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コンボ 投稿日:2002/03/12(火) 15:21
四人で並んで下校していると、右端にいた宮原が興奮を押さえた様子で話し出した。
「俺な、この間高橋さんと手え握ってん」
「うっそ、マジで?」
その左に並ぶ山下が声を上げた。
「いつやねんお前、嘘ちゃうんか」
山下は食いつきそうな形相になっていた。
俺も宮原もだが、高橋さんのこととなると必死になる。
高橋さんは去年、中一の春に福井から転入してきた。
高橋さんは福井の訛りが残っていたが、何故か都会的で綺麗な人だった。
やけに大人びた雰囲気があって、男子生徒の人気を鷲づかみにしていた。
だから、普段は女子を呼び捨てにする宮原も高橋さんには丁寧になる。
最初不機嫌だった女性陣も次第に打ち解けていき、今ではすっかり人気者となっている。
我が水泳部も、ほとんどが高橋さんの虜になっていた。
決して全員ではないところがネックである。
「嘘ちゃうわ、アホ」
「お前、それやったらそれはどんなシチュエーションやったんや」
山下の口調は少し荒れている。
宮原は鬼の首をとったかのような顔をして話し始めた。
「ええとな、昨日のことや」
「おう」
山下は意味もなく合いの手を入れる。
「高橋さんが一人で席に座っとったから、俺が近付いていってん」
「それで」
「ほんで俺が『握手して下さい』って言うてん。
高橋さん、ちょっと不思議そうやったけど握手してくれたで」
「そら不思議やわ!」
山下が宮原の頭をはたいた。
「何すんねんボケ!」
「そんなん手えつないだ言わんわ!」「だから手を握ったって言うたやんけ」
「そんなん言われたら誰だって手つないだと思うわ!
なあ、お前もそう思うよなあ!」
山下は俺に同意を求めた。
「そうなんとちゃう」
曖昧な返事をする。
「松井もそう思うよなあ!」
山下は左端の松井に声をかけた。
松井はうつむいていた顔を上げると、眼鏡を押し上げた。
「ごめん、聞いてなかった」
この松井が、数少ない”例外”だった。
水泳部の中で唯一、高橋さんに恋愛感情を抱いていない。
俺からすれば実に稀少な性格といえる。
「お前は成績ええからって調子に乗るな!」
突然、宮原がへんに生真面目な顔をして松井を指差した。
これが宮原の芸風である。
「別に調子乗ってへんって」
松井はニコニコと笑いながら返した。
松井はぼーっとしているか笑っているかがほとんどだ。
「お前は出てこんでええねん」
山下は笑いながら宮原を押しやった。
「しかしなあ、もうすぐ三年やで」
山下がやけに老けた口調でつぶやいた。
「お前もほんまにおっさんくさいなあ」
宮原もつぶやくが、地声が大きいからつぶやいているようには聞こえない。
「ちゃうねんって、俺らが三年なったら、高橋さんも三年なるやろ」
「当たり前やろお前、ボケたか?」
「うっさいなあお前は、ちょっと黙っとけ!」「分かった分かった。
ほんで何やねん」
宮原は気の抜けた声でそう言った。
「高橋さんなあ、成績ええやろ」
高橋さんは本当は福井の私立中学を受験する予定だったそうだ。
勉強に対する姿勢は真面目だ。
「高校は私立の女子高に行くらしいねん」
「へーえ」
俺はなんとなく声を上げた。
高橋さんが女子高を受けることは前々から聞いていたことだ。
「そしたらな、俺らもう高橋さんに会えへんぞ」
山下の言いたいことが分かってきた。
「分かった、もう分かったからええわ」
山下の顔が段々赤くなってきたので、俺は止めることにした。
宮原も同じく、勘付いたようだった。
松井は、今度は夕焼けを眺めている。
「高橋さんとまともに話したことないねんぞ、俺ら」
山下はそれだけ言うと、うつむいた。
「ないなあ」
俺は吐き捨てるように言った。
悔しいことだったが、高橋さんとおしゃべりをしたことなど一度もない。
「ない……よなあ」
宮原はクラスのムードメーカーで、俺より何倍も高橋さんと話しただろう。
しかし、それは宮原の一方的なもので、宮原にしてみればひとりよがりだった。
「俺、あるで」
突然、松井が空を見上げたままつぶやいた。「ええっ?」
宮原は松井に目を向けながら叫んだ。
「嘘っ、お前ちょっと待て」
何を待てばいいのか分からないが、山下もとにかく叫んだ。
「何でやねんお前」
俺も咄嗟にそう言った。
よく考えれば失礼な台詞である。
それでも松井は気を悪くする様子もなく、ぼーっとしたまま話し始めた。
「去年死んだばあちゃんがな、京都に住んどってん」
そのことは聞いたことがあるが、高橋さんとどう関係あるのか分からない。
全員そのことは知っているはずだったが、宮原も山下も黙りこくっていた。
「俺が幼稚園の頃、ばあちゃんが俳句の会みたいなんに入ってん。
その時はまだ元気やってんけどな。
ほんで、その俳句の会で知り合ったおばあちゃんが、高橋のおばあちゃんやってん」
そこまで聞いたが、誰も口を開かない。
宮原がここまでよく黙っているものだと思う。
「俺はしょっちゅうばあちゃんとこ行ってて、俳句の会にもついて行っててん。
愛ちゃ……高橋も同じで、よう来ててん」
小さい頃からの知り合いは名前で呼び合うことが多い。
松井も『愛ちゃん』と言いかけたんだろうが、俺たちの前だから遠慮しているのだろう。
「最初は見てるだけやってんけど、小学校入ったら手伝わされるようになってん。
茶菓子運べとか、座布団片付けろとか言われてな。
高橋も俺と同じようなこと言われて、やってたわ。
ほんでまあ、時々話した」
俺たちはもはや、足を動かすだけだった。「お前それってあれやろ、幼馴染やろ」
宮原がやっと口を開いた。
「そんなんとちゃうって。
ばあちゃん同士が仲良かっただけやから」
否定になっていなかったが、言及する気にならなかった。
松井は特に嬉しがるでもなく、滔滔と話しつづけた。
「五年生とかなったら、あんまり行かへんようになったし。
休みの時に会うだけやから」
嫌味には全く聞こえないのが不思議である。
「今でも話とかしてんの?」
山下が平静を装って尋ねた。
「別にせえへんけど。
ああでも、時々電話かかってくるわ。
週に二、三回。
かけすぎやっちゅうねん」
松井は一人で笑い始めた。
宮原や山下は俺と同じように呆然として、松井を眺めていた。
俺たちはいつのまにか駅前についていた。
「ああそうや、俺今日塾あんねん。
じゃあな」
松井は一人笑いながら、小走りに去って行った。
俺にはその後ろ姿が、いつもより格好良く見えた。