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剣士 投稿日:2002/07/24(水) 21:35

「雨のメロディー」

7月。
もう梅雨も過ぎ去ろうとしていた頃だった。
俺は雨に打たれながら帰宅していた。
傘も持たず、濡れることも気にしないで歩いていた。
何も考えず、楽しいことも、幸せすら忘れていた頃だった。
(所詮、大学もサークルも・・・楽しいもんじゃねーよな)
と・・・くだらないことばかり考えていたその時、前方に何かが・・・。
(あれは・・・?ゴミにしちゃあデカイ。・・・人・・だ!)
道のど真ん中に、女性、しかもまだあどけない顔をした女性が倒れていた。
「おい!おいって!しっかりしろ!」
いくら呼んでもその女性は反応しなかった。
目はうつろ、顔は真っ赤、熱もあった。
「ちっ!とりあえず、家に運ばないと!」
俺は必死に、その女性を担いで家に走った。
息を切らしながらも、立ち止まらず必死に。
(本当に運動不足ってイヤになるね・・・もうバテバテだ)
そんなことを考えながらも、家に到着した。

家に着くなり俺は、その女性をタオルでふき、着替えさせた。
まあ、さすがに下着まで変えるわけにはいかなかったが。
とりあえず、その女性も落ち着いたようで、寝息をたてて眠っていた。
(はぁ・・・のんきなもんだぜ。こっちは必死だったってのによ)
俺はとりあえず、その子を置いて、シャワーを浴びにいった。
そしてシャワーから出てくると、その子は起きあがっていて、キョロキョロしていた。
「・・・目が覚めたようだな」
俺の声を聞くなり、ビクついて、隅っこで震えている。
「おいおい・・・別にあやしいもんじゃねーよ。あんたが道で倒れてて、ヤバイと思ったから連れてきただけだ」
それを聞いて、ようやく落ち着いてくれた。
「・・・すいませんでした・・・わざわざ助けてくれたのに」
その子は礼儀正しく、お礼とお詫びをしてくれた。
「いいって・・・まあ、まだあんた・・熱あるし、ゆっくりしていけ」
俺はコーラを片手に取り、笑顔で薦めた。
「え・・でっでも・・・迷惑ですから・・・」
俺はその子に背を向け、言い放った。
「迷惑?だったら家まで連れてくるかよ。いいから休んでいろ。話ならあとにしてくれ」
ちょっとキツいくらいの口調で言った。その言い方にビビったのか
「は・・はい。わかりました」
と、言って、またベットで眠りについた。
俺は、その子と、その子が持っていた荷物を見ながら考えた。
(デカイ鞄・・・それに、靴下や靴がボロボロだ・・・もしかして・・・家出?)
そうと決まったわけではない、と思いながらも、この子の疲れ果てた寝顔を見ながら考えた。
(まあいい・・・あとで聞けばいいか)
めんどくさがりやの俺は、そう自分に言い聞かせるとソファーで眠った。

翌日、俺が目覚めると、その子は幸せそうな顔で寝ていた。
「さて・・・どうしたもんかな・・・」
この子をどうするか・・・で俺の頭の中はいっぱい。
ここに住ませるか、それとも家から出すか・・・どうするか。
「まあ、アテがないんなら叩き出すわけにゃあいかねぇよな」
俺は自分を無理矢理納得させた。まあ、ただ考えるのがめんどくさくなっただけだが。
「ん・・・・ふぁぁぁぁ・・・」
どうやら目覚めたようだ、がまだ寝ぼけている。
「起きたか。・・・待ってろ、飲み物ぐらい出す」
その子はまだ寝ぼけた顔をしている。
「・・・いい加減ちゃんと起きろ!色々聞きたいことがあるんだ!」
俺は疲れていたことや、寝起きだったこともあってキレてしまった。
「は・・・はい!ごめんなさい!」
俺の怒りによって、また怯えている。
「ふぅ・・・悪い、怒鳴っちまって。とりあえず、来てくれ」
俺はその子をイスに座らせて、コーヒーを出した。
「飲めよ・・・目が覚めるぜ?」
俺はまだ機嫌が悪いながらも、とりあえず怯えさせるのもなんだと思い、何も言わなかった。
「ありがとうございます・・・」
その子はまだちょっと怖がりながらも、コーヒーを飲んだ。
「さ・・てと。教えてもらいたいことが山ほどあるんだ。答えてくれるか?」
単刀直入。面倒な俺にとってこの上ない問いただしかただ。
「はい・・・え〜っと・・・何からお話しましょうか?」
「とりあえず、名前ぐらい教えてくれよ」

「石川梨華です・・・あの、あなたの名前も教えていただければ・・」
そういえば、名前名乗ってなかった・・・。
「進藤涼一(しんどうりょういち)だ。じゃあ、質問を続けるぞ。あの日、何故あんなとこに倒れていたんだ?まあ、簡単に言えば、ここまでの経緯を教えてくれ」
俺の淡々とした口調で問いただす。さっさと質問を終わらせたいだけだが。
「実は、親が火事で死んで、身寄りもなにもなくて、放浪してたんです。家は焼けちゃったから」
複雑なことが知らないところで起きてるものだ・・・。
「マンションとかにも長く居られなくて、お金もあまりないし・・・それでまた住む所を探してた時に、体調が悪くなって」
なるほどな・・・ということはアテがねぇんだな。
「住むとこないんなら、ここで住んだらどうだ?」
俺の突然の提案に、驚く石川さん。
「ええ?そんなの悪いですよ!進藤さん!」
悪くないから言ってんのに、面倒だな・・・。
「アテもねぇ女を放っとくほど、俺は非情じゃねーよ。いいから・・・部屋もある」
まあ、カッコつけて言ってみたが、ただ家事とかに役に立つかも・・という甘い考えのため。
「ありがとうございます!でも・・あの・・・家賃とかは?」
俺はコーヒーを飲み干し、ため息をつきながら
「家事をやってくれれば、タダでいい。俺も得だしな」
それを聞くと、さらにパァっと明るい顔になった。
「わかりました!頑張りますっ!あの、私は梨華・・・って呼んでくれます?」
まだ注文あるのか・・・・ったくもう・・・・。
「ああ、わかった。俺は涼一って呼びづらいだろうから、涼でいい」
俺はカップを流し台に片付けながら、そっけなく言った。
「はい!よろしくお願いしまーっす!」
・・・うるせぇ。・・・さて、この同居が吉とでるか、凶とでるか。
どうにでもなりやがれって感じだな。考えるのもめんどくせぇ。

