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名無し募集中。。。 投稿日:2002/07/02(火) 20:39 ID:d6ZGdZaY
前記しておくと、はっきり言って俺はもてたことがない。彼女いない歴は18年誇
り、もちろんCどころか、Aだってしたこともない。周りの奴らは男に限らず女に至
ってまで喪失済みのヤツが団体さん。しかし誤解しないで欲しい、俺は決してゲイで
はない。女の裸体を見て息子は大きくなるし、1人でよろしくやることもないことは
ない。
ちなみに、好きなヤツはいる。1つ年下で、同じ高校の2年の石川梨華だ。どこぞ
のアイドルグループの1人に名前が同じなら顔や声までウリ2つの人材だ。もっとも
そっくりさんは彼女だけじゃなく、何故かたくさんいらっしゃるそんな高校(どんな
だよ?)。
冒頭から愚痴ってしまい、名前をまだ言ってなかった。
俺の名は一倉正和。前記したように高校3年。母親は物心つくころに事故で死に、
父子家庭といやつだ。その親父も海外出張が多く俺1人のことが多い。もっともそん
な親父がエリートやってるおかげで楽な生活をしてるわけだが。
そんな俺の生活に転機が訪れたのは、梅雨に入る頃だった。二週間にわたる出張後、
ミラノから帰宅した親父が開口一番、
「お前女と同棲しろウヒヒヒ…」
なんてぬかしやがったのだ。ったくほんとにこれでエリートかと呆れながらも「何だ
よソレ?」と聞き返した。ついてはこういうことだ。俺の母親が事故死したことは先にも述べたが、これには
続きがある。当時お袋が乗っていたタクシーには同乗者がいた。親父曰く竹馬の友の
一家と、家族ぐるみのつき合いをしていたという。そこの奥さんと何処ぞへ遊びに行
こうと2人してタクシーに乗り、居眠り運転のダンプに激突しスクラップに至ったと
いうわけだ。無論2人とも即死。同じ運命をたどった運転手は結婚3ヶ月の新婚さん
で、臨月の奥さんが残されたという悲劇もあったのだが、その話も、どう逆算しても
できちゃっただろという突っ込みも、あえてここではしてないことにしておく。
話を戻すと、その事故に遭った不運なもう一家もうちと同じく父子家庭になったと
いうのはおわかり頂けるだろう。事故の後は親父さんの地元に帰って、やはり俺と同
じような生活を虐げられていたらしい。そこの子というのが、俺とは3つ違う――事
故の時は生まれたばかりだった――女の子がいた。その子も今年で中3になり、東京
の高校へ進みたいとの理由で上京するという。
察しのいい人はもう分かっただろうか?
要するに、その女の子が家に居候する事になったのだ。「おい、親父」
俺は、御飯粒をまき散らしながら一気にまくし立てた親父を遮った。
「何だ?」
「どう考えてもおかしいだろ!え?年頃の女の子が?居候?俺しか住んでいないこの
家に?あ?変だろ?おかしいだろ?なあ!」
「年頃ぉ?お前何妄想ぶっこいてんだ?幼なじみじゃないか!」
俺は心底呆れた。
「あんなぁ。んなこと言ったって覚えてる分けないだろ。俺は3歳。彼女は0歳だぞ。
だいたい本人はなんて言ってるんだ?」
「正和さんに勉強教えてもらうって」
「――マジでか?」「マジよ」
親父がそう言い、ビールを取りに席をたった。
俺はむしゃくしゃして髪をかきながら立ち上がると、親父のコレクションのワインセ
ラーから、ドンペリのピンクを取り、コルクを外した。
「おい!」
親父があわてたように戻ってくる。
「俺にも飲ませろ」
飲酒自体を止めなくてもいいのか?と思いながらも、俺はグラスを2つ手に取った。「――で?」
いい加減酔いが回り眠りそうになっている親父に聞いた。
「なんだ?」
「いつからなのよ?その子が来んの」
「明日」
「明日だぁ?何だよそれ?」
「今日の次だよ、イエスタディ!♪イェスタデェ〜〜〜〜」
俺は騒音とも聞こえない親父の歌声かたら逃れるため耳をふさぎ自室に戻った。
――どうなってんだか…全く。中学生だろ?…最近は中学生でも発育がいいからな…
馬鹿!何考えてんだ!
