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TMC 投稿日:2002/07/30(火) 10:37
「あはは、、、、」
「はは、、、、、」
とりあえずこの状況では2人とも笑うしかなかった。
「何でうちがあんたと暮らさなあかんねん!」
ただ一人を覗いては。春休みも終わり今日から新学期である。
俺、寺田慎一は高校3年生となった。そう、受験だ。
でも、俺の高校はそれなりに金持ち学校なので赤点さえ取らなければ
普通に大学に進学できるんだけど。
まぁ、自己紹介でもしておくか(誰にだよっ!)
さっきも言ったけど名前は寺田慎一。
特技も趣味もなく至って平凡な高校生だ。ただ家柄はすごいらしい。
いわゆる「財閥」なのだ。「寺田財閥」
そのおかげで金に困るということは一切ない。
家もそれなりの豪邸で、家政婦だって何人もいる。
豪邸といえば何か俺の家の近くにもう一軒豪邸が建ったな。
和の匂いがプンプン漂ってくるような家だ。
っとまぁ自己紹介はこんぐらいかな。その日の学校からの帰り道、友達との話題はある転校生のことだ。
かなり可愛いらしい。俺は特に女に興味がなかったので相槌をうつだけだった。
「慎一も一回は見た方がいいって。マジでカワイイから。」
「ふ〜ん。どんな感じの娘なんだよ?」
相手もしつこいのでとりあえず質問してやった。
「容姿端麗は当たり前、頭も良くて運動もできそうで
言葉づかいもきれいでどっかのお嬢様って感じかな。」
ナゼか自慢げに言われた。一日見ただけでよくそんなに分析できるな、、、
そう言えば、そんな奴が昔いたなぁ。そんなこんなしている内に家についた。
「慎一の家っていつも思うけど豪邸だよなぁ。」
「そうかな?」
「そうだって。お前にも少しは庶民の感覚を持ってほしいよ。」
友人はそう言い残し自分の家に向かっていった。
俺が玄関に立ちドアを開けようとしたら、勝手に開いた。
ドアの向こうからはテレビのCMで見たことのあるような人達が
大量の段ボール箱を持って出てきた。
俺はその軍団を不思議に思いながらも家に入った。「ただいま。」
と言っても答えるのは家族でなく家政婦の人たちなんだけど。
「お帰り。意外と早かったんだな。」
答えたのはいつもと違う太い声、親父の声だ。
「親父こそ出張から帰ってきたのかよ?今回は早いな。」
「出張はまだ終わってないんだがちょっとした用事でな。」
またこれか。親父の用事というのはいつもたいしたことがない。
「息子よ。早く引っ越しの支度をしなさい。」
「はぁ!?引っ越しだと?どうして俺が?」突然のことに一気に疑問が浮かんできた。
あの段ボール箱の中身は俺の荷物だったってこと?
「あれ、言ってなかったっけ?今日からお前はあそこで暮らすんだよ。」
そう言って親父が指さしたのは最近できた豪邸だった。
「さあ、わかったならとっとと出発せんかい!」
「ま、待てよ親父!わけがわからん!何で俺が、、、」
親父を問いつめる前にさっきの軍団にトラックに押し込められた。
俺を乗せたトラックは静かに走り出した。
「フフフ、、、息子よ、がんばるんだぞ。」俺はトラックの中で考え込んでいた。
また親父のことだ。どうせ、変なことやらかすに決まってる。
トラックは言われた通りあの屋敷の前で止まり軍団が動き出した。
荷物がどんどん屋敷の中へ運ばれていくのをただ見ているしかできない。
呆然と見ているとさすがはプロ集団、30分程度で終わってしまった。
「では、私達はこれで。」
軍団は嵐のように去っていった。
キリンさんが好きです。でも、ゾウさんの方がもーっと好きです、、、屋敷の中へ入ってみるとやはり和風だ。
しかし新築ということもあってかなりきれいだった。
意外とここも気に入りそうだな。それにあこがれの一人暮らしだよな。
そう思いながら屋敷内を見て回った。
一人で使うにはもったいないほどの広さだった。
だいたい屋敷内を全部見るのに15分近くかかってしまった。俺がとりあえず自分の部屋と決定したところで荷解きをしていると
「だぁー!ほんまに疲れたわ。姉ちゃん早くしてよ。」
「亜依、そんな所で座らないの。お行儀が悪いでしょ。」
玄関から二つほど女性の声が聞こえた。ここは俺の家のはずだが、
恐る恐る玄関へいってみるとやはり女の子が2人いた。
人の家に勝手に入るとは、いくら女の子でも許されないぞ。
そう思い、俺は彼女たちに声をかけることにした。「あのぁー、ここは俺の家なんですけど何か?」
声をかけると彼女たちはビックリした様子で俺の方を見た。
「えっ!えっ!あのー、、、すいません間違いました!!」
背の高くてアニメ声の子の方はかなり焦っている。
「せやけど、この住所やとここしかないで姉ちゃん。」
背の小さい妹らしき娘の方は落ち着いている。何で関西弁?
