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こうもり 投稿日:2002/05/20(月) 23:31
なんで・・・こんなことになっちゃったんだろう?
やっぱり私が悪いのかな、私が仕事の忙しさにかまけて
彼の事を大切にしなったからかな。
せっかく今日はバレンタインでラジオが終わって急いで帰ろうと
思っていたのに、彼からのメールには【もう別れよう】って一行メール
が入っていただけ。
南条さんに言われたとおりに、ちゃんと彼に言ったのに彼は理解して
くれなかったみたい。
ああ、なんかどうでも良くなって来ちゃった。
私の事を分かってくれないならもういい。矢口はそんなことを考えながら携帯から彼氏、といっても
たったいま元彼となった龍一のアドレスをすべて消去した。
(分かってくれないのならしょうがないよね)
矢口は心の中でそう思い、家に帰る。家に帰った矢口は、真っ直ぐに自分の部屋に戻り
ベッドの上に寝転び天井を見つめている。
(あーあどうしよう、せっかく作ったチョコも無駄になっちゃったな
せっかく昨日三時まで頑張って作ったのに)
矢口はベッドから身を起こし鞄からチョコの箱を取り出して
しばらく見つめてから机の上に置いた。
(このまま捨てても良いけど、誰かにあげようかな)
矢口は誰か上げる人がいないかと考えていた。
(あっそうだ南条さんにあげよう、幸い明日は休みだから大丈夫だし
明日起きたら電話でもしてみるか)
矢口はそう思い今日はもう寝る事にした。
(今日はメイクもしてないし、いいやこのまま寝ちゃお)
矢口は上着とスカートだけ脱いで、そのまま眠った。なんか・・・暑いな。
それに息苦しい。
そんな感覚がして俺は目を覚ました。
目を開けて見ると、俺はいつのまにか、壁に押し付けられている上に
愛ちゃんが俺の腕に抱き枕のように抱きついている。
俺はそのままでは起き上がる事が出来なかったので
愛ちゃんの腕を引き離そうとした。
しかし、愛ちゃんは寝ているのにそれに逆らうようになかなか離してくれない。
「愛ちゃん」
俺は愛ちゃんの事を起こそうとして、体を揺すったが、愛ちゃんは
全然起きる気配がない。
そういえば、今何時なんだろう?
俺は時間が気になり、時計を見るとまだ六時。
さすがにこの時間じゃ起きないか。
俺はそう思い、時間になるまで愛ちゃんの寝顔を見ていることにした。
愛ちゃんの寝顔は昨日と同じように可愛い。
俺は右腕がだんだんしびれてきたが、そんな事も気にならないほど
愛ちゃんの寝顔は可愛かった。
しばらく経つと、俺もまた眠くなって来たので、また少し寝ようと
思い目を閉じた。「カズさん、カズさん」
俺はちょっと眠りかけたところで愛ちゃんに揺り起こされた。
「うん?」
目を開けると、愛ちゃんはやけに嬉しそうな顔で俺のほうを見る。
「どうしたの?」
「なんか嬉しいです」
「何で?」
「朝起きたら、目の前にカズさんがいる事が」
「俺も嬉しいよ、愛ちゃんの寝顔可愛かったし」
俺がそう言うと、愛ちゃんは顔を赤くする。
「な、なんか恥ずかしいです」
「そろそろ、起きようか?」
俺はそう言いながら時計を見ると、午前七時半。
「まだちょっと早いから一緒に朝ご飯でも作ろうか?」
「はい、いいですね、じゃあ着替えたら、行きますよ」
「わかった」
そう言って愛ちゃんはベッドから降りて、自分の部屋に行く。
俺も着替えて、部屋を出た。「こうでいいんですか?」
「うん、大丈夫」
俺は愛ちゃんにキャベツの千切りをしてもらっている。
「出来ました」
「じゃあこの上に乗っけちゃって」
「はい」
「よしこっちも出来たから食べようか?」
「はい」
俺は朝食をお盆に載せて、テーブルまで運んだ。「ところで愛ちゃん今日は何の仕事があるの?」
「今日は実は仕事があるの五期メンだけなんですよ」
「そうなんだ」
「レコーディングがあるんですけど、その曲は五期メンバーだけで
歌うんですよ、だから今日はちょっと緊張してるんです」
「じゃあ頑張らないといけないね」
「そうだ私に緊張しない御まじないを掛けてください」
「へっ?」
「カズさんはとりあえず目をつぶっててください」
俺は愛ちゃんの言っていることの意味がよくわからなかったが
愛ちゃんが言ったとおりにした。
目をつぶって少し経つと、愛ちゃんの唇が俺の唇に触れた。
驚いて目を開けると、愛ちゃんが少し悪戯っぽく微笑みながら席を立つ。
「じゃあ行ってきますカズさん」
愛ちゃんはそう言って、俺に質問の隙を与えることなく家を出て行った。
いまのはなんだったんだろう?
俺は意味が全くわからなかったが、朝から愛ちゃんと
キスができたので嬉しかった。その後俺は朝食を片付け、ソファーでくつろいでると
「ピリリリリリリリリリリ」
と携帯が鳴る。
「もしもし」
「あっ、南条さん私」
「えっ!」
「私よ矢口」
「どうしたんですか?」
「あのさ、ちょっと渡したいものがあるから、今から渋谷に来てよ」
「はい?」
「じゃあ待ってるから、近くに来たら電話して」
「あっ、あのちょっと」
俺は何も言う暇もないまま矢口さんからの電話は切れてしまった。困ったなぁー
どうしよう。
俺はこの前矢口さんと会って、愛ちゃんに泣かれた事を思い出す。
あの時は何でかわからなかったが今なら涙の訳を理解できる。
俺は愛ちゃんの気持ちを裏切るわけにはいかない。
そう思い、矢口さんに断りの電話を入れる事にした。
「トゥルルルルルル」
「もしもし」
「あっ、矢口さんですか?」
「もう着いたの?」
「いや、まだ家ですけど」
「何をしてるのよ、早く来てね。私、駅の近くのスタバにいるから」
そう言うと、また電話は切れていた。
行くしかないのか、俺はそう思い電話を持って家を出る。
しょうがない、ちゃんと会って説明するか。
俺はそう思いながらバイクにまたがり、渋谷に向かう。俺は矢口さんに言われた、スタバに着いた。
矢口さんは窓際でコーヒーを飲んでいる。
俺は「コンコン」と前、矢口さんがしたように窓を叩いた。
すると矢口さんは俺に気付いたようで、すぐに店から出てきた。
「ごめんなさい、南条さん。急に呼び出して」
「どうしたんですか?」
「そんなことはどうでもいいから、とりあえずバイクで飛ばして」
そう言うと、矢口さんは俺のバイクの後ろに乗る。
「はやく、はやく」
俺は会話をする暇も無く矢口さんにせかされたので仕方なくバイクに乗った。
「とにかく何処でもいいから飛ばして」
矢口さんはそう言いながら俺の背中にしがみつく。
俺はまた何か嫌な事でもあったのかと思いひとまず何も聞かずに
矢口さんの希望通りにする事にした。
「しっかり捕まっててくださいよ」
「わかった」
俺は矢口さんにそう言って、バイクをスタートさせる。
俺はどこに行こうかと迷ったが、前と同じく江ノ島に行く事にした。「矢口さん着きましたよ」
俺はバイクを止め、後ろの矢口さんに声を掛ける。
「そう、もう着いたの?」
「ええ」
「そうなんだー」
「まだ走り足りないですか?」
「うーん、まだ少しそんな気がするけどまあいいわ
とりあえず、休憩しましょう」
「はい」
俺と矢口さんはバイクから降り、砂浜に腰掛けた。
「じゃあ俺なんか買って来ますよ」
「いいよ、前来たとき買ってきてもらったから、今度は私が行く」
矢口さんはそう言って立ち上がり、自販機のほうに歩いていく。俺には矢口さんの後ろ姿がいつもより、小さいように見えた。
やっぱりなんかあったのかな。
さっきから様子が少しおかしいし。
俺はそう思いながら、海を見ている。
「あつっ!!」
俺は頬に強烈な熱さを感じ振り向く。
そこにはコーヒーを二本持った矢口さんが立っていた。
「熱いですよ矢口さん」
俺がそう言うと、矢口さんは「ごめんね、キャハハハ」と笑い
俺にコーヒーを一本渡した。
矢口さんは俺の隣に座り、コーヒーを飲みながら海を見ている。「ねぇ、南条さん何も聞かないの?」
「何を?」
「今日誘った理由とか」
「そういえば渡したいものあるって言ってませんでした?」
「あっ、そうだ、これあげる」
矢口さんはそう言って包みを俺に渡す。
「開けていいんですか?」
「うん、いいよ」
俺は包みを開けるとそこにはチョコが入っていた。
「あの、これは・・・・」
「南条さんにあげるよ、それ」
「でも、なんで」
「別に深い意味はないのよただ南条さんにお世話になったからそのお礼」
「そうですか、じゃあありがたくいただきます」
俺はそう言ってチョコを小さく割って口に入れる。
昨日食べた、チョコよりも少し苦かったが、美味しかった。
「美味しいです、矢口さん」
「そうよかった」
矢口さんはそう言うとまた海のほうを向いている。しばらく二人とも何も言わずに海を眺めている。
「冬の海ってさーなんか悲しいよね」
「どうしてそう思うんですか?」
「なんか・・・そんな感じがしただけ」
矢口さんはそう言うとまた何も言わずに海をみる。
その時俺は矢口さんの表情を盗み見た。
その表情はいつもと違うように感じる。
俺は矢口さんに何かあったんだと確信したが
それを聞いていいのかどうかが分からなかった。
俺は何も矢口さんに聞く事ができず、海を見ている。
潮騒が俺の耳に心地よく響いている。
「南条さん、少し話を聞いてくれない?」
「ええ、いいですよ」
「私、彼と別れたの」
「そうなんですか!!」
俺はあまりの事で、驚いてしまった。「それで、どうして、前ちゃんと話して
誤解を解くって言ってたじゃないですか」
「ちゃんと話したわよ、でも彼はわかってくれなくて
昨日、【もう別れよう】ってメールが入ってだけ
結局もう終わってたのよ本当は、私はそれに気付かなかっただけ」
矢口さんはそう言うと、下を向く。
「矢口さん?」
俺は矢口さんが急に黙ってしまったので気になり声をかける。
すると、矢口さんは何も応えずに俺に寄りかかっていた。
「矢口さん!!」
俺はまた驚き、矢口さんのほうを見る。
「ごめん、南条さんすこしだけこのままでいさせて」
矢口さんはそう言いながら、自分の顔を俺の肩に当て
泣いているようだった。
俺は矢口さんに何も言う事ができずに、そのままの体勢で
座っている。
その後しばらく矢口さんはすすり泣くような声で泣いていた。
そして俺の肩から顔を離し、顔を上げる。俺がその顔を見ると、矢口さんは目を真っ赤にしている。
「ごめんね南条さん、肩少し濡れちゃった」
「気にしないでいいですよ、別にたいした事ないし」
俺はそう言いながら、矢口さんがさっきまで顔を置いていた
場所を触ってみると、そこは矢口さんの涙で濡れている。
「矢口さん、あんまり溜め込まないほうがいいですよ
俺の肩ぐらいだったらいつでも貸しますからいつでも言ってください」
「ありがとう、南条さん」
「そろそろ行きましょうか、矢口さん」
「そうね、だんだん寒くなってきたし」
「この後どうしますか?」
「カラオケでも行かない?