しかし俺はその妄想が必ずしも的はずれでないことを明日になってから知ることにな
った。「高橋愛といいます。――よろしくお願いします」
活字に起こすとこうなるが、実際その少女の口から発せられた声はかなり訛っていた。
注意して聞いていなければ、解読不能だろう。しかし、名前といい、顔といい、声と
いい、訛までもが又何処ぞのアイドルグループにウリ2つだがそんなことはどうでも
いかった。もとい、よかった。
彼女は普通に可愛かった。
いかん!いかん!俺には梨華という女が…って俺の女じゃないけど。それに居候だ
し、受験生だし、今梅雨だし、学校が近いし、福井訛だし絶対変なこと考えちゃ駄目
だ。と、意味の分からない理由までつけて、何とか自制心を保つことに成功した。
「愛ちゃんは2階のこの部屋使って」
親父(今日の午後にはニューヨークに発つ)が、ニコニコ笑いながら家の中を案内し
ている。ったく何が愛ちゃんだか…今日から同棲状態の俺の気持ちも考えてみろって
んだ。大体高橋さんもよく1人娘を男1人に預けられるもんだ。
「じゃ、俺学校行くから」
「待て!愛ちゃんと一緒に行ってやれ。近くなんだから」
そう。彼女は俺の通う私立高校の中等部に編入したのだ。
「いいけど…制服は?」
「あ、はい。ちゃんと買ってあるんです」
そう言うと、彼女は部屋に入っていった。さっきも言ったが、彼女のそれはすべて訛
っている。…そんなとこが可愛いのだが…ってまた妄想…。
「これです。すぐ着替えるんで待っててください」
そう言いながら部屋肩出てくると、あろう事か男2人の目の前でシャツのボタンに手
を掛けた。
「こ、ここで着替えんの?」
「あ!すいません…」
愛はあわてて部屋に入ると、パタンとドアを閉めた。
「ばか!なんで言うんだ!もう少しで――」
俺は親父を一発ぶん殴った。「――あの。今日からよろしくお願いします」
愛は、チョコチョコと俺に追いついてきてそう言った。
「あの駅から大体15分くらいだから」
俺は、前方に見える最寄りの駅を指さした。ここから歩いて15分。電車15分。さ
らに10分程歩いたところに俺の高校、及び中学がある。
「あのぉ。正和さん歩くの速いですねぇ」
福井訛の声が背後から聞こえ振り向くと、愛は既に5メートルほど俺に遅れていた。
「あ、ごめんよ」
「遅刻しそうですか?」
「いやそうじゃないんだけど…」
俺が周囲を見回しているのを愛が不思議そうに見つめる。
う…上目遣いかよ…マジで可愛いかも。
俺は早くも反応しそうな息子をかばうように足を早めた。元々速く歩くたちなのだ
が、急ぐのにはもう1つ理由がある。
「慣れないだろうからさ。早めに行こう。中学にもよってかなきゃだし」
我ながらもっともらしい理由だと思う。
「ああ。まるほどそういうことですかぁ」
愛は小走りに俺に続いた。
駅で愛が定期券を買うのを待ってる間に不幸は起きた。
もう1つの恐れていたことが起きやがったのだ。
俺は愛が戻ってくるのを、改札の前で缶コーヒーを飲みながら待っていた。その時
背後に気配を感じ、振り向く間もないまま、肩をたたかれた。かなり低い位置から叩
かれるその感触。振り向かずとも、手の持ち主が分かった。
「誰あの子?」
矢口真里は興味津々の目で定期売場の方を見やっていた。「正和さぁん。買えましたんです〜」
愛がトテトテと掛けてくるのが見えたので、矢口を無視し、改札を通った。
当然矢口はそれに続き、愛がその後に。
「ちょっと。あんた誰?」
随分と失礼な言い方に聞こえたが、愛は律儀に丁寧に答えた。
「どうもぉ。初めましてぇ。高橋愛といいます」
何度も言うが、それはかなり訛っていて横を通っていった女子高生がクスクス笑って
るのが視界の端に見えた。
案の上、矢口も同じだったらしく
「――何語?」
と、素っ頓狂な声をあげた。