とりあえず事情を聞いた後、俺はヒマだったので出かけることに。
「どこにいくんですか?」
わざわざ聞いてくる梨華。俺はタバコに火をつけながら
「・・・関係ねぇだろ?俺がどこへ行こうと。わざわざ聞くな」
と、冷たく言って、外へ。面倒だし、いちいち聞かれるのも嫌いだ。ガキじゃねーんだし。
俺はバイクを乗り、さっそうと出かけた。
「あんなに冷たく言わないでも・・。ま、いっか・・・恩人だし!掃除でもしようっと!」
俺にキツク言われたことっが、まるでこたえてないようだ。楽観的なんだろうが・・・。
俺は、目的地も決めずにバイクをとばした。
(・・・どこに行くかな・・。アイツんとこに行くか。相談もしたいし)
俺は「アイツ」の所に向かった。ただの暇つぶしに使えそうだから。
それに、家にいると梨華に何か色々聞かれるのが嫌だ。
素性を知られるのが嫌いじゃないのだが・・・・面倒。ただ理由はそれだけだった。
そして俺は、アイツの働いているバーについた。
ちょっとばかし古いが、うまい酒やカクテルがおいてあって、常連も多い店。
「・・・どうも」
俺が店に入ると、いたのは「アイツ」一人。さすがに夜に客が来る店だけあって、ヒマそうだ。
「あら?いらっしゃい。どうしたの〜?いつもなら夜来るのに」
・・・俺は基本的に友達が多いほうじゃないが、コイツだけは特別だ。何せ、恩があるから。
「ああ・・・ただヒマだったからだ。それに、ちょっと話があってな・・・なつみ」

安倍なつみ。
俺の昔からの友人で、バーで働いている。優しい笑顔と性格でモテるのだが、「何か、ちょっと足りないのよ・・・」とか言って振る。コイツの優しい笑顔には、俺でも何か癒される。
「何よ〜!あらたまって」
なつみはコップを拭きながら、笑顔で尋ねてきた。
「ああ・・・まあ、とりあえず・・・まだ昼だし、オレンジ・・・カクテルにしようかな」
俺が注文をすると、早速作り始めた。それにしても1年だけでこんなに手際がよくなるもんなんだな。
「は〜い!どーぞ!で、話って何?」
せっかちだな・・。まあこいつじゃないと相談できないんだが。
「実は・・・・というわけで・・・・・ということで・・・・何だ」
俺が一通り説明すると、なつみは何故かニヤ〜っと笑った。
「へぇ〜・・・そうなんだ。涼が女の子を助けるなんて・・・地球がひっくりかえるかもね〜」
バカにしてやがる・・・・でも、憎めない・・・。あ〜!腹立つ!
「あはは!怒らないで。まあ、その子を居候させたのは、どういうワケ?」
俺はタバコに火をつけ、ヒジをテーブルに置いた。
「ただ、家事に役にたつだろうし、あきらかに・・アテないんで助けてくださいって目をしてやがった。そんなんで断れるかい」
俺はブツブツと愚痴を言った。なつみはジっと聞いてくれるから安心。
「ふ〜ん・・・なるほど。ま、いいんじゃない?それであんたもさぁ、変わるんじゃないかい?」
変わる?俺が?俺の何が?
「バカ言え。いまさら俺の何が変わるって言うんだ?」
「そのうちわかるさ。涼が変わったらどうなるか興味あるべ」
訛ってきてる・・・ヤバイ、説教が始まるパターンだ。
「じゃ、じゃあ・・・俺は行くよ。代金は置いておく・・・愚痴って悪かったな」
俺は指を二本上げながら、店を出た。
「さて・・・あの女はどうしてるか・・帰るか」
俺はタバコを捨て、バイクにまたがり家に向かった。それをなつみがこっそり見送っている。
「アイツのぶっきらぼうなのはいいんだけど、冷たいのがねぇ。その梨華って子の出現でアイツが変わったらいいのにねぇ」
と、ブツクサ言いながら店に入って行った。

