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関西人Z 投稿日:2002/07/23(火) 17:16
短編第17弾「あなたが本気になれる人」
昔、言われた言葉。
ずっと頭の中に残っている言葉。【あいつマジでやってるよ、格好悪いよね】
以来なにをやるにも本気になることが無くなった。
だって格好悪いんだから…
『第3競技 ムカデ競争に出場する生徒は、プール前に集まって下さい』
運動場中に響くアナウンス。
今日は体育祭。
熱い日差しを受けながら、みんな自分のチームの所で各々喋っている。
俺も友人と喋っていた。
そこへ、「お兄ちゃん」
体操着で頭に青い鉢巻き姿、妹の希美がやってきた。
「どうした?」
近くに駆け寄り訊いてみると、
「お兄ちゃんは何の競技にれるんれすか?」
「ん?確か午前最後の200m走だったかな」
「そうれすか。のの、一生懸命応援するのれがんばってくらさい!」
「はは、わかったよ」そう言って頭を軽く撫でてやる。
「えへへ」
希美は嬉しそうに目を細めた。
『200m走に出場する選手達が入場します。皆さん、拍手でお出迎え下さい』
拍手の嵐の中、俺達は指定の位置まで軽く走っていく。
指定の位置に着き、1番目と2番目に走る奴以外はみんな座った。「よーい!」
パーン!!スタートの合図がなると、位置に着いていた奴らが一斉に走り出した。
周りでは激しい応援が鳴り響いている。
ちなみ俺の出番は6番目。5番目のグループが走っていくと、俺は外から3列目の位置に着いた。
すると遠くから、「お兄ちゃん頑張れー!!」
希美の声が聞こえてきた。
そして、「よーい!」
パーン!鳴ったと同時に、一斉に走り出した。
40mくらいの所でばらつきが出始めた。
俺は現在3番。1,2番との差は5mくらい。
頑張れば追いつけそうだが、(マジでやっても別に何かあるわけじゃないしな)
と思い、追いかけるのを止めた。
結局俺は3番でゴール。
「さあ、飯だ飯!」
午前の競技も終わり、現在は昼休み。
みんな教室に戻り昼食をとる。腹ぺこだった俺はさっさと教室に戻り、弁当を食おうとした。
すると、弁当を持った友人がこっちへ来るなり、「おい、お前の妹が来てるぜ」
俺は何のようだろうと思いながら廊下に出ると、壁にもたれ俯いた希美の姿があった。
「何のようだ?」
「…」何も言わない希美。
拗ねているような、怒っているような、そんな雰囲気だ。「何だよ。何かあったのか?」
「…お兄ちゃんの嘘つき」俺は耳を疑った。
「嘘つきって、何が?」
そう言うと、希美は俺の顔を見て、
「さっき全然頑張ってなかったのれす!お兄ちゃんやる気無かったのれす!」
少し涙目で、俺を睨む。
「なんれれすか?なんれ本気で走らなかったんれすか!?」
「…別に何でもいいだろ。早く教室に帰れよ」希美の質問には答えず、俺は教室に戻ろうとした。
すると希美が、「もう…もうお兄ちゃんなんて、大っ嫌いれす!!」
希美は涙を流しながら走っていった。
午後の競技、俺はそれに目もくれずただボーっとしていると友人がやって来た。
「何してんだ」
「…別に」
「そうか…」友人は横に座り、競技に目をやった。
「…お前、さっき妹泣かしたろ」
「…」
「いいのか?このままじゃ妹さん可哀想だぞ」
「…喧嘩なんてしょっちゅうやってる。今更泣きやますこともないだろ」
「そうじゃねーよ。お前がマジで走った所を見せた方が良いってことだ」
「なんでだよ」
「結構ショックなもんだぜ?兄の醜態を見た時って。俺も兄貴がドジしまくってるのを見てショック受けたもんな」
「醜態って、3位に入ったから醜態でも何でもな…チッ」俺は途中で言葉を切った。
なんか言い訳してるみたいだったから。『借り物競走に出る生徒は、プール前に集まって下さい』
アナウンスが聞こえると同時に担任の先生がやってきた。