この矢口に下手に話をしたら尾ヒレ背ビレに手と足まで付けられかねない。
俺は、愛を促すとさっさと電車に乗ってしまった。
「ちょ…何で無視すんだよ〜!」
幸運なことに、矢口が乗ろうとした寸前にドアは閉じた。これでしばらくは大丈夫だ
ろう。しかし学校に着いてからどんなことになるか…まあ愛とは校舎も違うんだし大
丈夫かな。
「いいんですか?」
愛が不思議そうにそう言い、俺は我に帰った。
「何か叫んでましたけど、ドアが閉まってもて」
笑いだしそうになるのを堪えながら。俺は「いいの、いいの」と言い、下りなので空
いている車両の中、空席を見つけ、彼女を座らせた。「それじゃ、よろしくお願いします」
俺は、愛を中等部校舎の職員室へ送り届けると、肩の荷が下りたと気が楽になった。
しかし、校門を出てたところで不運の神が舞い降りた。
「痛って!」
俺は下腹部に正拳付きを不意打ちでくらい、目をむいた。涙目を堪えて前方を見据え
ると、ふくれっ面をした矢口が立っていた。
「何でさっき逃げたんだよ?」
「矢口にあらぬ中傷をばらまかれ、肩身が狭くなり、やがて拒食症になり、1人寂し
く朽ち果てていくのがイヤだったから」
俺は本心を言ったつもりだったが、幸いなことに彼女はその言い方にお気を召したよ
うだった。「何言ってんのよ――あの子誰なの?」
「――親戚の子。編入したいって」
適当な嘘をついておいた。こいつに真実を話して良かった試しがない。
「じゃあそう言えばいいじゃない。なんか怪しいな〜」
――やばい。俺の中で信号が赤ランプを点灯した。
「全然似てないじゃない。大体あんたみたいな不細工の親戚があんな可愛い訳ないで
しょ?」ひどいことを言う。
「そうだよな。お前とは比べ物にならない」
「ちょっ…何よ!」
――旨くごまかせたかな?
そのまま何となく、高等部の校舎へ2人して歩いていった。まだ時間が早いため、
あまり生徒の数が多くなく、冷やかすような連中はいない。「そういうこと言うんなら梨華ちゃんに言っちゃおうっかな〜」
「彼女は俺のこと何とも思っちゃいないよ」
「――お前さぁ。思い切って告ってみたら?」
「無理。やだ。不可能。あり得ない。どうしてこんな不細工男とつき合いたい?」
「そこまで言うほどじゃないと思うよ一倉って。結構格好いいと思うんだけどな〜」
「はいはい。どれはど〜も」
冒頭から記したように、俺はもてない。
この矢口とは腐れ縁で、密かに好きとか、実は向こうは俺のこと好きだったとかド
ラマじみた話は皆無なのだ。矢口には彼氏というものが別にいるし、俺は時々からか
われるだけだ。今日だって愛といるのを見たから声を掛けてきたのだろう。教室についても、矢口は席までやってきた。始業までまだ30分以上あるのでまだ
俺たち2人しかいない。
「梨華ちゃんさ、綾小路といい感じらしいよ」
聞いてないことまで言ってきやがる。
綾小路文麿とは、冗談みたいだが本名で、俺と同じクラスだ。石川梨華とつき合っ
ているのは俺も知っている。
「文麿様が、会いたいって手紙くれたんですぅっなんて言ったよ」
矢口が梨華の高い声を真似して言う。あまつさえ、胸のところで手まで握ってやがる。
「向こう行けよ」
「なんだよ〜人がせっかく教えてやったのに」
「反応見て面白がってるだけだろうが」
「こないだなんか、コートの隅でキスしてんだもん…まいっちゃうよね」
俺は殴りたくなる気持ちを抑え、矢口を睨んでやった。この睨み顔には自信がある。
昔からんできやがった不良の兄ちゃんを一発で黙らせたという経歴もあるくらいの代
物だ。
「睨まなくったって良いじゃんか〜」
矢口はブツブツ言いながら教室を出ていこうとする。あらかた部室(矢口と梨華はテ
ニス部に所属している)にでも言って噂話に花を咲かすのだろう。「おい、矢口」
呼び止めると、彼女は振り返り、
