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関西人Z 投稿日:2002/07/12(金) 22:58
短編第15弾 <夢・目標>
少しのお金とギターを持って、私は家出をした。
プロのミュージシャンになりたいという私の夢を、両親はわかってくれなかったから…
一人夕闇の街を彷徨い歩く。
人通りの多い駅前で私は地に腰を下ろし、壁にもたれながら人の流れを見ていた。
皆足早に歩いている。
私はその流れを見ながら、両親の言葉を思い出していた。――
『そんな叶うはずのない夢なんて見るもんじゃない!!』
『そうよ、あなたはただ普通に生活していればいいんだから』叶えてみせるよ。信じてよ!
『さやか!いい加減にしないか!』
パン!!
――
何もわかってくれない
私の言うことなんて聞いてくれない叩かれた頬をさすりながら思い出していたら、涙が出てきた。
悔しい
見返してやりたいそう思う。
「…誰やお前」
誰かが私の前に立った。
顔を上げると、布と大きい袋を持った男性が私を見下ろしている。
ニット帽をかぶり、黒いTシャツにジーンズ、手には黒の手袋、そしてサングラス。
二十歳を超えたくらいだろうか。「何よあんた」
「俺が訊いてるんや」
「誰だっていいでしょ!」少しイライラしていた私は強い口調で相手に言った。
「……ハァ」
てっきり言い返してくるのかと思っていたら、男性はニット帽の上から頭を掻き、
「まあええわ。そのかわり商売の邪魔せんといてや」
そう言うと私の目の前で布を広げ、袋の中の物を左手で並べていく。
「…何それ?アクセサリー?」
並べている男性の後ろから尋ねると、
「そうや、アクセサリー売ってんねん」
「ふーん」………
「ふぅ、これでええかな。…ん?」
並び終えた男性は、ジッと私の顔を見つめた。
「な、何よ」
「お前、泣いてたんか?」
「なっ!」図星を突かれ、反射的に私は怒ってしまった。
「泣いてないわよ!」
「その腫れた目でよう言うわ」男性は胸のポケットからサングラスを取りだし、
「とりあえずこれ掛けとき。俺が泣かしたように見えて客がけーへんようになるわ」
「…ふんっ」黙って受け取った。
「これなんか彼女に似合ってんちゃう?」
カップルがどれにしようか迷ってるところへ、親しげに話しかける男性。
「あ!これいい。ねえこれ買って」
「わかったよ。これいくら?」
「500円や」
「500円ね。…はい」
「毎度おおきに」カップルははしゃぎながら歩いていった。
私は大した興味もなくただ座っていたら、男性がアクセサリーを布で拭きながら、
話しかけてきた。「なあ、そのギターってあんたのんか?」
「え?ああ、うん。そうだけど」
「どうせ親がミュージシャンになることを許してくれんで家出してきた、ってとこやろな」
「な、なんでわかったの?」私は驚いた。
「まあ俺も色々と経験してきたからな、それくらいわかるわ。今いくつ?」
「17だけど」
「17か。ちゅうことは高校生やな?」
「うん」
「辞める気か?」
「…うん。プロになりたいから」
「そうか…」男性はこちらも見ず、優しい口調で続けた。
「これから言うことは、アクセサリー屋のおっさんの独り言やとおもて聞いといれくれてかまへん」
「…」
「夢は追いかけることに意義がある。それを叶えるためには全力で突っ走ることが大切や。
でもな、ただ突っ走るだけやったらアカン。少しゆっくり回り道して色んな経験する事も大事や。
例えば、あんたの高校生活。いや、学生生活って言うたほうがええな。
それはな、これから一生経験できへんことなんかもしれん。
今辞めたら、残りの高校生活での経験が取り替えされへんようになる。
少ないかもしれへんけど、確実に自分にプラスになることはあるはずや」
「…」
「ただ、もし今の自分に必要とする物がなければ、辞めてもええと思うで。
プロになるために突っ走ればええわけや」
「…」
「親なんか関係あらへん。自分の決めた道は自信を持っていけばいい。な?」笑顔でこちらに向く。
「…うん」
素直に私は頷いた。
そして、勇気づけられていた。「よっしゃ!ほんならこれやるわ。受け取り」
そう言って私に一つのアクセサリーを投げてきた。
私はそれを受け止め、見た。「…翡翠?」
「そうや、翡翠の首飾り。特注もんや」
「そ、そんなの受け取れないよ」
「ええねんええねん、気にせんとき。これから夢を追いかけようとしてる若者へのプレゼントや」
「でも…」
「金はいらん。その代わり約束や。『何事もあきらめるな』」
「…」
「それだけ守ってくれたらええわ。お守り代わりにしとき。な?」男性は笑顔で言ってくれた。
「……うん。ありがと…」
自分の道が見えたような気がした。
とりあえず高校生活は最後まで通ってみようと思う。
別に言われたからじゃないけど、ただなんとなくそう思ったから。
でも、ミュージシャンの夢は捨てない。
今は、その夢に向かって頑張ればいい。
たとえ、回り道をしても。そして後悔しない。
だって、それが自分で選んだ道だから。〜END〜