俺はバイクをとばしながら、梨華のことを考えていた。
(何やってるかな・・・変なことしてねぇだろうな?)
不安ばかり募る。まあ、あの女なら大丈夫だろうが・・・。
そんなこんな考えているうちに、家に前まで来た。明かりは点いてる。俺はドアを開けながら
「ただいま・・・」
と、タバコに火をつけながら低い声で言った。しかし、反応がない。
俺が部屋に入ってみると、梨華は寝息をたてて眠っていた。
(のんきなもんだぜ・・・ったく。風邪ひいても知らんぞ)
俺はその場を立ち去ろうとした、が・・・足を何故か止めてしまった。
「チッ・・・また寝込まれてもかなわねーな」
と、俺は自分に言い聞かせて、梨華に毛布を掛けた。と、毛布を掛けた瞬間梨華が目覚めた。
「うぅ・・・ん・・・あ・・おかえりなさい」
目をこすりながら梨華は立ち上がった。
「・・・風邪ひくぞ。」
俺にはそれしか言えなかった。風邪ひくから、気をつけなよ、何て優しいこと・・・言えない。
「あ、ごめんなさい・・。部屋を掃除し終わったら眠くなって・・・」
まあ、確かに部屋はキレイになっていた・・・。
「それは礼を言う。・・・風呂にでも入ってこい。汚れたままでいるつもりか?」
俺は灰皿にタバコを捨て、さらに次のタバコに火をつけた。
「あ、はい・・・タバコお好きなんですか?」
・・・間が悪いヤツだ。俺は機嫌があまりよろしくないというのに・・・。
「そんなこと関係ねーだろう!服は洗面所にある!とっとと行け!」
短気な俺は、また怒鳴ってしまった。
「す・・・すいません!」
と、梨華はそそくさと風呂場へ。
「きつく言うつもりはなかったが・・・ま、いいか。アイツが悪い」
と、無茶苦茶なことを言い聞かせ、タバコをふかした。

俺はタバコをふかしながら、のんびりまったりと雑誌を読んでいた。
「ふ〜・・・ヒマだな・・・」
と、俺がボヤいていると、梨華が風呂からリビングへ。
「あの・・・お風呂でました・・」
オドオドしている。よっぽど怒鳴ったのがこたえている様子。
「ああ・・・じゃあ入ってくる。そんなにビクビクするな・・・怒鳴ったのは悪かった」
と、一応謝りながら、風呂へ。謝るのも面倒だったが、オドオドされるよりマシだ・・・と考えていた。
俺は風呂に入りながら、梨華のことを考えていた。
「しかし・・・家賃とらないのも、食費かかんな〜。バイトしてもらったら助かるが・・・」
と、考えてる最中、ピンと良い考えが浮かんだ。
「そうだ。安倍んとこでバイトさせてもらったら・・・」
良い考えだ、と自画自賛。そして風呂から上がると、梨華はソファーにちょこんと座っていた。
「・・・ちょっといいか?」
俺はタオルで頭をふきながら、梨華の隣へ。
「はい・・・な、なんですか?」
まだちょっとビビってる。どうにもならねぇな・・・。
「お前、バイトする気とかある?」
「え?・・・まあ、それは少しは・・・。ここにお世話になりすぎてる気もしますから」
うむ。それならば話は早そうだ。よしよし。
「俺の知り合いに、BARで働いてる女がいる。そこでバイトしてみねーか?前々から、探してくれって頼まれてたんだよ」
安倍が働いている店は、マスターと、安倍。その二人で切り盛りしている。どう考えてもキツイため、頼まれていたのだ。
「え!本当ですか?!私、そこで働きたいです!」
「よし、じゃあ、明日案内するよ。・・・そろそろ休むか。もう気づけば、夜も遅い」
時計は、深夜12時を指していた。
「そうですね・・・おやすみなさーい!」
と、梨華は上機嫌に部屋へ。
「やれやれ・・・本当に元気なのか、ビビリなのか・・・」
半は呆れながら、俺も部屋に入り、眠りについた。

翌日、朝から梨華は服を選んでいた。
「う〜ん・・・これがいいかな・・・?それとも・・・」
う〜ん・・・何やってんだ?と俺は思い
「・・・何やってんだ?お前・・」
と、聞いてみた。すると・・・
「あの・・その安倍さんの・・働いてるBARに行くんですよね?だから、変な格好じゃいけないと思って・・」
・・女って皆こうなのか?いちいち服にこだわるとこ・・・・。
「普段着でいいだろう?そんなにアイツんとこに行くのに気ぃ使う必要・・・ねぇよ」
と、俺はタバコに火をつけて、その場を後にしようとした、が・・・
「でも!変な格好していったら、私、恥ずかしいし・・」
・・ふ〜む・・ま、そうだろうな。しかし、コイツは何着てもかわらねぇような・・・。
「お前は何着ても似合うよ・・・気にすんな」
と、梨華の頭をポンっと叩いて俺は一階へ。梨華は・・・
「そんな・・・さりげなくそんなこと言われると・・・・」
顔を赤らめながら、再び服を選び始めた。昼飯も食わずに・・・。
そして、夕方になった。
「おい、梨華!そろそろ行くぞ!」
「あ、はーい!」
階段から下りてきた梨華の姿は・・・・・。

黒い、ちょっとセクシーなドレス。何でこんなモン持ってんだ?
「さあ、行きましょうか!」
俺の考えもつゆ知らず・・・。
俺は車庫から車を出して、安倍のいるBARへ。
「車も運転できるんですね♪」
「ああ・・・まあ、免許とるのは簡単だからな・・」
喋りながらも、目の行き場に困る俺。足がセクシーだからね・・。
会話も長く続かないまま、店に到着。
「・・・おっす」「こんにちは〜!」
「あら、いらっしゃい!・・・その子ね〜・・電話で言ってたバイトさんは」
安倍は、心なしか上機嫌だ。それもそうだろう。仕事が少しでも楽になるのだから。
「おお・・・よろしく頼むぜ」
俺はそう言うと、椅子に腰かけて、マスターと会話。
「さて・・・ドレスはいいけど・・・ん〜そうだ!梨華ちゃん、ちょっと来て!」
梨華は別室に連れて行かれた。一体何だろうか・・・。
「しかし・・可愛いね、あの子」
「あん?突然なんだよマスター」
ここのマスターは、俺に彼女が出来ないことを気にかけていただけに、梨華のことを俺の彼女どと思っているみたいだ。
「俺にゃあわかんねぇ・・・考えるのもめんどくせぇよ」
俺はタバコをふかしながら、素っ気なく答えた。
「そうかねぇ・・ああいう子が、涼には合うと思うがなぁ・・・」
と、マスターがぼやいてる時、扉が開き、安倍と梨華が。と!俺は梨華の姿を見た瞬間、タバコを口から落としてしまった。
「お待たせ〜!どう?大人っぽい梨華ちゃんは?」
安倍の仕業らしいが、化粧をうまくして、大人っぽく見える梨華。俺は絶句、マスターは開いた口がふさがらないといった様子。
「えへへ・・・恥ずかしいな」
梨華は恥ずかしがってるが、なんとも・・・美人である。
「私の腕にかかれば、朝飯前よ〜!」
おそれいりました、なつみ・・・・・・。