「なにさ〜好きとか言うつもり?だめだよ〜ヤグチはもう――」
「ばあか。変な噂ばらまくなよって言おうとしたんだよ」
「ああさっきの子?やっぱりやましいことあるんだ〜」
「そうじゃなくって、大体お前はいつも――」
俺は、そこまで言って言葉を切った。
――なんでそんなとこいるんだよ。
さっき中等部に預けてきた愛がそこにいた。トコトコと俺に寄ってくると、
「あのお。私鍵もらってないんですけんどぉ、帰ったらどうしたらいいんでしょう?」
そういえば、そんなこと考えていなかった。帰ったら親父はもういないし。
しゃあない。俺はとりあえず自分の鍵を渡した。
「ちょっと、今の話どういうこと?」
矢口は案の定愛にくってかかりながら一緒に行ってしまった。
――頼むから変なこと言わないでくれよ…。幸いなことに、愛は何も暴露しなかったようだ。昼休みになっても変な噂が広まっ
てる雰囲気はなかった。矢口も大人しくしているようだった。このまま忘れてくれれ
ばいいんだけど…
――カツカレーでも食ってくるかな
昼休みともあり、教室にはあまり人が残っていない。カード麻雀をしている男子4
人以外は、数人がちらほらいる程度だ。
食堂に行こうと席を立った時、
「文麿様」
という甲高い声が響いた。見ずとも分かる。梨華だ。
「お弁当作ってきました〜」
と、綾小路に駆け寄ってる姿を視界の隅で追いかけた。
――ああ…俺にも作ってきてくれたりすんのかな。でもなんか手作り弁当って嫌なん
だよな…絶対自分で作った方が旨いだろうし…高1でいったキャンプの時は、女子の
料理の下手さに驚いたのを覚えている。片親である俺の料理の腕は実はちょっとした
もんなのだ。1人で妄想にふけっている間に、
「ごめん。もう食べてしまったんだ」なんて綾小路の野郎が言ってるのが耳に届いた。
――なに言ってんだてめえ!せっかく作ってきてくれた物を断るってか?あ?
「そうですかぁ〜…」
なんて見る見る風船みたいに萎んでいく梨華の後ろ姿は何とも言えず可愛かった。
――畜生!綾小路め…マジでむかついてきたよ…あああ…俺だったら絶対あんなこと
しないのにな…梨華か…やっぱ可愛いなあいつ…
俺はいい加減悲しくなってきたので、さっさと教室を出た。
出たところで矢口が又よけいな口を挟んできやがったが、睨むのさえ虚しくなって
無視して食堂へ行った。「はぁ…せっかく作ってきたのにな…」
石川は、昼休みが終わり、授業が始まってから、もう何度目かのため息をついた。
――文麿さま…ほんとに私のこと好きなのかな……
授業が終わって部活になってからも、彼女の気持ちはいっそうブルーになるばかりだ
った。
――なんだか最近冷たいんだよな〜。もう私飽きられちゃったのかな?
テニスのラケットを持ったまま、コートの隅でたそがれていると、
「梨〜華〜ちゃん」
と、のぞき込む矢口真里の顔。
「矢口さん…」
「どうしたのさ?なに黄昏てんの?」
石川はちょっと顔を上げると、弱々しい笑みを見せた。
「最近…文麿さまが冷たいんです…」
「ふ〜ん。別に女でも出来たんじゃないの?」
石川は絶望的な顔をする。死んでしまいそうなくらい。
「きゃははは!冗談だって!」
矢口がバンバンと彼女の肩を叩いたが、どんどん暗くなる一方だった。
「そうなのかな…」
と、既に泣き出しそうな表情を作る。
矢口は呆れたようにため息をつくと、
「あんたもさ。もっと積極的になれば?いつまでも様付けしてないでさ。呼び捨てし
ちゃうとか」
「そんなこと…そんなこと出来ません…」
石川はすすっと矢口から離れると、トボトボと玉を拾いに歩いていった。石川はちょうど空いた1つを見つけると、テニス部の先輩と入れ替わって中に入り、
カーテンを閉じた。
Tシャツとスコートを脱ぎ、下着姿になると、お湯を調整した。
こんなもんかな?
