりました」
愛ちゃんはそう言って、ナプキンを持った。
そして二人で皿を洗っていた。

「よしっ!!これで終わり」
俺はそう言って最後の皿を愛ちゃんに渡した。
そして俺と愛ちゃんは皿洗いも終わったので皆のいるリビングに行った。
リビングはやはり女三人いれば姦しいと言うが、今日は七人もいるので
更に騒がしかった。
俺と愛ちゃんもそれに混じるようにソファーに座った。
しかし、俺と愛ちゃんがソファーに座ると急に静かになり、皆の視線が
俺のほうを向いた。
そして、向かいに座っている梨華ちゃんがいきなり
「南条さんって彼女いるんですか?」
それに続いて真希ちゃんも
「そうですよ、それを私も聞きたかったんですよ」
「・・・・・・・・・・・・」
俺はいないと言うのが恥ずかしくて
返答に詰まっていると今度は隣に座っている愛ちゃんまでもが
「どうなんですか?」と聞いてきた。
俺は笑われるのを覚悟して
「いません、というか女の子と付き合った事もありません」
と言うと愛ちゃんが
「本当なんですか?」
「本当だって、そりゃ高校時代に好きな人とかいたことはあったけど片思いだったし
その娘に告白したときも思いっきり振られちゃったしね」
俺がそう言うとまた静かになってしまった。
そしてリビング全体に嫌な空気が流れている。

しばらくそんな空気が流れたが、それを打破するように加護ちゃんが
「今日はうちの誕生日やねんからこんな暗い空気いややねん」
と言ってその後、辻ちゃんが
「私トランプ持ってきたからトランプでもしましょう」
と言って鞄からトランプを出した。
俺もこの雰囲気を元に戻したかったので
「そうだねそうしよう」と言うと
愛ちゃんや他の皆も「そうしよう、そうしよう」と言ってトランプを
始めようとした。
しかし八人ではどんなゲームをやってもトランプの数が足りないので
二人一組に分かれることになった。
ちょうど四つのソファーに二人ずつ座っていたので
そのまま、二人ずつペアになった。
因みにそのペアは俺と愛ちゃん、向かいが梨華ちゃんとひとみちゃん
右隣が保田さんと真希ちゃん、左隣が加護ちゃんと辻ちゃんという配置になっている。

「で何のゲームするの?」
そう言って真希ちゃんが辻ちゃんの方を見ていった。
「どうするあいぼん?」辻ちゃんは加護ちゃんの方を見て聞いた。
「そうやな、じゃあ神経衰弱にしよか」
「でも最近加護、神経衰弱練習してるじゃない」
と保田さんが言うと梨華ちゃんが
「まあいいじゃないですか、今日はあいぼんの誕生日なんだから」
と言うと保田さんが
「他のみんなはいいの?」
と言われたので、俺と愛ちゃんは頷いた。
他の皆も同様に頷いている。

「じゃあ神経衰弱にしましょう」
そう言って辻ちゃんはトランプをテーブルに撒いている。
「じゃあルールはどうしましょうか?」
俺は皆に聞くとまず加護ちゃんが
「じゃあとりあえず一回交代で取る様にしよう」と言い
「後相手と相談するのはなしね」とひとみちゃんが言った。
「そしたら、ビリになった人はなんか罰ゲームをやるっていうのはどう?」
と真希ちゃんが言うと、皆「いいね、いいね」と言っている。
「じゃあそうしましょうか」と俺が言うと皆が
「賛成」と言った。
そして神経衰弱が始まった。
順番は加護ちゃんから左回りに回っていき俺と愛ちゃんは最後の番である。
愛ちゃんは俺に小声で「最後だから有利ですね」と言ってきたので
「そうだね頑張ろう」と俺は返した。

ゲームは序盤から加護ちゃんのチームが飛ばしていて
俺たちのチームは一組も取れていなかった。
「やばいね、愛ちゃん全然取れないね」
「そんな悠長なこと言っていていいんですか?」
「いや、でも加護ちゃん凄いよ、ほとんど覚えているから
全部取られちゃうんだもん」と俺が言うと愛ちゃんが皮肉っぽく
「カズさんがちゃんと取れてれば、加護さんに取られる前に取れてるんですけど」
そう言われてみれば、そうだった。
ルールで交代で取るようになっているので、俺の次に加護ちゃんが取ることに
なっている。
「そうだねでも俺が取れなくても愛ちゃんが取れてれば大丈夫だと思うけど・・・」
「私の前でほとんど取られちゃって私も取れないんです」
「そうかじゃあ一緒にがんばろうか、罰ゲームは嫌だしね」
「はい」
そう言って俺たちはゲームを続けた。

「やったー、一番だー」
「うちらの勝ちやな」
そう言って加護ちゃんと辻ちゃんは飛び跳ねて喜んでいた。
「二位ー」そう言って真希ちゃんはVサインをしていた。
「何とか三位でしたね」
「うん」
俺と愛ちゃんは、何とか後半頑張って一組差で梨華ちゃんのチームをかわしていた。
「じゃあ石川と吉澤が罰ゲームね」
保田さんはそう言って梨華ちゃんとひとみちゃんのほうを見た。
「何をすればいいんですか?」
梨華ちゃんは不安そうな表情を見せている。
「ちょっと集合」
保田さんはそう言って梨華ちゃんとひとみちゃん以外を呼んだ。
「で、罰ゲーム何にしようか」

「そうですね、なんか一発ギャグをやってもらうのはどうですか?」
辻ちゃんがそう言うと加護ちゃんが
「それはあかんやろ、あの二人じゃ絶対空気が凍りつくと思うで」
「じゃあ何がいいの?」
「うーん・・・そう言われてもなー」
加護ちゃんは考え込んでしまった。
すると真希ちゃんが「いいんじゃない、一発ギャグで」と言い、俺は
「そうしましょう」と言い、愛ちゃんも
「ためしに見てみましょうよ、二人の一発ギャグ」
と言っていたので、加護ちゃんも
「しょうがないな、じゃあそれで」と言ったので保田さんは
「よしそれにしよう」と言った。
「石川、吉澤、一発ギャグをやってそれが罰ゲームよ」
保田さんが二人に言うと、ひとみちゃんは自信ありげな表情を見せて
「そんなの御安い御用ですよ」と言った。
梨華ちゃんは少し自信がなさそうに
「頑張ります」とだけ言った。
そして二人は一発ギャグをやったが・・・いや、なにも言うまい

「気を取り直して二回戦」
そう言って辻ちゃんが大きな声を出した。
少し寒い空気が流れていたので
俺や他の皆も必要以上に大きな声をだしてそれに応えた。
「ところで今度は何をやるの?」
真希ちゃんは皆に問い掛けると、愛ちゃんが
「ババ抜きでもしませんか?」と言うと
「それなら勝てそう」と梨華ちゃんが言った。
「じゃあそうしますか?」俺がそう言うと
「よし、やろう」とほかの皆が言った。
「ピルルルルルルル」
ババ抜きをやっている途中で誰かの携帯が鳴った。
「あっ!!ごめん私だ」
保田さんはそう言うと携帯に出た。
「もしもし、矢口どうしたの?」
電話の相手は矢口さんらしい。

しばらく保田さんは矢口さんと話をしている。
保田さんは「楽しいよ」とか「料理がおいしかった」と矢口さんに
言っているようだった。
「え、南条さんに代われって?わかった」
「南条さん矢口がなんか話あるそうです」
保田さんはそう言うと俺に携帯を渡した。
「もしもし、代わりました南条です」
「もしもし矢口ですけど」
「どうしたんですか?」
「あのちょっと南条さんにお願いがあるんですけどいいですか」
「いいですけど」
「今からお台場まで迎えにきてくれませんか?」
「えっ!!今からですか?」
「うん、今十一時二十五分でしょ
だから今からきてくれればちょうどいいかなーと思って
まあ嫌ならタクシーで行くけど」

俺は少し考えてどうしようかと思ったが、まあいいかなと思い
「わかりました迎えにいきますよ」
「ほんと?ありがとうございます南条さんじゃあ裏口で待っててください
あ、そうだ後一応携帯の番号教えといてくれますか?」
「分かりました」
俺は携帯の番号を教えた。
「じゃあこれからまだちょっとあるんで後で」
「はい」
俺がそう言うと電話は切れた。
「矢口なんだって?」
保田さんに携帯を返したとき俺にそう聞いた。
「なんか迎えにきて欲しいって言ってましたよ」
「で、南条さん迎えに行くの?」
「ええ、だからゲームは残った人で続けてください」
そう言って俺はソファーから立ち上がり皆に
「じゃあちょっと行ってきます」と言って家をでた。

和智がいなくなったリビングではトランプが続けられていたが
一人抜けたことによって、盛り上がらなくなっていたので
後藤が「もうやめない」と言うと、皆が
「そうだね」と言ってそこでトランプは終わりになった。
トランプが終わると加護と辻は石川にちょっかいを出している。
保田と後藤は話をしているようだった。
そして吉澤は愛の隣に座り愛に何事かを話しかけている。
「高橋そんなに南条さんがいなくなって寂しい?」
愛はそう言われて、凄く驚いた。
なぜなら吉澤に心の中を見透かされているようだったからだ。
「そ、そんな事ないですけど」
愛はそう返したが、吉澤はニヤリと笑い
「バレバレだよ、高橋だってさっき南条さんと矢口さんが話しているとき
高橋の事ずっと見てたらなんか凄く表情が暗くなっていってたもの」
「・・・・・・・・」
愛は吉澤の言うことが間違っていなかったので返すことが出来なかった。

「ほら、何にもいえないって事は図星なんでしょ
だって高橋、家に入ってからずっと南条さんの事
目で追ってるんだもんあれなら誰だってわかるんじゃないかな。
で、いつくらいから気になりだしたの?」
愛はしばらく考えて、少し小さな声で吉澤に話し始めた。
「それは、なんか最初会った時からこうカズさんにはなんともいえない
良い雰囲気があったんですよそれで話とかしているうちになんか気になって」
「そうなんだ、それで高橋はこれからどうしたいの?」
「どうって言われても・・・」
「南条さんの初めての女になりたいとかそういうのないの?」
「いや、そういうのは・・・」
「ないの?」
愛は吉澤にそう言われ顔を真っ赤にしてしまった。
愛がなにも答えないでいると、吉澤が
「ないんだったら私が誘惑しちゃおうかな」
と悪戯っぽく微笑みながら愛のことを見た。

「だめです、そんなの」
愛は考えるより先に吉澤の言葉に反応していた。
「冗談よ、冗談。でもそれだったら早く何とかした方がいいんじゃない
ぼやぼやしてると、矢口さんあたりに持っていかれるんじゃないの?」
愛はそう言われ、少し表情が険しくなっている。
(そういえば、カズさんと矢口さんまだ二回しか会っていないはずなのに
電話で普通に会話してた。
それに『迎えにきて』と言う矢口さんのお願いにカズさんは二つ返事でOKし
そのまま行ってしまったし・・・)
「吉澤さん何かカズさんを振り向かせる方法ないですか?」
不安になってきた愛は吉澤に聞いてみた。
吉澤はしばらく考え、愛に耳打ちをした。
「・・・だから・・・こうやって・・・」
「はい、わかりました、今夜試してみます」
そう言った愛の顔は少し晴れやかになっている。
そして加護と辻が
「何のお話してるのですか?」
「内緒話はいかんで」
と言って吉澤と愛の方に来た。
どうやら石川にちょっかいを出していたのも飽きたらしい。
「なんかして遊ぼうや」
加護がそう言うと吉澤は
「じゃあ物まね大会でもやろうか?」
「いいですね」と辻が言い
「うちも新作あるからまかしとき」と加護が言った。
「よし、やろう」吉澤が
そう言うとリビングでは物まね大会が始まっていた。

その頃俺は、バイクでお台場周辺を走っている。
そのまましばらく走っていると裏口に着いた。
そこでヘルメットを取り、時計を見ると、十二時五分だった。
周りを見渡すと結構人がいるので、矢口さんはどうやってばれずに来るんだろ
と思いながら待っていると、急に携帯がなったので俺は携帯に出た。
「もしもし」
「あ、南条さんですか?」
「はい」
「今どこにいます?」
「矢口さんに言われたとおり裏口にいますけど」
「そこ結構人いる?」
「そっかじゃあ、私表から普通に歩いて出るからそしたらうまく拾ってくれる?」
「分かりました」
そう言って俺は電話を切った。

そして俺は表に回ると反対に人通りは少なかった。
俺は入り口が全て見えるところにバイクを止め、じっと入り口を
見ていると、矢口さんが出てきたので俺は矢口さんの方へ駆け寄った。
「どうも矢口さん、こっちです」
そう言って俺は矢口さんをバイクの方まで連れて行った。
「どうも迷惑掛けちゃったね」
矢口さんはすまなさそうに俺に言った。
「そんな気にしないでくださいよ」
「それで、どう加護は喜んでた?」
「ええ、多分、まあそれは本人に聞いてみてください
じゃあ行きましょうか」
「そうだね」
俺は矢口さんにヘルメットを渡した。
「じゃあしっかり?まっててくださいね」
俺がそう言うと矢口さんはしっかりと俺の腰に手をまわしている。
その時また胸の感触が気になったが、前よりは感触が少なかったので
そんなに気にならずそのままバイクを走らせた。

「着きましたよ」
俺は後ろに乗っている矢口さんに声を掛けた。
「いやー、バイクって楽しいね、私も原付持ってるけど
それとは比べ物にならないくらいスピード出るんだね」
矢口さんは家に行く途中興奮気味に俺に話を続けている。
「ここが俺の家です」
「結構いいところなんだね」
「まあ叔父さんのですけど」
俺は鍵を取り出し、鍵を開け部屋に入るといきなり加護ちゃんが
「南条さんケーキ食べよ」と言ってきた。
「あれそういえば食べてなかったっけ?」
「食べてないです、だから早く食べましょう」
辻ちゃんも一緒に騒ぎ出した。
「分かったじゃあ用意するから座ってまってて」
「はーい」
俺がそう言うと二人は、同時に返事をしてリビングに戻っていった。
「矢口さんはどうします?」
「どうって?」
「お腹減っているなら用意しますけど、夕食」
矢口さんは少し考えて
「ケーキ食べてからでいいよ辻加護を待たすとうるさそうだから」
「食事の順番が反対になっちゃいますね」
「まあいいわよ、それに私お腹空いているしね」
「分かりました、じゃあリビングに行っててください」
そう言うと矢口さんもリビングに行った。

俺はキッチンに行き、冷蔵庫からケーキを出し、紅茶を淹れリビングに持って行った。
加護ちゃんと辻ちゃんはもう待ちきれないと言う表情で
俺の方に近寄って来た。
すると矢口さんが「慌てないの、もうすぐなんだから」と二人をたしなめると
二人はおとなしくソファーに座った。
そして俺はテーブルにケーキを置いて、箱に入っていた蝋燭に火を付けると
梨華ちゃんが「歌でも歌おうか?」と言うと真希ちゃんが
「それはいいけど、梨華ちゃんは音を低めにね
そうしないと、音程が合わなくなるから・・・」
「そんな・・・ひどい」梨華ちゃんが泣きそうな顔をしている。
「ごっちんそんな事言っちゃダメだよ
梨華ちゃん、よしよし」
そう言ってひとみちゃんは梨華ちゃんを慰めていた。

すると真希ちゃんは
「もう冗談だって梨華ちゃんは何でも本気にしちゃうんだから」
と真希ちゃんはちょっとすねたような顔をしている。
「じゃあ歌おうか」
「そうだね」
保田さんがそう言うと、皆がそれに答えた。
「ハッピバースデイトゥーユー、ハッピバースデイトゥーユー
ハッピバースデイディア加護ちゃん、ハッピバースデイトゥーユー」
皆でそう歌い拍手をすると、加護ちゃんが十四本の蝋燭を吹き消していた。
「おめでとう加護ちゃん」
「おめでとう加護」
「おめでとうあいぼん」
皆口々にお祝いの言葉を加護ちゃんに掛けている。
しばらく加護ちゃんは嬉しさのあまり泣いているようだった。
でもその後辻ちゃんが「じゃあケーキ食べましょう」と言うと
加護ちゃんも泣き止んだようで「そうやな」と言ったので
俺は「じゃあ切ってくるね」
と言ってケーキをキッチンに持っていきケーキを切った。