なんかぱーっと騒ぎたくなっちゃって」
「わかりました、いいですよ」
今日は矢口さんの言う事を聞こうと思い、そう返した。「そうと決まったらすぐに行こう」
矢口さんは立ち上がり、バイクの止めている場所に向かって歩いている。
俺もそれに続くように矢口さんの後を着いていった。「桃色の片思い〜♪」
俺と矢口さんは二人でカラオケボックスに来ている。
矢口さんは入るなり、慣れた手つきで十曲入れていた。
今はその十曲目。
矢口さんは本当にストレスがたまっていたのか
思い切り熱唱している。
俺も相槌をうちながら、拍手をしていた。
「桃色のファンタジ〜♪」
矢口さんは十曲歌いきって一まず椅子に座る。
「矢口さんやっぱり歌がうまいですね」
「そう?」
「ええ、やっぱりプロですね」
「そんな事言われると照れるね」
矢口さんはそう言いながら、頭を掻く。
「そうだ、南条さんもなんか歌ってよ
私ばっかり歌っているのもなんか、つまんないから」
そう言いながらマイクを俺に渡す。
「俺あんまり、歌を歌わないんですよ」
そう言ってマイクを矢口さんに返そうしたが
矢口さんはそれを受け取らず
「だめ、一曲くらい歌ってよ」といって、俺にマイクを押し戻す。「わかりましたよ、けど一曲だけですよ」
俺はそう言い、マイクを取り適当に一曲歌う。
「なんだ、南条さんとんでもない音痴なのかと思っていたら
そんな事無いんだ、全然普通に歌えてるよ」
「そうですか?俺あんまりカラオケとか行かないからわからないんですよ」
「大丈夫それなら人前でもちゃんと歌えると思うよ」
「そうですか?」
「うん」
そう言いながらも矢口さんはまたどんどん曲の予約を入れている。
結局その後矢口さんは二時間くらい熱唱していた。俺と矢口さんはカラオケを出たあと、近くにあった公園で話をしている。
時間はいつのまにか六時を回っていて、外はもう暗い。
「はぁー、だいぶストレスがなくなって来たよ」
「そうですか、それはよかった」
「ごめんね、南条さん今日は一日中引っ張り回しちゃって」
「いいですよ今日はする事もなかったし」
「そういえば、一個聞きたかったんだけど高橋とどうなったの?」
「えっ!!そ、それは・・・」
俺は矢口さんに言っていいものかどうか迷い、思わず口をつぐむ。
「なによ、なんかあったの?あったなら教えてよ」
矢口さんはそう言いながら俺に詰め寄ってくる。
「じ、実はですね・・・、あのその」
俺はどう言えばいいのか分からなくなり、あたふたしてしまう。
その様子を矢口さんが見逃すはずはなく俺に
「なんかあったんでしょ、真里さんにちゃんと教えなさい」と
言いながらさらに詰め寄る。俺は覚悟を決めて昨日の事をかいつまんで矢口さんに話した。
さすがにキスをした事とか一緒に寝た事とかは言うわけにはいかない。
「ふーん、そうなんだ、と言う事は高橋に告白されたって事?」
「ええ、そうなりますね」
「で南条さんも高橋に『好き』と言ったと」
「いちいち言い返さないでくださいよ、なんか照れるじゃないですか」
「ってことはいま二人はラブラブなわけ?」
「いや、別にそんなこともないですけど・・・」
「嘘だね、それはー」
「なんでそう思うんですか?」
「女の勘よ、勘、それに彼女が一回も出来てないような人に
彼女が出来て、何もしないというのもおかしいし・・・」
俺は矢口さんの勘と状況判断能力に驚く。「なんか他にも私に話していないことあるでしょ」
「な、ないですよ」
「そんな事を言っても無駄よ私に隠し事してもすぐばれるから
ていうか、南条さんの態度ですぐに分かるわよ、話してると
目が泳いでるときがあるもの」
「そんなに違いますか?」
「うん、だから全部教えて、どうなったか」
「わかりました、はっきりいいますよ」
俺はこれ以上隠すのは無理だと思い、昨日の事をすべて話す。
「やっぱりラブラブじゃない、いいなぁー、私なんか別れたばかりなのに」
「でも矢口さんならすぐにまたいい恋が出来ますよ」
「そうかなぁー」
「そうですよ、多分」
矢口さんはそう言うと、考え込むような姿勢をとる。
そしてそのまま何も言わずに、固まってしまう。俺はそれが気になり、矢口さんに声を掛けようとすると急に
「そうだよね、私も新しい恋をするよ」
と言って矢口さんは立ち上がる。
「そうですよ、その調子ですよ」
「だよね、そろそろ帰ろうか?」
「そうですね、もう七時半ですし」
「それに、高橋そろそろ帰ってくるしね」
そう言って矢口さんはニヤリと笑う。
「なんか恥ずかしいからそういうこと言わないでくださいよ」
「照れなくてもいいのに」
「じゃあ、行きますよ」
「わかった」
俺は矢口さんをバイクに乗せて家まで送る。「じゃあね南条さん、また今度」
「じゃあ、また」
俺は矢口さんが家に入ったのを確認してから家に戻った。
「ただいまー」
俺はそう言いながら家のドアを開けると、そこには誰もいなかった。
まだ帰ってないのか、愛ちゃん。
俺はそう思い、部屋に入りさっき矢口さんにもらったチョコを
机の中に入れておく。
さすがにこれはばれるのはまずいと思い俺は机の奥にしまいこんだ。
俺はその後リビングに戻りソファーに座って矢口さんの事を考えていた。
矢口さんも大変なんだな、やっぱり。
それにしても矢口さんの泣き顔結構可愛かったな。
俺そんな事を考えていると
「ピンポーン」とインターフォンが鳴ったので、俺は考えるのを止め
ソファーから立ち上がり、玄関に向かう。そしてドアを開けると、愛ちゃんが俺の胸に飛び込んで来る。
「カズさん、ただいま」
「あ、愛ちゃん」
俺は愛ちゃんの大胆な行動に驚きおもわずどもってしまう。
「私、仕事の間中ずっとカズさんに会いたかったです」
そう言いながら顔を上げて俺のほうをじっと見る。
俺はその顔を見たとき、愛ちゃんの事がとてもいとおしく
感じて、愛ちゃんの事をきつく抱きしめる。
「カズさん嬉しいです・・・」
そう言って愛ちゃんは俺の首に腕を巻きつけてくる。
俺はそのまま愛ちゃんの唇を奪う。
愛ちゃんも目を閉じてそれに応えてくれる。
キスの途中に「ギュルル」と愛ちゃんのお腹が鳴る音が聞こえた。
俺は唇を離し愛ちゃんの顔を見ると、愛ちゃんは恥ずかしそうな顔をしている。「・・・ご飯作ろうか?」
しばらく顔を見合わせた後、俺は愛ちゃんに尋ねる。
「はい」
愛ちゃんは恥ずかしそうに俺に言ってから一度着替えるために
自分の部屋に行った。
今日は簡単に作れるオムライスにでもしようと思い冷蔵庫から
卵と野菜を出す。
「愛ちゃん今日はこの野菜のみじん切りをお願い」
「わかりました」
愛ちゃんはそう言って人参を手に持つ。
「そういえばみじん切りのやり方教えたっけ?」
「あっ、そういえばまだですけど」
「じゃあ今から教えるね」
俺はそう言いながら愛ちゃんの後ろに立ち愛ちゃんの腕を取り
きり方の説明をする。「はい分かりました」
愛ちゃんは俺の言ったとおりに包丁を動かす。
愛ちゃんの手つきは初めてやったときよりもうまくなっていた。
俺はそれに凄く感心して後ろからじっと眺めている。
そして安心したので俺は別の準備に取り掛かった。
「あっ、いたっ」
急に愛ちゃんの声がしたので俺は愛ちゃんのほうに駆け寄る。
「愛ちゃんどうしたの?」
「ごめんなさい、指切っちゃったみたいで」
愛ちゃんは人差し指を切ってしまったようで
指からは血がたれている。
俺は愛ちゃんの手を取って、指の血を吸う。その時、愛ちゃんの顔は凄く恥ずかしそうだった。
「大丈夫愛ちゃん?」
「ええ、大丈夫です」
俺はだいたい血が止まったところで指から口を離し
薬箱にある、バンドエイドを愛ちゃんの指に貼る。
「あ、ありがとうございます」
愛ちゃんはそう言っておれに頭を下げる。
「包丁は危ないから気をつけないとね」
「はい」
「じゃあ後は俺がするから愛ちゃんは座って待ってて」
「すいません、カズさん」
愛ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げ、キッチンのテーブルに座っている。
俺は手早く調理を済ませ、テーブルの上に置いた。「いただきます」
俺と愛ちゃんは一緒のタイミングでいただきますを言う。
俺にはそれがなぜか嬉しかった。
「愛ちゃん指大丈夫?」
夕食を食べている途中、愛ちゃんの指が気になって声を掛ける。
「はい、大丈夫ですカズさんがちゃんとバンドエイドを
貼ってますしそれに・・・カズさんが傷口舐めてくれましたし」
愛ちゃんは照れくさそうに俺に言う。
俺もさっきの事思い出し、思わず赤くなってしまう。
「いや、さっきは慌ててたから・・・嫌だった」
「そんなことありませんよ、とても嬉しかったです」
そう言いながら愛ちゃんは、俺に指を見せる。
「今度から気をつけないとね」
「はい」夕食も食べ終わり、俺と愛ちゃんはソファーでのんびりしている。
愛ちゃんは俺の隣に座り、俺の胸にもたれかかるようになっていた。
愛ちゃんの体からはお風呂上りのいい匂いがして、俺は凄くいい気分だった。
「カズさんは今日何していたんですか?」
「えっ、今日?今日は・・・」
俺は矢口さんにあった事をちゃんと話そうかどうかと迷ったが
前に嘘をついたときに愛ちゃんに泣かれた事を思い出し
愛ちゃんに今日の事を話すことにした。
「今日は矢口さんに会ってた」
「ええっ!!」
愛ちゃんは体を離し俺の方を見る。
「それはどういうことですか?」
愛ちゃんは少し怒っているような声で俺に問い掛ける。
「愛ちゃん落ち着いて聞いてくれる?」
「わかりました」
「実はね、今日愛ちゃんが出たあと矢口さんから電話があって
『急に渋谷に来て』って言われて、断ろう思ったんだけど・・・」
俺は愛ちゃんに矢口さんからチョコをもらった事以外今日の事を全部話した。「・・・そうだったんですか」
全てを聞いて愛ちゃんは納得したような表情を浮かべる。
「じゃあ、矢口さん彼氏と別れたって事ですか?」
「うん、多分、矢口さん本人が話してたから本当のことだと思う」
俺はそう言いながら愛ちゃんの肩を抱き寄せる。
「私たちは大丈夫ですよね」
愛ちゃんはそう言いながら俺の胸に顔をつける。
「もちろんだよ」
「そろそろ寝ましょうか?」
「うん、そうだね」
時計を見るともう十二時。
「今日も一緒に寝て良いですか?」
愛ちゃんの問いかけに俺は首を縦に振ることで答える。
そして立ち上がり、愛ちゃんと手を繋いで俺の部屋に行った。「おやすみ、愛ちゃん」
「カズさん、手を繋いでも良いですか?」
「ああ、いいよ、でもどうして?」
「カズさんの手暖かいから」
そう言って愛ちゃんは俺の手を握る。
「やっぱりカズさんの暖かいです」
愛ちゃんは俺の手を握り返しながらそう言う。
そしてそのまま二人とも無言になっていた。
「カズさん、今度二人でカラオケに行きましょうね」
愛ちゃんは急にそう言う。
やっぱり矢口さんの事が気になっているんだろう。
「うん、いいよ」
「それじゃあおやすみ」
俺は愛ちゃんの顔を見ながらそう言うと、愛ちゃんはゆっくりと瞳を閉じる。
そしてその後すぐに愛ちゃんの寝息がこぼれてきた。
俺は愛ちゃんの髪を触りながら、寝顔をずっと眺めている。
しかし眠くなって来たので俺もゆっくりと目を閉じた。「はっ・・・はくしょん」
俺は大きなくしゃみと共に目を覚ます。
目を開けると愛ちゃんが、自分の髪の毛で俺の鼻をくすぐっていた。
「あ、やっと起きましたね」
愛ちゃんは笑顔で俺にそう言う。
「愛ちゃん何するの?」
俺は愛ちゃんの行為の意味が分からず尋ねる。
「なにって、カズさんなかなか起きてくれなかったから」
「そうだった?」
「ええ、ずっと私の手を握り締めて寝てました、私それが凄く嬉しかったです」
そう言いながら愛ちゃんは俺に抱きつき
「おはようの、チューです」と言って俺にキスをしてくる。
俺と愛ちゃんはそのまま時間がくるまでじゃれあっていた。「そうだ、カズさんに聞きたい事があるんですけど」
朝ご飯を食べている途中に愛ちゃんがそう口を開く。
「何?」
「明日って何か予定ありますか?」
「いや、別にないけど」
「実は今日と明日横浜でライブがあるんですよ
だからカズさんに来てもらいたくて・・・これチケットです」
愛ちゃんはそう言いながら俺にチケットを差し出す。
俺はそれを受け取り
「分かった、是非行かせてもらうよ」と言う。
「絶対に来てくださいね、だって私が頑張っているところカズさんに
見て欲しいですから」
愛ちゃんは嬉しそうに微笑みながらそう言う。「じゃあいってきます、あっ今日はお母さんが来てくれて
横浜のホテルに泊まります」
「うんわかった、じゃあ今日は久しぶりにお母さんに甘えないとね」
「はい、けどカズさんに一日会えないのは寂しいです、だから・・・」
そう言って愛ちゃんは目を閉じ、唇を俺のほうに突き出す。
「愛ちゃん、何しているの?早く行かないと遅れるよ」
俺は愛ちゃんのキスのサインにすぐに乗らずに意地悪をしてみる。
愛ちゃんは目を開け、俺の腕を引っ張り俺の事を引き寄せ
耳元でこう囁く。
「カズさん、キスをしてください、そして私に元気を与えてください
こういえばキスをしてくれますか?」
俺はその問いに、愛ちゃんにキスをすることで答える。
そして少したった後、愛ちゃんは唇を離す。
「元気が出ました、じゃあいってきます明日必ず来てくださいね」
「わかった、絶対に行くよ」
愛ちゃんは俺がそう言うと安心して、家から出て行った。「うう、寒い」
俺は肌寒さを感じて、目が覚めた。
さすがに冬の最中にトレーナー一枚で寝るのには無理があったようだ。
俺はソファーから身を起こし時計を見ると、午後一時を回ったところだった。
俺は少し腹が減っていたので、ご飯を作ろうかと思い冷蔵庫を開けたが
そこには何も入っていない。
あっ、そうだ今日の朝飯で材料全部使い切っちゃたんだ。
さすがに二人分作ると色々減るのが早いな。
今日は買い物でもしてくるかどうせ、する事もないし。
俺はそう考え、ジャケットを羽織り、家を出た。
「しかし今日は本当に寒い」
俺はそんな事を呟きながら小走りで車に乗り込み、そのままスーパーに行った。今日は近所のスーパーではなくちょっと遠くにある大きいスーパー
に来ている。
店内は週末なので、店内はすごくごったがえしている。
俺も今日は買うものが多かったのでカートを引きながらその中に入る。
俺は素早く自分の欲しい物だけをとって、そのままレジのほうに行った。
レジも凄く込んでいて、しばらく自分の番がきそうもなかったので
俺は愛ちゃんにメールでも打つ事にした。
なにがいいかな。
うーん・・・・。
俺は少し考えてこうメールを打った。【愛ちゃんへ。
今はライブ中だと思うけど頑張ってね。
明日楽しみにしているから】俺は携帯をしまい、自分の番が来たので会計を済ませ
スーパーを出て家に戻った。
はぁー、やっと着いたな。
俺はそう思いながら袋をテーブルに置く。
今日は買いすぎたせいか袋がとても重かったのだ。
俺はとりあえず買ったものを全部整理して、ソファーに座り携帯を見た。
するとそこには愛ちゃんからの返信メールが入っていた。【カズさんへ。
今はライブの休憩中です、やっぱりライブは緊張します。
でもこれもいい経験だと思って頑張ります。
それから明日たのしみにしてます、絶対に来てくださいね】愛ちゃんのメールを見て俺はもう一回メールを返そうと思ったが
愛ちゃんの邪魔になると思ったのでやめておいた。さて、何をしようか・・・。
うーん、何か絵でも書こうかな。
俺はそう思い、自分の部屋に入りイーゼルの前に座る。
そして、なにか浮かんでこないのかと思い目を閉じた。
頭の中に浮かんできたのは、愛ちゃんのはにかんだような笑顔。
俺はそれを描こうと思い筆を取り、紙に描こうとしたが
全然筆が進まなかった。
俺の頭の中は愛ちゃんの表情でいっぱいになっていたが
それを描こうと思うとどうしても筆が止まってしまう。
今日はもうやめようと思い、筆を投げ捨てて俺はベッドの上で横になる。やっぱりダメなのかな。
頭の中は愛ちゃんの顔で一杯になっているのに・・・。
でもここで描けなかったら本当にこれから似顔絵が
描く事が出来なくなりそうだな。
やっぱり俺も頑張らなきゃ、今ごろ愛ちゃんも頑張っているはずだ。
俺はそう思い、再びイーゼルの前に座り筆を取る。
そして、一気に頭に浮かんでいる愛ちゃんの顔を書いてみた。
「これじゃあダメだ、頭に浮かんでいることの半分も描けていない」
俺はそう呟き、描いた紙をぐしゃぐしゃにして、ゴミ箱に投げ捨てた。
俺はその後三十枚くらい描いたがどれも納得いかないものだったので
全てゴミ箱に捨てた。
今日はもうやめにするか。
俺はそう思い部屋から出る。そしてリビングにある時計を見ると、いつのまにか十時を回っていた。
俺は部屋で絵を描くのに集中しすぎて、時間の経つのを忘れていたようだ。
そう思うと俺は腹が減ってきたので、夕食を作ろうと思いキッチンに立つ。
今日はどうするかな、簡単に肉野菜炒めにでもするか。
俺はそう思いその準備をしていると
「ピーンポーン」とインターフォンが鳴る。
誰だろうこんな時間に、と俺は思ったがとりあえず玄関に行くと
「南条さん、早く開けてよ」と聞きなれた声が聞こえてくる。
そう、その声の主は矢口さんだった。
俺はなんでいきなり、矢口さんが来たのかがわからなかったので
ドアを開けずに聞いてみる事にした。
「矢口さんどうしたんですか?こんな時間に」
「いいからとにかく開けてよー、ここ寒いんだから」
と矢口さんは泣きそうな声で俺に言う。
俺は仕方なく家のドアを開ける。
すると、矢口さんが家の中へ飛び込んできた。
「はぁー寒い」
矢口さんはそう言いながら靴を脱ぎ、勝手に家の中へ入って行く。
「ちょ、ちょっと矢口さん」
俺は家に入って行く矢口さんを止める事が出来ずにそのままついて行った。「こんばんは南条さん」
矢口さんはソファーに腰掛け、俺にそう話し掛ける。
「どうしたんですか?