手早く下着を脱ぎ捨て全裸になると、シャワーの下に飛び込む。
「気持ちいいな――」
――大丈夫。文麿さまは、そんな人じゃない。今日はたまたま。いつもは優しくして
くれるんだから…こんどお家に遊びに行っちゃおうかな…
口の中でポジティブポジティブと唱えていると、だんだん気持ちが楽になってくる。
目を閉じて、シャワーを浴びていると、シャッとカーテンを開く音がした。驚いて
顔を向けると、
「ひ、ひとみちゃん?」
1つ年下だが結構親しくしている吉澤ひとみだった。1年にしてバレー部のエースで
あり、たまにここのシャワールームでも顔を合わせる。「梨華ちゃんじゃん。一緒に浴びさせてよ」
返事を待たずにズカズカ入ってくると、躊躇いもなく服を脱ぎ始める。
「ちょ…ちょっとひとみちゃん?」
石川は、自分が裸だったことを思いだし、あわててタオルで隠した。
「恥ずかしがることないじゃんかぁ〜」
吉澤は全部脱いでしまうと、石川にくっつくようにしてシャワーの浴び始めた。
「ちょ…もう少し待っててよ」
恥ずかしいやら、訳が分からないやらで、石川は顔を赤くして言った。
「いいじゃんかよぉ〜」
と、吉澤は素知らぬ顔でシャワーを浴び続ける。
ふと気がつくと、吉澤がなにやらジロジロと石川の方を見ていた。
「な…何?」
「梨華ちゃんてさ…」
と、おもむろに手を伸ばすと、石川の胸に触れた。
キャっと悲鳴を上げそうになるのをかろうじて堪える。
「胸大きいんだね〜」ラストの50m×5本を泳ぎ終え、俺は早々にプールから出た。
愛のこともあるので、早めに帰ろうと思い、シャワーを浴びる。水泳部では5月の
中旬頃からプールでの練習があるのだが、もう6月ともなれば、かなり暑いので十分
に泳ぐと事が出来る。ちなみに夏の大会が終わると引退になる。俺は、さっさと着替
えると家路についた。
吊革に捕まって電車に揺られていると、なんだか行き先不安になってきた。
愛との共同生活(?)において、食事とか風呂とかどうすればいいいんだろうか…。
ったく親父たちもよくも考えなしにこんなこと決めたもんだ。まあ今更愚痴ってもし
ょうがないか。
家につくと、玄関の電気がついていた。
やはり愛の方が早く帰っていたようだ。「ただいま」なんてココ最近使ってなかっ
た言葉を言いながら中に入った。
「あ、お帰りなさい」
「腹減ったでしょ?すぐ作るから」
「正和さん料理できるんですか?」
「まあね。1人暮らしが長いから」
俺は、荷物を置いてくると、キッチンに行き、冷蔵庫を確かめる。――ラーメンと野菜炒めでいいかな?
そういえば愛の好みは全く知らない。
「――ラーメン好きかい?」
と、聞くとキッチンのカウンターで俺を見ていた愛は、
「バターコーンが好きですぅ」
――バターコーンか、それなら楽だろう。
俺は冷蔵庫から生麺を取り出し、バターの残りを確かめると、コーン缶も取り出し
た。鍋に火を付けると、野菜炒め用の人参を切り始めた。
「手伝います」
「じゃこの野菜切っておいてくれる?」
といい、俺はメンを茹で始めた。バターとコーンなら乗せるだけだから楽でいい。
「――できました」
そう言われて振りむいた俺は愕然とした。
そこにあった人参などの野菜(元野菜)は、皮も向かれていない状態のまま、大小
様々な形で切り刻まれていた。
しばし言葉を失う。
――まあ野菜炒めだって言わなかった俺も悪いんだけどね…期待なんかしてなかっ
たけどね…。まあ、一生懸命やってくれたみたいだし、まいいか。
「ありがとうね――――鳴ってるよ」
リビングから聞き慣れない着メロが響いたので、俺は言った。何の曲だろうか?知らない曲だったが、どうも単調で中学生の女の子らしくない選曲だと思った。
すぐに戻ってきたので、何の曲か聞いてみた。「ホッピーデホップです」
「なんだって?」
訛ってて聞き取れず、聞き返すと、愛はメロディを流し、「これです」と、ディスプレイを見せてくれた。
メロディを流す画の上に『ホッピーでホップ』と書かれている。
「ほんとはぁ、でもぉかたかたなんです」
――何だって?
「でもぉカタカナなんです」
俺は10秒ほど考えて、『でも』という接続詞でななく、『も』という接続助詞だと
言うことにようやく気がついた。
「正式にはぁヘンルーダの花が咲く丘っていうんですけど」
――リッキーヘンダーソンがどうしたって?