姉らしき子が妹と一緒にすぐに出ていこうとしている。
あれ、待てよ?あのアニメ声に、あの関西弁?
う゛ぁっ!!!「もしかして、梨華と亜依か?」
「え!もしかして慎ちゃん?」
「慎ちゃんってあのバカ慎一?」
やっぱりこんな独特の姉妹と言えばこの2人しかいない。
うちの財閥と並ぶ石川グループの娘
石川梨華、亜依。
関東の寺田、関西の石川と言われるぐらいだ。
ガキのころはちょくちょく関西に行って2人と遊んだけど
ここ10年はめっきり会っていなかった。
その2人がどうして、、、?「どうして慎ちゃんが、ここに?」
俺とまったく同じ疑問を梨華も持ったようだ。
「俺は親父に今日からここに住めって言われたからだけど
お前達はどうして?」
「私達もお父様に言われたから大阪からやってきたんだけど、、、」
その時ちょうど良いタイミングで親父から電話が来た。
「おい親父、どういうことだよ!梨華達も来てるぞ。」
「あれ?言ってなかったか。梨華ちゃん達も一緒に暮らすって。」
「梨華達も一緒に暮らすだと!?」
俺の声を聞いて亜依がとっさに携帯を横取りした。
「おっちゃん、どういうことや!?説明せんかい!!」
「おやおや亜衣ちゃん、久しぶり。相変わらず元気がいいねぇ。
まあ、そういうことだから慎一のことよろしくね。それじゃ。」
「切れた、、、」
亜依が立ち尽くしぽつんと呟いた。「あはは、、、、」
「はは、、、、、」
とりあえずこの状況では2人とも笑うしかなかった。
「何でうちがあんたと暮らさなあかんねん!」
ただ一人、亜依を除いて。
「俺だって知らねぇよ。親父に聞けってんだ。」
「ほらほら、亜依も慎ちゃんもそこまでにしてお互いにまず荷解きしましょ。」
「そうやな。こんなバカほっとこう。いくで、姉ちゃん。」俺は一人分だからすぐに荷解きが終わってしまったので
リビングでぼんやりテレビを見ていた。
さて、これからどうするかな?
とりあえず部屋割だな。あそこは俺で、あっちは梨華だな。
亜依はトイレに一番近い部屋でいいか。
そんなことを考えていると何かおもしろくなってきた。
この暮らしも意外と楽しそうかもしれない。「ニヤニヤすんな、気持ち悪いわぁー。」
「亜依か、もう荷解き終わったのか?」
「うちは姉ちゃんと違ってきちんとしてるからやな。」
自慢げに胸を張っているとグーッと変な音がした。
亜依は顔を真っ赤にして腹を押さえている。
「ププッ、腹が鳴ってやがる。」
「笑うな!うちだって鳴らしたくて鳴らしたわけやない!」
怒鳴り声に気付いたのか2階から梨華が下りてきた。
「もう、何やってるの。しょうがないんだから。」
「姉ちゃ〜ん、お腹空いたよぉ。慎一がいじめるよぉ。」
梨華に嘘泣きしながら亜依がすがる。「う〜ん、どうしよっかな?冷蔵庫に何もないんだよね。」
「それなら俺が近くのコンビニで買ってきてやろうか?」
ここら辺には多くのコンビニがありなかなか便利なのだ。
「じゃあ、私も一緒に行っていい?ここら辺のこと全然知らないから
少しは知っておかないといけないと思って。これからここで暮らすんだし。」
「わかった、一緒に行くか。」
「うちもコンビニ行く〜。アイス買う〜。」
「だめ、亜依はお留守番だよ。」
「姉ちゃんのケチ、、、」
亜依はソファーでふて寝を始めた。
この姉妹は亜依の方が権力が強そうに見えて
実際は梨華の方が強いんだよなぁ。コンビニへ向かう道の途中、俺達は話が絶えなかった。
なんてたって10年近く会ってなかったんだから話題は尽きない。
「梨華達は学校どうするんだよ?」
「慎ちゃんと同じ学校に転校してきたんだけど知らなかった?