確か今日はライブがあったはずですよね」
俺はそう尋ねながら、矢口さんの正面に座った。
「ライブ?それはもう終わったわよ」
「でも明日もライブですよね」
「そうだけど、なんか終わってから暇だったから・・・
それに今日は高橋いないんでしょ、さっき言ってたから来てみたの
さすがに高橋がいるなら私も来れないから」
矢口さんはそう言うとソファーに腰を沈め、くつろいでいた。一昨日会ったときよりテンションが高いな。
一体どうしたんだろう、やっぱりまだ引きずっているのかな。
俺は黙って矢口さんの様子を見ている。
矢口さんはなぜだかずっと笑ったような顔を浮かべている。
そして少し経った後矢口さんが
「南条さん夕ご飯食べたの?」と俺に聞いた。
「いや、まだですけど」
「じゃあなんか作って、私もお腹が空いてるの」そういえば、俺は夕食を作っている途中だった事を思い出しキッチンに行く。
「黙って行かないでよー」
矢口さんはそう言いながら、俺の後について来た。
「今日は何を作ろうと思ってたの?」
「今日ですか?今日は簡単に野菜炒めでも作ろうかと思って」
「そうなんだ、私の分もある?」
「ええ、別に二人分くらいなら大丈夫ですよ」
「じゃあよろしくね」
そう言うと矢口さんはキッチンのテーブルに座り
「はやく、はやく」と俺を急かしている。
俺は手早く、夕食の支度をしてテーブルに載せた。「うわー、美味しそう」
矢口さんはそういいながら、手で肉を食べようとしている。
「矢口さんお行儀が悪いですよ」
俺は手で矢口さんの事を制しながら諌めた。
「はーい」
「じゃあちゃんと食べましょう」
俺は矢口さん箸を渡す。
「いただきます」
「いただきます」
矢口さんはそう言うやいなや凄い勢いで食べ始めた。
よほどお腹が空いていたのだろう。
俺もその様子を見ながら、夕食を食べ始める。「ごちそうさま」
矢口さんはあっという間に食べ終わり、リビングに戻っていく。
俺もそれから五分もしないうちに夕食を食べ終わり、リビングに戻った。
矢口さんはソファーに座ってお腹を抱えている。
「どうしたんですか?お腹を抱えて」
「いや、ちょっと食べすぎちゃって、だって南条さんの作る料理おいしいから」
「それは嬉しいですね」
「だからちょっと食休みさせてね」
「わかりました」
それからしばらく俺と矢口さんは黙って座っていた。
俺は矢口さんの表情を見ていたが、その表情はやっぱりおかしかった。聞いて見たほうがいいのかな。
俺はそう思い、矢口さんに聞いてみることにした。
「矢口さん、どうしたんですか?なんか今日おかしいですよ
いきなり、家に押しかけてきたり・・・」
俺が話していると、矢口さんがいきなり抱きついてくる。
俺は矢口さんの事を引き剥がそうとしたが矢口さんはなかなか離れてくれない。
「・・・寂しいの」
「えっ?」
「寂しいのよ、昨日カラオケから帰って一人になったら凄く
寂しくて、どうしようもなくなったの。
それで、今日は南条さんに慰めてもらいに来たの」
矢口さんはそう言うと、俺の胸に額を押し付けてくる。「矢口さんダメですよ、俺には愛ちゃんがいるんですから」
「大丈夫、高橋には内緒にしておくから」
「そう言う問題じゃないですよ」
俺はそう言うと、矢口さんの事を引き離す。
その時の表情は、泣きそうな表情だった。
「そうだよね・・・」
矢口さんはそう言うと、またソファーに座っている。
「・・・・・・」
俺はそんな矢口さんに掛ける言葉が見つからず、ずっと黙っている。
「・・・・・・」
矢口さんも俺と同じように何も喋らなかった。
そのまま一時間くらい無言のまま俺と矢口さんは座っていた。
ふと時計を見るともう十一時半を回っている。俺は矢口さんがこれからどうするのかが気にかかり聞いてみることにした。
「矢口さんもう十一時半まわってますけどこれからどうするんですか?」
俺がそう言うと矢口さんはすこし考えて
「・・・南条さんお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「あの、今日一緒に寝てくれない?」
「それは、どういう意味ですか?」
「いや、別に変な意味じゃなくて、ただ温もりが欲しいの」
俺はその言葉にしばらく考え込んだ。
どうしよう。
さっきの事もあるしな。
でもこのまま矢口さんを家に帰すのも・・・。
「わかった」
俺が考え込んでいると、矢口さんがそう口を開く。
「じゃあ、私南条さんの部屋で先に寝ているから
もし私と一緒に寝てもいいと思うなら来て、待ってるから」
矢口さんはそう言うと、ソファーから立ち上がり、俺の部屋に入って行った。俺は一体どうすればいいんだろう。
行くべきか、行かざるべきか。
やっぱり行かないほうがいいよな。
でもそうすると、矢口さん凄く傷つくかもしれない。
今でさえ凄く傷ついているはずなのにその傷に塩を塗るような
事をしていいんだろうか。
とりあえず部屋の前まで行ってみよう。
俺はそう思い、ソファーを立ち部屋の前に立つ。
ドアの外から部屋の様子を窺がっていると、部屋の中から
矢口さんの泣き声が聞こえる。
俺はそのままそこで固まってしまう。五分くらい経つと、泣き声も止みまた部屋の中が静かになる。
ごめん愛ちゃん、今日だけ許してください。
俺は心の中で愛ちゃんに謝りドアをノックした。
「コンコン」
「南条さん?」
ドア越しから矢口さんの声がしてくる。
「そうですよ」
「一緒に寝てくれるの?」
「はい、でも今日だけですよ」
そう言いながら俺はいきなりドアを開ける。
「いや、見ないで」
ベッドの上に座っていた矢口さんはいきなりドアを開けられて驚いたのか顔を伏せる。やはり泣いたすぐ後の顔を見られたくないのだろう。
俺は何も言わずにベッドサイドへ腰掛ける。
「いいですよ、矢口さん泣きたければ泣いても」
俺はそう言いながら、矢口さんの方を向く。
「南条さん、私がさっきまで泣いているの知ってたの?」
「ええ、だってさっきまでずっとドアの前にいましたから」
矢口さんは俺の言葉を聞いて少し恥ずかしそうな顔をする。
「本当に泣いてばかりだね、私」
「そうですね、でも俺矢口さんの泣き顔好きですよ、可愛いから」
そう言って俺は矢口さんの顔を覗き込む。
やっぱり少し目が赤かった。
矢口さんはそれに気付いて、再び顔を伏せる。「やめてよ、なんか恥ずかしいじゃない」
そう言っている矢口さんの少し鼻に掛かった声が凄く可愛くて
俺は凄く心臓がドキドキしている。
「じゃ、じゃあ寝ましょうか?」
俺は矢口さんにそう促すと矢口さんは俺に背中を向けて横になる。
俺もそれに合わせるように、横になっていた。
俺は強引に目をつむり寝ようとしていると矢口さんが背中を向けたまま話し掛けてくる。
「南条さん、なんで部屋に来てくれたの?
さっき私が南条さんに迫ったときは拒んだのに・・・」
「いや特に理由はないですよ、でもドアの前で矢口さんの泣き声を
聞いたときこのままほっとく事は出来ないなって思って」
その時矢口さんが俺の背中をつつく。俺はそれが気になり矢口さんのほうへ向くと、矢口さんの顔が正面にあった。
「南条さんは優しすぎる」
矢口さんはそう言いながら俺の事をじっと見ている。
「矢口さんどうしたんですか、急に?」
「そうだよね、本当に優しい人は気付かないもんね」
「は?」
俺は矢口さんの言っている意味がさっぱりわからずに首を傾げる。
矢口さんはそんな俺の様子を見て笑っている。
「そろそろ寝ましょうか?」
「そうだね」
矢口さんもそう言ったので、俺は電気を消す。
そして再び横になると、矢口さんは俺に近づいてくる。
「矢口さん?」
「お願い今夜だけはこうしてて」
矢口さんはそう言いながらさっきのように俺の胸に顔をつける。
俺は矢口さんの事を包み込むように抱きしめている。
「じゃあ、南条さんおやすみ」
「おやすみなさい」
矢口さんは俺が拒まなかった事で安心したのかすぐに眠りについた。
俺も胸のドキドキを抑えながら、そのままの体勢で眠りにつく。「それで、私好きな人がいるんだ」
「そうなの、愛もそんな年になったんだね」
愛はホテルで和智の事を母親に話している。
和智との出会いの事や、和智と一緒に過ごした事などを。
「へぇー、そんないい人なの?」
「うん、とっても」
「じゃあさ、明日お母さんに会わせてくれない?
その和智さんって人も来るんだろ、ライブに」
「えっ!?」
愛は母の提案に少し驚いている。(私はいいけど、カズさんなんて言うかな・・・)
「いいじゃない、真剣に付き合っているんでしょ」
「うん、そうだけど」
「そうだけど?」
「カズさん恥ずかしがりやだから嫌がるかも知れない」
「まあいいわ、一応考えておいて」
「わかった」
「じゃあそろそろ寝ましょう、愛は明日も早いんでしょ」
そう言うと愛の母はベッドの方へ歩いていく。
「うん」
愛もそう返事をして、ベッドに横になる。
愛はベッドに横になりながら、和智の事を考えていた。
(カズさん今何をやっているんだろう?
多分もう寝ているよね、やっぱりカズさんに会いたいな)
「カズさんおやすみ」
愛はいつものようにそう唱えて眠りにつく。「うわっ!!」
目が開けると、矢口さんが目を閉じて俺にキスをしようとしている。
俺は驚きのあまり、声を上げて後ろに下がろうとした。
が、そこはもう壁でこれ以上後ろに下がる事が出来ない。
「や、矢口さん?」
俺は矢口さんの肩を持って何とかそれを、それを阻止する。
「なんだ、起きちゃったか、つまんないの
せっかくいただいちゃおうかと思ったのに、南条さんの唇」
「冗談はやめてくださいよ、本当に」
俺はそう言ってベッドから立ち上がる。
そして時計を見ると、午前五時。
起きるのにはまだ早すぎる時間だったが
朝からあんな事をされて眠気も吹っ飛んでしまったので
俺は部屋を出ることにした。「矢口さん、俺はリビングにいますんで、ここでもうちょっと
寝ててください、時間になったら起こしますから」
俺がそう言うと矢口さんは、少し不満げな顔をしている。
「何ですか?矢口さん」
「やだ、もうちょっと一緒に寝ようよ」
「だって矢口さん俺にキスしようとしていたじゃないですか」
「あれはただ、なんとなく・・・まあいいじゃないもうしないから」
「本当ですか?」
「本当だって」
そう言いながら矢口さんは俺の腕を引っ張る。
俺はそれにバランスを崩し、ベッドの上に尻餅をつく。
「ね、いいでしょ」
矢口さんは物凄い可愛い顔で俺に問い掛ける。俺は昨日の事もあったので断れず
「わかりました、けど本当になにもしないでくださいね」
「わかってる」
俺はそう言いながら、再び横になる。
矢口さんは俺に甘えるように、また顔を俺の肩に乗せる。
そして、五分も経たないうちに矢口さんはそのまま寝てしまう。
俺はもう眠くはなくなっていたので、矢口さんの寝顔をずっと眺めていた。「矢口さん、矢口さんそろそろ起きる時間じゃないんですか?」
それから三時間くらい経ってから俺は矢口さんの事を揺り起こすと
「まだ、後一時間くらい大丈夫だよ」
と言ってまた眠ってしまう。
俺は大丈夫かどうかわからなかったが、それを止めるすべもなかったので
そのまま、じっと矢口さんを見ていた。「なんで起こしてくれなかったのよ」
「だって矢口さんが後一時間は平気だって言っていたじゃないですか」
「そんな事より急がなきゃ本当に遅刻しちゃう」
矢口さんはかなり慌てているようだ。
「南条さん送ってくれない?」
「でも愛ちゃんに見つかると困るし・・・」
「大丈夫あの子達は真面目だから、もう現場に着いてる筈」
矢口さんは妙に自信たっぷりにそう言う。
「あーもう時間がないから、早く、早く」
と言いながら俺にも家に出るように促す。
俺はしょうがないと思い諦めてそれについていく。
「じゃあ行きますよ、大丈夫ですか?」
「うん、だから急いで」
俺は矢口さんが返事をしたのを確認してから、バイクを走らせる。
そして、急いで横浜まで飛ばした。「着きましたよ、矢口さん」
「そう、ありがとう何とか間に合ったよ」
矢口さんはそう言いながらバイクを降りる。
「じゃあまたね」
「はい」
矢口さんは俺に手を振りながら、アリーナの中に入って行く。
俺は矢口さんが見えなくなるまで、見送ってから帰ろうとすると
「あれ、南条さんじゃないですか?」
と言う声が聞こえるので振り向くとそこにはひとみちゃんがいた。
どうしよう・・・、矢口さんと一緒にいるところ見られたのかな。
「南条さん、今日はどうしたんですか?」
「えっ、別になんでもないけど」
「あ、そういえば昨日高橋に聞きましたよ、今日のライブに
来るそうですね」
「う、うん」
「でもなんでこんな早い時間に来ているんですか?」
俺はそう聞かれてなんと答えようか迷っていた。「そ、それは・・・」
「あーわかった高橋のこと送りに来たんでしょ、全く照れちゃって」
ひとみちゃんは、そう言って俺の事をつつく。
「ひとみちゃん、もう時間ないんじゃない」
俺は早く話を終わらせたかったので、そう切り出した。
「そうだ、もう時間ないんだった」
ひとみちゃんは時計を見ながら「南条さん、また」
と言ってその場から去っていった。
ふう、何とか見られていなかったみたいだな。
俺は早くこの場から離れようとバイクに乗りスタートさせる。「さて、どうしようかな」
俺は一人で呟きながら、横浜の町を歩いていた。
横浜に来たのは初めてだったので、何処に何があるかも分からず
うろうろしていると、なんだか疲れてきたので近くにあった漫画喫茶に入る。
そこで時計を見ると、まだ十時半だった。
確か、ライブは六時からだったな。
俺は財布の中に入っていた、チケットを取り出すとやっぱり六時からだった。
まだ結構時間があるな。
俺はそう思い何か面白そうな漫画がないか探しているとちょうど良い巻数の
漫画があったので、それを手にとり読み始める。
読み始めると俺はその話の中に没頭していた。「今日の朝、南条さんのこと見たよ」
「えっ、何処でですか?」
「いやここの近くで、って分かってるくせに
どうせ高橋寝坊でもして、南条さんに送ってもらったんでしょ」
「いえ、私昨日はお母さんと一緒に泊まったから」
「えっ、そうなのじゃあ南条さんなんであんな朝から
あんなところにいたんだろう?」
吉澤は首を傾げながらその場を後にした。
(カズさんが今日この辺にいたって言うのはどういうこと?)
愛はしばらく考えていたが答えが出てきそうになかった。「キャハハハハ、だから違うって」
愛が考え事をしていると、矢口の笑い声が聞こえてきたので
その方向を見る。
矢口は後藤と話しをしているようだった。
昨日とはうって変わって矢口は明るい表情をしている。
(矢口さん、なんか今日は機嫌いいみたい、昨日は死にそうな顔をしていたのに
なんかいいことでもあったのかな?)
愛はじっと矢口の表情を追っている。
そして、ある疑惑が頭に浮かぶ。
(もしかして今日カズさんが来てた理由って・・・いや、そんなことないよね
カズさんがそんな事をするはずないもんね)
愛はその疑惑を頭から振り払い立ち上がる。
そろそろライブの本番が始まるのだ。「くわー、ああ疲れた」
俺は漫画喫茶を出て、大きく欠伸をしながらそう呟く。
外に出るとあたりはもう薄暗くなっている。
俺は時間が気になり時計を見ると、いつのまにか四時半を
回っていたので、俺はライブ会場までバイクを走らせる。
ライブ会場に着くとそこはすでに凄い熱気に包まれていた。
俺は列の最後尾に並び、開場を待っていた。
すると、携帯が震えたので俺はそれを見る。
そこには愛ちゃんからのメールが入っていた。【こんにちはカズさん、私は今少し休憩中です。
カズさんはもう会場にいるんですか?
頑張りますから楽しみにしていてください。
後、終わってから少しの間待っててもらえませんか?