その後、梨華となつみは仕事にいそしんでいた。
梨華も、以外と仕事をうまくこなし、しかも男の客からは「なつみさんと、梨華さんでダブル女神だ」とまで言わせた。
仕事が終わると、マスターやなつみは大満足らしい表情。梨華のおかげで、客足がのびたらしいが・・・。
「こーいうバイトさんなら、本当に助かるよ!」
「涼、紹介ありがとね」
こっちは全然かまわないんだが・・・気に入ってもらえたのならよかった。
「じゃあ、俺らは帰るよ」
「お疲れさまでした〜」
と、俺と梨華は車に乗り、家路についた。
「どうだった?疲れただろ?」
「はい・・・でも、楽しかったです。の・・どうでした?私の・・・化粧とか・・」
あ?そんなこと聞くな、と思ったが、めんどくさいから言わないなんて通じないな・・・。
「キレイだったよ・・・」
俺がそう言うと、梨華は赤面、そして
「ありがとうございます。涼さんに言ってもらえると嬉しい・・・」
何言ってるんだ?と思いながらも、家に急いだ。

この日は、強い雨が降っていた・・・。
俺らの関係は、晴れてきても、世間はまだ梅雨・・・。

それからというもの、梨華は必死にバイト、俺は大学&バイトでまともな休みがとれなかった。
なつみ&マスター曰く「梨華ちゃんは最高の人材」らしい。まあ、そんだけ働いてくれるのはいいこと。
だが・・・俺にある不安がよぎっていた。

まさかそれが現実になるとは・・・・。

梨華が働き始めて一ヶ月、その時はやってきたのである。
いつものようにBARで働いている梨華。だが、その様子がおかしい、ということになつみが気づいた。
「どうしたの?何か顔色悪いよ?」
「あ・・・安・・倍・・さ・・」
なつみの名前を呼びかけて、梨華は倒れた。
「梨華ちゃん!どうしたの!梨華ちゃん!誰か、誰かー!!!!!」

その頃俺は、自分のバイト先で働いていた。
と、突然携帯が鳴り、仕事中なのに・・・と思いつつ電話にでた。
電話はなつみからで、かなり焦っている様子だ。
「なんだよ・・・今バイト中・・・あん?何だと!梨華が倒れたぁ?!わかった!すぐ行く!」
俺は事情を説明して、バイト先を急いで出て、病院へ。
「梨華・・・梨華・・・」
俺はバイクを飛ばしながらも、ずっと梨華の名ブツブツを呼んでいた。
今まで感じたことのなかったぐらい心配。それはただ、倒れたから、同居人だから、とかの思いではなく、梨華に、「好き」という感情が湧いてきていたからである。
「大丈夫だよな・・・梨華!」
俺は必死にバイクを飛ばした。もう、梨華以外のことは考えていなかった。
それほどまでに、俺は梨華を好きだ、ということが、ハッキリわかったから。

そして、俺は病院に着いて、梨華のいる病室に走った。

病室に入ると、なつみとマスターが座って梨華を見ていた。
「はぁ・・はぁ・・・おい!梨華どうなんだ!?」
俺はかなり冷静さを失っていた。それほどまでに頭の中は梨華でいっぱいだったのだ。
「フフ・・大丈夫よ!」
「へ・・?」
なつみの一言に、呆けたような声を出す俺。
「ただの過労だそうだ。頑張りすぎたんだろう」
俺はそれを聞いた瞬間、体の力がぬけ、へたりこんでしまった。
「は・・は・・そっか・・・よかった」
「よほど心配だったんだね〜・・涼がそんなに人を心配するのを初めて見たよ」
なつみの一言に、うんうんとうなずくマスター。
「な、な、何だよそれ!」
俺は思いきり痛い所をつかれ、慌てた。
「ふふ・・・べ〜つにぃ!・・マスター、そろそろ行こうか!」
「そうだな。二人きりにさせてあげようか」
ニヤニヤと笑うなつみとマスター。
「だから、何だよそれ!」
「ごゆっくり〜!」
と、二人は部屋を出ていった。あきらかに俺と梨華をくっつけようとしているのだろうが・・。
「う・・う・・・ん・」
梨華がどうやら俺の声で、目覚めてしまったようだ。

「お?梨華・・・気がついたか?」
「私・・・どうして?」
梨華はどうやらまだ状況がわかってないようである。
「過労で倒れたんだよ、お前。まったく心配かけて・・・」
俺は椅子に座り、梨華の頭を指でツンっと押した。
「え?!そういえば・・・BARで働いてて、何かフラっとして・・・」
「働きすぎたんだよ・・・。待ってろ。果物でも剥いてやるよ」
俺は桃を手に取り、剥きながら話を続けた。
「何でそんなになるまで働いた?休みをとることも必要だぜ?」
と、それを聞くと、梨華の表情が暗くなった。
「それは・・・」
何となく言いづらそうである。下を向いたまま動かない。
「いいから言ってみな。怒らないし、働いてくれたのは感謝してるし」
いつもの俺と違う、優しい言葉。これが、なつみ曰く、俺が変わる、ということだったんだろう。
「それは・・・涼さんに、認めてもらいたかったから、嫌いになってもらいたくなかったから」
俺はその言葉で、固まってしまった。唯一、絞り出した言葉は
「どういうことだ?」
この一言だった。さらにこの後、梨華から思いもよらないことを聞かされようとは・・・。