その時、加護ちゃんと辻ちゃんの分を大きめに切ったら俺の分がなくなってしまったが
まあ今日は加護ちゃんの誕生日だし俺はあんまりお腹が減って無かったので
いいかと思いそのまま八個に切って持って行った。
「はいどうぞ」
俺はそう言って皆にケーキを配った。
「あれ、カズさんの分はどうしたんですか?」
「俺の分は加護ちゃんと辻ちゃんの分多く切ったらなくなっちゃったから」
そう言って俺は紅茶を一すすりした。
「じゃあ私の分少し上げますよ」
そう言って愛ちゃんは俺にケーキを食べさせようとしている。
俺は「恥ずかしいからいいよ」と言いながらそれをよけた。
その後、俺はちょっと気まずくなったので、キッチン行って
矢口さんの食事の準備をしようと思い、ソファーから立って
キッチンに行った。
その時愛ちゃんの顔を見ようとしたが、愛ちゃんは下を向いていたので見えなかった。

少しすると矢口さんがキッチンに来て話し掛けてきた。
「南条さん、さっきの態度はまずいんじゃないの?」
「さっきのって言いますと」
「ほら高橋が南条さんにケーキ食べさせようとしたとき逃げたでしょ」
「あ、あれ見てたんですか、皆ケーキに夢中だと思ってましたよ」
「いや気付いてたのは多分私だけだと思うけど
私も配ってるとき八個しかないなって思っていたのよ」
「だからそれは」
「まあどうしてそうなったかは辻加護のケーキの大きさを見れば分かるわよ
だから南条さんはどうするのかなってちょっと見てたのよ
そしたら高橋が南条さんにケーキを食べさせようとしてて
南条さんはそれから逃げるようにキッチンに来ちゃったから」
矢口さんはそう言うと少し怒っているような目で俺の方を見ている。

「あれは、なんか恥ずかしかったし・・・」
「ダメでしょそういうことしちゃ、あの年頃の娘は
傷付きやすいんだから、後で謝っときなさいよ」
俺は矢口さんに言われさっきの事は軽率だったと反省した。
「分かりましたじゃあ後で謝っておきます」
「そう分かればいいのよ、それよりお腹が空いたんだけど」
「もう食べますか?」
「えっ!!すぐ食べれるの?」
「ええ、さっき温め直しておきましたから」
俺はそう言ってビーフシチューを皿に盛り矢口さんに出した。
「いただきます」矢口さんはそう言うと勢いよくビーフシチューを口に運んだ。
「おいしーい」矢口さんは一口食べて俺にそう言った。
「さっき圭ちゃんが言ってたけど本当に料理うまいんだね」
「御世辞でもそういわれると嬉しいですよ」
「御世辞じゃないって、本当においしいよ」
「ありがとうございます」
俺がそう言うと矢口さんまた食べ始めたので、
俺は愛ちゃんに謝ろうと思いリビングに行った。

「愛ちゃんさっきはごめん」
リビングに行くと愛ちゃんはまだケーキを食べている。
俺が声を掛けると愛ちゃんは俺の方に視線を向けた。
「いいですよ、別に気にしてませんから」
愛ちゃんはそういいながらも明らかに落ち込んでいるようだ。
「ごめん、ああいうことされたことがないから恥ずかしくなってきちゃって」
「じゃあ今食べてくれます」
そう言って愛ちゃんは俺の前にさっきのようにケーキを差し出さしている。
「なんでそこにこだわるの?」
「だって私カズさんに何かしてあげたいんですよ」
「どうして」
「今日だってカズさんずっと一人でいろいろやってくれていて
私皿洗いくらいしかしてないからなんかしてあげたくて」
俺はそう言われて、これ以上拒む訳にはいかないと思いケーキを食べた。
そして俺が食べると、ひとみちゃんがきて俺に
「おいしいですか?」と聞いてきた。

俺は正直食べさせてもらった事に緊張して
どんな味だか良く分からなかったが、それを言うのはまずいと思い
「おいしいよ、ひとみちゃん」と言うとひとみちゃんが
「そりゃ高橋に食べさせてもらえれば何でもおいしいですよね」
と言って俺の方をみてニヤニヤ笑っている。
愛ちゃんはひとみちゃんにそう言われて顔を伏せてしまった。
俺もなんかその場所に居づらくなったので、キッチンに行った。
キッチンに行くと矢口さんはもう食べ終わっていた。
「ごちそうさま」俺が矢口さんの前に立つと、矢口さんは
そう言って俺の前で手を合わせている。
「じゃあリビングにでも行っててくださいよ、俺もすぐ行きますから」
「うん」
矢口さんは席を立ってリビングに行った。

俺も食器を洗ってすぐにリビングに戻った。
リビングに戻ると、もう皆ケーキを食べ終わっていて
加護ちゃんと辻ちゃんは眠そうな目をしているので俺は
「加護ちゃん、辻ちゃんもう眠いの」と聞くと二人は
「そんな事ないです」と言って自分たちの首を思い切り振っていたが
また五分くらいたつと二人は頭をつき合わせて寝てしまっていた。
「辻、加護、こんなところで寝ちゃダメでしょ」
矢口さんが二人を揺り起こそうとしていたが
二人には全然効き目がないようだったので、俺は寝かせようと思い
「じゃあいいですよ、俺の部屋にでも寝かしときますから愛ちゃん手伝って」
「はい」
俺は加護ちゃんの事を持ち上げた。
加護ちゃんは結構重かったが、そのまま自分の部屋の前まで運んだ。
「愛ちゃんドア開けて」
「あ、はい」
愛ちゃんがドアを開けたので俺は部屋に入り加護ちゃんを俺のベッドに寝かせた。
そしてその後、辻ちゃんも同じベッドに寝かした。
俺は二人一緒に寝ている姿を見ていると、二人はとても幸せそうに寝ていたので
なんだか嬉しくなってちょっとにやけてしまった。

そして、加護ちゃんに買ったプレゼントを加護ちゃんの枕もとに置いた。
「じゃあ戻ろうか」
俺はそう言って自分の部屋から出た。
その後愛ちゃんも俺の部屋から出てきた。

リビングに戻ると、梨華ちゃんとひとみちゃんが帰り支度をしている。
「あれ、帰るの?」
「ええ、明日朝から仕事があるんで」
ひとみちゃんがそう答えた。
「もうタクシーとか呼んだの?」
「ええ、後五分くらいで来てくれるそうです」
「じゃあ下まで送るよ」
「そんな気を使ってもらわなくてもいいですよ」
「いいって、いいって」
俺はそう言うと三人で部屋を出た。
「今日はとても楽しかったです、南条さんの料理もおいしかったですし
ただ、神経衰弱に負けたのが悔しかったけど」
梨華ちゃんが俺にそう言った。

「そう思ってくれるならこっちもいろいろ頑張ったかいがありますよ」
「しかし、なんであのギャグが受けなかったのかな」
ひとみちゃんはさっきギャグが受けなかったのが納得いかないのか頭を掻いている。
「今度やるときは絶対受けるネタを考えてきますよ」
「じゃあ期待してますよ」
俺がそう言うと「任せておいてください」と
ひとみちゃんは胸を叩いた。
そして、タクシーが来たので梨華ちゃんはタクシーに乗った。
ひとみちゃんは俺に「高橋の気持ちに気付いているんですか?」
と言ってからタクシーに乗り込んだ。
「えっ!!」
俺はどういうことなのかわからずひとみちゃんに聞き返そうとしたが
その前にタクシーは行ってしまっていた。
俺はタクシーが見えなくなるまで見送ると、家に戻ろうと思い
踵を返した。
『高橋の気持ちに気付いてるんですか?』
ひとみちゃんは確かに俺にそう言った。
あれはどういう意味なんだろう・・・。
まさか愛ちゃんが俺の事を好きとかそう言う風に思ってるって事か。
いくらなんでもそれはないだろう。

俺はそんな事を考えていると、いつのまにか自分の家の前まで着いていたので
俺は家に入りリビングに行った。
すると四人はなにやら話をしている。
ソファーに一人づつ腰掛けていたので俺はどこに座ろうと思い見回した。
そのとき、愛ちゃんと一瞬目が合ってしまい、恥ずかしくなり目をそらした。
それで変に意識をしてしまいそうだったので俺は矢口さんの隣に座る事にした。
「何の話をしているんですか?」
俺は矢口さんの隣に腰をかけて、矢口さんに聞いた。
「今、今は南条さんの事を話していたの」
「俺の事ですか?」
「そう、だって南条さんあんまり自分のこと話さないから
謎が多いって高橋が言ってるんだもん。
だから今から一人一個づつ質問するから答えてください」
「いや」俺がそれを嫌がると他の皆も一斉に
「いいじゃないですか」と俺のほうを見ながら言った。
「わかりましたよ」
俺は観念して皆が俺に聞きたいことを聞く事にした。

「南条さん趣味は何なの?」
「趣味ですか・・・趣味は本を読む事ですかね」
「どんな本を読むの?」
「いや、別にどんなって事もないですけど」
「ふーんそうなんだ、でも絵を描くことは趣味じゃないの?」
「絵を描くこともしますけど美大生ですから、もう趣味とかじゃなくなっていますよ」
「そういうものなんだ」
「ええ、そんなもんですよ」
「じゃあ次は私ね」
次は真希ちゃんの番らしかった。
「えーとじゃあ南条さんってどんな女の子がタイプなんですか?」
「えっ!!うーん・・・」
俺はどう答えていいかわからず口篭ってしまった。
それを見て、真希ちゃんが
「例えばこの中で付き合うとしたら誰がいいですか?」
俺はそう聞かれさらにどう答えていいかわからなくなっていた。
四人はじっとこっちを見ている。

「わかりません」俺は、ここは逃げようと思いそう答えた。
「えー、それじゃ質問の答えになってないじゃないですか」
真希ちゃんは非難じみた声で俺にそう言った。
「だって、皆魅力的だから決められませんよ」
そう俺が言うと真希ちゃんはまだ納得のいかな様子だったが
これ以上は聞いても無駄だと言う表情をしているところを見ると諦めたようだ。
「次は私の番ですね」
愛ちゃんは俺の方を見てしばらく何かを考えている。
「あっそうだ、男は狼だってどういうことですか?」
俺はそう言われ飲んでいた紅茶を噴出しそうになった。
俺はたれてしまった紅茶を手でぬぐいながら矢口さんを見ると
ニヤリと笑っている。
「そ、その話は・・・」
俺が答えられずにいると、愛ちゃんは
「矢口さん、教えてくださいよ」と今度は矢口さんに聞いている。
矢口さんは「それは私の口からは言えないから南条さんに聞いて」
と再び俺に話を振った。

「いや、それは、だから、えーと」
俺はどう答えていいかわからず、慌ててしまっていた。
そして、なんて答えればいいんだろうと考えていると、保田さんが
「じゃあ私が教えてあげるよ高橋、それはねまあ男なら誰でも
あるんじゃないかなそれは、なんていうか説明はし辛いんだけど
男っていうのはいつでも狼のように攻撃的な面があるってことよ」
「攻撃的な面ですか?」
「そうよ、まあでも南条さんにはそういう面が少なそうだけどね」
「そうですか」
「これで分かった高橋?」
「はい分かりました、ありがとございます」
そう言って愛ちゃんは保田さんに頭を下げた。
俺も保田さんにフォローありがとうございますと言う意味で頭を下げた
「南条さんは彼女居るんですか?」
矢口さんは唐突の俺に聞いてきた。
「矢口さんその話は・・・」
愛ちゃんはまずいと思ったのかそれを止めようとしている。

「なに、もしかして私の居ない間に聞いちゃったの?」
矢口さんは他の皆に聞いたが、さっきの事は言いにくいのか口をつぐんでいる。
「じゃあ南条さんに聞くからいいわよ
それで南条さん居るの?彼女」
俺はあんまり言いたくなかったが、もう皆知っているししょうがないと思い
「いません、それにいままで女の子と付き合った事もありません」
「えーそうなんだ、なんか彼女が居てもおかしくないなって思ってたのに」
「何でそう思うんですか?」
「南条さん優しいし、それに料理も出来るし何で彼女が出来ないの?」
「それは、俺が聞きたいくらいなんですが・・・」
「じゃあ私が彼女になってあげようか?」
矢口さんはそう言って俺の方を向いた。
「矢口さん、冗談はやめてくださいよ」

その時横から保田さんが
「矢口、そのくらいにしておきなさい、あんた男居るくせにそういうこと
言うんじゃないの」
「最近うまくいってないんだよね、それにあいつ浮気してるみたいだし」
矢口さんはそう言うとため息をついている。
「南条さんどう、私じゃだめ?
南条さんがいいって言ってくれれば彼氏と別れるけど」
「またそんなこと言って」
俺はそう言って笑っている。
「ちょっとは本気なんだけどな」
矢口さんはそう言って本気だとも冗談だともとれる顔をしている。
「もうこの話は止めましょうよ」
なぜか愛ちゃんがそう言って話を止めた。
それを見て俺はやっぱり愛ちゃん俺の事が気になってるのかな。
そう言う話になったらさっきも急に慌てて止めようとしてたし・・・。
いや、考えすぎだろう。
俺はそう思い首を振った。

「こらごっつぁんこんなところで寝ちゃだめだって」
話も終わり少し沈黙が流れていると、真希ちゃんが寝てしまっている。
それを見た矢口さんは一生懸命起こそうとしていたが、真希ちゃんは
一度寝たら起きない性格らしくまったく効果がないようだ。
「南条さんどうしよう?このまま寝かせとくわけにもいかないし」
「どうしましょう?」
「じゃあ私の部屋にでも寝かせましょう、今布団敷いてきますから
待っててください」
愛ちゃんはそう言うと自分の部屋に入って行った。
「また俺が運ばなきゃいけませんね」
「そんな事言って本当は嬉しいんじゃないの?
ごっつぁんスタイルいいから」
「じゃあ矢口さんが運びますか?もちろん矢口さん一人で」
俺はさっきまで言われっぱなしで悔しかったので
矢口さんに言い返した。
矢口さんは悔しそうに俺の方をみている。

俺はそれをみて少し勝ち誇ったような顔をした。
「やってやろうじゃない」
矢口さんはそう言うと真希ちゃんを抱えようとしたが
やっぱり無理があったのか、ふらついて落としそうになった。
「矢口さん無理は止めてくださいよ」
俺がそう言うと矢口さんは諦めて、寝ている真希ちゃんを下ろした。
そして今度は俺が真希ちゃんを抱え愛ちゃんの部屋まで運んだ。
「ここです」
部屋に入ると愛ちゃんが布団を敷いて待っていた。
その布団に俺は真希ちゃんを寝かせようとした時
急に真希ちゃんが俺の首に手を回してきたので俺はよろけてしまい
真希ちゃんに覆い被さるようになってしまった。
このままではまずいと思いその場から逃げようと思い体を起こそうとしたが
真希ちゃんに首をホールドされているため、うまく動く事が出来なかった。

「カズさん大丈夫ですか?」
愛ちゃんはそう言って俺の事を起こそうとしている。
俺はなんとか首に回っている腕を解き、身を起こした。
「愛ちゃんありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「それじゃ戻ろうか?」
「はい」
俺と愛ちゃんは、愛ちゃんの部屋から出た。
「それにしても真希ちゃんは寝相が悪いですね
いつもあんな感じなんですか?」
俺と愛ちゃんはリビングに戻り残った二人と話をしていた。
「ごっつぁん、そうかな私はあんまり感じた事ないけど」
「あの子は結構寝相悪いわよ、しかもすぐ抱きつく癖があるから」
そうやって保田さんが言った。
「そうなんですか、それなら早く言ってくださいよ」
「なに南条さんもしかしてごっつぁんに抱きつかれたとか?」
「・・・・・・」
そういえば、さっき抱きつかれたとき真希ちゃんの胸が俺の目の前にあったよな。
俺はさっきの事を思い出し、急に顔が赤くなってしまっていた。
「いや、そんな事ないですよ」
俺はそれを頭から振り払い慌てて否定した。

「じゃあそう言うことにしておいてあげる」
保田さんと矢口さんはなぜか少し微笑んでいる。
「さーてと私もそろそろ寝ようかな」
保田さんはそう言ってソファーから立ち上がった。
「どこで寝るんですか?」
「私、後藤の隣で寝るわよ別に私は慣れてるから
おやすみ、みんな」
「おやすみなさい」
保田さんは愛ちゃんの部屋に入って行った。
「私たちはどうしましょうか?」
「そうだねどうしようか」
「もう寝る場所ここくらいしかないですよ」
「じゃあ私もうここで寝る」
矢口さんはそう言ってソファーに横になっている。
「分かりました毛布でも持って来ますよ」
俺はソファーから立ち上がり、自分の部屋に行った。
部屋に入るってベッドを見ると、二人は布団をはだけていたので
俺は布団を掛け直した。
そして俺はクローゼットから毛布を三枚取って部屋を出た。
リビングに戻るともう矢口さんは寝ている。
俺はその矢口さんに毛布を掛け、愛ちゃんにも毛布を渡した。
「ありがとうございます」
「俺たちもそろそろ寝ようか?」
「そうですね」
そう言うと俺と愛ちゃんはそれぞれソファーに横になった。
俺は、朝からいろいろして疲れていたのか目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきた。