ちょっとお話したい事があるのでお願いします。 愛】俺は携帯を見てどうメールを返そうか少し迷った。
もしかしたら、ひとみちゃんが今日俺に会ったことを話しているかも
しれないからだ。
うーん、どうしよう・・・。
でもとりあえず、会わないと言うと怪しまれるよな。
俺はそう思いメールを返す。【愛ちゃん俺ももう会場に着いてます。
今から楽しみです、頑張ってね。
わかりましたじゃあ待ってます。
ライブが終わっても会場の周りをうろうろしているので
終わったら電話なりメールなりをください。 和智】俺は携帯をしまい、列が進むのを待っているといよいよ開場のようだった。
開場が始まると、俺はあっという間に会場の中に入っていた。
そして、自分の席を見つけ、腰を下ろす。
場内はもうすでに、ほとんど席が埋まっているようだった。
開演まで三十分か。
俺は時計をちらりと見て、確認する。
なぜだか俺は急に緊張してきた。
アイドルとしての愛ちゃんがこれから出てくるんだ。
そう思うだけでなぜだか胸がドキドキする。
俺は緊張を抑えるために一度席を立ち、お茶を買いに行く。
そうこうしているうちに、時間は過ぎて開演の時間になった。「わぁぁぁぁ」
その歓声が合図だったかのように、舞台が暗転し
そして、光と共にハロプロのメンバーが出てくる。
俺は座って見ようと思っていたが、周りを見るとそうもいかなかったので
立ち上がった。
ライブは最初から凄く盛り上がっていて、俺も一緒になって盛り上がっている。
愛ちゃんはいつも俺に見せる表情とは全く別の表情をしていて
その表情に俺は目を奪われていた。
愛ちゃんはやっぱり凄いな。
俺はそんなことを感じながら、ずっと舞台狭しと駆け回る、愛ちゃんの姿を見ている。
あっという間にライブは終わり、俺は席に座りライブの余韻に浸っている。
ライブに来たのは初めてだったので、こんなに楽しいものとは思わなかった。
愛ちゃんはやっぱりアイドルなんだな。
俺は歌っている愛ちゃんの姿を頭に思い浮かべながら、そう思っていた。
そして、周りに人がいなくなって来たので俺も会場を後にした。「ピルルルルルルル」
ライブが終わった後俺は近くにあるファミレスで、なにもせずに
ボーっとしていると、携帯が鳴ったのでそれに出る。
相手はもちろん愛ちゃんだ。
「もしもし、愛ちゃんライブお疲れさま凄く面白かったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「それで、どうしようか?」
「そうですね、じゃあどこかで待ち合わせしましょう」
「うん、わかった、それでどこがいい?」
「そういえば、カズさん今どこにいるんですか?」
「え?今、今はファミレスにいるけど」
俺はファミレスの場所を愛ちゃんに伝えた。
「じゃあ今からそこに行きますよ」
「わかった」
「十五分くらい待っててくださいね」
「OK」
俺はそう言って電話を切る。俺は電話を切った後少し考え事をしている。
今の会話では変なところはなかったよな。
じゃあひとみちゃん愛ちゃんに何にも言ってないのかも。
俺はそう思い少し安心した。
そして、愛ちゃんが来るのを店の外で待ってようと思い店を出る。
俺は外に出て空を見上げている。
少し寒かったが俺は我慢して、その場で足踏みをしながら
愛ちゃんが来るのを待っていた。
「タッタッタッタッタ」
さっきから聞こえてきた足音が徐々に大きくなってくる。
俺は愛ちゃんだと思い、足音のほうを向く。
すると愛ちゃんが駆け足で俺のほうに近づいてきた。
「カズさーん」
愛ちゃんは大きな声で俺の事を呼びながら胸に飛び込んでくる。「カズさんに早く会いたいから走って来ちゃいました」
そう言う愛ちゃんの息が少し切れているようだった。
「大丈夫愛ちゃん?」
「全然大丈夫ですよ、それよりも私はカズさんに会いたかったんです」
愛ちゃんは弾む声でそう言う。
そして、抱きついてきた。
俺もそのまま愛ちゃんの背中に手を回す。
そのままの体勢をしばらく続けていると、愛ちゃんが
「はくしょん」と大きくくしゃみをした。
「やっぱりここじゃ寒いよね」
「そう、みたいです」
「じゃあどこかに行こうか?」
「はい」
愛ちゃんは鼻をすすりながら答える。
「今日バイクだから、これを着てて」
俺は上着を脱いで愛ちゃんに渡す。「ありがとうございます、でもカズさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
俺はそう言って愛ちゃんにヘルメットを渡す。
すると愛ちゃんは不思議そうな顔を浮かべて俺を見ている。
「愛ちゃんどうしたの?」
「別になんでもないですけど、ちょっと変だなって思う事があって」
「何?」
「どうしてカズさんヘルメット二つ持っているんですか?」
「えっ!!」
一瞬俺の頭はパニック状態になり、何も言えずに口ごもる。
俺は焦って矢口さんの事を言いそうになったがそれはまずいと思い
「いや、愛ちゃんと一緒に帰ろうと思ってたから」と言うと
愛ちゃんは笑顔になって
「嬉しいです」と言う。
俺はうまくいったと思いながらをバイクに乗る。
すぐに愛ちゃんはバイクの後ろに乗って俺の背中を掴んだ。
「じゃあ行くよ」
「はい」
俺は愛ちゃんが返事をしたので出発した。
バイクを走らせながら、俺は何処へ行こうかとかと考えている。
どうしようかな、もう時間も結構遅いからこのまま家に帰ろう。
俺は家に向かってバイクの進路を変えた。「愛ちゃん、着いたよ」
「家に戻ってきたんですか?」
「うん」
「どこか行きたかった?」
「ううん、そんなことないです、早くカズさんと二人きりになりたかったから」
愛ちゃんはそういいながら顔を赤くする。
「じゃあ帰ろう」
俺が家に向かおうとすると、愛ちゃんが俺の手を握ってくる。
「いいですよね」
「ああ」
俺と愛ちゃんは手を繋いで家に帰る。「ただいま」
愛ちゃんが家に入るなりそう言ったので、俺は
「お帰り」と愛ちゃんに返した。
「うーん、帰ってきたって感じがします」
愛ちゃんはリビングに入り、大きく伸びをしている。
「愛ちゃん、お腹空いてるの?」
「はい、おなかペコペコです」
愛ちゃんはお腹を抑えながら、そう言う。
「じゃあすぐ、夕飯の用意をするよ」
俺はそう言ってリビングに行く。
「私も手伝います」
愛ちゃんもそう言いながら俺の後をついて来た。「はぁー、お腹一杯です」
愛ちゃんはお腹を抑えながら、リビングのソファーで満足そうな
表情を浮かべる。
「どうだった?今日のお好み焼きは」
「すごく美味しかったです」
「愛ちゃんも包丁捌きがうまくなってるよ」
「そうですか?」
「うん、だからそろそろ肉じゃがの作り方を教えるよ
それに、あと一週間で同居生活も終わりだし」
「そう、ですよね」
愛ちゃんは俺がそう言うと下を向く。
「どうしたの?」
「いや、カズさんと一緒に暮らすのも後一週間なんだなって思って・・・」
「気にすることないよ、だって俺はずっとここにいるんだから
愛ちゃんが嫌じゃなければいつでも遊びに来てくれたっていいよ」
俺はそう言いながら愛ちゃんのことを抱きしめる。
「そしたらまた美味しいものつくるからさ」
「はい」
愛ちゃんはそう言うと笑顔になる。「そういえば、カズさん一つ聞きたい事があるんですけど」
「な、何?そういえばメールにも書いてあったけど」
「何で今日朝早くから、ライブ会場にいたんですか?
吉澤さんには私を送りに来たって言ってたみたいですけど・・・」
やばい・・・、何て言おう。
「そ、それは・・・その、あれだよ」
「あれって?」
「いや、なんか楽しみで早く起きちゃったから」
「そうだったんですか、じゃあ何で吉澤さんに・・・」
愛ちゃんは俺に少し疑いの目を向ける。
「ちょっと恥ずかしくてさ、なんか小学生みたいで」
「でも、本当にそれだけですか?」
「当たり前だよ、他に理由なんてないし」
「わかりました、じゃあ信じます」
愛ちゃんはそう言って目を閉じ、唇を突き出す。
「嘘をついていない証拠にキスをしてください」
「わ、わかった」
愛ちゃんの行動に少し戸惑ったが、俺は目を閉じ愛ちゃんの
唇に自分の唇を合わせる。
ごめん、愛ちゃん。
もうしないから。
俺は唇を合わせているとき、心の中で何度も愛ちゃんに謝っていた。キスを終えた後も愛ちゃんは、俺の肩にもたれている。
愛ちゃんの表情は、凄く幸せそうだ。
「カズさん、そろそろ寝ませんか?」
「ああ、そうだね」
そう言いながら俺は時計を見る。
時間はいつのまにか十二時を回っている。
「今日も一緒に寝てくれますか?」
どうしようかな。
拒否したらもっと疑われるだろうし。
でも、ベッドが昨日のままなんだよな。
そうすると匂いでばれるかも。
さすがにそれはまずいな。
「今日は愛ちゃんの部屋で寝ようか?」
「どうしてですか?」
「なんかたまにはいいかなって思って」
俺がそう言うと愛ちゃんは少し考え込み口を開く。
「そうですね、それもたまにはいいかもしれませんね。
私の部屋の蒲団結構大きいし、わかりましたじゃあそうしましょう」
愛ちゃんは納得してくれたようで、俺の事を自分の部屋まで連れて行く。「おやすみ」
「おやすみなさい」
俺は愛ちゃんの隣で、目を閉じる。
するとなんか唇に柔らかい感触がする。
俺はそれに驚き、目を開けると愛ちゃんが俺にキスをしている。
俺が目を開け、愛ちゃんを見ると少し恥ずかしそうな顔を浮かべて
「お休みのキスです」と言う。
そして、愛ちゃんは再び短いキスをして俺の隣に寝る。
「じゃあ今度こそ本当におやすみなさい」
「おやすみ」
と言うと俺はまた目を閉じる。
今日は疲れていたせいか、すぐに睡魔が襲ってきた。
俺はそれに逆らわずに身を委ねる。「チッチッチッチッ」
時計の音しかしていない空間で、音を立てないように愛は隣を見る。
隣では和智が静かに寝息を立てて眠っている。
愛は和智が起きないように、蒲団から出る。
愛にはどうしても和智には内緒で確かめなければいけないことがあった。
それは、今日の朝、和智がなぜアリーナに来ていたのかということだ。
さっき和智は早く来た理由を『楽しみで』と言ったが
どうしても愛にはその事が信じられなかった。
和智は説明している時明らかに態度がおかしかったからだ。
愛は和智が寝ているのを再び確認してから、静かにドアを開けて、部屋を出る。(どうしよう・・・、やっぱり入らない方がいいのかな)
愛は和智の部屋のドアノブに手をかけたところで、動きが止まる。
(いくらなんでも勝手に部屋に入るのはまずいよね、でも・・・)
愛はそう思いながらもドアを開け、部屋に入った。
和智の部屋はいつものように整然としていて、何も変化がないように見える。
しかし、愛はいつもと違うような感じがしていた。
それはいつもならしっかりと、セットしてあるベッドが
少し乱れているのだ。
(どうしてだろう?いつもならきちんとしているのになんかおかしいな)
そんなことを考えながら、愛はベッドに横になる。
(この匂い、どこかでかいだ事あるような匂いだな)
ベッドからはほのかに香水の匂いが漂っている。
愛はしばらくその体勢のまま考え込んでいた。
「あっ!?そうだこの匂いって矢口さんの香水の匂いだ」
愛はベッドから起き上がり、すぐさま窓を開ける。
なぜならこの部屋から早く矢口の匂いを消したかったからだ。
(ひどいよ、カズさん)
「うっ、ううっ」
泣きながら愛はリビングに行く。
そして、リビングでずっと一人で泣いていた。「ピピピッ、ピピピピッ」
俺はいつもとは違う目覚し時計の音で目を覚まし、身を起こす。
そして隣に愛ちゃんを起こそうとしたが、そこにはもういなかった。
俺は愛ちゃんの部屋を出てリビングに行くと、テーブルの上に
置手紙が残されていた。【カズさんへ
今日は仕事の予定が早まったそうなので
先に行きます。 愛】手紙を読み終わった後、俺はソファーに身を沈めた。
どうしたんだろう・・・?