「だって・・初めて会った時も、凄い冷たかったじゃないですか・・・」
確かに、それは否定はできない。面倒くさいだけだったんだけど・・。
「それに、いつも話しかけてもうるさい!とか言われたし・・・」
た、確かに。それもまぎれもない事実だ。
「だから・・・嫌われてるんだと思って・・・」
それは違うんだけどね・・・。ま、女性と話すのは苦手だったけど。
「でも、ある日バイトの話持ってきてくれたじゃないですか。それ、もの凄く嬉しかったんです」
「え?何でだ?」
梨華は剥いた桃をほおばりながら話を続けた。
「らって・・ゴクン・・・だって、涼さんが私に頼み事するなんてなかった。いえ、そっちから話しかけてくれるなんて、ほとんどなかったし・・・」
・・・そうかもしれない。最初、質問をした時ぐらいしか記憶にねぇぞ?
「バイトのこと聞いて、ああ・・少しは頼りにされたのかなぁ?っと思ったんです」
「・・・!」
俺は固まってしまった。そんなに思ってたなんて・・・全然気づかなかった。
「それで、認めてほしかったから・・・一生懸命働いたけど、こんなになって、また迷惑か・・け・・ちゃって・・うっ・・えっ・・・」
梨華の目から涙がボロボロ落ちてきた。俺は、固まって何も喋れなかった。
「・・・ごめ・・んなさい・・うっく・・・。でも・・・お願いで・・すか・・ら・・嫌いにならないでください・・うっうっ」
俺はそれを聞くと、立ち上がり梨華を静かに抱きしめた。

「あ・・・!」
梨華は驚きながらも、顔を真っ赤にしている。
「大丈夫だ。俺はお前を嫌ったりしねーよ。むしろ、今の話聞いて、もっと好きになった」
俺は告白同然の答えを出してしまった。
「本当・・・ですか?」
梨華は驚きを隠せない表情で、俺を見つめている。
「ああ・・本当だ。ごめんな・・・今まで・・・」
俺は目を閉じ、さらに梨華を強く抱きしめた。
「あ・・・嬉しいです!涼さん・・・!」
梨華も俺を強く抱きしめ始めた。

と、その時ドアの向こうから声が・・・。
「よかったねぇ・・・なあ、なつみちゃん」
「うん〜・・涼も変わったし、二人とも重いに気づいてよかった!さ、マスター、帰ろうよ!」
なんと、なつみとマスターはまだ帰らず、ドアの向こうからずっとこちらの楊子を伺っていた。

油断もスキもありゃしない・・。
だが、そんなことにも気づかず、俺と梨華はまだ抱きしめあったまま・・・

梨華は、1週間で退院できた。
退院祝いに、なつみの店で、客も混じって騒いだ。梨華も楽しそうだったのでよかった。

それからというもの、俺の梨華に対する態度、梨華の俺に対する態度が変わった。
大きく変わったわけではないが、俺が怒鳴ることもなくなり、梨華もビクビクすることがなくなった。
ある日俺が学校から帰った時なんか、
「ただいま〜・・」
「おかえりなさ〜い!会いたかった〜!」
梨華が飛びついてきた、が俺はそれを振り払い
「んなことより、メシだメシ!腹減った〜」
俺のこのムードのかけらもない一言。
「んもう!知らない!」
梨華はふくれっ面になりながら座り込んでしまった。
これはまずい!と思った俺は
「ご、ごめん・・・」
と、梨華を抱きしめた。すると梨華は赤面、そして機嫌が直ってしまう。
「は〜い!ご飯なら作ってたよ〜!」
単純明快。まさにその言葉があいそうな性格。
性格がつかめれば疲れないから、前みたいにビクビクされよりマシだった。

でも、俺は幸せ、というものの良さを実感していた。
一人じゃない、楽しい、ちょっと疲れるけど、家に帰るのが楽しみになった。

だが―――――――――。
そんな幸せな時間も、すぐになくなってしまうことになる。

しばらくした、曇りの日。
俺は朝からバイトに行く準備をしていた、とそこに・・・
「涼さん、お出かけですか?」
梨華がエプロン姿でひょっこり現れた。しかも手には箸。
「昨日言っただろ?バ・イ・ト!」
俺が少しでもキツク言うと。梨華は頬をプク〜っとふくらませてしゃがみ込む。
「いいじゃん・・何度聞いても〜・・」
こうなったらなかなか梨華は立ち上がらない。やっかいな代物である。
「ごめんよ・・・じゃあ、俺行くよ・・」
俺がバイクのキーを持ち、階段を下りていこうとした時、梨華が服をガッシリつかんだ。
「おいおい・・・バイト遅れるから、な?」
俺がなだめても、梨華はまだふくれている。
「じゃあ、約束してよ!今日は・・・一緒に寝ようね♪」
俺は急いでいたせいもあったか
「いいよ・・・約束な」
と、安請け合い。いい加減な性格がこういう時に損をする。
「行ってらっしゃい!今日はカレー作って待ってるからね〜!」
アニメ声が外にまで響き渡る。朝っぱらからデカイ声・・・ご近所にバカヤロー!とか言われそうだ。