愛はソファーに横になりながら和智の事をじっとみている。
そして寝たのを確認すると、音を立てないようにソファーから身を起こし
和智のほうに近づいていった。
そして和智に顔を見ながら、愛は今日吉澤に耳打ちされた事を思い出していた。
『高橋いい、南条さんを振り向かせたかったらまずは自分の事を意識して
もらわなきゃだめかもだって南条さん女の子を意識する事を
わざと避けているようにみえるから、それにはやっぱりキスとか
しちゃうのもいいかもしれない、だって南条さん女の子と付き合った事が
ないって言っていたってことは当然女の子とキスした事もないだろうから』
愛はそれを聞いて『試してみます』とは言ってはみたものの
男の人とキスをするなんて経験はなかったし、それにファーストキスは
もっとロマンチックにと思っていたので本当はするつもりがなかった。

しかしさっき矢口が冗談とはいえ和智に迫っていたのを見て
このまま手をこまねいていると矢口に和智を取られてしまいそうだ
と愛は思ったので吉澤の言うとおりにしてみる事にした。
愛は目を閉じて、徐々に寝ている和智の顔に自分の顔を近づけた。
そして自分の唇を和智の唇に合わせた。
そのままキスを続けていると、和智が
「ううん」と言いながら寝返りを打ったので愛はすぐにその場を離れた。
愛はその後、ソファーに横になりながらさっきのキスの感触を思い返していた。
(私、カズさんとキスしちゃったんだ、なんだか不思議な感じ
でも、これでよかったのかな?
あれ、なんか大切な事忘れてるような気がする・・・)
しばし愛は考えている。
(あっ!!そうかこれじゃ私がキスしたって事カズさん気がつかないんじゃ
と言うか、その前にカズさんキスされた事にも気付かないんじゃ)
そう思うと愛は急に恥ずかしくなってきたので毛布を頭からかぶった。
(あー、そうなんだ吉澤さんの言って事ってそういうことだったんだ
よくよく考えたらそうだよね、カズさんを振り向かすためにはキスしろって
言ってたけど、それはただキスするわけじゃなくてカズさんがちゃんと起きてて
私の気持ちを受け入れてくれないとだめだよね・・・どうしよう今日はもうカズさん
寝ちゃってるし、明日からはまた仕事が忙しくなるし)
愛は毛布の中で頭を抱えて再び考え込んでいる。

(そういえば来週バレンタインだったよね、だったらバレンタインの日に
カズさんに想いを伝えてみよう)
愛は考えがまとまったので布団から頭を出した。
そしてさすがに眠くなってきたので愛も眠る事にした。
愛は目を閉じて、最後に唇を触り
(おやすみなさい、カズさん)と心の中で和智におやすみを言って眠りについた。

「うん、ううん」
誰かが俺の唇をふさいでいる気がする。
寝ているときそんな風に感じて目がさめたので、身を起こすと
そこには誰もいなかった。
気のせいかなとも思ったが、唇に妙な感覚が残っている。
そして唇に触って見るとわずかだが、指に赤い色がついていた。
これは・・・まさか口紅じゃないのか?
と言う事は、寝ている俺に誰かがキスをしたって事か。

でも一体誰が・・・やっぱり愛ちゃんかなそういえば愛ちゃん
今日は少し口紅を塗っていたような気がする。
確か、ティーカップにも少しついていたから覚えている。
でも愛ちゃんが俺にキスをしたとなると、なんでしたんだろう?
俺の頭の中にはまたさっきひとみちゃんが言った言葉がこだましていた。
『高橋の気持ちに気付いてるんですか?』
まさか本当にそうなのか?
愛ちゃんが俺のことを・・・。
俺はそう考えると、なぜか体が熱くなってきたので、部屋からベランダへ出た。
外に出るとやはり今年は暖冬だとはいえ、やっぱり外は寒かった。
空を見上げてみると月がきらきらと輝いている。

俺は月を見ながら再び自分の唇を触ると
そこには多分愛ちゃんのものであろう唇の感触が残っている。
でもなんでいきなりキスなんだろ?
最近の女の子は皆あんなに大胆なのかな。
俺は女の子と付き合ったことがないのでそういうことはまったくわからなかった。
それに明日からどうやって愛ちゃんと接すればいいのかわからない。
こうなってしまうと、俺の女性経験のなさが露呈してしまうわけだが・・・。
まあでも今までどおりに接するようにしよう、できるかは分からないけど。
「うう、寒い」
しばらく月を見ていたが、寒くなってきたので、俺はリビングに戻る事にした。
リビングに戻りソファーをみると矢口さんが毛布を蹴飛ばしている。
やれやれ、と思いながら俺は矢口さんに毛布を掛け直した。

少し矢口さんの寝顔を見ていると、矢口はなぜか急に「ふふふふふふ」
と寝ながら笑いだした。
俺は変に思って矢口さんに顔を近づけると、矢口さんは俺の腕を引っ張り
自分の方へ引き寄せるといきなり俺の首筋を思い切り吸っている。
俺は驚いてそれを振り払った。
その衝撃でどうやら矢口さんが起きてしまったようで
寝ぼけ眼でこちらを見ている。
俺は心配になって愛ちゃんのほうを見ると愛ちゃんは寝ているようだ。
「あれ、龍一居たんだ、居るならこっちに来てよ」
矢口さんはそう言って俺の腕を掴み再び俺の事を抱き寄せた。
俺は驚いて「ちょっと、矢口さん何寝ぼけてるんですか?」
そう言って矢口さんの事を引き離した。
「あれ?南条さんどうしてここにいるの?」
「何を寝ぼけているんですか?ここは俺のうちですよ」
俺は愛ちゃんを起こさないように静かに矢口さんに話した。

「ごめん、夢で彼氏に抱かれる夢を見てたの、私もしかして
南条さんに抱きついたりとかしました?」
俺はそう言われたので、黙って首筋を見せた。
そこにはさっき矢口さんがつけたキスマークがあった。
「もしかしてそれは私がつけちゃったの?」
「当たり前じゃないですか、毛布がはだけてたんでそれを直して
少し寝顔を見ていたら矢口さんが笑い出したんで、変に思って顔をみたら
急に抱きついてきていきなり首筋にキスしてくるんですから」
矢口さんは俺がそう言うと俺に向かって頭を下げ
「ごめんなさい、私彼氏と間違えて南条さんにキスしちゃったみたい
さっきも言ったけどなんか夢で、彼氏に抱かれる夢を見たから」

と言った後もまだ頭を下げ続けていたので
「もういいです、矢口さん頭を上げてくださいよ」
と言うと矢口さんは頭を上げ
「本当にごめん」と言った。
「でも矢口さんさっき彼氏とうまくいってない、とか言ってたわりに
結構うまくいってるんじゃないですか。
だって夢にまで出てくるって事は相当好きだって言う事ですよね」
俺はそう言って矢口さんを見ると、矢口さんは真っ赤な顔をしている。
「照れてるんですか?矢口さん」
「そ、そんな事ないよ、私もう寝る
あとこのことはメンバーには内緒にしておいて恥ずかしいから」
「分かりました」
俺がそう言うと矢口さんは毛布を頭から被っていた。
俺も寝ようと思い、ソファーに横になった。
今日はいろんなことがあったな。
それにしても俺のファーストキスは寝てる間だったのか
どんな味かもわからなかったし。
その上矢口さんにはキスマークを付けられちゃったし。
しかし愛ちゃんは本当に俺の事を好きなんだろうか?
もしかしたらさっきのキスも冗談だったのかもしれないし・・・。
まあでも明日になれば解るだろう、多分。
俺はそんな事を考えているとまた再び睡魔が襲ってきた。

「朝やで」
「起きてくださいです」
俺は腹のあたりに猛烈に重さを感じ目がさめた。
目を開けると加護ちゃんと辻ちゃんが俺の腹の上に乗っかっている。
「加護ちゃん、辻ちゃんもう起きたから降りてよ」
「まあ、起きたんならええか」
加護ちゃんはそう言って俺の上から降りた。
「そうですね」
辻ちゃんも何とか降りてくれた。
俺はソファーから起き上がり周りを見ると、まだ他の二人は寝ている。
「南条さんお腹空いたからなんか作ってください」
「そうやな、なんかお腹すいてきたわ」
二人がそう言うので俺はキッチンに行くと、加護ちゃんと辻ちゃんも
キッチンに来た。
「すぐに済むからテーブルに座ってて」
俺がそう言うと、二人はキッチンのテーブルに座った。
「はい、出来上がり」
俺はそう言って朝食を作りテーブルに置いた。
「いただきます」
二人は声をそろえて食べだした。

「ところで今日は仕事あるの?」
俺は辻ちゃんに聞いてみた。
「今日ですか?今日は午後からレコーディングがあります」
「へーそれは全員なの?」
「確かそうでしたね」
「じゃあ皆を起こしてくるよ」
俺はキッチンからリビングに行った。
俺は不自然な態度にならないように心に念じて愛ちゃんの前に立った。
そして幸せそうに寝ている愛ちゃんを揺り起こした。
「愛ちゃん起きて」
「・・・おはようございます」
愛ちゃんは俺の顔を見ると、少し戸惑いの表情を見せている。
俺は昨日の事を聞こうと思ったが、間違いだと恥ずかしいのでやめておいた。
そして矢口さんを起こしに行った。
「矢口さん、起きてください」
俺はそう言いながら矢口さんの事を揺すった。
そしてまた抱きつかれると困るのでちょっと離れていた。
すると矢口さんはゆっくりと起き上がった。
「おはよう南条さん」
矢口さんはそう言って立ち上がり、そのまま洗面所に歩いていった。

そして残りの二人を起こすために俺は愛ちゃんの部屋に行った。
「コンコン」
俺はいきなり部屋に入るのもまずいと思い、ドアをノックした。
しかし少し経っても反応がなかったので俺はドアを開けて部屋の中に入った。
部屋の中に入ると二人はなんとも形容しがたい格好で寝ている。
「保田さん、真希ちゃん起きてくださいもう朝ごはんできてますよ」
俺がそう言うと二人は起き出したようだったので、俺は愛ちゃんの部屋から出た。
キッチンに戻ると加護ちゃんと辻ちゃんは朝食を食べ終えて、リビングのソファーで
じゃれあっている。
すると俺の姿をみた加護ちゃんが俺の方に駆け寄ってきて昨日の夜
枕もとに置いた加護ちゃんへの誕生日プレゼントを俺に見せ
「ありがとう南条さん、これ大事にします」
と言ってきた。
「いいよいいよそんなに高いものじゃなかったし、加護ちゃんが気に入って
くれたなら俺も嬉いよ」
俺がそう言うと、加護ちゃんはまた辻ちゃんのところへ戻って行った。

キッチンに戻ると今度は愛ちゃんと矢口さんが座っていた。
「南条さん朝ごはんあるの?」
「ええ、ありますよ」
「じゃあちょうだい」
「わかりました、愛ちゃんも食べるよね」
「は、はい」
矢口さんは昨日の事などまるでなかったかのように、普通に俺に接している。
しかし愛ちゃんの方はなぜか態度が他所他所しかった。
「私たちの分もお願い」
三人で話をしていると、保田さんと真希ちゃんも起きてきた。
「はい召し上がれ」
俺がそう言うと皆食べ始めている。
しかし真希ちゃんだけがまだ眠りから覚めていないようで矢口さんに
「ほら、ごっつぁんぼーっとしてないの」と言われると真希ちゃんは
「はーい」と言って目の前の朝食を食べ始めた。

「ごちそうさまでした」
皆そう言って食べ終わると、リビングに行った。
「もう十時半ですけどいいんですか?」
俺は午後から仕事だと言っていたので気になって聞いてみることにした。
「あっもうそんな時間なんだ、じゃあそろそろ帰りますよ
矢口あんたはどうするの?家が遠いから一回家に戻ったら間に合わないでしょ」
「私は高橋に着替えでも借りるよ、高橋いい?」
「あ、はい、いいですよ」
「じゃあ皆帰るよ」
「はい」
そう言うと矢口さんと愛ちゃん以外は帰り支度を済ませていた。
「南条さん昨日はいろいろありがとうございました、今度一緒に飲みましょう」
「わかりました」
「南条さんレシピちゃんと教えてくださいね」
「うん」
「今度、またおいしいもの作ってください」
「OK」
「プレゼントありがとうございました」
「いえいえ」
「じゃあお邪魔しました」
そう言って四人は部屋から出て行った。

俺がリビングに戻ると、愛ちゃんがいなかった。
「愛ちゃんはどうしたんですか?」
「高橋はシャワー浴びに行ったわよ、それより誰にも言ってないでしょうね」
「当たり前じゃないですか」
「でももしかしたら、高橋気付いているのかも知れない」
「えっ!!本当ですか?」
「だった、さっきちょっと二人になった時なんか言いたそうな顔をして
こっちを見てたから」
「それで話したんですか?」
「いや、私が気付いたら急に高橋が『シャワー浴びてきます』って言って
そのままバスルームに行っちゃったから」
「そういえば、なんか朝から愛ちゃんの様子がおかしかったような気がします」
「もしかして昨日あの場面見てたんじゃないの?」
「どうですかね、ちょっと分かりませんが・・・」
そこまで話すと愛ちゃんがシャワーから出てきてしまったので会話を止めた。

「じゃあ次私が入ってくるよ、高橋着替えお願いできる」
「はいわかりました」
そう言って矢口さんはいきなり立ち上がりバスルームへ向かった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺と愛ちゃんはリビングに座っていたが、なぜかいつものように話をすること
ができずに二人の間には沈黙が流れていた。
そして愛ちゃんのほうを見ると、なにも言わずにこっちを見つめている。
その目は俺に何かを言いたそうだったが俺は愛ちゃんに何を聞かれても
答えられなくなりそうだったので、その目を無視して俺は
「ちょっと片付けてくるね」と言ってキッチンに行った。
しかしすぐに食器も洗い終わり、リビングに戻るわけにも行かず
俺は手持ち無沙汰になっていた。
矢口さん早く出てこないかな。
やっぱり愛ちゃんと二人きりだと、なんか緊張しちゃうな。
前と同じように接するなんて事は出来ない。
でもこのままだと、愛ちゃんも変に思うだろうし・・・。
俺はそう思いながらリビングに戻った。
リビングに戻って愛ちゃんを見ると、下を向いてなにやら考えている。

俺もそれに習って下を向いていると矢口さんがシャワーから出てきた。
「あれ、二人ともなんで下を向いているの?」
変に思った矢口さんが「あれなんで二人とも黙って下向いてるの?」
と聞いてきた。
「そ、そんな事ないですよ、ねっ愛ちゃん」
「え、ええ」
それは明らかにぎこちないものだったが、愛ちゃんが何かに気付いていることを
矢口さんも分かっているようで「そうじゃあいいわ」
とだけ言ってそのままソファーに座った。
「じゃあそろそろ行こうか?高橋」
その後、三十分くらい取り留めのない話をしていると
矢口さんが愛ちゃんにそう言っていた。
「そうですね、もう十二時だし行きましょうか」
愛ちゃんはソファーから立ち身支度を整えている。
「よしじゃあ行こう」
矢口さんも身支度を整えて玄関に向かおうとしていたが
「あっ、高橋先に行ってて私トイレ行きたくなったから」
「はい」
愛ちゃんはそう言って先に玄関に向かった。

そして矢口さんは俺の方を向き
「もし高橋に昨日の事を聞かれたらどうしよう?」
と俺に聞いてきた。
「どうしてですか?」
「だってさっきの高橋の様子を見てたら明らかに気付いてるみたいなんだもん」
「じゃあもうちゃんと話してくださいよ」
「でも・・・なんか恥ずかしいじゃない」
「だけど俺もさっき気まずかったんですよ」
「うーーん、わかった。聞かれたらちゃんと話すわよあれは事故だって」
「そうしてください、愛ちゃんと気まずいのはつらいんですから」
「そうよね、あっ!!あんまり待たせていると高橋が疑っちゃうからもう行かないと」
「お仕事頑張ってください」
「じゃあ南条さん、またね」
矢口さんはそう言うと玄関へ消えていった。
俺は一人になったのでソファーに座り考え事をしていた。

