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謎の男 投稿日:2002/04/15(月) 18:06

温かい陽射しが例年より訪れるのが早く感じるこの春
オレは会社を辞めて自分で商売を始めようとその準備に取り掛かっていた。

天気も良かったのでチャリで銀行に向かう途中
その時─
覚えていたのは、大きなブレーキーの音だけ。

気がついたらうるさいサイレンの音と細かな振動。
救急車の中だった。

「あ。気がついた?大丈夫?」

そして目の中に飛び込んできた顔は、見たことある顔。
記憶の糸を手繰り寄せる。
東京に出てきて知り合いはそれほどいない。
それでも知っている顔・・・

それはテレビで見た顔。

「な、中澤さん?」

彼女は大きく頷き、心配そうな顔でオレの顔を覗き込んだ。
体を起こそうとしたが、救急隊員に止められた。
それ以前にオレの体も言う事をあまり利いてくれないみたいだったけど

「すまんな。うちが悪いんや。ちゃんと責任はとるから安心してな。
 それで許されないのはわかっとるけど、ちゃんと─」

「あ。大丈夫です。そんな心配しないでください。」

その後オレは病院に入院する事になった。
左足首、右ひじ骨折、頚椎捻挫、その他打撲が所々に・・・

とりあえず、全治3ヶ月

何度か忙しい中、中澤さんは見舞いにきてくれた。
当然事故の事はワイドショーで取り上げられたが、適切な対処でバッシングも受けることなく、
彼女はそんなに仕事に差し障らなくてオレはホッとした。

そして自分は早く退院して・・・

あれ、退院してどうするんだ?
自分の名前は覚えている。
生年月日は・・・
血液型・・・
住所・・・

コンコン

ドアのノックの音で我に返る

「あ。どうも中澤さん、いつも忙しいのにすいません。」

「いや、うちが悪いんやから、なんか食べたい物とかあらへんか?
 あ。どうした?なんか暗い顔して、痛いんか?看護婦さん呼ぼうか?」

「違うんです。
 記憶が・・・」

「記憶がどうしたんや?」

「一部欠落しているみたいなんです。」

「え!それって・・・」

「まだ、わかりませんが名前などは覚えているのですが、
オレは確か何かやりたいために東京に出てきたはずなんですが・・・
住所もわからない・・・」

「そしたら、退院してからも思い出すまでうちが面倒見たる。
 一生掛かっても面倒みるから─」

これが、中澤裕子との暮らしの始まりだった。

〜終わり〜