「合唱曲なんですよ。だうんですこれ」
俺は堪えきれず、クスクスと笑いだしてしまった。愛は、キョトンとして見ている。
「ああゴメンゴメン。いい曲だね」とごまかす。
「ですよねぇ――あ!ひぃ」
――ひぃ?ひぃって何だよ?火?
「あ!やべ」
俺は吹き出し掛けていた鍋の火を慌てて消した。「わ…わたしもう出るから」
石川は、慌てて吉澤から離れると、タオルで体を拭き始めた。制服には部室で着替え
るので、いつもシャワー後はとりあえずジャージを着ていっている。いくら難でもタ
オル一枚で部室まで歩いて行くわけには行かない。
ブラを付けて、ジャージのズボンを履こうとすると、そろそろと近寄ってきた吉澤
が、ブラのフックを外してしまった。
「ちょ…ひとみちゃん?」
「逃げなくてもいいじゃない」
吉澤はニヤニヤしながら、言った。
「私もう出るから…」
吉澤はジャージを着ようとする石川の腕をつかんで放そうとしない。
「ひとみちゃん…もう何がしたいのぉ〜」
石川が情けない声をあげる。
「梨華ちゃんとキスしてみたいな〜って」
石川は真っ赤になって「何言ってんの?」
「大丈夫だって〜綾小路先輩には黙っておくから」
文麿の名前を出され、石川は慌てて、下着を直したが、すぐに又吉澤に外されてしまう。「ちょっとぉひとみちゃん!」
「一回だけだってぇ」
吉澤が猫なで声を出す。
石川は、隣のシャワーを矢口が使っている事を思い出し、着替えを抱えると、半裸
のまま急いでカーテンから出ると、隣のシャワーに入った。
当然全裸でシャワーを浴びていた矢口は目を丸くする。
「ちょ…梨華ちゃん?何してんのよ?」
「ご免なさい。すぐに出ていきますから」
石川は大慌て下着とジャージを着ると、前のファスナーも閉めずに走り出ていった。
塗れたタイルの上、おそらく石川が滑って転んだと思われる音が聞こえるのと同時に、
2人目の侵入者が現れた。「今度はよっすぃー?」
矢口別段怒るでもなく笑って言う。
カーテンの隙間からのそのそと吉澤は入ってくると、
「梨華ちゃんに逃げられちゃって」
「そりゃ今の石川は『文麿さま』一筋だからね〜」
と、矢口が言った。
吉澤は、シャワーで塗れた体を隠すこともなく矢口に近寄る。
矢口の方も全く気にせずにシャワーを浴びている。
「しゃあない。今日は矢口さんで我慢するか」
吉澤は早くもその手を矢口の肩に回す。
「我慢ってなんだよお〜オイラは代わりかよぉ〜」
「気持ちよくしてあげますから」
吉澤は矢口を背後から抱きしめると、手を彼女の胸に伸ばす。
「それ駄目だよ〜よっすぃー上手だからヤグチ声あげちゃうから」
幾らシャワーが出ていると言っても、大声を上げたら、それこそ周囲に筒抜けである。
「じゃあその可愛いくちから封じちゃおっかな」
吉澤は矢口を抱きしめたまま、その唇に自分のを押し当て、舌を入れ込んだ。
「ひぃぅぅぅん……」
矢口は情けない声を出すと、さんざん唇をむさぼられ、文字通り声を上げることがで
きなかった。「おしいですぅ!」
ラーメンを一口食べるなり、愛は嬉しそうに言った。
「そ?よかったよ口にあって」
「正和さん、ほんと料理旨いんですねぇ〜」
女の子に誉められるといことは滅多にあるもんじゃない、俺はガラにもなく照れてし
まった。
「テレビ付けてもいいですか?」
「どうぞ」
俺は特にみたい番組がなかったので、俺はテレビのリモコンを手渡した。
愛は、しばらくカチャカチャとチャンネルを変えていたが、1つのチャンネルで止
めた。12チャンネル?テレビ東京だろうか?
「あれ〜まだか…」
愛は、そう言うと他局のバライティに変えてしまった。俺は映画かドラマ、報道しか
見ないので、何の番組かは知りもしなかった。「きょう何日でしたっけ?」
「8月11日」
「じゃまだかぁ」
「何がまだなの?」
と俺が聞くと、愛は目を丸くした。
「おじさんから聞いてないんですか?」
「何を?」
「もう決まってるんですけど」
――はぁ
「テレビではまだなんですね」
――何が?