うーん結局どうだったんだろう?
愛ちゃんに普通に接する事は間違いなく出来ていないし・・・。
やっぱり愛ちゃんに昨日の事ばれているだろうな。
まあいいや、とりあえず昨日矢口さんにされた事については
ただの間違いだってわかっているし。
でも昨日のキスの答えはいくら考えても出てきそうになかった。
俺はソファーから立ち上がり、ベランダへ出ると天気が良かったので
布団でも干そうと思い、自分の布団と愛ちゃんの布団をベランダに干した。
そのあと俺はシャワーを浴びようと思いバスルームに行った。
シャワーを浴び終わり俺はソファーでまた絵を描いていた。
その絵を描いている間中俺はずっと愛ちゃんの事を考えていた。
いつのまにか俺の心の中には、愛ちゃんが入り込んでいる。
俺はその気持ちに妙な心地よさを感じていた。
そうそれは、高校の頃に戻ったようだった。
俺はその心地よさを感じながら、いつのまにか寝てしまっていた。

「高橋、なんだ全然気合が入ってないじゃないか
あーもういいや、ちょっと休憩、高橋その間に気合入れ直して来い」
「は、はい」
愛はそう言われディレクターに頭を下げブースから出て行った。
愛はそのままジュースの自動販売機に行きジュースを買い近くの椅子に座っている。
(私どうしちゃったんだろう?なんか全然集中できない・・・。
頑張って歌おうとしてもあの場面が頭をよぎってきちゃう)
愛は昨日の夜の事見たことを思い返していた。
愛は和智にキスをしたあと、眠りについたが、その後和智がベランダへ
出るときの窓の音で目が覚めたのだ。
その後愛はじっとベランダにいる和智の事を見つめていた。
和智は何度か唇を触り、その指をじっと見ていた。
愛はそれを見て多分和智は誰かにキスされたことは気付いたというのは分かり
飛び上がるほど嬉しかったがいま気付かれるとどうしていいのかわからなかったので
静かにじっと和智の事を見ていた。
和智はその後月を見ながら何かを考えているようだった。
そして和智はしばらくして、ベランダから部屋に戻って来ると
矢口さんのほうに行き、毛布を掛けてあげようとしていた。
その時矢口が和智を引き寄せ、首筋にキスをしていたのだ。

愛はそれを見て声を上げそうになったが和智が一瞬こっちを見たので
気付かれないように、寝たふりをしていた。
その後二人はなにやら話をしているようだったが小さな声で話しているので
愛には聞こえなかった。
そして二人はそのまま寝てしまっていた。
(何で矢口さんはあんなことしたんだろう?
まさか本当にカズさんを狙っているのかな。
あーもうこんなんじゃレコーディングに集中できないよ
こうなったら矢口さんに直接聞いてみよう)
愛はそう思い空き缶をゴミ箱に捨て、矢口のいる場所に向かった。
「矢口さん、ちょっといいですか?」
矢口は控え室で安倍に昨日の事を話していたが、愛の声に気付き愛の方を向いた。
「何?」
その場で矢口は愛の話を聞こうとしていたが愛が
「あのここじゃちょっと」と言って矢口を部屋の外へ連れ出した。
「それで、話って何?」
「あの・・・昨日の事なんですけど」
「昨日の事というと?」
「あの昨日の夜中カズさんに抱きついていませんでした?」
矢口は愛にそう言われ少し顔をしかめた。

「そんな事あった?」
矢口は本当の事を言うのは恥ずかしかったのでとぼけようとしていた。
「とぼけないでください、夜中
矢口さんがカズさんの首筋にキスをしたの私見てたんですよ」
愛はそう言うと矢口のことを睨んだ。
矢口はこれ以上とぼけても仕方がないと思い愛に昨日の事を話した。
「・・・というわけなのよ」
矢口そういい終わり愛の顔を見た。
愛はさっきとは違い凄く晴れやかな顔をしている。
「そうだったんですか」
「そうよ、でも一つ気になることがあるんだけど」
「何ですか?」
「なんで私が南条さんにキスしたことをそんなにこだわっているわけ?
だって南条さんは高橋にとって、ただの同居人じゃないの?
もしかして高橋、南条さんのこと・・・」
愛はそう言われると顔を真っ赤にしていた。
「ふーん、そうなんだ、だから今日高橋の調子が悪かったのね
ごめんねもうしないから」
矢口が言い終わると、安倍が部屋の中から出てきた。
「矢口、高橋もうそろそろ始まる時間だよ」
そう言われ二人は「あ、はーい」と言って安倍について行った。

「ピリリリリリリリリリ」
「うわっ!!」
俺はやかましい電話の音に驚いて目を覚ました。
そして今も鳴り続けている携帯に出た。
「もしもし」
「あっ、南条?」
その声は壬のものだった。
「どうした?」
「お前これから暇か?
暇だったらこれから飲みに行かないか?」
そう言われ俺は時計を見ると、四時半を回ったところだった。
今日は愛ちゃん遅くなるって言ってたから大丈夫だな。
「ああ、別にいいけど飲みに行くのがずいぶん早いな」
「まあいいじゃねえか、じゃあ一時間くらい後にいつもの飲み屋に集合な」
「ああ、わかった」
そう言うと電話は切れた。
俺はソファーから起き上がりとりあえず干してある布団を取り込んだ。
俺は寝ている間に雨が降らなくて良かったと思った。
そして部屋を簡単に片付け、出かけることにした。

「おう南条久しぶりだな」
「そんなに言うほどの事じゃないだろう」
店に入るとまだ五時をちょっとすぎたばかりだと言うのに
壬はもう飲み始めていた。
「とりあえず生中ください」
俺は店員にそう言って席に着いた。
「乾杯」
ビールがきたので俺たちは一応乾杯をした。
「今日はどうしたよ、お前から誘ってくるなんて珍しいじゃねえか」
「いやさ、たまにはいいかなーと思って」
「そうだな、俺も最近酒飲む機会があんまりなかったし」
そのまま俺たち二人は飲み続けていた。
「南条最近どう?」
ビールも五杯くらい飲んだところで壬が俺に聞いてきた。
「どうって?」
「彼女とか出来たのか?」
「出来るわけないだろ、けど・・・」
俺は昨日の夜の事を壬に相談してみようと思った。
壬は凄くもてるので、女関係のことはかなり詳しいはずだ。

「けど何だよ」
壬が聞いてきたので俺はためらいがちに話を始めた。
「実は最近女の子を一人預かっててその女の子が昨日
寝ている俺にキスしてきたんだ、これってどういうことだと思う?」
俺がそう言うと壬は
「状況をもっと詳しく話してくれや」
と言うので俺は実名を出さずに昨日の事をなるべく詳しく話した。
「そんなの決まってるじゃねえか、その女の子お前にほれてるよ」
俺の話を聞き終わった後、壬は俺にそう言った。
「そうかな・・・冗談でとかじゃないかな」
「いくらなんでも冗談でそんなことするわけないだろ」
「その女の子だってまだ十五歳くらいで、それに田舎からでてきたばっかりなんだろ
だったらそんな簡単にキスとかしたりしないと思うけど」
「じゃあさもしその子が俺の事好きだとすると俺はどうすりゃいいんだ?」
「やっぱり、とりあえずは普通に接して様子を見た方がいいんじゃねえか
だってよ、これは推測だけど昨日の夜彼女がお前にキスしたことをお前が
気付いてないと思っているかもしれないぞ。
だから近いうちにもう一回くらい彼女の方から何かあるかもしれない」
「そうか・・・」
俺は説得力のある壬の言葉に妙に納得してしまった。

「南条、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「お前はその子のことどう思っているんだ?」
俺はそう言われ愛ちゃんの事を考えてみた。
俺は愛ちゃんのことどう思っているんだろう?
昨日いきなりキスされたのは驚いたけど、俺は初めて愛ちゃんに会った時から
普通の女の子に抱く気持ちとは違うものを感じていたし
それにさっきの心地よさを与えてくれたのは間違いなく愛ちゃんなのだ。
「好き・・・なのかな、うん、多分」
俺はしばらくしてからこう答えた。
「なんだあれだけ考えていたのに、ずいぶんと曖昧な返事だな」
「いや、人の事を好きになること自体が二年ぶりくらいだから
よくわからないんだよ。」

「まああれだとりあえずあんまり意識しすぎるなよ」
「なんで」
「態度が急に変わると女って言うのは警戒するからな」
「そうなのか」
「ああ、俺もそれで浮気がばれたことが何度かあるからな」
「まったくうらやましい話だ」
「そうでもないぜ」
そして俺たちはさらに飲み続けた。
「あー今日は久しぶりに飲んだな
じゃあまた今度な、南条」
「じゃあな壬」
俺はそう言うと飲み屋の前で壬と別れた。
ふと時計を見るとさすがに五時くらいから飲んでいただけあって
まだ九時前だった。

外のひんやりとした空気は酒を飲んで少し火照っている俺の体を冷やしてくれる。
俺は飲み屋では見なかった携帯を見た。
そこには愛ちゃんからのメールが入っていた。

【今日は吉澤さんの家に泊まるので
鍵は閉めておいてください
明日の夜には帰ります】

それを読んで俺は少しほっとしていた。
これで少しは考える時間が出来たと。
さっき壬が言っていた通り普通に愛ちゃんと接するようにしたいが
そんなに簡単には出来ない事は朝の事で分かっていたので
一日時間が出来た事は本当に良かった。
「ふぅー、なんか気持ちいいな」
そう一人で呟きながら俺はリビングのソファーに身を沈めた。
愛ちゃんはメールの通り家にはいなく、家の中はガランとしている。
「明日からどうしよう・・・」
俺は少し酔っていたが、頭の中では真剣に愛ちゃんの事を考えていた。
どうすればいいんだろう?
全部知らない振りをしてしまえばいいのだろうか?
あー、もうわからん。
俺は考えがあまりまとまらなかったので
頭を冷やすためにシャワーを浴びようと思い、バスルームに入った。

バスルームに入って鏡を見ると首筋のキスマークは消えかかっている。
そういえば矢口さんはちゃんと愛ちゃんに話してくれたんだろうか?
俺はそれが少し気になったのでシャワーから出たら
矢口さんに電話を掛けてみようと思った。
シャワーを浴びるとだんだんと頭の中がすっきりしてきた。

シャワーを出て、携帯を見ると矢口さんから着信が入っていた。
「プルルルルルルルルルル」
俺はどっちにしろ矢口さんに掛けるつもりだったので
そのまま矢口さんに掛けなおした。
「もしもし」
「もしもし矢口さんですか?」
「あっ!!南条さん」
「はい、どうしたんですか?」

「いやさやっぱり高橋気付いてたみたいで」
「それでしっかり話したんですか?」
「うん、だって高橋が凄い思い詰めた顔で私に聞いてくるんだもの」
「じゃあ愛ちゃんは全部知ってるてことですね?」
「もちろん、それより私、南条さんに聞きたいことがあるんだけど」
「えっ、何ですか?」
「高橋が南条さんのこと好きだって気付いてます?」
「ええ、昨日ひとみちゃんに言われて、でも本気なのかがよく分からないんですけど」
「多分、いや絶対あれは本気で南条さんの事好きだと思う」
「どうしてそう思ったんですか?」
「今日、高橋朝からおかしくて、レコーディングでもミスを連発してたのよ
それで一回休憩になってその時私に昨日の事聞いてきたのよ。
そのときの高橋の顔がいままで見た事もないような顔だったから
私、高橋に聞いてみたの『なんでそんなにキスしたことにこだわってるの?』って
そしたら高橋顔真っ赤にしてたから」
「そんな事あったんですか」
「うん、そうだもう一個聞きたいことがあったんだ」
「今度は何ですか?」
「もし高橋に告白されたらどうするの?」
そう聞かれて俺は返答に詰まってしまった。

俺は愛ちゃんに告白されたらどういう反応をするんだろう。
少なくとも俺には今までそういう経験がないからよくわからないのだ。
「どうするの?」
俺はしばらく携帯を持ったまま黙って考えているとしびれを切らしたのか
矢口さんが再び口を開いた。
「昨日も言いましたけど俺は女の子と付き合った事がないし
もちろん告白された事もありません。だからその場になってみないと分かりませんよ。
それに矢口さん最初に会った時俺に愛ちゃんに手を出すなとか言ってませんでした?」
「そういえばそんなこと言った気がするけど・・・でも
高橋が南条さんの事好きって言ってて南条さんもOKだったら付き合っても
いいと思うんだけど」
「でも愛ちゃんと俺で釣り合うんですかね、俺なんてただの大学生ですよ」
「そんなの関係ないよ、私の彼氏だって普通のサラリーマンなんだし
釣り合ってるとか、釣り合ってないとか気にしちゃだめよ
私だって高橋だってアイドルである前に女の子なんだから
普通に恋愛とかしてもいいと思う」
「わかりました、いろいろありがとうございます」
「じゃあまた今度ね」
「はい、また今度」
そう言って俺は電話を切った。
そして自分の部屋の、ベッドの上で
今日壬と矢口さんに言われたことをいろいろ思い返してみている。
壬は『あんまり意識しすぎるな』って言ってたし
矢口さんは『アイドルである前に女の子なんだから恋愛とかもしてもいいと思う』
と言っていた。
俺はどうすべきなんだろう?
とりあえず不自然になり過ぎないように愛ちゃんに接しないとダメだよな。
今日は出来なかったけど・・・。
明日からちゃんとできるかな。
それより愛ちゃんがどういう態度で俺に接してくるかが気になる。
しかし今までの俺では考えられない事考えているよな。
そう思いながらいつのまにか俺は寝ていた。

「高橋昨日はどうだったのよ、したのキス?」
「一応したんですけど寝てる間だったんで気付いているかどうか
分からないんですよ」
「まったく、キスしたほうがいいとは言ったけどなんで寝てる間にしちゃうの?」
「いや、私も本当は昨日キスする気はなかったんですけど
矢口さんが南条さんに迫ってたからなんか不安になって・・・」
そう言うと愛は顔を伏せた。
ここは吉澤の部屋、愛は吉澤に借りたパジャマを着てベッドに座っている。
吉澤はジャージを着て机の椅子に座って愛の方を向いている。
愛はレコーディングが終わって家に帰ろうとしたとき吉澤に腕を?まれて
強引に家まで連れてこられたのだ。
吉澤は昨日の事が気になって愛に休憩中に聞こうと思っていたが
愛はミスを連発していたためそれどころではなく、聞くチャンスがなかったので
強引に愛を引っ張ってきたのだ。

「矢口さんが迫ってたって、それ本当の話なの?」
「迫ってたっていうか、なんか冗談めかして『付き合おうか?』
みたいな事を言ってたんで」
吉澤は愛がそう言うと腹を抱えて笑い出した。
「ははは、馬鹿だね高橋」
「何で笑うんですか?」
「だって矢口さんが今の彼氏と別れるなんて考えられないもの」
「そうなんですか?」
「そうよ、だった高橋は知らないだろうけど、矢口さんその彼氏に
べたぼれなんだから、でも良かったんじゃないきっかけが出来て
それより、南条さんキスされたこと気付いてないの?」
「多分気付いているとは思いますけど」
「何でそう思うの?」

「その後一回私も寝たんですけど、カズさん一回起きて
外に出て、その時に私も起きてカズさんのこと見てたら
ずっと唇を触ってたんですよ、それってキスされたことは
気付いたって事ですよね」
「そこまで気付いてたら、もしかしたらキスした相手が
高橋だって事も気付いてるのかも」
「えっ!!」
「だって昨日私タクシーに乗る前南条さんに『高橋の気持ちに気付いてるんですか?』
って言ったから」
「そんなこと言ったんですか?」
「うん、だってそうでもしないと南条さん、高橋の気持ちに気付きそうも
なかったから」
「でも・・・」
「大丈夫よ、南条さんも多分高橋の事気になっているとは思う」
「何でそう思うんですか?」
「昨日見てた感じだと南条さん私たちに対する態度と高橋に対する態度が
違ってた気がするんだよね」
「そうですか」
そう言うと愛は嬉しそうな表情を見せた。

「だから脈はあると思うけど、ところで高橋この後はどうする気なの?」
「どうって?」
「もう一回寝てる間にキスでもしてみる?」
「いや、それはもうしないですよ」
愛は真っ赤な表情でそれを否定した。
「けど来週バレンタインじゃないですか
その時に告白しようかなって思ってるんですけど」
「それは結構いいかもね、南条さん告白とかされたことないだろうから
ロマンチックに告白したら多分うまくいくと思うよ。
けど南条さんが昨日の事高橋に聞いてきたらなんて答えるつもりなの?」
「あっ!!それは・・・」
愛はそう言われて口ごもってしまった。
「何、そんな事も考えてないの、じゃあとりあえず何にもなかったかのように
普通に接しときなさい」