そして俺はバイクを飛ばし、バイト先に向かってる途中、雨が降ってきた。
「ヤバ・・・ずぶ濡れになる前に行かなきゃ・・・」
俺が速度を上げて、急いでいたその時、前でトロトロしてるバイクが。
「・・・!ヤバイ、かわさないと!」

俺は必死に横へ進路変更。なんとか回避した・・と思ったその時、前から車が―――――――――!
しかもこっちへ向かってくる。どうやら、気づいてない所を見ると、居眠り運転みたいである。
「く・・!かわせるか!?」
俺はハンドルを必死にきった。がその時だった。
「ヤバイ!スリップする!」
俺が気づいた時は、もう遅かった・・・。
雨で路面が濡れていたこと、車、バイクのダブル回避で、ハンドルを思い切りきったこと。
不運が重なったおかげで、俺はハンドルから手を離してしまい、道路に叩きつけられた・・・。
俺はもうろうとしながら、道端に移動した。
「ハァ・・フゥ・・ち・・くしょ・・何でだよ・・っ!ゼェ・ハァ・・・せっか・・・く・グッ・・・梨・・・華と・・幸せに生・・活でき・・ると・・思っ・・・うぐッ!」
俺はそのまま倒れ込み、意識をなくした。その後・・・救急車はすぐに来てくれたが、俺は重体だった。

そして家では、梨華がくつろいでいる時に電話が鳴った。
「もしも〜し!あ、安倍さ〜ん!どうしたんです・・・はい?え?涼さんが・・・事故!?重体!?」
「うん・・・バイクで、事故にあったって・・・今、○○病院で・・手術中なの・・」
電話の向こうのなつみの声は、小さく、震えていた。
梨華は、すぐに電話を切り、雨の中、涙をこぼしながら病院へ走った。こう呟きながら・・・。
「涼さん、ヤダよ・・・ずっと、ずっと一緒にいようって・・言った・・じゃ・・ない・・!」

梨華が病院に着いた頃には、俺の手術はすでに終わっていた。
「あ・・・安倍さん!」
梨華は病院ということも忘れて大声を出した。
「・・梨華ちゃん」
安倍の表情は、暗い・・・というわけでもなさそうである。
「どうなんですかっ!涼さんはどうなんですかっ!」
もの凄い形相の梨華。だが、安倍はふっと笑って
「もう大丈夫らしいわよ。命に別状はないってさ・・意識はまだないけど」
梨華はそれを聞くと、腰がぬけたように座り込んでしまった。
「・・・よかったぁ・・・」
「ホント、心配かけるわよねぇ・・あのバカ涼は」
安倍は苦笑しながら俺をバカにしていた。

それから5日間、俺は意識不明のままだった。
その間、梨華がつきっきりで見ていてくれた。花を変えたり、服を変えたり・・・。
そして、俺が事故をおこして6日目の朝・・・俺は目を覚ました。
「うぅ・・ん」
梨華も俺のはたで眠っていたのか、目をさました。
「・・・!涼さん、気がついたんですか?」
梨華は喜びで満たされた。しかし・・・。
「・・・?俺はなんでこんなとこにいるんだ?」
状況がわかってないバカ、ここに一名。
「バイク事故で重傷だったんですよ!覚えてないんですか?」
「・・覚えていない。・・というか、あんた、誰?」
梨華はそれを聞くと、怒りに満ちた表情に変わった。
「ふざけないでくださいっ!梨華ですよ!」
「ふざけてなんかいねーよ!・・・あれ?・・そういえば・・俺は・・誰だ???」
梨華は怒りから驚きの表情に変わった。
「・・え?本当にわからないんですか?!・・記憶喪失・・!?」
そう、俺は・・・頭を打ったせいか、記憶がなくなってしまっていたのだ。

目覚めて以来、俺はずっと苦悩していた。
俺は誰だ?あの女性はなんで俺に世話焼いてくれるんだよ?何で俺はこんなとこにいるんだ?
「・・・わからねぇ」
この日も俺はずっと屋上でアタマを抱えていた。と、そこに・・・。
「涼さん・・・」
梨華、とか言う女性か・・・何の用だろう?
「あの・・・あのね・・・」
ハッキリしないな・・・・何か知らない女性とはいえ、こういうのは・・・イライラするな。
「何だよ!今イライラしてんだ!ハッキリ言えよ!」
「ご・・・ごめんなさい!」
オドオドしながら、何故か梨華はちょっと赤面している。何だ?
「実は・・・子供が出来たの」
「はあ?・・そりゃよかったじゃねーか」
「わからない?私と、涼さんの子供だよ?」
それを聞いた瞬間、俺は凍りついた。
衝撃の発言・・。鳩が豆鉄砲くらったどころではなかった。
「・・・え?え?・・どういうことだよ!?ってか俺たち・・・いつヤった?」
梨華の呆れた表情。いきなりヤッたはヤバかったか?
「もう・・・何でそんなこと聞くの?ヤったわよ・・・もう」
さらに赤くなる梨華の顔。俺はさらに唖然、呆然。
「・・・悪い、ちょっと一人にしてくれないか?」
梨華はそれを聞くと、何も言わずに下に降りていった。
「ど・・どうなってんだ?俺の子供?そりゃ子供は好きだが、でも・・・あの女性と、結婚するってことか?・・・そんな仲だったのか?畜生、何で何も思い出せない!記憶よ、頼むから戻ってくれ!」
俺は影を背負いながら、下に降りていこうとした。
が、その時、思いもよらぬ出来事が起こった!