「こういうのぉって言っちゃいけないですかね?」
――はい?
「多分いいと思います。今度聞いておきますね」
「――それはどうも」
「あのぉ。明日帰り遅いと思います」
「補習か何か?」
愛はふふっと笑うと、
「さめちゃいますよ」
――何なんだよ。そういや親父も何か隠してるふうだったけど…石川は、校門まで走ってくるとよくやく立ち止まり息を切らした。
「はぁはぁ…もうひとみちゃんったら…」
1人で愚痴りながら、あたりを見回す。
夏休みとはいえ進学校であり補習が多く、夏の大会で都大会に駒をすすめた部活も多
く、目前に控えた本番に向け、多くの運動部が活動している上、9月の文化祭の準備
を行う文化部も多く生徒は多かった。
石川は、生徒の波の中に1人の男を見つけた。
「文麿さま!」
思わず声を上げて駆け寄る。
「石川さんどうしたの?」
「はい?」
「服が乱れてるよ」
「あ、いけない」
ひとみの手から逃れようと、大急ぎで制服を着たので、第1,2ボタンは止まってお
らず、スカートも乱れていた。「怪我?」
「え?あの…」
シャワールームで転んだときの痣を見つけられてしまったのだ。
「あの…なんでもないいんで…」
自分の足下にしゃむ文麿に石川は赤面した。心配そうに膝を見るその目がスカートの
中にいってるのではと勝手に早合点しただけなのだが…
「文麿さま?」
「僕の家の掛かり付けの医者にみせよう。おいで」
「あの…なんでもないんで…」
石川は、校門前に横付けされた綾小路家のベンツに半ば引っ張られるように連れて行
かれてしまった。「疲れた…」
口に出してもしょうがないことだが、そうでも言わないと、気分が晴れない。
大欠伸をして、ぐっと伸びをする。時計を見やると、既に夜中の3時を回っていた。
今から風呂に入って、準備して――いっそこのまま寝てしまおうか?
受験の最中、大会の為、毎日泳いでいれば、さすがに疲れる。
メシの後、ずっと勉強していたわけだが、どれほど頭に入ったか…
「あ」
愛の事を思い出した。まさかまだテレビを見てるということもあるまい。
風呂もまだなはずだし、寝床も用意してないかも。
リビングに行くと、テレビを付けたままソファーでスヤスヤと眠る彼女の姿があっ
た。テレビを消すと、そっと毛布を掛けてやる。『目を覚ましたら、いつでもシャワー使っていいから』
風呂に入っていない愛の為に、そうメモして、テーブルに置いた。
――俺も寝ちゃおう。
自室にもどり、そのままベットに倒れ込む。
明日から毎日部活だ。午前補習、午後は泳ぎの毎日が、明日から10日間繰り返さ
れ、大会。そしてやっと引退だ。遅くなると愛に言っておかないと…
そう言えば、愛も遅くなるとか言ってたな…いまさら部活に入ったとも思えないし、
なんなんだろうか…
そんなことを考える内、俺はまどろみのなかに吸い込まれていった。
その時俺は、2週間後の大転機など予想だにしていなかった。「すいません。送っていただいちゃって」
そう言って文麿と別れたのが、ついさっきのように思える。
石川は、その大げさに包帯が巻かれた右足を見下ろした。
――転んだだけなんだけどな…
綾小路家でもそう言って断ったのだが、
「綺麗な石川さんの足が傷つくなんて耐えられないから」
という文麿の言葉にポーとなって、されるがままになってしまったのだ。
怪我をした人間、病気の人間を見ても素知らぬ顔を貫くけんもほろろな輩が多い現代、
いささかオーバーに思われるが、石川は、
「まいいや。心配してくれるんだから」
と楽観的にとらえていた。
のちに、この処置が大きな意味を持つのだが、
「ポジティブポジティブ」
石川は、そう唱えながら、包帯を外していった。
綺麗に巻いて傍らに置くと、先入観とは大した物なのか、足を引きずりながら、風
呂へ向かった。
自分の未来も知らずに…。その日から2週間。地獄の様な忙しさが続き、ほとんど愛と顔を合わせる時間がな
かった。居候開始早々どうかと思ったが、彼女の方も何かで忙しいらしく、あまり気