「どうしてですか?」
「だって急に態度が変わっちゃうと南条さんも変に思うだろうし
それに告白する前に少しじらしておいた方がもしかしたら
ああいう人には効果的かもしれないよ」
「あ、でも焦らすともしかしたら矢口さんが・・・」
「だからそれは大丈夫だって」
「けど昨日の夜、矢口さん南条さんの首筋にキスしてたんですよ」
「えっ!!それ本当なの?」
「はい」
「だから今日あんなに調子悪かったの?」
「まあ、そうですけど、けど今日聞いたら『あれは事故だ』って言ってたし」
「事故?何の事故よそれは」
「矢口さんが言うには彼氏の夢を見てて、その時毛布を掛けなおしてくれた
カズさんについ抱きついた。
って事なんですけどこれって信じてもいいですか?
休憩中に言われたときは信じたんですけど今思うと本当なのかなって思って」
吉澤は愛にそう言われてしばらく考え込んでしまった。

「うーん、でもそれは信じていいと思うよだって矢口さん彼氏の事凄く大事に
思っているから、夢に出てきても不思議じゃないし」
吉澤が愛にそう語りかけると愛はほっとしたような顔を浮かべた。
「とりあえず明日からは普通に接しておいたほうがいいわよ」
「はい、まあ出来るかは分からないけどそうしてみます」
「ふぁーあ、じゃあ明日も早いからもう寝ようか?
昨日少しだけ勇気を出した高橋にベッドを譲ってあげるよ」
そう言って吉澤は椅子から降りて電気を消し、布団に横になった。
「おやすみ、高橋」
「おやすみなさい、吉澤さん」
そう言って高橋もベッドの上に横になった。
吉澤は朝から仕事だったので疲れていたのか、吉澤の口からは
すぐに寝息がこぼれてきた。
愛はベッドの上で和智の事を考えていた。
(吉澤さんの言ったとおり本当にカズさん私のこと気になってるのかな?
だとしたら凄く嬉しいけど・・・。
でも明日からどうしよう、今日も二人きりになった時うまく喋れなかったし
どうしようかな)
愛は明日からの事を考えてると不安になってきたが
いちいち悩んでいてもしょうがないので愛も寝る事にした。
(おやすみなさい、カズさん)
愛は昨日と同じように心の中でとなえてから眠りについた。

「ピーンポーン」
「はーい」
インターフォンが鳴ったので俺は玄関へ向かった。
今は午後八時、愛ちゃんが帰って来たようだ。
「お帰り愛ちゃん」
俺は玄関のドアを開けると不自然にならない様に愛ちゃんに話し掛けた。
「ただいま帰りました」
愛ちゃんはそう言っていつも通りに家に入った。
なんか愛ちゃんも普通にしてるな。
これなら変に緊張しないですみそうだな。
俺は玄関から部屋に戻るときに愛ちゃんの後ろ姿を見ながらそう思っていた。
「愛ちゃんご飯出来てるけど、食べる?」
「あ、はいすいません」
愛ちゃんが着替えて自分の部屋から出てきたので夕食を食べるか尋ねた。

「じゃあ用意するから座って待ってて」
「あ、私にも手伝わせてくださいよ」
俺がキッチンでそう言うと愛ちゃんはそう言ってキッチンに来た。
「なるべく手伝わせてくださいって言ったじゃないですか」
「あっ、そうだったねじゃあこれを盛り付けてくれる?」
「わかりました」
俺はサラダを盛り付けてもらおうと思い、皿を出して愛ちゃんに渡した。
「よしできた」
「私のほうも出来ました」
「じゃあそれテーブルに運んじゃって」
「はい」
俺と愛ちゃんは夕食をテーブルに運んだ。
「いただきます」
俺と愛ちゃんは声を揃えてそう言って夕食を食べ始めた。
愛ちゃんはキスのことなんとも思ってないのかな。
結構普通に俺に接してるし。
まあギクシャクしてるよりはいいか。
俺はそう思いながら、味噌汁を一すすりした。

そして黙って食べている愛ちゃんの方をチラッと見ると
視線に気付いたのか愛ちゃんも俺の方を見た。
俺はその時なぜか恥ずかしくなってしまい下を向いてしまった。
その後気まずい雰囲気になって二人とも特に会話もなく食事をしている。
「ごちそうさまでした」
俺の方が一足早く食べ終わり、俺は食器を流しに置いて
そのままリビングに行った。
リビングのソファーに座って俺は考え事をしていた。
うーん最初の方はうまく話せていたのに食事中に目が合った時
変に意識しちゃって視線を逸らしちゃったからな。
あれから俺は緊張しちゃってうまく話せなくなっちゃったし。
そろそろ愛ちゃんも夕食を食べ終わってこっちに来る頃だから
そしたらちゃんと話し掛けてみよう。

そしてしばらくすると、愛ちゃんもリビングに来てソファーに腰を下ろした。
「カズさん食器は流しに置いといて良かったんですか?」
「ああ、いいよ俺が後で洗っとくから」
「すいません」
その後も愛ちゃんが積極的に話し掛けてくれたので、俺はなんとか
普通に愛ちゃんに接する事が出来ていた。
「ところで愛ちゃん、明日は仕事何時からなの?」
「明日はまたライブがありますから、朝六時半くらいに起きなきゃ
いけないんですよ」
「そうなんだ、やっぱり大変だね」
「それじゃあお風呂入ってきちゃいな」
「はい」
俺がそう言うと愛ちゃんは着替えを持ってバスルームに向かって行った。
俺は食器を洗おうと思い、リビングからキッチンに行った。

食器を洗っている最中も俺は愛ちゃんの事を考えていた。
愛ちゃんいつもと変わらなかったな。
するとキスしたのも愛ちゃんじゃないのかな。
いやそれは絶対無いだろうけど・・・。
昨日ひとみちゃんになんか言われたのかな?
まあでもギクシャクしているよりはいいか。
食器も洗い終わったので俺はリビングでテレビを見ている。
そしてしばらくすると愛ちゃんがお風呂から出てきた。
その時俺は湯上りの愛ちゃんに目を奪われてしまった。
なんでだろう?
今まで感じた事なかったのに、今日の愛ちゃんはすごく色っぽく見える。
やっぱり俺が愛ちゃんのことを前より意識しているってことか。
きっとそうなんだろう。
俺は自然と胸が高鳴ってきた。

この状態で愛ちゃんとまともに話すことは無理そうだったので
とりあえず風呂に入って落ち着こうと思い愛ちゃんに
「お、俺もお風呂の入ってくるよ」
と言ってバスルームに向かった。
あぁーこのままどうなるんだろう?
俺はバスタブにつかりながら後の事を考えていた。
このままだと愛ちゃんの顔がまともに見れないな。
でもちゃんと話せる様になっておかないと・・・。
俺はバスタブの中でずっと考え込んでいた。

ああ・・・やばいのぼせそうだ。
しばらく風呂に入って考えていると、俺はそう思ったので風呂から出た。

風呂から出てリビングに戻ると、愛ちゃんは何かを考えているようだった。
一体何を考えているんだろう?
俺は愛ちゃんの今考えていることが知りたかった。
けどそれを愛ちゃんに聞く事はできなかったので
俺はなにも言わずにソファーに腰を下ろした。
そして、なるべく下を向いて愛ちゃんの事を見ないようにしていた。

少し経って時計を見ると、十一時を少し回った頃だったので愛ちゃんに
「もう寝たほうがいいんじゃない?」と聞いた。
愛ちゃんはそれを聞いて「そうですね」と答えソファーから立ち上がった。

そのとき俺は愛ちゃんに一昨日の事を聞いてみようと思った。
でないとこれからも、俺は聞けそうもなかったから。

「あ、愛ちゃん」
「はい、何ですか?」
「一昨日さ、俺の寝てる間に俺の・・・」
俺は二の句が告げる事が出来ずに、そのまま黙ってしまった。
その時愛ちゃんの表情を見ると、真剣な表情で俺の次の言葉を待っていた。

「俺の唇にキスをしなかった?」
俺はそこまで言って、今度は愛ちゃんの発する言葉を待った。
「・・・・・・」
愛ちゃんはなにも答えずにそのまま自分の部屋へ戻っていこうとしている。
「あ、愛ちゃん」
答えを聞きたくて愛ちゃんの事を呼び止めると愛ちゃんは
なにも言わずに振り向き、ただ微笑んでそのまま部屋に戻っていった。
俺はその表情を見て愛ちゃんになにも言う事が出来ずに
そのまま見送ってしまった。

あの笑顔はいったいなんだったんだろう?
『私はあなたにキスをしました』という意味なのか
それとも『勘違いでもしてるんじゃないですか?』
と言う意味なのか、どうなんだろう・・・。
俺はその後ソファーに座ってずっと愛ちゃんの笑顔の意味を
考えていた。

しかしどう考えても俺には答えが出て来るとは思えなかった。
しょうがない愛ちゃんが答えてくれるまで待つしかないか。
でも愛ちゃんどういうつもりなんだろう?
あぁ、分からない。
やっぱり俺が勘違いしてるのかな。
・・・・・・一人で考え事をしているとどんどん思考が暗くなって
来たので俺も眠ろうと思い、自分の部屋に入った。

俺はベッドの上に寝転がりながら今日の愛ちゃんの行動を
思い返してみた。
思い返してみると、愛ちゃんはなんか変な感じがしたような気もするのだ。
最初から普通に接しようと心に言いきかせているみたいに。
そうだとすると何でそんな事をする必要があるんだろう?
俺にはわからない事だらけだった。
キスの真意も、愛ちゃんの想いも。
そんな事を考えているといつのまにか俺は眠っていた。

「ジリリリリリリリ」
俺は不快な電子音で目が覚めた。
時刻は朝六時。
俺はベッドから起き上がり、着替えて部屋から出た。
「ふぁーあ、まだちょっと眠いな」
俺はそう呟きながら、キッチンに行き朝食の準備を始めた。
朝食を作り終わり、時計を見ると六時二十五分。

俺はテーブルの椅子に座って待っていると、愛ちゃんが寝ぼけ眼で
「おはようございます」と言い、洗面所へ消えていった。
そして少しすると、洗面所から出てきたので
「愛ちゃん、朝食食べる?」と聞くと、愛ちゃんは
「はい」と答えて、席についた。

「いただきます」
愛ちゃんはそう言うと、いつものように朝食を食べている。
その表情はいつものような表情だった。
そして俺は昨日の事を聞こうと思ったが、それを聞く事も出来ずに
ただ朝食を口に運んでいた。

「ごちそうさま」
「あ、食器はそのままにしておいていいよ」
「すいません、いつも」
「気にしないで」
「じゃあいってきます」
「いってらっしゃい」
「あっ!!そうだ今日は仙台に泊まりですから」
「わかった」
愛ちゃんはそう言ってコートを着て、玄関から出て行った。

俺は朝食の片付けを終え、ソファーに座ってしばらくの間
なにも考えずにボーっとしていた。
本当に愛ちゃんの気持ちが分からなくなって来たので
なにも考えない方が良いと思ったからだ。

しばらくボーっとしていたがさすがに飽きてきたので
俺はとりあえずベランダに出てみた。
すると、外は抜けるような青空で、太陽もいつもより
輝いているようなかんじがする。
俺はこんないい天気の日に家に居るのは損だと思ったので、今日は久しぶりに
車に乗って絵を書きに行く事にした。
青空の下で絵でも書けば気持ちも少しは晴れると思ったからだ。

俺は自分の部屋から写生の道具を出して、家を出た。
そういえばわざわざ絵を描きに行くなんて久しぶりだな。
それにしても何処にいこう。
そうだな・・・お台場のレインボーブリッジでも描いてみるか?
前矢口さんを迎えに行った時見たら、結構綺麗だったし。
でも、あれは夜だったからな。
まあいいか、もしあんまり創作意欲が湧かなかったら
愛ちゃんにあげる絵を仕上げればいいんだし。
俺はそんな事を思いながらお台場に向かって車を走らせた。

「ここら辺でいいか」
俺は駐車場に車を止めてレインボーブリッジの見えるところに
イーゼルを立てた。
いくらいい天気でもやっぱり冬の海は寒かったので
俺はコートのボタンを閉めた。
俺は持ってきた折り畳みの椅子に腰掛け、そこから見える景色を
描き始めた。

レインボーブリッジは昼間でもなかなか綺麗だったので
俺の筆は結構なペースで進んだ。
さらにしばらく描いていると俺は少し疲れて来たので時計を見ると
もう午後一時を回ったところだった。

俺は昼食でも食べようと思い筆を置き、椅子から降り
近くの芝生に腰をかけた。
俺はさっきコンビニで買ったおにぎりをほうばりながら
海を見ている。

海の上では鴎が楽しそうにじゃれあっている。
俺はそれを見てなんだか寂しい気持ちになっていた。
愛ちゃん・・・・・・。
「はぁーあ」
俺は一つ大きくため息を吐いて、お茶を一息で飲み干した。
悩んでいてもしょうがないよな。
今日はうじうじ悩まないようにするためにわざわざここまで来たんだから。
俺はそう思い再びイーゼルに向かった。

「今日はこれで帰るか」
俺はその後も調子よく筆が進み、大体の部分が描き終わっていた。
俺はイーゼルをたたみ、帰り支度をした。
今日は何にも考えないで描けたな。
まあ昼にちょっと沈んだが・・・。
でもたまには写生するのもいいもんだ。
俺はそう思いながら家路に着いていた。

俺は家に帰ると、夕食を食べ風呂に入りソファーでくつろいでいた。
「ピリリリリリリリリリリリリ」
俺は携帯がなっていたので携帯を見ると、矢口さんからだったので
携帯の通話ボタンを押した。

「もしもし」
「あ、南条さん?」
「はい、矢口さんどうかしました?」
「あのさー、いま仙台なんでけど」
「あっそれは知っていますよ、今日はライブだったんですよね」
「うん、それでちょっと頼みがあるんですけど」
「明日東京駅まで迎えに来てくれない?」
「どうしてですか?」
「ちょっとさ、最近いやな事があったからストレスを発散したいんだよね
それで思い出したのが南条さんで前にバイク乗せてもらった時凄く気持ち良かった
からもう一回乗って気分を晴らしたいなって思って」

「分かりました、俺も矢口さんに聞きたい事があるからいいですよ」
俺は矢口さんに愛ちゃんの事をまた相談してみようと思ったので
その頼みをOKする事にした。
「えっ、いいの、じゃあ明日午後には帰れると思うから
東京駅に着きそうになったら電話するよ」
「わかりました」
「また明日ね」
「はい」
俺がそう言うと電話は切れていた。

俺は電話を切った後自分の部屋に戻り今日描いた絵に
色を塗っている。
しばらく色を塗っていたが疲れてきたので
ベッドに横になった。
今日は疲れていたためになにも考えずに眠りにつくことが出来た。

「カラコロン」
俺は東京駅の近くにある喫茶店に入った。
今は午後一時三十分。
なぜ俺がここにいるかというと昨日通り矢口さんから電話が
掛かってきたからだ。
矢口さんから十二時ちょっと前に電話が掛かってきてこの喫茶店
に来て待っていてと言われたのだ。
まあここなら通りから離れているし客も少なかったので
矢口さんの事を気付く人はいないだろう。
俺は店員に紅茶を頼み、店に入って来る人が見えやすい席に着いた。

それから十分くらいそこで待っていると
「コンコン」と窓を叩く音が聞こえたので、窓の方に目をやると
そこには矢口さんが立っていて、俺にこっちに来るように手招きを
している。
俺はそれを見てなにもいわずに頷き、会計を済ませ、店を出た。

店を出ると出口に矢口さんが立っている。
「こんにちは」
「どうも南条さんこんにちは」
「どうも、ライブお疲れ様です」
「そんな事ないわよ、それよりもう行きましょうよ」
「そうですね」

俺と矢口さんはバイクの置いてあるところに移動した。
「どこか行きたいところとかありますか?」
俺はヘルメットを矢口さんに渡しながら尋ねた。
「うーん、そうね海に行きたいな」
「海ですか?」
「うん、冬の海ってなんかロマンチックでしょ」
「矢口さんからロマンチックって言葉が出てくるとは思いませんでしたよ」
俺がそう言うと矢口さんは少し怒ったような顔をしている。