俺は階段を下りている途中、頭を打った影響か、フラフラした。
「あ・・・くそ・・・やべ・・」
と、その瞬間!
「しまっ・・・あ〜!」
階段から落ちてしまった。しかも、壁で頭を打つおまけつき。
「う〜ん・・・痛ててて・・まったく何てことだ・・」
と、その時だ。俺の頭の中に、色んな風景が浮かんだ。
「え・・?あれ・・?俺は・・・そうだ・・・!思い出した!」
なんと、頭を打った影響で、記憶が戻ってきた。
「やった〜!・・・と、おっとと・・まだフラっとするな・・・」
俺はおぼつかない足取りで、病室に戻った。と、そこには・・・。
「なつみ・・・」
その声を聞いて、なつみはビクっとしながら振り返った。
「え?今なん・・・記憶が?」
俺はしずかにうなずいた。と、その時、なつみが俺に抱きついてきた。
「お・・・おい」
「グスっ・・・よかった、よかったよぉ・・・」
俺はタジタジしながらも、なつみをすっと抱きしめた。

そして俺は、ベットに戻り、梨華とのことをすべて話した。
「そっか・・・子供が・・・」
なつみは元気なさげに答えた。
「うん・・まあ・・・ね。それで俺たち・・・結婚・・」
「やめて!」
なつみが突然叫んだ。どうしたというのか・・?
「それ以上言わないで・・・お願い。私、私!」
なつみは泣きながら、立ち上がった。
「涼のこと昔っから好きだったのよ!」
俺はまたもや凍りついた。今日は何だ?厄日かい?
「昔から、頼りになって、でもぶっきらぼうで・・・でも、優しかった涼が、好きで仕方なかった!好きで好きで!」
俺は黙ったまま、しかし凍りついて聞いていた。
「子供が出来て、結婚なんて・・・イヤだよ!お願い!私だけを見てて・・・」
なつみはまたもや俺にしがみついた。だが、俺は・・・。
「・・・すまない、気がつかなくって」
これしか言えない。根性がない、と言われても仕方ないような男。
「絶対、私諦めないから!梨華ちゃんがどんなに好きだろうと、私はあなたを奪い取るから!」
な、なんか無茶苦茶になってきたぞ?どうしたら・・・。
「いや、子供だっている・・・しねぇ」
「関係ないよ!梨華ちゃんに渡せばいいじゃない!・・お願い・・・私と・・結婚してくれない?」
何でこんな展開になるんだ・・?頭痛ぇ・・・。
「・・答えは?YES?NO?」
・・返事しなきゃならないな・・・。
「NO。なつみにそこまで思われたのは嬉しい。しかし、俺は梨華を選ぶ。理由もつけようか?」
なつみは怒り?の表情でうなずいた。
「理由はだな・・・」

「アイツに救われたからだよ」
なつみは、ハァ?という感じで黙っている。
「・・俺の過去を全部話した」
それを聞いた瞬間、なつみは驚いた。
「え?!話したの?何で?!」
「・・・写真見られちゃったんだよ。片付けてなかったし。・・アイツとの写真は片付けられなかった」
「・・まだ、悔やんでたの?」
俺は立ち上がり、窓を開けて、空を眺めた。
「アイツを忘れられるわけねぇだろう?俺の親友とも言える存在だったあいつを・・」
俺の目から、一粒の滴が流れ落ちた・・・。
「涼さん・・・」
その声に、俺となつみはバっと振り返った。
「梨華・・・」
梨華が花を持って立っていたのだ。しかも、ちょっと悲しそうな顔で。
「ごめんなさい。話、聞いてました・・・」
すべて聞いていた?ってことは、なつみが俺のことを好きだって言った時からか?!
「ちょっと、梨華ちゃん来てくれない?」
と、なつみは梨華を連れて行ってしまった。
「まさか、修羅場か?・・・やだなぁ」

なつみは梨華を連れて屋上へ。
と、着いた瞬間ピタリと止まり、何故か寂しそうな表情で振り返った。
「ねぇ・・・アイツ、涼の過去、聞いたんでしょ?」
突然の質問に、梨華はとまどった。
「え・・?あ・・・はい・・あの、涼さんの親友、烈矢さんのことですよね?」
なつみは静かにうなずくと、空を見上げた。
「そう・・・烈って呼んでたんだけどね。アイツと涼のコンビは、凄かったわ・・」
そう言うと、なつみは座り込み、うつむいた。
「でも・・烈が死んじゃって・・涼の性格が一気に変わって・・・」
梨華は聞いたハズなのに、驚いている。何故?
「涼は・・・元々凄い明るくて、ムードメーカーだったの。でも、烈が死んで、今のような性格に豹変したわ」
「ど・・・どうしてです?」
なつみは顔を上げた。目がらはポタポタと滴が落ちている。
「烈は事故で死んだ。それは聞いたわよね?・・ただの事故じゃなかったの」
梨華はイマイチ理解できていない。
「烈はその時、車に轢かれそうになった子供を助けたの。それで轢かれた・・・そこまでは普通の事故」
事故に普通とかないと思うけど・・・と梨華は思った。
「ただ、その轢いたのが、また最悪なヤツらでね。救急車呼ぶどころか、はたにいた涼に、どうしてくれるんだ!この車ローン残ってんだぜ!金払え!とかわめいたらしいの・・・」
梨華は固まった。そして、涼が何故性格が豹変したのか、わかったような気がした。
「それで、涼の良い性格の部分が、崩れちゃったんだね。その轢いたヤツらを、殴り飛ばした・・・」
梨華もいつの間にか涙がこぼれ始めていた。
「そんなワケで、涼が変わっちゃったの・・・。でもね、またあの頃の涼に戻ってきてるの。何故かわかる?」
梨華は左右に首を振った。そりゃわからないだろう。
「あなたのおかげなのよ、梨華ちゃん」