昨日の夜は何も言ってなかったし、なんか変だな。
しかし、やっぱりこの格好でリビングにいると寒い。
俺は自分の部屋で着替えようと思い、ソファーから立ち上がり自分の部屋に行く。
部屋のドアを開けると、凄く寒い空気がする。
俺は部屋の中に入るとなぜだか知らないが窓が開いていた。
もしかして昨日の夜愛ちゃん俺の部屋に入ったんじゃ・・・。
嫌な予感が頭をよぎる。
俺は他に部屋の中におかしなところがないか探してみる。
あれ?ベッドが昨日の状況と違っているような気がする。
やばい、絶対愛ちゃん昨日俺の部屋に入った。
だから今日早く出かけたんだろう。
俺はとりあえず愛ちゃんに電話を掛けてみることにした。
「おかけになった電話は、電波の届かないところにおられるか・・・」
しかし愛ちゃんには携帯が繋がらなかった。
どうしよう・・・。
俺はどうすればいいのかわからず、ソファーで頭を抱えていた。「おはようございます、矢口さん」
「おはよう、高橋」
「すいません、今日はこんな時間に呼び出したりして」
「いいよ、別に私は大体このぐらいの時間に来ているしそれで何、話って?」
「いや、それなんですが・・・」
愛と高橋は控え室で話をしている。
まだ集合時間まで一時間以上ある為、控え室には愛と矢口だけだった。
「矢口さん一昨日の夜って何をしてました?」
「一昨日って言うと・・・」
「横浜の一日目のライブが終わった後です」
「別に何もしてないけど」
「でもあの日確か安倍さんの誘いを断って、先に帰りましたよね」
「そうだっけ?」
「そうですよ、覚えてないんですか?」(やばいな、高橋何か勘付いてるのかも、そうすると下手に
喋るのはまずい)
矢口は口では平静を装いながら内心結構焦っていた。
「ああ、あの日のことね、あの日はすぐに自分の家に帰ったわよ」
「嘘です」
愛は矢口の答えに間髪いれずにそう言う。
「なんで嘘だってわかるのよ」
「だってあの日、矢口さんはカズさんの家にいたんですから」
「えっ!!」
矢口は図星を付かれ一瞬返答に詰まる。
「そ、そんなわけないじゃない、何で私が南条さんの
家に行かなきゃならないの?」
「そんな理由はわかりません、けど行ったことは事実ですよね?」
「だから行ってないって」
「嘘です」
「私が行ったっていう証拠でもあるわけ?」
矢口は愛の挑発的な言動に乗せられていつのまにかエキサイトしている。「それは矢口さんが一番分かっているんじゃないですか?」
「どういうこと?」
「証拠は矢口さん自身にあります」
「私自身って・・・」
「カズさんのベッドから矢口さんのいつもつけている香水の匂いがしたんです」
「・・・・・・」
「何も言わないって事は図星なんですね」
愛は勝ち誇ったような顔を矢口に見せる。
矢口はそれにカチンときて、怒りの表情を露にした。
「どうしてそんなことするんですか?」
「別に理由なんてないよ、ただあの時は誰でもいいから、慰めて欲しかっただけ」
「でもなんでカズさんに?」
「あの人なら絶対私のこと拒まないってわかってたから
それに、今はもしかしたら本当に南条さんの事が好きになっているかも」「それだけは絶対に許しませんよ」
「そんなの高橋には関係ないでしょ」
「関係あります」
「もしかしたら南条さんは私を選ぶかもしれないし」
「そんなことありません」
「それは言い切れないんじゃない、だって南条さん私のこと抱きしめてくれたし」
「そんなのカズさんが同情したからに決まってます」
愛は顔を真っ赤にして怒っている。
「なによその言い方・・・」
矢口は愛に何かを言いかけようとしたが、そこへ吉澤が入ってきたので
話すのをやめ、吉澤と入れ違いに控え室を出る。(カズさん、どうして?矢口さんと・・・)
愛は控え室の椅子に力なく腰を下ろす。
「どうしたの高橋?矢口さんと言い争ってたみたいだけど」
「なんでもありませんよ」
愛は語気を強めながら吉澤にそう言う。
「南条さんのことでしょ?高橋がそんなに怒ってるって事は」
「ええ、まあそうですけど」
「何があったか教えてくれない?」
吉澤にそう言われ、愛は少し考え
「じゃあ今日の夜泊めてくれますか?」と言う。
「うん、わかった」と吉澤が答えたところで娘。のメンバー達が入ってきた。(はぁーどうしちゃったんだろう、高橋の言葉で冷静さを失うなんて・・・)
矢口は屋上に上がり、一人空を見上げながら考え事をしている。
(南条さんの事好きになっちゃったのかな、けど高橋に悪いし)
「はぁー」
ため息をつきながら矢口はその場所に腰を下ろす。
(でもどうしよう・・・、このままうやむやにするわけにも行かないし)
矢口は膝を顔に付け、しばらくの間じっとしていた。
「よしっ、今日もう一回南条さんに会いに行こう」
矢口はそう呟いて、立ち上がる。
(くよくよ悩んでも仕方がない、こうなったらはっきりさせよう)
時間になったので、矢口は屋上を後にした。俺はしばらく考えていたが結論は全くでなかったので
考えるのをやめて、食事を取り、部屋に戻った。
愛ちゃんの携帯に掛けてみたが、やっぱり電源を切っているようで繋がらない。
やばいな・・・。
やっぱりちゃんと話しておけばよかった。
俺は今更ながら後悔している。
なんか気晴らしに絵でも書こう。
俺はそう思い、イーゼルの前に座る。
そしてそのまま、何も考えずに一心不乱に筆を進めた。「どうしたのよ一体?なんか雰囲気が悪かったよ高橋とやぐっつぁん」
収録が終わった後、矢口は後藤と一緒に近くのファミレスで話している。
「別に何もないよ」
「それならいいけど、本当に何にもないの?」
「ないって、私用事があるから帰るね」
「えー、今来たばっかりじゃない」
矢口は後藤の非難も気にせずに、席を立って店を出る。
そしてそのまま和智の家に向かった。「ピリリリリリリリリリリリ」
机の上に置いてあった携帯が鳴っている。
俺は愛ちゃんかと思い筆を止めて、すぐに携帯に出る。
「もしもし愛ちゃん?」
「・・・・・・」
「もしもし」
「・・・・・・」
「愛ちゃんじゃないの?」
「違うわよ」
「じゃあ誰ですか?」
「矢口よ、矢口真里」
「それで、どうしたんですか?」
「その前に家のドア開けてくれない?」「家の前にいるんですか?」
「そうよ」
「何でいつも突然来るんですか?」
「今日はちょっと話があって来たの」
「わかりました、じゃあちょっと待ってください」
俺は携帯を切り、玄関のドアを開ける。
「こんばんは、矢口さん」
「こんばんは」
「それで、話っていうのは?」
「ここじゃなんだから、入っていい?」
俺はまた矢口さんを家に入れることに少し抵抗を感じたが
そうも言っていられないので、リビングに通した。「話っていうのはね、高橋のことなんだけど」
「愛ちゃんのことですか?」
「うん、いやさ一昨日南条さんの家に泊まったでしょ、私」
「ええ」
「それを、高橋が気付いたらしいのよ」
「やっぱりそうですか」
「やっぱり、って事は何かあったの?」
「今日の朝、自分の部屋に行ったら窓が開いてたんですよ
それにベッドに人が寝た形跡があって、多分愛ちゃんが
部屋に入ったんじゃないかなと思って・・・」
「私のほうも朝電話があって、急に高橋に呼び出されたのよ」
「そうですか、だから今朝、愛ちゃん早く家を出たのか」
俺は腕を組んで考え込む。
一体どうすればいいんだろう。
愛ちゃんにちゃんと説明しないと。「それで、高橋に言われたのよ」
矢口さんが言葉を続けているので俺は一回思考をとめ耳を傾ける。
「香水の匂いが矢口さんのものでした、ってベッドに匂いがついていたみたい」
「そうですか・・・」
「で、どうするの?」
「どうって何を?」
「高橋のことよ」
「愛ちゃんのことですか?」
「うん」
「どうしましょう・・・」
「別れちゃえば?」
「えっ!!」
そう言った矢口さんの目は怪しく光っている。「別れて、私と・・・」
矢口さんはそう言いながら、俺のほうに近寄ってくる。
「本気で南条さんの事、好きになっちゃったかも」
「なっ、何を・・・」
俺は驚きのあまり二の句を告げる事が出来ないでいる。
「ねぇ、だめ?」
矢口さんは俺の耳元でそう囁く。
俺は何も考えられなくなっている頭を、フル回転させて考えた。
ああ、それもいいかもしれないな。
愛ちゃんとじゃやっぱりうまくいかないのかもしれないし・・・。
そんな事を考えていると、矢口さんはさらに大胆になり
俺の膝の上に座り向き会う様な、体勢をとる。「矢口さん・・・」
俺は真正面にある矢口さんの顔をじっと見る。
やっぱり矢口さんは可愛かった。
矢口さんは目を閉じて俺に唇を寄せてきた。
俺は両腕を伸ばしそれを拒否しようとしたが
矢口さんの勢いは止まらなかった。
今度は首を傾け、矢口さんの唇を避けようとしたが
矢口さんは両手の掌で俺の頬を抑え強引にキスをしてくる。
俺はキスをされた時に、頭がしびれてしまいその後
抵抗することなく、矢口さんとのキスを続けていた。「じゃあそこで、少し話そうか?」
「はい」
吉澤と愛は連れ立って、仕事場を出て近くにあったファーストフードの店に入る。
「それで、どうしたの今日は?」
「いや・・・それなんですけど」
愛は言いづらそうにしている。
「なによ、本当にどうしたの、矢口さんとなんかあったんでしょ」
「ええ、まあ」
「多分南条さんの事だと思うけど」
「そうなんですよ」
愛は矢口が和智の家に泊まった事を話した。
「えっ、南条さんそんなことしたの?」
「はい、多分、だってベッドに矢口さんの香水の匂いがしてたし
それに矢口さんに聞いたら、認めてたし・・・」
「なんで、矢口さんはそんなことしたんだろ?」
「矢口さん、彼氏と別れたらしいんですよ」
「そうなんだ、だから最近元気がなかったのか」
「それで、話の続きなんですけど」
「なになに?」
「矢口さんがカズさんの事を好きなっちゃったみたい、って言ったんです」
「そんなこと言ったの矢口さん」
「はい」「じゃあやばいんじゃない、矢口さんは思い立ったらすぐ実行する人だから
もしかしたら、今日とかももう南条さんの家に行っているかも」
「それ本当ですか?」
「うん、矢口さんは行動が早いからね」
吉澤はそう笑いながら、言う。
しかしそれを聞いた愛の顔は、不安でいっぱいになる。
「吉澤さんすいません、私なんか心配なんでカズさんの家に行ってみます」
「ああそう、じゃあ明日どうなったか聞かせてね」
「ほんとにすいません」
「いいって、いいって」
吉澤はそう言いながら席を立つ。
愛もそれに習うように席を立った。
「じゃあおつかれさま」
「おつかれさまです」
愛は吉澤にそう言ってタクシーに乗った。「はぁ、はぁ」
俺と矢口さんは五分ほどキスを続け、俺のほうから唇を離す。
俺はそんなに長くキスをした事はなかったので、終わった後
大きく息を乱していた。
矢口さんはさらに俺に抱きつき、前と同じように首筋にキスマークを付ける。
「何するんですか、矢口さん」
「じゃあ高橋に見られるとまずいから帰るね」
矢口さんはそう言って部屋を出る。
「矢口さん」俺が声を掛けると矢口さんは振り向き
「私、本気だから」と真剣な目で俺を見る。
俺は矢口さんが帰った後、しばらく呆然としていた。
なんで、抵抗しなかったんだろう?
抵抗すれば、出来たはずなのに、でも矢口さんのあの目を見たとき
なんか逆らえなくなって・・・。
それにしても、まずいな。愛ちゃんにこの事を知られたらそれこそ、もう弁解の余地がなくなってしまう。
俺はそう考え立ち上がると、自分の部屋に行きタートルネックのセーターを着た。
そして鏡で首筋を確認すると、キスマークはうまく隠れている。
それを見て俺は安心し、またリビングに戻った。
リビングに戻り、俺は矢口さんのきた形跡がないかどうか確かめる。
矢口さんの香水の匂いが少ししたので、俺は窓を開けた。
しばらくしてから、俺は窓を閉め愛ちゃんにどう話すかを考えていた。
矢口さんが何処まで話したのかがわからない・・・。
さっき聞こうとしたら迫ってくるし。
でも矢口さん本気なのかな?「ピンポーン」
「ドンドン」
リビングで考え事をしていると、玄関からインターフォンの
音と共にドアを叩く音がしたので何事かと思い俺は玄関に行った。
「カズさん、カズさん」
俺がドアの前に行くと愛ちゃんは大きな声で俺の名前を呼んでいる。
声のトーンから察すると愛ちゃんはかなり怒っている。
「どうしたの愛ちゃん?」
俺は平静を装いながらドア越しに愛ちゃんに尋ねる。
「早く開けてください」
「わかった」
「ガチャ」
ドアを開けると愛ちゃんは、俺のことをまじまじと見る。「な、何?」
俺は愛ちゃんの行動の意図がわからず、愛ちゃんに聞く。
「なんでもありませんよ、ただ珍しいなと思いまして」
「何が?」
「カズさんがそういうセーターを着ているのが」
「そ、そう?」
「ええ」
「まあいいじゃないそんなこと、それより玄関で話してても仕方ないし家の中に入ろう」
「そうですね」
俺と愛ちゃんはリビングに入る。
「なんか部屋が寒くないですか?」
「ああ、さっき空気の入れ替えをしたから、それより愛ちゃんの夕食食べたの?」
「いえまだです」
「じゃあ、ちょっと待っててすぐに作っちゃうから」
俺はキッチンに行き手早く夕食を作る。「いただきます」
愛ちゃんはそう言うと夕食を食べ始める。
俺は夕食を食べている愛ちゃんの表情を盗み見ている。
愛ちゃんは普段と変わらない様子で箸を進めている。
「カズさん」
「何?」
「なんで一昨日の夜、矢口さんが来た事言ってくれないんですか?」
愛ちゃんは箸を置き、俺のほうをじっと見ながらそう言う。
「いや、それは・・・」
「本当の事を言ってください」
愛ちゃんはなおも俺のほうを見ながら言う。
何処まで言えばいいんだろう?
今日の事はとてもじゃないけど言えない。
「わかったちゃんと話すよ」
俺は意を決して、一昨日の夜の事を全て愛ちゃんに話した。
「・・・というわけなんだ、愛ちゃん今まで黙っていてごめん」
俺は愛ちゃんに頭を下げて謝る。「本当にそれだけなんですか?」
「ああ」
「ほんとに、ほんとですね」
「本当だってば」
「何もないんですね」
「うん」
「じゃあ信じます」
愛ちゃんはそう言って俺のほうに近寄ってくる。
「キスしてください、カズさん」
愛ちゃんは目を閉じて俺にそう言う。
「わかった」
俺はそう言ってから愛ちゃんにキスをした。
キスをした後、夕食の片付けを済ますとすぐに愛ちゃんは「お風呂に入ります」
と言って、風呂場に行った。俺は一体何をしているんだろう、最低な人間だな。
矢口さんとキスした後にすぐに愛ちゃんとキスをするなんて・・・。
でも矢口さんの事を放っておけない。
俺はソファーに体を沈めながらこの後の事を考えると不安でいっぱいになった。
「カズさん、カズさん」
「うん?」
「どうしたんですか?ずっと下を向いてましたけど」
「いや、別にちょっと考え事をしてただけ」
「そうですか」
愛ちゃんは濡れた髪を少し拭きながらそう言う。
「じゃあ俺も風呂に入って来るよ」
「はい、わかりました」
そう言いながらソファーから立ち上がり、風呂場へ向かった。風呂場で俺は着ていた服を脱ぎ、鏡を見る。
「これはまずいな」
俺は愛ちゃんに聞こえないように小さな声でそう呟く。
首筋にはやっぱり矢口さんの付けた後が色濃く残っていた。
なんとか誤魔化さないと・・・。
さすがに風呂から出たあともタートルネックを着るわけにはいかないし。
とりあえず湯船でいろいろしてみるか。
俺はそう思い体を洗ってから、湯船につかる。
そして、首筋についているキスマークを消そうと思い、引っ張ったり、擦ったりした。
しかしそんな事をしても、全く消えることはなかった。
タオルを首に巻いておこう、そうすれば愛ちゃんにも気付かれないだろう。
俺は湯船から出て、風呂場でキスマークがうまく隠れるように首にタオルを巻く。風呂場から出てリビングに行くと、愛ちゃんは膝を抱えてじっと天井を見ている。
俺はそっと愛ちゃんの後ろに忍び寄り、愛ちゃんの後ろから声を掛ける。
「愛ちゃん」
「あ、カズさん」
俺が後ろに立っているのを愛ちゃんは気付いたようですぐに振り向く。
「天井をじっと見てたけどどうしたの?」
「いえ、別になんでもないですけど、それにしてもどうしたんですか
タオルを首になんか巻いて」
「これ、なんか風呂から上がったら喉が痛くなったから巻いてるんだ」
俺はさっき風呂に入っている時に考えた、言い訳を愛ちゃんに言う。
「そうなんですか」
「うん」
「じゃあ体のために、早く寝ないといけませんね」
「そおうだね」
「今日も一緒に寝てくれますよね?」
「わかった、でもまだ矢口さんの匂いがついてるかも・・。」
俺がそう言いかけたところで愛ちゃんが俺の口を塞ぐ。
「いいんですそんなことは、それにもしついているようだったら
私が消しますから」
愛ちゃんはきっぱりと俺にそう言う。俺は愛ちゃんに引っ張られるように、自分の部屋に行く。
「じゃあおやすみなさい」
「お、おやすみ」
愛ちゃんは俺の腕に抱きつきながらそう言って眼を閉じる。
「あ、そうだ忘れ物」
愛ちゃんはそう言って、俺にキスをする。
「じゃあ本当におやすみなさい」
「おやすみ」
愛ちゃんは再び目を閉じた。
そして、五分くらい経つと愛ちゃんは静かに寝息をたてて眠っていた。
俺はその表情をじっと見ながら、ある決心をした。
それは愛ちゃんとの関係をはっきりさせる事。
それから矢口さんに自分の気持ちを伝える事。
俺はそう心に刻み、ゆっくりと目を閉じた。「ジリリリリリリリリ」
俺は目覚ましの音で目が覚めた。
すると俺の腕にはまだ愛ちゃんが絡み付いていて動きにくかったが
何とか、反対の腕で目覚し時計を止める。
愛ちゃんはとても幸せそうな顔をして寝ている。
俺はそれを見て改めて昨日の決心を確認した。
この幸せそうな寝顔を俺はいつまでも見ていたい。
俺はそう思いしばらくじっと愛ちゃんの寝顔を見ていた。
しばらくすると、愛ちゃんはゆっくりと瞳を開く。
「おはよう、愛ちゃん」
「おはようございます」
愛ちゃんは少しはにかんだような笑顔を見せる。
「やっぱり嬉しいです」
「何が?」
「目を覚ますとカズさんがいるのって」
「俺も愛ちゃんが隣で寝ているのって嬉しいんだ」
俺がそう言うと愛ちゃんは凄く嬉しそうな顔をする。「そろそろ支度しないとおくれちゃうよ」
「そうですね、じゃあ着替えてきます」
愛ちゃんはベッドから立ち上がり自分の部屋に行く。
俺は愛ちゃんがいなくなったのを確認してから、とりあえず
首に巻いていたタオルを取る。
すると、昨日矢口さんに付けられたキスマークは、もうほとんど消えていた。
これなら愛ちゃんも変に思わないだろう。
俺はそう思い、いつもの様に着替えてキッチンに行く。「いただきます」
「いただきます」
愛ちゃんと俺は一緒に朝食を食べ始める。
「愛ちゃん、今日は何の仕事があるの?」
「今日は雑誌の取材が入ってます、その後はまたレコーディングです」
「そうなんだ、頑張ってね」
「はい」
「ごちそうさま、じゃあいってきます」
「いってらっしゃい」
俺は愛ちゃんを玄関まで見送る。
「カズさん首筋どうしたんですか?」
「えっ!!」
「なんか、赤くなってますよ」
「ああ、これ、これは・・・さっき着替えてる時に虫に刺されちゃったんだ」
俺は一瞬でそう考え愛ちゃんに言う。「そうなんですか」
「うんだから後で薬でも塗っとくよ。
ほらそろそろ行かないと、遅刻しちゃうよ」
「あ、そうですね、じゃあ行って来ます」
愛ちゃんはそう言うと、扉を開け出て行った。
ふぅー、危なかった、うまくごまかせた。
でも、愛ちゃん変に思わなかったかな?