「私だってそのぐらいのこと言うわよ、女の子なんだから」
「冗談ですよ、矢口さん、じゃあ海に行きましょう
それにしても何処の海に行きますか?」
「そうねじゃあ江ノ島の海に行こう」
「江ノ島ですね、わかりました」
そう言って俺はバイクに乗った。
「レッツゴー」
矢口さんも俺の後ろに乗り込んだので、俺はバイクを
江ノ島に向かって走らせた。

「着きましたよ」
俺は後ろに居る矢口さんに声を掛けた。
「えっ!!もう着いたの?もっと走っていたかったのに・・・」
「まあとりあえずここで少し休憩しましょう」
「それもそうね」
そう言って俺と矢口さんは砂浜へ降りた。

「結構寒いですね」
「うん」
矢口さんはそう言いながら冬の海をじっと見ている。
「ちょっと暖かいものでも買ってきますよ
やぐちさんなにがいいですか?」
「じゃあココア買ってきて」
「わかりました」
俺はそう言って、自動販売機へ行き、そこでココアを二本買って
また矢口さんの所へ戻った。

矢口さんは砂浜に腰を下ろし、携帯電話で誰かとを話している。
「だから・・・どういうことなのよ?」
「何でそう言うことを言うの?」
「だから、そうじゃないって」
矢口さんは誰かと言い争っているようだった。

俺は声をかけるわけにもいかずただその場で佇んでいる。
「あーもういいわよ、わかったわ」
矢口さんは強い口調でそう言うと電話を切った。
「矢口さん、どうぞ」
俺は矢口さんにココアを渡し矢口さんの横に腰掛けた。
「ありがとう」
矢口さんはそう言ってココアを受け取り
また無言で海を見ている。
俺はさっきの電話の事を聞いてみたかったが、矢口さんが
沈んでいるようだったので、俺もそのまま無言で海を見ていた。

「ねぇ・・・南条さん」
それからしばらく二人とも無言で海を見ていたが、急に矢口さんが
俺に話し掛けてきた。
「何ですか?」
「男ってどうしてあんなに自分勝手なの?
なんで私の事を考えてくれないの?」
「あの、状況がよくわからないんですけど」
「ごめん、これだけだとよくわからないよね」

そう言うと矢口さんは彼氏との今の状況を話してくれた。
それによると、矢口さんは最近彼氏とうまくいっていないらしい。
原因は矢口さんが忙しすぎて会えないので、それに対して彼氏が怒っているそうだ。
それに矢口さんが『仕事だからしょうがないじゃない』と言うと、
彼氏は『お前にはついていけない』と言われそれで
さっきあんなに怒って電話を切ったのだ。

「私、彼と別れようかな」
矢口さんは状況を全て説明し終わると急にそんな事を漏らした。
「どうしてですか?」
「だって彼と付き合ってもう一年近くになるのに喧嘩してばっかりだし・・・」
そう言うと矢口さんは暗い顔をしている。
「矢口さんはその彼氏の事嫌いになってしまったんですか?」
「そんな訳ないじゃない、彼の事は好きよ、けど・・・」
「だったら彼氏に会ってちゃんと話をしたほうが良いんじゃないですか?
その彼氏だって売り言葉に買い言葉だったのかも知れないんだし」
「そうよね、私ちゃんと彼と話し合ってみるよ」
矢口さんはそう言うと少し明るい顔をしている。

「ところで今日は彼氏のところにいかなくて良いんですか?」
「今日は彼北海道に出張に行ってるのよ」
「だから俺を呼んだんですね」
「まあそう言うことになるけど・・・」
矢口さんは俺に申し訳なさそうな顔をしている。
「気にしないでくださいよ俺も暇だったんですから」
「あっ、そうだ南条さん聞きたいことってなあに?」
そう言うと矢口さんは急に俺のほうを向いた。
俺は矢口さんに愛ちゃんの事を相談しようと思ったが
今日のところは辞めておこうと思い
「いや、俺の話はいいですよ、また今度で」と言うと、矢口さんは
「ああ、そう」と言ってまた視線を海に戻した。

そしてまた二人なにも言わずに海を見ていたが
日が沈んできたので俺はそろそろ帰ろうと思い隣にいる矢口さんに声を掛けた。
「矢口さんそろそろ帰りましょうか?」
「ああ、うんそうだね、でも帰りも思いっきり飛ばして」
「分かりました」
俺と矢口さんは砂浜からバイクの止めてあるところに戻った。

「じゃあ行きますよ」
「はい」
矢口さんがそう答えたので、俺はバイクをスタートさせた。

「着きましたよ」
「ありがとう」
矢口さんはそう言いながらバイクから降りて、ヘルメットを
俺に渡した。
俺はそれを受け取り
「気分は晴れましたか?」と聞くと、矢口さんは
「うん、やっぱりバイクって気持ちいいね
それに相談にも乗ってもらえたし、今度彼とちゃんと話してみるよ」
「そうしてください、じゃあ失礼します」
「また今度嫌なことあったら乗せてね」
「分かりました」
矢口さんは手を振りながら自分の家に入って行った。

矢口さんが家に入ったので俺もバイクに乗り夕食の材料を買って家に帰った。
「ただいまー」
俺は愛ちゃんがもう帰っていると思い、そう言いながら家に入った。
しかしリビングは真っ暗だったので俺は電気をつけると
ソファーには愛ちゃんが膝を抱えて座っている。
俺は愛ちゃんが電気もつけないで座っているのでおかしいと思い
それを聞いてみることにした。

「愛ちゃんどうしたの電気もつけないで?」
俺がそう言うと愛ちゃんはこっちを向いた。
愛ちゃんは今までに見た事もないような表情で俺をみている。
「カズさん、今日はどこ行っていたんですか?」
「今日?今日はバイクで走っていただけだけど」
「一人でですか?」
俺は矢口さんと一緒だった事を言おうかどうか迷っている。
・・・俺は迷った末愛ちゃんに嘘をつく事にした。
「う、うん一人だよ」

それを聞くと愛ちゃんの表情が変わり、強い口調で俺に
「どうして嘘をつくんですか?
私、今日東京駅の近くで見たんですよ
カズさんが矢口さんをバイクの後ろに乗せて走っていくのを」
俺はそう言われてなにも言い返すことが出来なくなってしまった。

「どうして嘘をつくんですか?どうして・・・どうして」
愛ちゃんは目から涙を流しながら、自分の部屋に入って行った。
呆然としながら俺はその場で愛ちゃんがなぜ泣いたのか考えている。
どうして急に泣き出したんだろう?
俺が嘘をついたからなのかな、それとも矢口さんに二人きりで会って
いたからなのかな。
俺はいろいろ考えて愛ちゃんに弁解しようと
思ったが今の愛ちゃんになにを言っても信じてもらえそうもなかったので
とりあえずソファーに座り愛ちゃんが落ち着いて部屋から出てくるのを
待つ事にした。

三十分くらい座って待っていたが、愛ちゃんは一向に出てくる気配が
なかったので、俺は心配になり愛ちゃんの部屋のドアをノックした。
「コンコン」
ドアをノックしても何の反応もない。
「愛ちゃん、愛ちゃん」
俺は大きな声を出して愛ちゃんのことを呼んでだ。
しかしそれでもドアの向こうにいる愛ちゃんからはなんの反応もなかったので
俺はドアノブに手を掛けてドアを開けようとした。
しかしドアには鍵が掛かっていてドアは開かなかった。
「ドン、ドン」
さっきより強くドアを叩いたが、それでも愛ちゃんは何の反応も示さない。
「愛ちゃん、話だけでも聞いてくれないかな?」
そう言ってドアの前で愛ちゃんの反応を待った。

しばらく経ってもなにもなかったので、俺は諦めてリビングに戻ろうとした。
その時、ドアの向こうから愛ちゃんの声が聞こえてきた
ので俺はまた愛ちゃんのドアの前に戻った。
「分かりました、話を聞きますでもまだドアは開けません」
「ああ、分かったいいよ」
俺はそう言ってドアに向かって話を始めた。

「本当の事を言わなくてごめん、けど俺は別に隠すつもりはなかったんだ。
ただなんか恥ずかしくて、つい、さっきはああいう風に言っちゃたんだ」
「じゃあ今日はなにしてたか今度はちゃんと話してください」
「うん」
愛ちゃんがドア越しにそう言ったので、俺は矢口さんの事を
全部話した。

「・・・というわけなんだよ、多分矢口さんも鬱憤が
たまってたんだと思うんだ。
だから俺はそれを少しでもやわらげられればと思って
今日は矢口さんに付き合ったんだ。
だから別に矢口さんと何かあったわけじゃないよ」

そこまで言って俺は愛ちゃんの反応をまっている。
しばらくすると「ガチャ」という音と共にドアが開いた。
そして愛ちゃんが部屋から出てきた。
愛ちゃんの目は少し腫れている。
そのまま愛ちゃんは、「ちょっと失礼します」と言って、洗面所に行って
しまったので、俺はしょうがなくリビングのソファーに座って
愛ちゃんが戻ってくるのを待っていた。

しかし愛ちゃんはよくわからないな。
キスの事を聞いたらはぐらかされるし、矢口さんの事で
俺が嘘を言ったら泣き出すし・・・。
俺はソファーに座りながら考え込んでいる。

「カズさん」俺は愛ちゃんの声がしたので、振り向くと
そこには手にタオルを持って愛ちゃんが立っている。
どうやら、目を冷やしてきていたようで、目の腫れもほとんど
なくなっていた。
「カズさんごめんなさい疑っちゃって」
愛ちゃんはそう言って俺に頭を下げた。
「そんないいよ頭なんて下げないでよ、嘘をついた俺も
悪かったんだし、俺のほうこそちゃんと謝りたいくらいだよ」
そう言って俺も愛ちゃんに頭を下げた。

しばらくして頭を上げると愛ちゃんも一緒に頭を上げたようで、目が合ってしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人ともなぜか無言になってしまったが、愛ちゃんが
「夕食の支度手伝わせてください」と言ったので、
「そうだね、今日は野菜炒めだからまた野菜切るのを
手伝ってもらおうかな」と言ってキッチンに向かった。
愛ちゃんも俺の後ろをついてきている。

「じゃあこのキャベツを食べやすい大きさに切って」
「はい」
俺はそう言ってキャベツを半分愛ちゃんに渡した。
「トントントン」
規則正しい包丁の音がキッチンに響いている。
愛ちゃんは最初の頃よりずいぶんと包丁さばきがうまくなっている。
やっぱり女の子なんだな、俺よりずっと上達が早いもんな。
そんな事を思いながら俺はサラダを作っていた。

「じゃあ食べようか?」
「はい」
俺と愛ちゃんはテーブルの椅子に座り「いただきます」と言って
夕食を一緒に食べ始めた。
ご飯を食べながら愛ちゃんの方を見ると愛ちゃんはもう普通に戻って
いるようで、こっちを気にする様子もなくご飯を口に運んでいる。
俺も一昨日のように気まずくなるのは嫌だったので
今日の事と関係ない話をする事にした。

「愛ちゃん、ずいぶんと包丁を使うのがうまくなったよね」
俺は愛ちゃんが切った野菜を愛ちゃんに見せながら言った。
事実、野菜は食べやすいように、一口サイズに切れている。
「それは多分カズさんの教え方が上手だったからですよ
カズさん最初にちゃんとした包丁の持ち方を教えてくれたし」
「そうかな」
「そうですよ、今度は肉じゃがの作り方を教えてくださいね」
「うん、わかった」
そう言ってまた二人とも箸を進めていた。

「ごちそうさま」
俺はまた愛ちゃんより早く食べ終わったので、先にリビングに戻り
ソファーに座ってくつろいでいた。
そして愛ちゃんが戻って来るのを待っていたがいつまでたっても来ないので
キッチンに行ってみると、愛ちゃんが食器を洗っている。
「愛ちゃん、いいのに」
「でも、いつもやってもらっているからたまには自分で
しようと思って」
「分かったじゃあ今日は愛ちゃんにお願いするよ」
「分かりました」
俺はリビングに戻り愛ちゃんの事を考えていた。

最近の愛ちゃんの行動は分からない事だらけだった。
キスの意味を聞いたら笑ってはぐらかされたし
今日は今日で矢口さんと会っていた事を隠そうとしたら
急に泣き出しちゃったりするし・・・。
愛ちゃんは俺の事をどう思っているんだろう?
「やっぱりはっきり聞いたほうがいいのかな」
俺はそう呟き、ソファーに身を預けた。
「何をはっきり聞いたほうがいいんですか?」
俺は後ろから急に愛ちゃんの声が聞こえたので、俺は驚きのあまり
「うわっ!!」と声を上げて振り向いた。

「どうしたんですか?そんなに大きな声を上げて」
「い、いやなんでもないよ、ただ急に愛ちゃんの声が聞こえたから驚いただけ」
「それはいいんですけど、さっき『はっきり聞いたほうがいいのかな』って
言っていましたよね、それって誰に何を聞こうと思っている事なんですか?」
「それは・・・まあいいじゃない」
そう言って俺は話を終わらせようとした。
「なんか気になりますよ」
「気にしないで、独り言だから」
「そうですか」
愛ちゃんはまだ納得していないような表情だったが、ソファーに
座ってテレビを見ている。

俺は昼間、潮風を浴びたのせいか体がベタベタしていたので
風呂に入ろうと思い、ソファーから立ち上がり
「お風呂でも入って来るよ」と愛ちゃんに言ってからバスルームに行った。

俺はバスタブにつかりながらさっきの事を思い返していた。
はぁー危なかった、さすがにあの場面で聞くのは俺には無理だよ。
でもどうしよう・・・
いややっぱり聞かないほうがいいのかも知れない。
俺はさっきとはまるで反対の事を思っていた。
今のままでも愛ちゃんは俺に普通に接してくれているし
俺の事をどう思っているかはこの際関係ないのかもな。
けど気になるよな、でも聞く事も出来ないし。
やっぱり愛ちゃんから話してくれるのを待つしかないか。
結局のところそれが一番だよな。
無理に聞いても愛ちゃんにまたはぐらかされそうだし。
俺はそこで考えるのをやめて風呂から出た。

風呂から出てリビングに戻ると、愛ちゃんはまだテレビを見ている。
「愛ちゃんお風呂出たよ」と俺が言うと、愛ちゃんは
「そうですか、じゃあ今度は私が入ってきますね」
と言ってソファーから立ち、バスルームに行った。
俺はソファーに座り、愛ちゃんにあげる絵を描いていた。

「うん、こんなもんだな」
俺はそう呟いて、描いていた絵をテーブルに置いた。
その絵はもう八割くらいはできているので
愛ちゃんにそろそろあげる事が出来そうだ。
その後俺は疲れていたので、寝ようと思い自分の部屋に戻り
ベッドの上に横になった。
横になっていると「コンコン」とドアをノックする音が
したので俺は身を起こしドアを開けた。
「カズさんちょっといいですか?」
「ああ、いいよ」
俺はそう言って部屋に愛ちゃんを部屋の中に入れた。

どうしたの愛ちゃん?」
「あの、一つ聞きたい事があるんですけどいいですか?」
「何?」
「あの絵はどうなりました?」
「絵、ああ、あれならもうちょっとで完成しそうだよ」
「そうなんですか、じゃあ今見せてもらってもいいですか?」
「うーんどうしようかな・・・今見せてもいいけど完成したのを見た方がよくない?」
俺が愛ちゃんに聞くと愛ちゃんは少し考えて
「そうですね、じゃあ今日は見ないことにします」
「そうした方がいいよ、多分後ニ、三日で出来上がると思うから」
「分かりました」
「そうだ愛ちゃん明日は何時に起きるの?」
「明日は八時くらいに起きればいいと思います」
「そうなんだ」
「ええ、明日もレコーディングなんですよ」
「じゃあ頑張らないとね」
「はい、それじゃあおやすみなさい」
「おやすみ」
愛ちゃんはそう言って自分の部屋に戻っていった。

俺はベッドの上で再び横になっている。
すると疲れていたためかすぐに眠くなり、そのまま眠っていた。

その後三日間、愛ちゃんは俺に普通に接してきていた。
俺は愛ちゃんの気持ちを聞きたくなってきたが
それを聞かないと決めていたので、なかなか愛ちゃんの心を
窺い知る事ができずに、なんか胸がもやもやしたままだった。
「カズさん、カズさん」
俺は考え事をしながら、朝食を食べていたので愛ちゃんが
話し掛けてきたのに、気付くのが少し遅れてしまった。