何やら慌てている様子だ。「どうしたんすか、先生」
俺が声をかけると先生は俺の方へ来て、
「丁度良い、お前ちょっと来い」
そう言って俺の腕を引っ張っていく。
俺は何がなんだかわからず、「ちょ、先生。何処行くんですか?」
「実はな、借り物競走に出る奴が休んでるんだ。だからお前が代わりに出ろ」
「え!?そんないきなりなこと…」と戸惑う俺を無視し、先生は構わずプール前まで引っ張っていった。
結局借り物競走に出るはめになった。
暗い気持ちで待っていると、「次、用意しろ」
担当の先生が声をかけてきた。
俺は、先ほどの希美の言葉を思い出していた。【なんれれすか?なんれ本気で走らなかったんれすか!?】
【もう…もうお兄ちゃんなんて、大っ嫌いれす!!】(…クソッ、もうどうにでもなれ)
自棄気味になりながらスタートラインに立つと、すぐに合図が鳴り一斉に走り出した。
30m位の所に紙があり、各自拾い上げる。
(何が書いてあるんだ)
紙を広げ見てみると…
俺は青色の陣地へ向かった。
「ハァ、ハァ」
辺りを見回すと友達と喋っている希美を見つけ、急いで近くまで寄る。
「希美!」
「え?あ、お兄ちゃん」驚いてる希美。
そりゃそうだ、この競技に出ること言ってないんだから。「ど、どうしたんれすか?」
「とにかく早く来い」俺は希美の腕を引っ張り立ち上げ、グラウンドに戻った。
走ってゴールに向かおうとすると、「ちょ、ちょっと待ってくらさい!」
希美が呼び止めたので、俺は振り返った。
「どうした?」
「あの、お昼ご飯いっぱい食べちゃったのれ走れないのれす」
「ったくしゃーねー。ほら、急いで乗れ」俺はしゃがんで背中を向ける。
「わ、わかったのれす」
訳が分からないまま希美は背中に乗ってきた。
急いでに立ち上がろうとすると、一瞬よろめいた。「お、お前重すぎるゾ。ちょっとは痩せろ」
「え、えへへ」ごまかし笑いを聞きながら、一気にゴールに向かう。
すると、目の前に一輪車を2台抱えたランナーがよろけながら走っている。とても辛く、今にも歩き出したい気持ちだった。
しかし今の俺には、どうしても前のランナーを抜かなければならない。「お兄ちゃん頑張ってくらさい!もうちょっとで1番れすよ」
背中から希美が声をかけてくる。
必死に走った俺は、残り5メートルの所で何とか抜き1着になった。「ゼハー!ゼハー!」
ゴールした俺は、校舎前の日陰に倒れるように横になった。
とても胸が苦しい。「らいじょうぶれすか、お兄ちゃん」
後ろから付いてきた希美が心配そうに声をかけてきた。
「な、なんとかな…」
言葉とは裏腹に結構やばい状態だったりする。
「ところれ、2つほろ聞きたいことがあるんれすけろ」
「な、何…?」
「何れののが連れられてきたんれすか?
それと、なんれあんな一生懸命に走ったのれすか?朝は全然らったのに」
「…気にするな、俺の気まぐれだ」適当に答えると、疑いの目を向けてきた希美。
「怪しいのれす。きっと紙に答えが隠されているはずれす。見せるのれす」
そう言って俺のズボンのポケットをあさる。
俺は疲れすぎて抵抗できず、されるがままになった。
いともたやすく紙を取られる。「あったのれす。早速見てみるのれす」
希美はくしゃくしゃになった紙を広げ、書いてある文字を見た。
「…」
紙をじっくり見た希美は、ゆっくり顔を上げ俺を見た。
俺は体を起こし、壁にもたれ座った。「これ、本当にののれよかったんれすか?」
「お前じゃないとダメだと思ったんだよ。だから本気で走ったんだ」
「…」
「やっぱ泣く顔より、笑顔の希美が見たかったし、っと!」希美は急に俺の胸に飛び込んできた。
「どうしたんだよ」
「やっぱり一生懸命やってるお兄ちゃんは格好良かったのれす」希美は顔を上げ、笑顔で目の前で言ってくれた。
「…ありがと」
俺は希美の髪を優しく撫でた。
本気でやって希美が笑ってくれるなら、それだけでもいいかな…
〜END〜