俺はソファーに座り、少し考え事をしていた。
多分大丈夫だろう。
俺は楽観的に考えそのままソファーに横になり、少し眠る事にした。「おはよー、高橋」
「おはようございます、吉澤さん」
愛が控え室に行くと、控え室の前で吉澤が立っていた。
「どうだった昨日」
「えっ、どうって?」
「昨日の話よ、あ、ここじゃなんだからあっちで」
吉澤は愛の手を引っ張り、人気のないところへ連れて行く。
「どうしてんですか吉澤さん、その話なら控え室でもいいじゃないですか」「だめよ、もう矢口さん来てるから、矢口さんの前で話すわけにも行かないでしょ」
「そうですね」
「それで、昨日矢口さんと鉢合わせした?」
「そんなわけないですよ」
「ふーん、じゃあ昨日来てないんだ矢口さん」
「はい、でもカズさん、昨日隠さずに話してくれました」
「本当に?」
「ええ」
「そうなんだ、じゃあそろそろ時間だから行こうか?」
「そうですね」
愛と吉澤は連れ立って、控え室へ入って行った。愛が控え室に入ると、矢口は安倍と何か話しをしていたが
愛の姿を認めると、安倍との話を切って愛に近づいてきた。
「おはよう、高橋」
矢口は笑顔を浮かべて愛に話し掛ける。
「おはようございます、矢口さん」
愛は少し不機嫌そうに矢口に挨拶を返す。
「なんでそんな不機嫌なの?」
「別になんでもないです」
「あっ、やっぱり聞いちゃった?」
「何をですか?」
「私と南条さんの事」
「ええ、聞きましたよ」
「へーじゃあ何処まで聞いたの?」「土曜日の夜に、同情で矢口さんを泊めたっていうこととか」
「へぇー、それだけ?」
「はい」
「そうなんだ、じゃあいいや」
矢口は愛に気付かれないように後ろを向いてニヤリと笑った。
(この様子じゃ南条さんきっとまだキスしたこと、高橋に言ってないな)
「はい、じゃあそろそろ行くよ」
「はーい」
飯田が皆に声を掛けて、取材の行われる場所に行った。「ピルルルルルル」
うーん、なんか音がするな。
うるさいな全く。
俺はそう思いながらもソファーから身を起こし、携帯に出る。
「もしもし」
「もしもし南条さん」
「あ、矢口さんですか?」
「そうだけど」
「どうしたんですか?」
「南条さんまだ高橋に昨日のこと話してないでしょ」
「あんな事言えるわけないじゃないですか
矢口さんと無理矢理とはいえキスしたなんて」
「無理矢理とはなによ、南条さんも最後の方は抵抗しなかったじゃない」
「それは・・・その」
「それで、今から高橋に昨日のことを話そうかと思って」
「はい?」
「だから、キスしたことを高橋に話そうと思って」
「何を言ってるんですか?」
「だって恋人同志なのに隠し事はいけないでしょ」
「ちょっと待ってくださいよ、それはやめて下さい」「でも、私口が軽いから言っちゃうかもしれない」
「勘弁してくださいよ」
「言わないで欲しい?」
「当たり前じゃないですか」
「言って欲しくないなら条件があるんだけど」
「なんですか?」
「今日これから出て来れない?」
「今からですか?」
「うん、今日私雑誌の取材だけで、終わりなんだよね、だからまたバイクに
乗せてもらおうかと思って」
「それだけでいいんですか?」
「うん、いいよ」
俺は少し考えて、もう一度だけ矢口さんに会う事にした。
「わかりました、それで何処に行けばいいんですか?」
「そうね、じゃあ今いる場所まで来てくれる?」
「えっ!!でもそこには愛ちゃんもいるんじゃ・・・」
「それは大丈夫、もう高橋は他の場所に移動してるから」
矢口さんは俺に自分のいる場所を言った。
「分かりました、そこにいけばいいんですね」
「うん」
「じゃあまた後で」
俺はそう言って電話を切る。
矢口さんが教えてくれた場所はここから三十分くらいかかりそうだ。
俺は素早く着替えて家を出た。電話を切った矢口は、控え室を出て行こうとする愛に声を掛けた。
「高橋、ちょっといい?」
「なんですか?」
「まだ移動まで時間会ったよね?」
「はい、後一時間くらいですけど」
「じゃあ少し話さない?このままギクシャクしているのもあれだし」
「ええ、いいですけど」
「じゃあこっち来て、ここじゃなんだから」
矢口はそう言いながら、愛を控え室から外へ連れ出す。
「なんで、外なんですか?」
「いや、他の人に聞かれたら困るじゃない」
矢口はそう言いながら少し口を緩ませる。
「それでさ、高橋、南条さんもらっていい?」
「だめです」
「でも、昨日私のシルシ付けちゃったから」
「へっ!!」
「昨日のこと何も聞いてないの?南条さんから」「いや、別に何も」
そう言いながら愛の顔は不安でいっぱいになっていた。
「昨日南条さん変じゃなかった?」
愛はそう言われ昨日の和智の行動を思い返してみる。
(どうだろう?なんか変なところあったかな?)
愛は何にも思い浮かばずに首を傾げる。
「じゃあヒントあげる、首筋になんかなかった?」
「首筋?」
「うん」
愛は矢口にそう言われて、急に思い出した。
(そういえばカズさん昨日首筋を隠してたような気がする
それに、今日赤い跡がついていたような?まさかあれって)
愛ははっとしたように、矢口の顔を見る。
すると矢口は、勝ち誇ったような顔で愛の事を見上げる。
「わかったでしょ、そういうことだから」
そう言うと矢口は呆然としている、愛を置いて控え室に戻った。
愛ものろのろと、控え室の中に入っていった。俺はバイクを走らせ、矢口さんの指定された場所に向かっている。
しかし本当に愛ちゃんいないんだろうな。
俺は胸に一抹の不安を抱きながらも待ち合わせ場所に到着した。
「キイッ」
バイクを止め俺はヘルメットを脱いだ。
きょろきょろと辺りを見回すと、誰もいなかったので俺は安心して、一息つく。
そして、近くの縁石に腰掛け矢口さんが来るのを待った。
「南条さん、おくれてごめんなさい」
しばらくたつと矢口さんが大きな声で俺の名前を呼びながら走ってくる。「そんなことないですよ、今きたばかりですから」
「ごめん、取材の予定が長引いちゃってさ」
「まあ別にいいですよ、ところで本当に愛ちゃんには
何も言ってないでしょうね?」
「当たり前でしょ」
「それでどこか行きたいところとかあるんですか?」
「うーんどうしようかな」
矢口さんは少し考えて「とりあえず、バイクで走って」と言う。
「わかりました、じゃあ後ろに乗ってください」
俺はそう言いながら、矢口さんにヘルメットを渡す。
「しっかり掴まっててくださいよ」
「わかった」
俺は矢口さんがそう言ったのを確認してから、俺はバイクを走らせる。「高橋、どうしたのぼーっとしちゃって、そろそろ
レコーディングに行く時間でしょ」
愛は、飯田にそう言われ、ハッとしたように回りを見る。
するとそこには飯田しかいなかった。
「あれ、他の皆は?」
「もう皆出て行って残ってるのは高橋だけよ」
「そういえば矢口さんはどうしたんですか?」「矢口?矢口は確かこれから人と会うって言って
さっき出ていったわよ、でもついさっきだからまだいるかも」
「何処にいるんですか?」
「そういえば、玄関の前で待ち合わせているって言ってたかな」
それを聞くと愛はすぐさま立ち上がり、玄関の方へ走っていく。
「こら高橋待ちなさい」
するとそこには、矢口を後ろに乗せて走り去る和智の姿があった。
愛は走ってバイクを追いかけようとしたが、後から追ってきた飯田に腕を掴まれた。
「こら、高橋もう行く時間だって言ってるでしょ」
そう言いながら、飯田は愛の事を車まで引っ張る。
愛も最初の方は抵抗していたが、そのうち抵抗するのをやめて
おとなしく、飯田に従った。
(カズさんどうして?)
愛は車に乗っている間中、ずっと下を向いていた。俺はバイクの後ろに矢口さんを乗せ、何の目的もなく走っている。
どこに行こうか。
そういえば、なんだかお腹が空いてきたな。
俺はそう思い、バイクをよく行く定食屋へ向ける。
「矢口さん着きましたよ、とりあえず」
俺は後ろの矢口さんにそう言う。
「何、もう終わりなの?」
「いや、ちょっとお腹が空いたんでご飯でも食べようかと思って
矢口さんは空いてないんですか?」
「そうね、私もちょっと空いてるかも」
「じゃあいきましょう」
俺はそう言って、矢口さんと店に入った。
「じゃあ私はこれね」
矢口さんはそう言いながら、ハンバーグ定食を指差す。
「わかりました」
俺は店員に注文をする。
注文したものを待っている間矢口さんは何も喋らず
ただ黙ったまま俺のことを見ていた。「矢口さんさっきからじっと見てますけどなんかついてます?」
「いや、昨日の跡がまだ残ってるなと思って」
「昨日大変だったんですから、誤魔化すの」
「もしかしたら、高橋気付いてるかもよ」
「えっ!!それ本当ですか?」
「うん」
「でもどうしてだろう、昨日は納得してたはずなのに」
「さあ、女は勘が鋭いから」
「でも・・・」
「お待たせいたしました」
と俺が言いかけたところで店員が料理を運びに来たので
そこで話を一端止める。
「わぁー、おいしそう」
矢口さんはハンバーグ定食を前に喜びの声をあげる。
「いただきます」
矢口さんはそう言うと食べ始める。
「お待たせいたしました」
今度は店員が、俺が頼んだ天ぷら定食を持ってきた。「ふぅー、お腹いっぱい」
「ごちそうさま」
俺と矢口さんは同時に食べ終わった。
「この後、どこか行きたいところあるんですか?」
「うーん、そうね・・・」
矢口さんはすこし考えてから
「そうだ、私見たい映画があったんだ」と言う。
「わかりました、じゃあ行きましょうか」
「うん」
俺と矢口さんは定食屋を出て、映画館へ向かう。
「あっ、これよこれ」
矢口さんはそう言いながら、最近話題の映画を指差した。
俺は別にたいして興味なかったのだが、矢口さんが物凄く
見たそうだったので、おとなしく従う事にした。「ここがいいかな」
「そうね」
俺と矢口さんはそう言うと、スクリーンの椅子に座る。
しかし映画なんて見るの久しぶりだな。
高校の時以来かもしれない。
俺が考え事をしていると、矢口さんが俺の腕を掴んできた。
「何をするんですか、矢口さん」
「まあいいじゃない、キスまでした仲なんだし」
「それとこれとは別じゃないですか?」
「まあ、まあ」
そうこうしているうちに、映画が始まるようで周りが暗くなった。
矢口さんは結局俺の腕を離さずに、映画を見ている。
俺もあきらめ、おとなしく映画に集中した。「高橋、どうしたのよ全然ダメじゃない」
レコーディングスタジオの控え室で、吉澤が愛に尋ねている。
控え室には二人の姿以外はなくひっそりとしている。
「すいません」
愛は落ち込んだ表情で吉澤に頭を下げる。
「私に謝ってもしょうがないよ、それにしてもどうしたの?」
「いや、別に何も」
「ここに来る前に矢口さんと話してたみたいだけど何を話したの?」
「それは・・・」
「何かあったんでしょ、だったら私に話してみない
一人で悩んでいるよりすっきりするかもよ」
愛はそう言った吉澤に飛びつく。
そして大きな声で泣いた。
吉澤はそんな愛の事を泣き止むまで優しく抱き寄せていた。「それで、矢口さんが・・・」
愛は泣き止んだ後、吉澤にさっき矢口聞いた事を全て話した。
「何、そんな事があったの、本当なのそれって」
「はい、矢口さんがそう言ってたんで
それに、今日の朝カズさんの首筋に赤い跡もついていたし」
「南条さんは何も言ってなかったの?」
「はい」
「どういうつもりなんだろう、南条さんまさか・・・」
そう口を開きかけた吉澤だったが愛の前で言うわけにいかないと思い
口をつぐむ。
「もう終わりなのかもしれません」
愛は声のトーンを下げながらそう話す。「そんな事ないって、まだ矢口さんからしか聞いてないんでしょその話、だったら」
「けど、今日も二人で会っているんですよ」
「えっ!!」
「さっきのスタジオでカズさんがバイクの後ろに矢口さんを乗せて
走っていくのを見たんです」
「・・・・・・・」
吉澤は何も言わず、ただ腕を組んで何かを考えていた。
「高橋はまだ南条さんの事好きなの?」
「当たり前です」「じゃあどうするの、こんまま黙っているつもりなの
そんなことしたら本当に南条さんとられちゃうよ」
「そんなの絶対嫌です」
「だったら・・・」
「けど私もう一個分からない事があるんです」
「何?それは」
「カズさんが私の事を本当に好きかどうかです」
「でも南条さんだって高橋の事好きだってはっきり言ったんでしょ」
「そうなんですけど、それでも不安なんです」
愛はそう言うとがっくりと肩を落とす。(これは重症だね)
吉澤はそう思いなにかいい方法がないか考える。
「あっ!!そうだ」
「どうしたんですか、急に?」
「いやいい事思いついたんだけど」
「何ですか?」
「確かめてみたいんでしょ?南条さんの気持ち」
「それはそうですけど、どうやって?」
「じゃあメールを送ってみたら?」
「どんな風に?」
「それは自分で考えなさい、本当に南条さんの事好きなんでしょ
矢口さんに負けないくらいに、だったらその気持ちをメールに託せばいいのよ」
「わかりました」
「そろそろ行こうか?休憩も終わりだし」
吉澤はそう言うと椅子から立つ。「先に行っててください、メールを送ったらすぐに行きます」
「じゃあ先行ってるね、早く来なよ」
「わかりました」
愛がそういうのを確認してから吉澤は部屋を出た。
「はぁ、なんて送ろう」
愛は一人になった控え室で液晶を見つめながら一つため息をつく。
(このメールでこれからの事全部決まっちゃうのかもしれないんだよね)
そう考えるとメールの内容が上手く思いつかないのだ。
しかし時間もなかったので、愛は五分ほどで送信ボタンを押す。
「さてと、もう行かないと」
愛は一人呟き部屋を後にした。「乾杯」
矢口さんは高らかにそう言うと、ビールを一気に飲む。
「ちょっと未成年なのに飲んじゃいけませんよ」
「いいの、いいの堅いこと言わないの」
俺が止めるのも聞かずに、矢口さんは再びビールを飲む。
ここは地下一階にある、ちょっと大きめの居酒屋。
映画を見終わった後、俺は半ば強引に矢口さんに連れてこられたのだ。
「南条さんも飲んでよ」
矢口さんはそう言いながら俺にジョッキを勧める。
「いいですよ、俺はバイクだし」
「私だけで飲んでもつまんないでしょ」
「いや、本当にいいですよ」
俺はそう言いながら矢口さんにジョッキを返す。「じゃあしょうがないね、これは私がもらっちゃおう」
矢口さんは再びビールを飲む。
するとあっという間にまたジョッキは空になっていた。