「何?愛ちゃん」
「あの今日の夜ちょっと自分の家に戻るんで
帰りが少し遅くなります」
「もしあんまり遅くなりすぎるようだったら俺に電話してよ
そしたら迎えに行くから」
「ありがとうございます、でもそんなには
遅くならないから大丈夫だと思います」
「分かった」
「じゃあ私そろそろ行きますね」
愛ちゃんはいつのまにか朝食を全部食べ終わっている。
「それじゃ、カズさん行ってきます」
「いってらっしゃい」
俺がそう言うと愛ちゃんは玄関へ消えていった。

俺は朝食を食べ終わり、片付けを済ませて愛ちゃんにあげる絵の仕上げを
しようと思い、ソファーに座って絵を描いていた。
後もう少しでこの絵も完成するので、やっと愛ちゃんにあげる事が
出来そうだ。
「よしっ、完成っと」
俺はそう呟きながら筆を置いた。
描き始めてから十日以上たってやっと絵が完成した。

しかしやたらと時間が掛かったな。
誰かにあげる絵を描くなんて本当に久しぶりだから仕方がないか、
まあけど時間が掛かっただけあって納得のいく出来になってよかった。
これなら愛ちゃんも気に入ってくれるだろう。
俺は絵を額に入れて、テーブルにおき自分はその場で大きく伸びをする。
そして、天気が良かったので洗濯でもしようと思いソファーから立ち上がった。

俺は洗濯を済ませ今度は写生した絵を仕上げようと思い
自分の部屋に行った。
そして今度はそこでしばらく絵を描いていたが、少し描くと
疲れてきたので俺はベッドの上で横になり目を閉じた。

「あれ、今何時だ」
眩しい光で俺は目が覚めた。
俺は目をこすりながら自分の体を起こした。
ベッドに横になったままいつのまにか寝てしまったらしい。
窓から外を眺めるともう夕日が顔を出している。
一体俺は何時間寝ていたんだろう?
そんな事を考えながら部屋から出た。

部屋から出てリビングの時計を見ると、もう午後四時を回っている。
俺は遅めの昼食を朝食の残りで済ませ、夕食の買い物をしようと思い家を出た。
今日のメニューは何にしようかな・・・。
スパゲティにでもしよう。
俺はそう思い、スパゲティの材料を買いスーパーを出た。
因みに今日のはカルボナーラスパゲティだ。

俺は家に帰り買ったものを冷蔵庫に入れソファーに腰掛けテレビを見ていた。
しかし面白くなくなってきたので俺はテレビを消し小説を読むことにした。
その小説は二日前に買ったのだがちょっとしか読んでなかった
のでちょうどいいと思い俺はそれを読み始めた。

読み始めて三時間くらい経って俺はその小説を読み終わり
それをテーブルに置いて立ち上がった。
ふと今は何時かと思い時計を見るともう九時半になっている。
愛ちゃんはまだ帰ってこないのかな。
俺はそう思ったので愛ちゃんに電話をしてみる事にした。
「トゥルルルルルルル」
「はいもしもし」
「あっ、愛ちゃん?」
「カズさんですか」
「うん、今どこにいるの?」
「今は自分の家にいます」
「そうなんだ、何時ごろ帰ってくるの?」
「そうですね、後三十分くらいしたら帰ろうと
思ってますけど」
「じゃあ迎えに行こうか?もう九時過ぎているんだし」
「分かりました、じゃあお願いします」
「OK、それで家の場所はどこにあるの?」
「ええと、それはですね・・・」
俺は愛ちゃんから愛ちゃんの家の住所を聞いた。
「わかったそこなら大体分かるから、近くに着いたら電話するよ」
「はい、じゃあ待ってます」
「後でね」

俺はそう言って電話を切り、ジャケットを着て家を出た。
愛ちゃんの家はここから三十分くらい掛かるところにある。
今日は寒かったので、俺は車で愛ちゃんを迎えに行こうと思い
俺は車の止めてある場所に行って、車に乗り愛ちゃんの家に向かった。

「多分この辺だと思うけど・・・」
俺は愛ちゃんに言われた番地の近くに着いたので愛ちゃんに
電話を掛けた。
「もしもし、愛ちゃん?
いま愛ちゃんの家の近くにいるんだけど
愛ちゃんのほうはもう大丈夫なの?」
「ええ、もう用事は済んだんで今から家を出ますね」
「分かった、どこで待っていればいい?」
「その辺に公園がありますんで、公園の前で待っててください」
俺は周りを見渡して公園があるか調べると二十メートルくらい先に
小さな公園がある。
「見つかったから、そこで待ってるよ」
「すぐ行くので待っててください」
「OK」
俺はそう言って電話を切った。
そして公園の前に移動して、愛ちゃんが来るのを待った。

その後五分くらい車の中で待っていると、ドアの窓を叩く音がしたので
窓を開けるとそこには愛ちゃんがいた。
「愛ちゃん、助手席に座って」
「はい」
愛ちゃんは返事をして、助手席に乗り込んだ。
「すいません、わざわざ」
「いいって、気にしないで」と言いながら俺は車を走らせた。

「愛ちゃん、お疲れ様」
俺は隣にいる愛ちゃんに声をかけた。
愛ちゃんは膝の上に大事そうに箱を抱えている。
俺は気になったので愛ちゃんに箱の中身を聞いてみる。
「愛ちゃんその箱には何が入ってるの?」
俺がそう言うと愛ちゃんはなにも答えずに、顔を伏せた。

「愛ちゃん?」
「あっ、これですか?」
愛ちゃんは顔を俺のほうに向け箱を指差した。
俺も車がちょうど信号待ちになったので愛ちゃんの方を向いた。
「これは・・・内緒です」
「なんで?」
「なんでもです、あっ車が動き出しましたよ」
愛ちゃんにそう言われ俺は仕方なく前を向いて車を走らせた。
「愛ちゃん、教えて欲しいな、箱の中身」
俺は車を走らせながら愛ちゃんにもう一度聞いた。
「明日になれば分かりますよ」
そう言って愛ちゃんは俺に微笑んでいる。
俺はその顔を見て、なにも言えなくなりそのまま車を走らせている。

「愛ちゃん、着いたよ」
俺は車を駐車場に止めて、愛ちゃんと一緒に車を降りた。
愛ちゃんは車を降りてからも、箱を大事そうに胸の前で持っている。
「カズさん、もう晩御飯食べたんですか?」
「いや、まだだけど」
「今日のメニューは何ですか?」
「今日はカルボナーラスパゲティだよ」
「そうですか、じゃあまた一緒につくりましょう」
「わかった」
そんな事を話しているうちに家に着いたので俺と愛ちゃんは家に入った。

愛ちゃんは家に入るとすぐに自分の部屋に行き着替えて出てきた。
そのときにはもう箱を持っていなかった。
「愛ちゃん、箱はどうしたの?」
「あれは別に部屋に置いていても大丈夫なものですから」
「そうなんだ」
「早く、作りましょう」
「うん分かった、といっても今日はあんまりする事がないかも」
「でも、なんかしますよ」
「じゃあ今日はパスタを茹でるから火加減を見ていてくれる?」
「わかりました」
愛ちゃんは鍋の前でパスタが茹で上がるのを待っている。
俺はカルボナーラの準備をしている。
「茹で上がりました」
「よし分かった」
俺はそう言って鍋からパスタを出し、それをさっき作ったものにからませた。
「よし出来上がり」
「じゃあ食べましょう」
俺は二人分の皿をテーブルに置いた。

俺と愛ちゃんは「いただきます」と言ってからカルボナーラスパゲティを食べ始めた。
「愛ちゃんおいしい?」
「はい、おいしいです」
「そう、よかった久しぶりに作ったから、あんまり自信なかったんだけど」
「とんでもない、凄くおいしいですよ」
「そう言われると嬉しいな」
俺はそう言いながら視線を皿に戻しまた食べている。
愛ちゃんも同じようにまた食べ始めた。

「ごちそうさま」
今日はスパゲティだけだったので二人とも同時に食べ終わった。
「片付けは俺がやっておくから、愛ちゃんお風呂入っちゃっていいよ
明日も仕事なんでしょ」
「すいません、じゃあお願いします」
愛ちゃんは俺に頭を下げてから、バスルームに行った。
俺は片付けをしながら、さっき愛ちゃんがもっていた箱の事を考えている。
なんだったんだろう?
またはぐらかされるし。
まあ明日になれば分かるって言ってたからいいか。

「よし、これで終わり」
俺は片付けが終わったのでリビングに行って、テレビを見ていた。
相変わらず面白くなかったが、他にする事もなかったので
ソファーに座って見るともなくテレビを見ている。
ああ、なんか気持ちがよくなって来たな。
俺はソファーに体を沈めながらうとうとしている。
「カズさん」
俺は愛ちゃんに肩を揺すられて、目が覚めた。
「こんなとこで、寝ちゃダメですよ」
目を開けると、風呂上りの愛ちゃんがいて俺はその姿に見とれてしまった。
そして下ろしている髪の毛からはいい匂いがしている。
俺は急に胸がドキドキしてきたので
「お、俺も風呂に入って来るよ」と言って慌ててバスルームに行った。

俺はバスタブにつかりながらさっきの愛ちゃんの姿を思い出している。
やっぱり可愛いんだよね、愛ちゃん。
はぁーまだ胸がドキドキしてるよ。
俺は胸の鼓動を抑えるためにバスタブから出て、冷水を頭からかぶって風呂から出た。

リビングに戻ると今度は愛ちゃんがソファーにもたれて寝てしまっている。
俺はその姿を見て、また胸がドキドキしている。
しかし愛ちゃんを起こさないといけないので、俺はそれを抑えて
愛ちゃんの肩を揺すった。
「愛ちゃん、愛ちゃん」
いくら肩を揺すっても愛ちゃんは起きてくれなかった。
どうしようかな、このままじゃ愛ちゃん風邪引いちゃうし。
仕方なく俺は、愛ちゃんの部屋に行って布団を敷いて
またリビングへ戻り、愛ちゃんのことを抱えあげた。
愛ちゃんの体はとても柔らくて俺の下半身は緊張してきたが
それでも何とか愛ちゃんの事を布団に寝かした。

「ふぅー」
俺はその場で一息つき、愛ちゃんのことを見ると
愛ちゃんはスヤスヤと寝息を立てて眠っている。
俺はそれをじっと見ている。
しばらく経って俺は愛ちゃんの部屋を出た。
その後俺は自分の部屋に戻り、絵を少し描いてから
寝ようと思い、ベッドへ横になった。
しかし、目をつぶると愛ちゃんの事が浮かんできて
なかなか寝付く事が出来なかった。

「ジリリリリリリリリ」
俺はいつものように目覚まし時計の音で目が覚めた。
ベッドから起き上がり、俺は目覚し時計を止める。
その時、時計を見ると午前八時。
「ふぁーあ」
俺は大きくあくびをしながら着替えを済ませ、部屋を出た。
愛ちゃんはまだ起きていない。
俺はとりあえず朝食を作り、愛ちゃんが起きてくるのを待っている。
しばらくすると、愛ちゃんは少し顔を赤くしながら部屋から出てきた。
「カズさん、おはようございます」
「おはよう」
「あっ、昨日はすいません、私御風呂から出た後そのまま寝ちゃった
みたいで、わざわざ運んでくれたんですね」
「いいよそんな事気にしないで、軽かったし
さあ、もう仕事なんでしょ、朝ごはん食べちゃおう」
「はい」
愛ちゃんはそう言うと、椅子に座った。

「いただきます」
愛ちゃんはそう言って朝食を食べ始める。
俺も一緒に朝食を食べ始めた。
「カズさん今日の夜予定とかありますか?」
「いや、別にないけどどうして?」
「だったらカズさん今日の夜出かけませんか?
私今日仕事が六時くらいに終わるんですよ」
「いいけど、どこか行きたいところとかあるの?」
俺が愛ちゃんに聞くと、愛ちゃんは少し考えてこう言う。
「そうですね、後で行きたいところメールしますよ」
「分かった」
そう言うと愛ちゃんはまた朝食を食べ始めた。
今日は俺のほうが先に食べ終わったので、俺はキッチンで片付けをしている。
少したって愛ちゃんが食べ終わった食器を持ってきた。
「ごちそうさまです、カズさん」
「食器はそこに置いといて」
「わかりました、それじゃあいってきます。
後でメールしますね」
「うん分かった」
俺はそう言って後ろを向いたまま、愛ちゃんに
「いってらっしゃい」と言って愛ちゃんを送り出した。

俺は片付けを終わらせ、リビングのソファーに腰を下ろす。
そして、愛ちゃんにあげる絵を再び見た。
もう一度見ると、少し気になるところがあったので
また、額から絵を出して直している。
「これで完璧だな」
そう呟きながら俺は、また絵を額の中に戻した。

今日愛ちゃんどこに行きたいっていうんだろう?
どこへ行くにしてもなんか楽しみだな。
俺はソファーに座りながらそんな事を考えていた。

「ピッルルルル」
しばらくその場でボーっとしていると、携帯がメールの着信
を告げているので俺は携帯を見ると
そこには愛ちゃんからのメールが入っていたのでそれを見た。

【こんにちは、カズさん。
今日の夜はとりあえず、六時半くらいに事務所まで来ていただけますか?
今日は事務所で解散するらしいので、お願いします。
行きたいところは会ってから言います。
あと絵は完成したんですか?していたら持ってきて欲しいです   愛】

俺はそれを見てメールを返す。

【分かりました、じゃあ六時半ごろ迎えに行きます。
どこへ行くかはその時に。
絵は、完成してますので持っていきますよ     カズ】

俺は送信を完了したのを確認してから携帯をテーブルに置いた。
そして、時計を見ると十二時半だったので、俺は昼食をとる。
その後俺は自分の部屋で絵を描こう思い、自分の部屋に行った。
写生の絵もそろそろ完成に近づいている。
これはなんとなく描きはじめた絵だったので、あんまり考えずに描けている。
しかし最近絵を結構描いているな。
この間までは筆を持つのも嫌だったのに。
絵を描く楽しみを思い出したみたいだ。
俺はそんな事を考えながら筆を進めていた。
後は色合いのバランスを合わせるだけになったので
俺は一旦筆を置き、ベッドに腰を下ろし一息ついた。
そして時計を見ると午後四時。
もう少し描いてから行くか。
俺はそう思い再び筆を持った。

俺は五時半になったので、絵を描くのをやめ支度をして
部屋を出ようとした時、俺は愛ちゃんにあげる絵の事を思い出し、部屋に戻った。
俺は絵を手にとって、それを近くにあった紙に包んだ。
気に入ってくれるかな。
俺はその包みを見つめてそう思う。
でも大丈夫だろう。
俺は部屋を出て、ジャケットを羽織り、家を出た。
バイクで行こうか車で行こうか迷ったが
今日も寒かったので俺は車で行く事にした。

俺は車を事務所に走らせている。
今日はそれほど道も込んでいなかったので
待ち合わせ時間の前までに事務所につきそうだ。
事務所に着いたので、俺は車を止め時計を見た。
時刻は午後六時十五分。
待ち合わせまではもう少しある。
俺はシートの背もたれを倒し、横になって外を見ている。
道を往来する人は、寒さの為か家路を急いでいるように見える。
俺はしばらくその様子を見ていたが、事務所から愛ちゃんが出てきたので
椅子を戻しクラクションを鳴らした。

「ププップッ」
俺がクラクションを鳴らすと、愛ちゃんはそれに気付いてこっちに駆け寄って来る。
そして愛ちゃんはドアを開けて、助手席に座った。
「こんばんは、カズさん。わざわざすいません」
「いいよ気にしないで、ところでどこに行く?」
「そうですね、じゃあ何か食べに行きませんか?
私お腹がすいちゃって」
「いいよ、何か食べたいものとかある?」
「そうですねー、何でもいいですよ」
「じゃあこの近くに俺の知っているお店があるからそこに行こうか?」
「はい」
愛ちゃんがそう言ったので俺は車を走らせた。

「ここだよ」
俺は駐車場に車を止め、愛ちゃんに車を降りるように言った。
俺と愛ちゃんは車を降りて、駐車場から少し離れているそのお店に向かっている。
「今日行くお店はどんなお店なんですか?」
「和食のお店だよ、嫌だった?」
「そんなことないです、私和食好きですし」
「そう、じゃあ良かった、あっ、ここだよ」
俺と愛ちゃんはその店に入った。

