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関西人Z 投稿日:2002/07/02(火) 00:39
短編第13弾 「もう一つの姿」
今日はバイトの仲間で遊園地に来ている。
色々な乗り物で遊び、みんなのテンションは最高潮に達していた。
そして、仲間の一人が言った。「ようし、次はお化け屋敷だ」
その瞬間、
「えー!!?」
一人、大きい声で驚いた人がいた。
みんなそちらの方へ向くと、「あ…」
その人はバイトの中でも恐れられている人物、石黒先輩だった。
先輩は驚いていた顔から一変、何事もなかったかのような表情に戻り、
「いいわ、行きましょう」
と冷静に言った。
お化け屋敷の前に到着し、先ほどここへ来ることを提案した奴が、
「男女ペアになって2人ずつ入ろうぜ」
「どうやって決めんの?」僕が聞くと、そいつはポケットから長方形の細い紙、それも2つの束を取り出した。
「これで決める。こっちが男子用、こっちが女子用になってるから」
(こいつ、最初から用意してやがったな)
僕たちは順番に引いていった。
「下の方に色が付いてるから。で、同じ色の人がペア。さあ、ペアはだーれだ?」
みんな一斉に紙の色を見始めた。
僕の紙はオレンジだ。
同じオレンジの人を捜すと、「あら、君とペアみたいね」
声の方を振り向くと、オレンジの色の付いた紙を持った石黒先輩の姿がそこにあった。
お化け屋敷に入るために順番を待ちながら、僕はあまり気分が乗れなかった。
なぜなら、お化け屋敷のお化けより、石黒先輩の方が怖いからだ。
バイトの時はいつも厳しく、誰にでも怒る。(なんか、お化けが出てきた瞬間殴りかかりそうだよ)
などと思っていると、僕たちの番が回ってきた。
「入るわよ」
「は、はい」気の進まないまま、僕たちは中に入った。
中は暗く、床の所々にある弱々しい光しか見えない状態だ。
(先輩のことだから先に行ったのかな)
と思っていると、
「ちょっと、どこにいるの?」
後ろから石黒先輩の声がした。
「こ、ここにいますけど」
「もっと近くにいなさいよ、はぐれたらどうするの!?」
「は、はぁ」何故か怒られてしまった。
とりあえず、言われたとおりお互いの気配がわかるまで近づいた。
すると、「きゃー!!」
前から女性の叫び声が。
と同時に、先輩が一瞬震えた気がした。「ど、どうかしましたか?」
訊いてみると、
「な、何でもないわよ!早く行くよ」
と、僕の手を握りさっさと歩いていく。
(ってなんで手を握られるんだ?)
疑問に思っても聞ける訳じゃなく、そのまま歩いていた。
その時、
ガタン!!
「グアー!!!」目の前にお化けが!
いきなりのことで僕は驚いた。
しかしそれ以上に驚いたもの、それは、「きゃーー!!!!!!」
僕の身体をギュッと抱きしめ、怖がる石黒先輩の姿だった。
「え?え!?」
何が何やらわからなかったが、とにかくそこから去ることにした僕は、
その状態のまま、少し明かりのある所へ移動した。「先輩、大丈夫ですか?」
今だ怖がっている石黒先輩に、僕は尋ねた。
すると、「…グス。私、お化けダメなの…ヒック、グス」
よっぽど怖かったのだろう、泣いていた。
それに以外だった、先輩がお化けがだめなのは。(かわいいところもあるんだな)
と、思えてしまう。
「と、とにかくここから出るにはもっと歩かないとダメですよ」
「もうイヤ、歩きたくない」涙目で子供のようにだだをこねる。
でもこのままここにいるわけにも行かない。「じゃあ目を瞑ってていいですから行きましょう。僕が引っ張っていきますから」
「本当に?手離したりしない!?」そんなことした日には、地獄を見ることになるだろうな。
「しませんよ。じゃあ行きますよ」
「うん」その後、お化けや他の人の声が聞こえるたんびに身体を震わせながら、出口に到着。
まだ目を瞑り、背中に顔を埋めている石黒先輩に、「先輩、もう出口ですよ」
「本当に?じゃあお願いがあるんだけど」
「なんですか」
「トイレに行って連れていってくれない?このままじゃ化粧が…」(確かにさっき泣いてたからな)
僕は周りの人に先輩の顔が見られないようにし、足早にトイレに向かった。
石黒先輩をトイレに連れていき、僕はみんなのところへ戻った。
しばらくして先輩は戻ってきたので、僕たちは帰ることに。その途中、
「ねえ」
石黒先輩が話しかけてきた。
「さっきのこと、誰にも言わないでね」
「お化け屋敷のことですか?」そう訊くと、石黒先輩は恥ずかしそうに、
「…うん。お願いね」
それだけ言うと、他の仲間のところへ喋りに行った。
僕だけが知っている、先輩のもう一つの姿。
なんとなく嬉しくなり、顔がほころんだ。
〜END〜