「矢口さんペース早すぎませんか?」
「そんなことないわよ、裕ちゃんなんてもっと早いし」
「でもこんなところで飲んでて大丈夫なんですか?」
「何が?」
「だって結構人目につきそうじゃないですか」
「大丈夫、ここ結構薄暗いしそれにまさかアイドルが
こんなところで飲んでるなんて思わないだろうから」
そう言うと矢口さんは今日三杯目のビールを飲み始める。「お待たせいたしました」
矢口さんが飲んでいる間に店員がつまみを運んできた。
「さあじゃんじゃん食べちゃって、ここはわたしのおごりだから」
「わかりました」
俺はそう言ってほっけの塩焼きに手を伸ばす。
「おいしですね、これ」
「そうでしょ、前裕ちゃんと来た時食べて凄く美味しかったから
南条さんも気にいるんじゃないかなって思って」
「ええ凄く気に入りました、今度愛ちゃんと来ようかな」
俺がそう言うと矢口さんが物凄く不機嫌そうな顔で俺を見る。
「高橋の話はしないで」といった後も、矢口さんはペースを
落とさずにドンドン酒を飲んでいる。「はぁー、なんか酔っ払っちゃった」
「だから飲みすぎなんですよ、あ、危ない」
俺はふらふらになって車道に出ようとする矢口さんの腕をもって支える。
「矢口さん大丈夫ですか?」
「うん・・・大丈夫」
矢口さんはそう言いながら俺にもたれかかってきた。
「矢口さん本当に大丈夫なんですか?」
俺は矢口さんの顔を窺がいながらもう一度尋ねる。
「やっぱちょっとダメかも」
矢口さんは青い顔をしてそう言う。「ちょっとどこかで休憩したほうがいいですか?」
「そうしてもらえると嬉しいな」
「でもこの辺休憩できるところありましたっけ?」
「何言ってるの?目の前にあるじゃない」
「目の前って?」
俺は矢口さんに問いかけながら、前を向く。
するとそこにはラブホテルがある。
「ってここのことですか?」
「うん」
「だってこの辺こんなところぐらいしかないよ、休憩できるところ
それにこう言う場所ならフロントで顔が見られないから」「わかりました、じゃあここに乗ってください」
「いいよ、自分で歩けるから」
「無理しなくていいですから」
「わかった」
俺はその場にしゃがみ矢口さんを背中に乗せる。
「私、重くない?」
「全然そんなことありませんよ」
俺はそう言いながら矢口さんを背中に乗せて、ラブホテルに入る。
「ここのボタンを押すの」
「ここですね」
俺は矢口さんの言われたとおりにボタンを押し、鍵を受け取る。
「じゃあいきますよ」
「うん」俺は鍵を開けて、部屋の中に入る。
そして、とりあえずベッドの上に矢口さんを下ろし
「矢口さん水飲みます?」と聞く。
「お願い」
俺は冷蔵庫から水を出してそれを矢口さんに飲ませる。
「ふぅーーー」
矢口さんは水を飲んだ後、一つ大きく息を吐く。
「少しは楽になったよ」
矢口さんは身を起こし俺にそう言いまたすぐに横になった。
俺はベッドに腰掛け、周りを見回す。それにしても凄いところだな。
なんか目がチカチカしてくるし、どこかに明かりを調節する場所ないのかな。
俺はそう思いベッドから立ち上がろうとすると
いきなり矢口さんに腕を掴まれ、そのままベッドに押し倒された。
矢口さんは俺をまたぐように、乗っかってくる。
「矢口さん・・・(何するんですか)」
と言おうとしたがそれは矢口さんの唇で塞がれる。
「南条さんの事誰にも渡したくないの」
矢口さんはそう言うと自分で、コートを脱ぎそしてシャツの前を開く。すると矢口さんの水色のブラジャーが一瞬見えた。
俺はそれを見ないように目を瞑る。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ」
「ダメよ」
矢口さんはそう言いながら、また動いているようだった。
俺は目を瞑ったまま、矢口さんから逃れようともがいていたが
上手く力がこもらないのでばたばたしているだけだった。
「うわっ!!」
俺は頬に感じた事のない感触を感じ大きな声を上げる。矢口さんが何をしているのか気になりおそるおそる目を開けると
目の前に矢口さんの胸が迫っていた。
「矢口さん、どういうつもりですか?」
俺は再び目を瞑り矢口さんに問い掛ける。
「どういうつもりって、私は昨日言ったとおり
あなたが好きなの、だから誰にも渡さない」
矢口さんはそう言うと俺の唇を強引に奪う。矢口さんはそう言うと俺の唇を強引に奪う。
何とかしないと、本当にまずいぞ。
俺はなんとかしなければと思いながら矢口さんから逃れようとしている。
しかしキスをされている間に俺は抵抗する力が徐々になくなってきてきた。
「一緒に楽しもう」
俺は耳元でそう囁かれ理性が完璧に吹っ飛んでしまい矢口さんの唇に
貪るように吸いつく。
「はぁ、もっと」
矢口さんは悩ましい声を上げながら、さらに深いキスをしようと俺の口の中に舌を入れてくる。
「ぴちゃ、ぴちゃ」
俺も矢口さんもお互いを味わうかのように口の中に舌を這わせる。
しばらくその行為を続けた後、俺は唇を離す。
そして体勢をいれかえ今度は矢口さんの胸を触ろうとした。
「ブーーン」
その時、ズボンのポケットに入れていた俺の携帯がメールの受信を告げる。
俺は無視しようかとも思ったがなぜかそのときメールが気になり携帯を見た。
そのメールは愛ちゃんからのものだった。【カズさんへ
カズさんと出会ってからまだ一ヶ月経ってないんですよね。
でも私はこの短い間でカズさんからいろいろなものをもらったような気がします。
それにカズさんは私にとってはなくてはならないものになってます。
けど・・・わからないんです。
カズさんにとって私って一体どういう存在なんですか?
カズさんの心には私はいるんですか?
私にはわからないんです。
だから私はカズさんの本当の気持ちが知りたい。
今日は寝ないででも、カズさんの帰りを待っています。 愛】俺はそのメールを見たときに自分自身がとてつもなく情けなく感じた。
こんなにも愛ちゃんは想ってくれているのに、俺は何をしているんだろう?
「ねぇ、何してるの?」
目を瞑って次の動きを待っていた矢口さんは俺が何もしてこないので
変に思ったのか目を開け、俺に尋ねる。
「いや、ちょっとメールを見てたんです」
「なんで、メールを?」
「ごめんなさいもう帰ります、家で愛ちゃんが待ってるんで」
「はぁ?」
矢口さんはポカンと口を開けて呆然としている。
「このままの状況で帰る事が出来るの?」
「ええ、もうこれ以上愛ちゃんの想いを裏切りたくありませんから」
「南条さんはもう裏切っているんじゃないの?私とした事まだ何も話してないんでしょ」
「だから今から帰って矢口さんのと何があったのか全部話します」
「もし、高橋が怒ったらどうするの?」「それはしょうがありません、許してくれるまで謝りますよ」
「許してくれなかったら?」
「そんな事は考えないで、自分の気持ちをはっきりと伝えます」
俺はそう言うとベッドから降り、矢口さんの方を見ないように部屋を出ようとすると
「ちょっと待って」と言いながら矢口さんが
上半身裸のまま俺の背中に抱きついてくる。
「行かないで・・・」
そう言う矢口さんの表情は見えなかったが多分泣いているんだろう。
俺はその顔を見てしまうとまた決心した事が揺らぎそうだったので
「ごめんなさい、矢口さん」
と言い腰に回っている腕を強引に振り解き、振り向かずにそのままラブホテルを出た。(南条さん遅いな、もしかして矢口さんと・・・ああもう考えたくない)
愛は頭を大きく振って、悪い考えを振り払おうとする。
(でも・・・やっぱり、今日帰ってこなかったらもう諦めないといけないよね
カズさん、早く帰ってきて)
愛は和智の部屋に戻ってからずっと和智の事を待ち続けている。
(変だな、メールはとっくに届いているはずなのに、なんで帰ってこないんだろう?)
一人でいると悪い考えばかりが頭に浮かんでは消えて
その度に愛はどんどん気分が暗くなっていった。「ああ、もう少しだったのに」
矢口は一人、取り残されたラブホテルで呟いていた。
(でも、あそこまでいってやめれるなんて、今まで初めてだなあんな人
やっぱり私の魅力が足りなかったのかな?
まあでも南条さんは本当に高橋の事が好きみたいだし
私は諦めて、新しい恋でもまた探そう)
矢口はそんな事を考えながらベッドの上に寝そべっている。
「ピルルルル」
しばらく考えていると、バックの中から携帯のなる音が聞こえた。
矢口はベッドから降りて、携帯を取り出し誰からの着信かを見る。
それはアドレスに入っていない番号だったが矢口には見覚えのある番号だった。
矢口は出ようかどうか迷っていたが、決心してその着信に出た。
「真里か?」
「もしもし、龍一・・・」
矢口はその後しばらく龍一と話をしていた。「はぁ、はぁ」
俺はさっきいたところから大急ぎで自分の家に戻ってきた。
そして俺は急いで鍵を開けてリビングに駆け込んだ。
「愛ちゃん」
前と同じように電気も付けずにリビングで
膝を抱えて座っている愛ちゃんに声を掛ける。
「あ、カズさん」
愛ちゃんは俺の存在に気付くとすぐに振りむく。「ごめん、愛ちゃんメールが届いたのが遅くて・・・」
「いいんです、帰ってきてくれましたから」
「愛ちゃんにちゃんとメールの答え話すよ」
俺はそういうと愛ちゃんの向かいに座り、矢口さんとしたことを全て話した。
「そう・・・だったんですか、でも昨日の話は知ってました」
愛ちゃんは下を向くとそう漏らす。
「えっ!!」
俺は驚いて大きな声を出してしまった。「雑誌の取材の後に聞いて、それに矢口さんと一緒にどこかに行くのを見てたんです」
「そうだったんだ」
「でもそんな事はもうどうでもいいんです、私が知りたいのはカズさんの気持ちです」
「ああ、そうだったね」
「カズさんにとって私ってどういう存在なんですか?」
愛ちゃんはすごく思い詰めた顔で俺に詰め寄る。
「俺は愛ちゃんの事なくてはならない人だよ
だって愛ちゃんは俺にいろいろな物を思いださせてくれたんだから
絵を書く楽しみも、人を好きになるということも」
俺はそう言うと愛ちゃんの事を優しく抱きしめる。「もっと前にちゃんと言わなきゃいけなかったんだよね不安にさせてごめん」
「嬉しいです、カズさん」
愛ちゃんはそう言うと涙を流しながら俺の首に腕を巻きつけキスをしてくる。
長い長いキスが終わった後、愛ちゃんは俺に
「これでカズさんと本当に恋人同士になった様な気がします」
と言ってにっこりと微笑む。
「愛ちゃんの事もう絶対に不安になんかさせないから」
「だったら毎日『好き』って言ってください」
「へ?」
「嫌なんですか?」
愛ちゃんはそう言いながらすねたような顔をする。「嫌じゃないけど、なんか恥ずかしくて」
「私の事を不安にさせたくないなら言ってくれますよね」
どうしよう、めちゃくちゃ恥ずかしいというか照れくさい。
でも、やっぱり言うとおりにしよう。
だって俺も愛ちゃんの事が大好きなんだから。
「うんわかった、俺も愛ちゃんの事が好きだって証明をしたいから」
「本当ですか」
「愛ちゃん好きだよ」
俺は抱きしめている愛ちゃんの耳元で囁く。すると愛ちゃんは顔を真っ赤にして
「やっぱりなんか照れます、けど凄く嬉しいです」と言う。
「これからは毎日言うよ、愛ちゃんの為に」
俺はそう言うと再び愛ちゃんにキスをする。
愛ちゃんのそれに応えるように、また腕を首に巻きつけてきた。「ねえ、カズさんお願いがあるんですけどいいですか?」
「何?急に改まって」
俺と愛ちゃんはベッドの上で手を繋いで一緒に寝ている。「私のお母さんに会って欲しいんですけど?」
「それって・・・」
「いや、深い意味じゃなくて、紹介したいんですお母さんに私の好きな人を」
愛ちゃんはそう言って真っ直ぐな瞳で俺のことを見る。
俺はしばらく考えてから
「わかったけど何処で会うの?もうお母さん帰ったんでしょ」と言う。
「それで相談なんですけど二月二十八日って予定開いてますか?」
「開いてるけど」
「私もその日オフなんです、だからこの家にお母さんを呼んで
料理を作ってあげたいんです」「料理を?」
「はい、この一ヶ月にどれだけ私が成長したのかをお母さんに見せたいですし」
「そういうことならOKだよ、でも一つだけ条件があるけどいいかな」
「なんですか?」
「その時の料理は自分ひとりで作る事」
「えーー、カズさんにも手伝ってもらおうと思ってたのに」
「それじゃ意味ないから、俺は何にも口出さないよ、でも」
「でも?」
「まだ時間はたっぷりあるからちゃんと教えれば愛ちゃん一人で出来ると思うんだ」
「わかりましたじゃあ頑張ってみます」
「じゃあ明日も早いから寝ようか?」
「はい、でもその前に・・・」
愛ちゃんはそう言うと目を閉じる。俺は何も言わずに愛ちゃんの柔らかな唇にキスをした。
「おやすみ、愛ちゃん」
唇を離し俺はそのまま目を閉じる。
「おやすみなさい、カズさん」
愛ちゃんもそう言って眠りについたようだ。
横にいる愛ちゃんの事を起きないように抱きしめて
俺も眠りについた。「ジリリリリリ」
俺は目覚まし時計の音で目を覚まし、起き上がる。
隣にいる愛ちゃんは全然気付いていないようで
まだ普通に寝ている。
俺は愛ちゃんにキスをして起こしてみようと思い愛ちゃんの唇に軽くキスをした。
しかし、愛ちゃんは全く起きる気配がなかったので今度は唇に吸い付くように
もう一度キスをした。
そのまましばらくキスをし続けていると、愛ちゃんは急に目を開ける。俺は唇を離し「おはよう、愛ちゃん」と言う。
「あ、おはようございます」
愛ちゃんはいまいち状況が掴めていないのかそう答える。
「カズさん、さっきまで私にキスしてました?」
「うん、だって愛ちゃんが起きてくれないから
お目覚めのキスをと思って」
「なんか恥ずかしいです」
俺がそう言うと愛ちゃんは照れくさそうに微笑む。「そろそろ起きて支度しないと」
俺と愛ちゃんはベッドの上でしばらくゆっくりしていたが
時間が迫ってきたので、愛ちゃんにそう促す。
「はい」
そう言って愛ちゃんは俺の部屋から出て、自分の部屋に行った。
俺もすぐに着替えて、朝食の用意をするため、部屋から出てキッチンに行く。
「じゃあ今日から特訓だね」
「はい」
「これからは俺は何もしない事にするから、愛ちゃんが全部やるようにしようね」
「わかりました」
「じゃあまず・・・」
愛ちゃんは俺の言う通りに朝食を作り始めた。「いただきます」
俺はそう言うと初めて愛ちゃんが作った味噌汁を飲んだ。
「どうですか?」
その様子を愛ちゃんは不安そうな様子で眺めている。