「いらっしゃい」
店のドアを開けると、店員が威勢のいい声で俺と愛ちゃんを迎えてくれた。
店内はそれほど込んでいなくて、静かで落ち着いた雰囲気を出している。
「こちらにどうぞ」
女の店員が俺と愛ちゃんを座敷へ通してくれた。
俺と愛ちゃんは向かい合わせに座り、とりあえず飲み物を頼んだ。
愛ちゃんは座りながら、きょろきょろと周りを見回している。
「静かでいい感じの店ですね、カズさん、こういう店よく来るんですか?」
「ううん、ここは何回か叔父さんに連れてきてもらった事があるだけ」
「そうなんですか」
「俺あんまり外食しないから、ここくらいしか知らなくて」
「でも、こういう雰囲気私好きですよ、気に入りました」
「それなら良かった」
そこで、店員が飲み物を持ってきたので会話が一旦止まった。

「乾杯」
俺と愛ちゃんは一応乾杯した。
俺の飲み物はウーロン茶。
愛ちゃんの飲み物は、セイロンティー。
愛ちゃんはもちろんの事、俺も今日は車で来ているので
アルコールを飲むわけにはいかなかった。
「愛ちゃん、何が食べたい?」
俺はそう言いながら、愛ちゃんにメニューを渡す。
愛ちゃんはそのメニューをじっと見てしばらく考えている。
「じゃあ、これとこれお願いします」
愛ちゃんは『金目鯛の煮付け』と『ほうれん草のおひたし』
『小芋の煮っ転がし』を指差した。
俺は愛ちゃん結構渋いものを頼むなと思いながら
「分かった」といってメニューを愛ちゃんから受け取り、店員を呼んだ。
「カズさんは何を注文したんですか?」
「俺は、『豚の角煮』と『レンコンサラダ』、『タン塩』ぐらいかな」
「今日はお肉ばっかりなんですね」
「うん、なんか肉が食べたくなって」
「じゃああとでちょっと分けてもらえますか?」
「いいよ」
俺と愛ちゃんはその後も注文したものがくるまで話していた。

その後十分くらい経って注文した料理が来たので
俺と愛ちゃんは「いただきます」と言って食べ始めた。
愛ちゃんはおいしそうに金目鯛を頬ばっている。
「カズさん、その角煮一つください」
俺も角煮を食べていて、後一つになったところで愛ちゃんが俺にそう言った。
「ああ、いいよ」
俺は愛ちゃんに角煮の入った皿を渡そうとすると、愛ちゃんは口を開けて待っている。
「愛ちゃん?」
「カズさん、食べさせてください」
「えっ!!」
俺はその言葉に驚き、一瞬声を上げてしまった。
「だから私に食べさせてくださいよ」
「わ、分かった」
俺は箸で角煮を持って、愛ちゃんの口に運んだ。
愛ちゃんは嬉しそうにそれを食べている。
「おいしいですね、角煮も」
「そうでしょ」
そんな事を話しながら俺と愛ちゃんは食事を続けている。

「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
俺と愛ちゃんは最後に出された、ご飯と味噌汁を一緒に食べ終わった。
「おいしかったです」
「おいしかったね」
その後、少し喋ってから、愛ちゃんが
「そろそろ行きましょうか?」と言ったので、俺も
「うん、そうだね」と言って店から出た。

「愛ちゃん次はどこか行きたいところあるの?」
「えーと、そうですね私東京タワーに行ってみたいんですよ」
「東京タワー?」
「はい、まだ私行った事がなくて、カズさんは行った事あるんですか?」
「俺は、東京に来たときに一回だけあるよ」
「そうなんですか」
「よし、東京タワーに行こうか?」
そう言うと愛ちゃんは首を縦に振る。
俺はそれを確認すると、車を走らせた。
ここから東京タワーの道は分かっていたので
特に道に迷うこともなく、東京タワーに向かった。

俺は車を止めて、愛ちゃんといっしょに車を降りた。
「わぁー、大きいですね」
愛ちゃんは東京タワーを見上げて、感嘆の声を上げた。
「まだ上れるかもしれないから、言ってみようか?」
「はい」
俺はその時腕時計を見た。
時間は八時半。
閉館時間は確か九時くらいまでだから大丈夫だろう。
俺と愛ちゃんは連れ立って、東京タワーへ入って行った。
今日は十時までやっているらしいので頂上まで上る事が出来そうだ。
「なんかわくわくします」
愛ちゃんはエレベーターの中で少し興奮気味に俺に話している。
「愛ちゃん高いところ好きなの?」
「はい、それもここだと凄く夜景が綺麗そうじゃないですか」
「そうだね、俺も夜に来た事はないから少し楽しみ」
そうこうしているうちに、エレベーターは展望台の階に着いた。

「チン」
ドアが開くなり愛ちゃんは駆け出して、窓の外の景色を見ている。
俺も後から、ゆっくりと愛ちゃんの後を追う。
「綺麗ですね」
愛ちゃんは窓の外を眺めながら、そう言った。
「うん、綺麗だね」
俺と愛ちゃんは眼下に広がる夜景を眺めている。
しばらく経って俺は少し飽きてきたので、近くにあった椅子に座った。
愛ちゃんは飽きずにまだ眺めている。

俺はその様子から一旦目を離し、辺りを見回す。
展望台にはカップルがいっぱいいる。
そのカップルの一組は大胆にもキスをしている。
俺はそれを見て恥ずかしくなり顔を背けると
愛ちゃんもそれを見ていたのか、顔を見合わせるようになってしまった。
愛ちゃんの顔も赤くなっている。
「・・・そろそろ行こうか?」
「うん」
俺と愛ちゃんは俯きながらその場を後にした。

エレベーターから降りて駐車場に向かうとき愛ちゃんに
腕を引っ張られた。
「愛ちゃん、どうしたの?」
「あの、話があるんですけど」
愛ちゃんはいつになく真剣な表情で俺の事を見ている。
「あ、あのとりあえずこれを受け取ってください」
愛ちゃんはそう言うと鞄から箱を出した。
俺はその箱に見覚えがあった。
確か昨日愛ちゃんが大事そうに抱えていたものだ。
「愛ちゃんこれ開けていいの?」
愛ちゃんは俺の質問に無言で頷く。
俺はその箱を開けて見ると、そこには一口サイズチョコレートが入っている。
俺はそれをみて今日がバレンタインデーだという事を思い出した。

バレンタインデーにチョコをもらった事がなかったので
それが義理チョコだとしても俺は嬉しかった。
「ありがとう、愛ちゃん義理でもうれしいよ」
俺はそういいながら、チョコを一つ口に含んだ。
そのチョコは、形はいびつだったが味は美味しかった。
その後愛ちゃんの顔を見ると愛ちゃんは悲しそうな顔をして俺を見ている。
「愛ちゃんどうしたの?」
「あ、あのですね、その・・・」
「何?」
「そのチョコ義理じゃないんです」
「えっ!!ということは・・・」
俺は一瞬何を言われたのか分からなくなった。
「あの、私・・・私、あなたの事・・・」
愛ちゃんはそう言うと一旦顔を伏せた。
そして顔を上げて「好きなんです」と言うとまた顔を伏せる。

俺はそれを聞いて愛ちゃんに何をどう言っていいのか分からなかった。
しかし前、矢口さんが話していたことを思い出した。
『南条さん高橋に告白されたらどうするの?』
俺は確かその時、『その時になってみないとわかりません』と言った。
どうやら本当にその時というのが来たようだ。
いま確かに愛ちゃんは俺の事を好きと言った。
だとするとここ一週間の愛ちゃんはなんだったんだろう?
はぐらかされたり、怒ったり。
俺がなにも言わないで考え込んでいると、再び愛ちゃんが
下を向いたまま話し始めた。

「カズさん、なにも・・・言ってくれないんですか?」
「いやっ、そんなことないよ、ただ女の子に告白された事なんて
なかったから何ていっていいのかわからなくて」
「じゃあカズさんは私のことどう思ってるんですか?」
「俺は愛ちゃんのこと・・・」
俺はこの後に続く言葉を言おうかどうか迷っている。
頭の中で様々な想いが逡巡したが、俺は愛ちゃんに自分の気持ちを
はっきり伝えようと思った。
「俺も愛ちゃんのこと・・・・・・好きだよ」
俺がそう言うと、愛ちゃんは顔を上げる。

そしてそのまま俺の胸に飛び込んできた。
「あ・・・愛ちゃん?」
「本当はずっとこうして、抱きつきたかったんです
けどバレンタインに告白しようと思ってたから・・・
ごめんなさい、キスのこと聞かれたときなにも答えなくて
あの時本当は言ってしまおうかとも思ったんです。
けど告白はロマンチックな場所でしたかったから
今日までずっと何にもないような振りをしてたんです」

俺はそんな愛ちゃんの事がとてもいとおしくなり愛ちゃんの事を抱きしめた。
愛ちゃんの胸の鼓動が聞こえてくる。
やっぱり愛ちゃんも緊張しているんだ。
俺の胸の鼓動も愛ちゃんに同調するように早くなっている。
しばらくその体勢のまま、俺は愛ちゃんの事を抱きしめていた。
そして愛ちゃんが首を上げ俺のほうを見ている。
俺も首を下げて、愛ちゃんの顔を見る。
俺が愛ちゃんの顔をじっと見ていると愛ちゃんは
恥ずかしそうに、目を閉じピンク色の口紅を引いた唇を突き出す。
俺もそれに応えるように、目を閉じ自分の唇を愛ちゃんの唇に合わせた。
愛ちゃんとのキスは二度目だが意識のある中では、俺は初めてのキスだった。
俺の頭の中は、愛ちゃんの事でいっぱいになっている。
しばらくキスをしつづけて俺は愛ちゃんから唇を離した。
「さっきのカップルと同じことしちゃったね」
俺がそう言うと、愛ちゃんの顔は凄く赤くなっている。
俺はその愛ちゃんの顔を指で少し触れると、愛ちゃんは
「カズさんの手、暖かいです」と言って嬉しそうな顔をする。

そして、体を愛ちゃんから離し
「寒いからそろそろ行こうか?」と言うと、愛ちゃんは
「コクン」と頷いた。
俺は振り向いて駐車場に向かおうとすると、愛ちゃんも俺の横に並んだ。
「腕を組んでいいですか?」
「うん、いいよ」
俺は愛ちゃんの問いに自分でも驚くほど滑らかに答え
そして、右腕を愛ちゃんにだした。
愛ちゃんは嬉しそうに俺の腕に自分の腕を絡ませる。
俺と愛ちゃんは腕を組んで、駐車場までの短い距離を歩いている。

俺と愛ちゃんは車に乗りこんだ。
「愛ちゃん、この後どこか行きたいところある?」
「いいえ、ありません」
「じゃあ、もう家に帰ろうか?」
「はい」
「じゃあ行くよ」
俺はそう言って車をスタートさせた。
愛ちゃんは昨日までとは違い、もうどこか無理をしていると言う感じはなくて
凄く楽しそうに話している。

「愛ちゃん、着いたよ」
「はい」
車を駐車場に止め、俺と愛ちゃんは車から降りた。
愛ちゃんは車を降りると、俺の腕をとり、さっきのように組んだ。
俺もそれをされて嬉しかったので腕を組んで家まで戻った。
「愛ちゃんお風呂入っちゃっていいよ」
「はい」
ソファーに腰を下ろし、お風呂に行く愛ちゃんを見送る。
愛ちゃんの唇、気持ちよかったな。
これから毎日愛ちゃんとキスが出来るかと思うと俺は自然と笑みがこぼれる。
俺は唇を触りながらそんな幸せを感じている。
そんな事を考えていると、いつのまにか愛ちゃんが俺の目の前に立っていた。
「何を考えていたんですか?カズさん、なんか顔がゆるんでましたよ」
愛ちゃんは俺のほうをみながら言う。
「俺、いや別になにも」
俺は慌てて、そう言う。
「なんか怪しいですよ」
「じゃあ風呂入って来るね」
俺はそう言って強引に話を切る。
そして納得の行かない表情の愛ちゃんをリビングに残し
ソファーから立ち上がり、バスルームに向かった。

俺はバスルームから出てリビングに戻り、ソファーに腰掛ける。
すると、愛ちゃんはすぐに俺の隣に移動してきた。
「さっきどんなことを考えていたんですか?」
「それは・・・・」
さっき考えていた事をいうわけにもいかないし・・・。
俺はどう答えていいものか分からずに、思わず口ごもってしまった。
「・・・なんかエッチな事でも考えていたんですか?」
愛ちゃんはそう言いながら俺の方を見る。

「そ、そんなことないよ」
「でもあのときの顔、凄く緩んでましたよ」
「そうかなー、そんな事ないと思うけど」
「そうですか」
「あっ、そうだ渡すものがあるの忘れてた」
俺は話を誤魔化すために本当はさっき渡すはずだった
包みを愛ちゃんに渡した。
「愛ちゃんにあげるって約束して絵がやっと完成したから
ごめんね、時間がかかっちゃって」
「カズさん開けて良いですか?」
「うんいいよ」
俺がそう言うと愛ちゃんは、急いで包みを開けて絵を見ている。
「最後に見たときよりもずっといいですねこの絵。
ありがとうございます、ずっと大切にします」
「いいよ、さっきのチョコのお礼だと思って
あっ、愛ちゃんもう寝なくていいの?
明日もはやいんでしょ」
俺は時計を見ると、もう十一時半を回っている。

愛ちゃんは俺の問いに答えずに下向いている。
「愛ちゃん?」
俺はもう一度愛ちゃんに尋ねると、愛ちゃんは小さな声で
「今日、カズさん・・・・・ですか?」
「えっ?」
俺は愛ちゃんの声が小さかったので聞き返す。
「あ、あの今日一緒に寝ませんか?」
「へっ?」
俺は、今度は愛ちゃんの言っている意味が分からず
素っ頓狂な声をあげてしまった。

愛ちゃんは下を向いて、赤い顔をしている。
今愛ちゃんが言った事って、もしかして・・・。
俺と一緒に寝たいということなのか?
まあベッドはそれなりに広いから、別に大丈夫だけど。
でもそれって・・・。
「ダメですか?」
「う、ううん、そんなことないよ」
「じゃあ一緒に寝ましょう」
愛ちゃんは俺の腕を引っ張りながら、ソファーを立つ。
その時、俺の腕に愛ちゃんの胸の感触がストレートに伝わってきた。
愛ちゃんもしかして、ブラジャーつけてないのか?
俺は愛ちゃんに気付かれないように、肘で愛ちゃんの胸を押してみる。
すると、そこにはもろに胸の感触がある。
やっぱり愛ちゃんはパジャマの下に何もつけていないようだ。
俺は自分でもわかるくらい胸がドキドキと高鳴っていた。

「おやすみなさい」
「お、おやすみ」
愛ちゃんは今、俺の隣で寝ている。
俺の隣にあのモーニング娘。高橋愛が何にも警戒することなく寝ているのだ。
俺は仰向けに寝て、目を閉じる。
しかし、隣に神経が行ってしまって、全然眠れそうもなかった。
「カズさん、もう寝てますか?」
五分くらい経ってから愛ちゃんがそう俺に言った。
「いや、まだだけど」
「じゃあ少し、お話しませんか?」
「いいよ」
「私凄く幸せです、カズさんとこうしていられるだけで
なんか胸が暖かくなってくるんです」
「俺も愛ちゃんが家に来てから、自分が変わったような気がするんだ。
絵を書くのも前より楽しくなったし、全部愛ちゃんのおかげだよ
頑張る愛ちゃんの姿を見て、俺も頑張らなきゃって思うようになったんだ」
「そんな風に言ってもらえると嬉しいです」
愛ちゃんはそう言いながら、寝返りを打つ。
「カズさんこっち向いてくださいよ」
俺も寝返りを打ち、愛ちゃんと向かい合うような態勢になる。
すると愛ちゃんは俺の胸に自分の頭をくっ付けた。
「カズさんの胸ドキドキしてますね」
「そ、そう」
本当はさっきからずっとドキドキしっぱなしだったのだが
俺はそれを気付かれるのが恥ずかしかったのでとぼける。

「このまま寝て良いですか?」
「うん、いいよ、お休み」
俺がそう言うと五分もしないうちに愛ちゃんの唇から
「スウ、スウ」と寝息がこぼれてくる。
俺も寝ようかと思ったが、緊張して眠れそうもなかったので
愛ちゃんの顔をずっと見ていた。
「カズさん、好きです・・・」
不意に愛ちゃんがそんな事を言った。
俺は愛ちゃんが起きたのかと思い、顔を見るとすごく幸せそうな顔をしている。
「俺も大好きだよ、愛ちゃん」
俺は小声で愛ちゃんにそう言って、額に唇を落とす。
すると愛ちゃんは「ふふっ」と少し笑った。
それを見てから俺は目を閉じる。
すると徐々に眠くなって来たので俺はそれに逆らわずに眠った。
愛ちゃんの隣にいる幸せをかみ締めながら。

           第一部完