「ええ!?」
さすがに驚いた様子の梨華。だが、なつみはかまわず続ける。
「雨の日、あなたを助け、さらにあなたに冷たいことを言いながらも、世話をし、バイトまで見つけた。普通の涼ならありえないことよ」
「そんな・・・私は何も・・・」
なつみは梨華の頭を撫でながら、続けた。
「それに、アイツ言ってた・・・あなたのおかげで自分が変わったって。ただ昔の涼に戻っただけなのにね」
なつみはクスクス笑った。梨華もつられて笑った。
「私は、昔の涼に戻って欲しい、って思った。努力もしたけど・・・梨華ちゃんにはかなわなかった」
と、なつみは突然梨華を抱きしめた。
「あ・・・安倍さ・・・」
「アイツのこと、よろしくお願いね。何かされたら、私に言いに来なさい。それと、赤ちゃんきちんと育てるのよ。わかった?」
「は・・はい!」
そして梨華は下に降りていった。が、なつみはそのまま立ちつくしていた。
「あーあ・・・でも、これで良かったんだよね・・・烈」
なつみはそう言いながら、ポケットから写真を取りだした。そこには、俺、烈矢、なつみの3人が肩を組んで、笑顔で写っていた。
「今度写真を撮る時は、男一人、女二人かな・・・ふふふ・・・」
なつみは涙を流していた。しかし、とても幸せそうな笑顔も同時にでていた。
なつみの笑顔のように、明るく太陽が照りつけていた。
夏真っ盛り・・・・。

それから一ヶ月たった。もう季節は秋に入り、残暑から涼しい風が吹き込むようになった。そして、俺の退院の日でもあった。
「じゃあ、お世話になりました」
「お気をつけて」
ナースの人が見送ってくれて、俺は一人で病院を出た。
何故一人かというと、梨華やなつみは一緒に仕事、らしい。何もこんな日まで仕事しなくても、と思うが。
「まあ、たまには一人もいいか・・・」
開き直りのよさ、というか、この余裕は一体何なのか?と聞かれてもおかしくないだろう、この性格。
と、俺が曲がり角を曲がったその時だ。
「・・・!お前ら・・仕事じゃなかったのか?」
立っていたのは、梨華、なつみ。
「一人じゃ寂しいでしょ?」「一緒に帰ろうよ」
なつみと梨華は俺の手を握り、引っ張るような形で歩き始めた。
「お、おい・・・こっちじゃねーぞ?おいって!」
家とは逆方向に引っ張る二人。一体何なのか・・・。
「ここ!ここに来たかったのよ〜」
「ここか・・・なつかしいな」

なつみの連れてきた場所は、公園。この公園は、昔俺と、烈矢、なつみと一緒に遊び、写真を撮った所。
「ねえ!ここで写真撮るんでしょ?」
「そうそう!それが目的だったのよ」
それだけのために、病み上がりの俺を引っ張り回したのか?呆れるぜ・・・。
「じゃあ、撮るよ〜!」
そして、梨華はボタンを押し、こっちへ走ってきた。
「よ〜し!ポーズとってとって!」
「わぁったよ。よ〜っし!」
俺も、半ばヤケに近かったが、ポーズを撮った。
「もうすぐ・・・・・あれ?何で?撮れない?」
シャッターがおりない。皆でシャッターに近づいたその時!カメラから閃光が!
「わあ!」「キャア!」
突然、シャッターがおりたのだ・・・。
「何で〜?」「「何でだ?」
疑問が浮かんだが、そんなことも気にせず、俺たちは現像に。
「ププ!何コレ〜!」
写っていたのは、驚いた顔の3人組、俺たち・・・。
「ブッ・・・あっははははは!」
おかしくて、おかしくて・・・俺たちは笑い転げた。
俺たちの、一つの思い出の日となったこの日。
秋の始まりを告げる、モミジがうっすらと赤くなってきた日だった。

それから、5年の月日が流れた。

なつみは相変わらずマスターとバーで働いている。
なつみ曰く「ここが気に入ってるのよ!」らしい。どうやら彼氏も出来たと言っていたので、安心だ。
そして、俺と梨華は・・・。
「涼さん!早く起きて!仕事ですよ〜!」
俺たちは結婚し、子供はなんと4人。ちなみに男3人、女1人です。
「んあ・・・わかった・・・」
俺は就職し、キッチリ働いている。(ホントだってば!)
「よっし!いってらっしゃい!」
「ああ、行って来るぜ!」
俺は急いで駅まで走った。と、その通り道で、例の公園に通った。
「・・・ここで、烈矢、なつみと出会った。烈矢を失った。梨華との出会い、事故、そして修羅場(?)・・・で、結婚か・・・」
俺は懐かしみながら、時計を見て、遅刻する!という現実に引き戻された。
「ヤバ・・・・!急がないと!」
走りながら、また昔を思い出していた。
(色々激動の10代だったけど、それもいいのかもな。ヒマにはならなかったしね)
俺は微笑みながら、駅へ走った。
(・・・烈矢、俺・・・色々皆に迷惑かけたけど、なんとかやってるぜ。お前、天国から見てるか?)
俺は立ち止まり、曇った空をながめて、一息ついた。
「遅刻・・・まあ、一度くらいいいかな」
いい加減な性格は変わってない。
でも・・・昔と違って、幸せや、笑顔、いい物が全て戻ってきた。最高の日々をすごせるようになったのは、梨華のおかげだよな・・・。
「すべては、梨華との出会いが・・・か」
俺が歩いてると、ポツポツと雨が降ってきた。だが、そんな雨さえ、心地よい。

−幸せって、何がキッカケでよってくるかわかんねーもんだな−

〜Fin〜