「うん、ばっちりだよ」
「良かった、もしかしたら失敗したんじゃないかなって思ってて」
「そんな事ないよ、今度はこれを覚えて自分ひとりで作れるようにしようね」
「はい」
愛ちゃんはそう言うと笑顔で微笑む。
「じゃあいってきます」
愛ちゃんは朝食を食べ終わると、そう言ってすぐに玄関に行く。
「カズさん、何か忘れていませんか?」
「ああ、そうだったね」俺は愛ちゃんの耳元で「好きだよ」
と短く言いその後愛ちゃんの唇に軽くキスをする。
「じゃあ仕事頑張って」
「はい・・・いってきます」
愛ちゃんは昨日と同じように照れたような表情でそう言うと家を出る。
俺は愛ちゃんが家から出たあと、朝食の後片付けをしてリビングに行く。
そして、リビングのソファーでこれからの事を考えていた。
愛ちゃんのお母さんと会うのか・・・。
大丈夫かな。
俺はまだ一週間以上あることなのに今から緊張している。
俺は緊張をほぐそうと思い、大きく息を吐く。
「ふぅー」
まあ今から考えてもしょうがないか。
俺はそう考えてソファーに横になると段々眠くなってきたので
それに逆らわずに目を閉じた。「ねぇ、ちょっと高橋いい?」
「なんですか?」
収録の休憩中、矢口は愛の事を呼び出し人気のない場所に連れて行く。
「ごめん、高橋」
矢口はいきなり頭を下げ、愛に謝る。
「ちょっとどうしたんですか?」
愛は矢口の行動がわからずに尋ねた。
「昨日のこと謝っておこうと思って」
「昨日のこと?」
「うん、私酔ったふりをして南条さんの事ラブホテルに連れてったから」「ああ、その話は聞きました、でももういいんです
カズさんの本当の気持ちが聞けましたから」
「そっか、後もう一個言っておきたい事あるんだ」
「それはなんですか?」
「実は前の彼氏ともう一回付き合うことになったんだ」
「本当ですか?」
「うん、昨日彼から電話がかかってきてその時気付いたんだ
やっぱり私彼が好きなんだって、だからもう一回付き合うことにしたの」
「じゃあもうカズさんには」
「大丈夫安心して、もう会わないから」
愛は矢口の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべる。
「話はそれだけ、ごめんね高橋にはいろいろ迷惑掛けちゃったから」
「矢口、高橋、こんなところで何してるの、そろそろ収録始まるよ」
「あ、はい」
愛と矢口は探しに来た飯田に向かって返事をし、その後を着いていった。「ふぁー」
俺は欠伸をしながら、ソファーから身を起こす。
そして時計を見ると午後一時、結構長い間寝ていたようだ。
俺は洗面所で顔を洗い、昼食を食べて自分の部屋に行く。
「さてと絵の仕上げでもするか」
俺はイーゼルの前に座ってこの前の絵の続きを描く。
絵を描きながら俺はいろいろなことを考えていた。愛ちゃんとのこと、自分自身の将来のこと。
愛ちゃんとのことは答えが出ている。
でももう一つのほうはどれほど考えても答えが出てきそうにはなかった。
余計な事を考えながらだと、やはり筆の進みが遅い。
俺は途中から何も考えずに絵を書くことに集中する事にした。よし、出来た。
俺は日も傾いてすっかり暗くなった自分の部屋で完成した絵を見ている。
最近の精神状態で描いたにしてはいい出来だな。
俺は筆を置きベッドの上に横になる。
そして腕時計を見るともう午後六時を回っていた。
確か今日は愛ちゃん帰ってくるの早かったはずだよな。
俺はそう思い、ベッドから起き上がりリビングに行く。俺がリビングに行くと愛ちゃんがリビングのソファーに座っている。
「あれ?愛ちゃんもう帰ってたの」
「はい、ついさっき」
「だったら声を掛けてくれればよかったのに」
「でも凄く集中してたみたいだから、声を掛けずらくて」
「そんなに」「はい、だって私カズさんのドア何回かノックしたのに全然反応なかったし」
「そうなんだ、気がつかなかったよ、ごめんね愛ちゃん」
「気にしないでください」
「でもなんか悪い事をした気がする、なんかお詫びしたいな」
「じゃあさっき書いてた絵くださいよ」
「ああ、別にいいけどでも愛ちゃんが気に入るかどうか分からないよ
今取ってくるから待ってて」
俺はそう言うと自分の部屋に行き、さっき完成したばかりの絵を持って
再びリビングにもどる。「これなんだけど」
俺は愛ちゃんに絵を渡す。
愛ちゃんは何も言わずにじっと絵を見ている。
「この絵自分の家に飾ります、そうすればカズさんと
いつも一緒にいるように思えるから」
愛ちゃんはそう言うとその絵を大事そうに抱える。「気に入ってくれたんだ」
「はい、すごく」
「それは良かった、それじゃあそろそろ夕食でも作ろうか」
「今日も教えてくださいね」
「もちろん」
俺と愛ちゃんはキッチンに行き夕食の準備を始める。「愛ちゃんのお母さんってどういう人?」
夕食も食べ終わり、俺と愛ちゃんはリビングのソファーでくつろいでいた。
もちろん愛ちゃんは俺の隣にぴったりくっついている。
「え、どうしたんですか、急に?」
「会うことになると分かったら、やっぱり少しでも知っておきたくて」
俺がそう言うと愛ちゃんはしばらく考えてから
「別に普通だと思いますよ」と言う。「そうなんだ」
「ええ、だからそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
愛ちゃんはさらに俺の胸に顔を埋めながら
「私がついてますから安心してください」と言う。
「わかった」
俺は愛ちゃんのことを抱きしめながらそう言う。
そしてその後愛ちゃんの唇にキスをする。
「じゃあそろそろ寝ようか?」
「はい」
愛ちゃんは俺の手を握り、そう答える。それからは特になにもなく一日一日が過ぎていった。
そして、いよいよ愛ちゃんのお母さんと会う二月二十八日がやってきた。
「さあ、愛ちゃん今日はがんばろうね」
「はい」
愛ちゃんは腕まくりをして気合を入れている。
「じゃあ俺はここで見てるから」
俺はテーブルの椅子に座りキッチンの方を向いている。
「本当に何もしてくれないんですか?」
「うん、今日は口も手もださないから、でも昨日までに教えた事をちゃんと
出来れば大丈夫だよ」「わかりました、頑張ります」
愛ちゃんはそう言うと包丁を持ち料理を始める。
俺はその姿をじっと見ている。
愛ちゃんの包丁捌きはなかなかのもので一月前とは考えられないものだった。
後は味付けだな。
愛ちゃんは肉じゃがを作るための材料を全て切り終わり鍋に火をかけた。
教えたとおりに出来るか、俺はじっと愛ちゃんの手つきを見ていた。
おお、その調子。
愛ちゃんは俺が教えたとおりに順調に味付けをしている。
この調子なら大丈夫だろう。
俺は安心して愛ちゃんのことを眺めていた。そう言いながら愛ちゃんは俺の方に駆け寄ってきた。
「味見してください」
愛ちゃんは出来上がったばかりの肉じゃがを俺に差し出す。
「わかった、じゃあいただきます」
俺はそう言って箸でジャガイモをつまむ。
「うん、おいしい」
「本当ですか?」
愛ちゃんは嬉しそうな顔で俺を見る。
「本当だよ、ちゃんと俺が教えた通りに出来てるよこの調子で頑張ってね」
「はいわかりました」
そう言うと愛ちゃんはまたキッチンに戻る。「よし、完成」
俺はその声を聞いて、椅子から立ち上がりキッチンの愛ちゃんの横に近寄る。
「全部出来たんだ」
「はい、なんとか一人で出来ました」
愛ちゃんは凄く満足しているようだ。
「後はお母さんが来るのを待つばかりですね」
「あ、ああそうだね」
俺はもうすぐ愛ちゃんのお母さんが来るというのでどんどん緊張してきた。
「ちょっと、外の空気を吸ってくる」
緊張を抑えるために俺はベランダに出て大きく深呼吸をする。そして、空を見上げると、ちらほらと星が瞬いている。
俺は時間が気になったので、時計を見ると午後六時二十分。
確か愛ちゃんのお母さんが来るのが六時半。
「カズさん大丈夫ですか?」
心配した愛ちゃんがベランダの窓を開けて外に出てきた。
「うん、まだちょっと緊張しているけど」
「そろそろお母さん、来る時間ですよね」「ああ、そうだね」
「そろそろ中に入りましょう、やっぱり寒いし」
「うん」
俺と愛ちゃんはベランダから部屋に戻ってお母さんが来るのを待つ。
「ピンポーン」
その後五分くらい経ってからインターフォンのなる音が聞こえた。
「あっ、きっとお母さんですよ」
愛ちゃんはそう言って玄関に行く。
俺もその後を追いかけて、玄関に行った。
「あ、お母さん」
俺が行くと愛ちゃんはすでにドアを開けてお母さんを迎えている。「どうもこんばんは、南条和智です」
「こんばんは、愛の母です」
「まあ、とりあえずどうぞ」
「お邪魔します」
俺とお母さんは簡単に挨拶をして、その後部屋に招きいれた。
「ねえ、お母さん聞いて聞いて、今日の料理全部私が作ったんだよ」
「えっ、愛が?」
「うんそうだよ、カズさんに教えてもらって、今日は全部一人で作ったの」
お母さんは少し驚きの表情を浮かべ、愛ちゃんの方を見ている。「とりあえず、食べましょうか、冷めてしまわないうちに」
「そうですね」
そう言いながら、三人ともキッチンのテーブルに座った。
「いただきます」
三人とも声を合わせて愛ちゃんの作った料理を食べ始める。
「おいしい」
お母さんは愛ちゃんの作った肉じゃがを食べてそう言う。
すると愛ちゃんは「そうでしょ」と言って満足そうな笑顔を浮かべる。
「愛がこんなに料理がうまくなっているなんてお母さんちょっとびっくりしたよ」
料理も大体食べ終わったあと、お母さんは愛ちゃんに向かってそう言う。「カズさんの教え方が凄く上手だったから」
「いや、そんな事ないよ愛ちゃんの飲み込みが早かったからだよ」
「でもカズさん優しく教えてくれて、凄く分かりやすかったですよ」
愛ちゃんは微笑みながら俺のほうを見る。
俺はその表情を見て自分の顔が少し緩んでいるのがわかった。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま、愛おいしかったよ」
お母さんの言葉を表すように、愛ちゃんの作った料理は全てなくなっていた。「じゃあ後片付けしちゃいますね」
「あ、俺がやるよ」
「いいですよ、カズさんはリビングでお母さんと話をしてください」
「あ、ああ、うん、こちらです」
俺はそう答えて緊張しながら、愛ちゃんのお母さんをリビングに案内する。
「ここに掛けてください」
「あ、どうもういません」
お母さんを座らせ、俺はお母さんと向き合うように座る。
「・・・・・・」
俺は何を話していいかわからず黙ってしまう。「南条さんは愛のどんなところが好きになったんですか?」
俺が黙っていると、お母さんの方から口を開いた。
「そうですね・・・、やっぱりいつも一生懸命なところですね
一緒に暮らし始めてから、いつも一生懸命な愛ちゃんに触発されて
自分でも驚くくらい、いろいろな事にやる気が出た気がするんです」
俺は素直に愛ちゃんに対して思っている事を口にする。
「そうなの、愛の事大事にしてくださいね」
「それはもちろんです、これからも愛ちゃんの事大切にしていきます」
俺はお母さんに向かってそう宣言する。「・・・嬉しいです、カズさんが私の事そんな風に言ってくれるなんて」
いつのまにか後ろに立っていた愛ちゃんが俺の首に抱きついてくる。
「愛ちゃん、お母さんの前だよ」
俺はそう言って振り払おうとしたが、愛ちゃんは気にせずにそのまま
俺の隣に座りぴったりとくっついている。
その後俺たち三人は、いろいろな話をしていた。
と言っても俺は返事をするだけだったが・・・。「じゃあ、そろそろ帰ります」
「お母さん泊まっていかないの?」
「そうですよ、部屋も空いてますから別に構いませんよ」
「いいですよ今日は、もう帰ります」
お母さんはそう言ってソファーから立ち上がり、玄関へ向かう。
俺と愛ちゃんもそれに続いて、玄関に行く。
「愛、ちょっと忘れ物しちゃったから取ってきて」
「うん、わかった」
愛ちゃんはそう言うと一端リビングに戻る。「南条さん愛のことお願いします」
「それはもちろん」
「でも、まだエッチはしちゃだめですよ、せめて愛が
16になってからにしてください」
お母さんはそう言うと俺ににっこり微笑む。
俺は何故だか急に恥ずかしくなり赤面してしまう。
「お母さんこれでしょ」
「あ、そうそうありがとう、じゃあ愛明日には帰ってくるのよ」
「分かってますよ」
「じゃあ南条さん、またの機会にでも今日はお邪魔しました」
お母さんはそう言うと家から出て行く。「カズさんさっきお母さんと何を話していたんですか?」
俺と愛ちゃんはその後リビングに戻り話をしている。
「いや、別にたいした事じゃないよ」
「でも、カズさん顔が赤かったし」
愛ちゃんは俺の表情を窺がうように覗きこむ。
「ほんとになんでもないって、ただ、愛ちゃんことよろしくって
言われただけだよ」
俺はさすがにさっきの事を愛ちゃんに言うわけにもいかずに誤魔化した。
「じゃあ、そろそろ寝ようか?もうこんな時間だし」
俺はそう言いながら時計を見る。
時間は十一時三十分をすでに回っていた。「そうですね、そろそろ寝ましょうか」
俺と愛ちゃんは同時に立ち上がり、俺の部屋に入る。
そして、一緒にベッドに入った。
「カズさん、私と暮らした一ヶ月間どうでした?」
「うん、凄く楽しくてあっという間に過ぎていった気がするよ」
「私もそうです、毎日が早くて今日が最後なんて考えたくないです
ずっとカズさんと一緒にいたい」
愛ちゃんは凄く寂しそうな顔をしている。「大丈夫だよ、これからだって愛ちゃんの事いつでも待ってるよ
俺だって会えないのは寂しいから」
俺がそう言うと愛ちゃんは俺に抱きついてくる、そして
「カズさん、大好きです」と言う。
「俺もだよ愛ちゃん」
俺は愛ちゃんの柔らかな唇にキスをする。
「カズさんこれからもずっと一緒ですよね」
長いキスが終わり、愛ちゃんは俺にそう言う。「ああ、ずっと一緒だよ」
「それを聞いて安心しました、じゃあお休みなさいカズさん」
「おやすみ」
俺が愛ちゃんの頬にそっとキスをすると愛ちゃんは嬉しそうな顔で目を閉じる。
そして、その後すぐに愛ちゃんの口から寝息がこぼれてくる。
俺は愛ちゃんの寝顔を見ながらいろいろな事を思っていた。
これまでの事、これからの事、まだ何も分からないけれど
愛ちゃんの事を幸せに出来たら、俺も幸せになれるような気がする。
だから愛ちゃんの事を絶対に幸せにする。
俺は心の中で宣言して眠りにつく。