にもしていられなかった。
俺の方はといえば、夏の大会で、個人ではベスト8、団体種目のリレーでは優勝す
ることが出来、清々しい気持ちで引退へとの運びとなった。しかし、目の前には受験
が迫っている。否が応でも勉強漬けである。
転機は突然訪れた。
この前の夜。愛が言っていた事は、今日二〇〇一年八月二六日に明らかになった。
偶然か、その日の前々日が大会最終日。前日は打ち上げ(少々酒気帯び)があり、
その夜遅く帰宅した。ぐでんぐでんに酔った友人と顧問(!)を家まで送り、なんで
俺なのかと思ったが、それが酒豪の性。ロックを10以上飲んでもしらふ同然だった
俺は、送り役に抜擢されてしまったというわけだ。
その夜深夜二時過ぎに家の玄関を開けたとき、既に寝静まった雰囲気の中、一つの
メモを見つけた。
『明日の夜は、一緒にご飯食べましょうね 愛』
とあった。そして今に至るというわけだ。
「正和さぁん、早くぅ」
リビングの愛からせかされ、俺は二人分のソースカツ丼を持っていった。
「見てて下さいね」
愛がそう言ってテレビを付けた。例によってテレビ東京。
ブラウン管に目を向けると、みのもんたがなにやら語り始め、モーニング娘。の追
加オーディション番組が始まった。
――結構ミーハーなんだな…
その時俺は随分とピンぼけな発想をしていた。
番組が進み、候補者が一人ずつ空港から出てくる。数人目で俺は異変に気がついた。「あれ?」
今移っている少女。どこかで見たことがある。
『どんな子が来てるんだろうとかぁ、どんな事をするんだろうとかぁ』
最近聞き慣れ始めたその福井訛。
ようやく俺は真実にたどり着いた。突然福井から上京した理由。親父が馬鹿みたいにはしゃいでいた理由。そして意味
ありげな言葉を残していた愛。
「受かったんですぅコレ。ちょっと前にぃ決まってたんですけどぉ、言おうと思って
たんですけどぉ、正和さん急がしそうだたので、今になってもて」
相変わらずの訛は聞き取りにく、何て言ってるかは分からなかったが、何を言って
るのかは分かった。
こうして、俺の「娘と一緒に住む」生活は始まった。「申し訳ないけど、まだよく状況が把握できないんだけど…」
番組が終わり、テレビを消すなり俺は聞いた。
いろいろと合宿の事や、発表の事などやったようだが、よく覚えていない。
「あれ…愛ちゃんだよね?本物つーのも変だけど…」
「はいぃ。本当におじさんから聞いてないんですか?」
――あのくそ親父…。人をからかいやがって。
「じゃあ…もう芸能活動ってやつはしてるってわけか?」
「はい。まだレッスンばっかりなんですけどぉ。10月31日に新曲がでるんです」
10月31日…もうあの映画公開から3年経つのか…まぁこれには関係ない。
「で…つまり、君はモーニング娘。になったとぉ」
やべぇ…何で俺が訛ってだよ。
「はい」
愛は、満面の笑みで頷く。「分かった――分かった。何とか理解すた」
目の前にいる女が突然アイドルタレントになったという現実はどうも受け入れがたか
ったが、まあ当たり前か。
「明日とかはもう?テレビの仕事?」
「大体は午後からです。だから午前は学校に行きましてです」
「あそう――受かったのは4人か…随分増えたんだね」
その時俺は1つの事に気がついた。愛がモーニング娘。の一員になったて事はだ。メ
ンバーが家に来るってことも、あり得るわけがあるって事にもなるわけだ。
「もうメンバーとはうち解けたの?」
「新メンバー同士はもう仲良くなったんですけどぉ、先輩メンバーとはまだあんまり
話せてないです。あとぉ松浦亜弥さんとかとも話してます」
この頃はまだ、松浦はブレイクしていなかった。しかし後の大人気はご存知の通りで
ある。その時多少は予想していたものの、まさかあそこまでになるとは…。
ブレイクした後の松浦亜弥。1年後大化けする紺野あさ美。他数人のメンバーらが
我が家にやってくるという事件のまだ幕開けにすぎなかったということだ。