隣のクラスなんだけど、、、」
そういえば、今日の帰り友達がそんなこと言ってたな。
「あの転校生って梨華だったのか!?梨華だったら
友達が言ってた事も納得できるな。」
「何て言ってたの?もしかして変なことかな、、、?」
「容姿端麗は当たり前、頭も良くて運動もできそうで
言葉づかいもきれいでどっかのお嬢様って感じかな。だって。」
「そんな、、、恥ずかしい、、、」
梨華は顔を赤くして俯いてしまった。話をしているとコンビニに着いた。ただいまPM7:00
この時間帯にしては店内はあまり混んではいなかった。
俺は自分が食べたいものを梨華が持っているカゴに入れ
生活に必要そうな物を選んだ。これはお嬢様に選ばせるわけにはいかない。
後は雑誌を読んで待つことにした。
梨華はどうやら亜依の分を選ぶのに迷っているらしい。
「適当に選んどけよ。」
「う〜ん、でも今日は長旅で疲れてるから
できるだけ亜依が好きそうな物を食べさせてあげたいんだけど。」
「それじゃ、俺のオススメこのふっくら卵のオムライスなんてどうだ?」
このコンビニの飯類ではこれが一番うまい、、、と思うのだが。
「慎ちゃんが言うならそれにしよう♪」
意外とあっさり決まってしまった。とりあえず一通り買う物が決まり、後はレジだけなんだけど
梨華は「ちょっと待って」っと言ってまた何かカゴに入れた。
「これは亜依の分のアイスだから慎ちゃんは食べちゃだめだよ。」
「わかってるよ。いつまでたっても亜依には甘いな。
ところで今日は長旅って何で来たんだ?」
「お父様のヘリコプターだけど。」
「あらそう。ハハハ、、、」
相変わらず石川のおっちゃんはスケールがでけぇな。
こち亀の某警察官を思いだしてしまう。コンビニを出ると梨華の携帯が鳴った。
「あら、亜依からだ。どうしたのかな?」
梨華が不思議そうに電話に出ると、亜依が今にも泣き出しそうだった。
「ね、姉ちゃ〜ん。何か玄関の方で音がするよ〜、、怖いよ〜、、、」
「それってド、泥棒じゃないの!?
どこかに隠れてなさい、今すぐ帰るから。」
電話を切ると梨華は不安そうな顔で俺の方を見た。
「ったくしょうがねぇな。走るぞ、ついてこいよ。」
「うん!」
全力で家に向かい走り出した。もうちょっとスピードは出せたけど
梨華をおいていくと迷子になってしまうかも、と思い
彼女のスピードに合わせることにした。家に着くと亜依の言った通り玄関に人影があった。
「し、慎ちゃん。ど、どうするの?」
梨華はかなりビビッているようで俺の腕から離れない。
「とりあえず追っ払ってくるから腕から離れて遠くから見てろ。」
「追っ払うって?相手が大男だったら、ナイフを持ってたらどうするの?」
「まぁ、任せとけって。」
俺がそう言うと、梨華は黙ってうなずき木の陰に隠れた。
自慢じゃないけど一応空手の有段者だからな、俺は。
泥棒なんて一瞬で片づけてやるぜ。一呼吸おいてから俺は不審な人影に近づいていった。
どうやら梨華の心配とは人影よそに意外と細身のようだ。
待てよ?もし泥棒じゃなかったら?
ふとそんなことが頭をよぎったので声をかけてみることにした。
「おいっ、、、!!」
なるべく太い声で相手をビビらせるように言ってみた。
「キャッ!!」
フフフ、俺の声に悲鳴をあげやがったぜ。え、悲鳴?
もしかして女性の方ですかな?
「あの〜、どなたですか?」
もう一度、今度は優しく訪ねてみた。
「あら、慎一君じゃない。覚えてない?私よ、保田圭よ。」
「保田さんって石川のおっちゃんの秘書の保田さん?」
「そう、3年前の石川グループのパーティー以来ね。」「圭ちゃん!?どうしているの!?」
それまで木の陰に隠れていた梨華が保田さんに気付いて出てきた。
「会長の命令であなた達と一緒に暮らすことになったの。
梨華は可愛いからいつ慎一君が襲うかわからないからね。」
「そんなことしませんよ!」
まったく、おっちゃんは何を考えているんだよ?
保田さんは若くして石川グループ会長の第一秘書だ。
3年前に俺が招待されたパーティーで知り合った。
キャリアウーマンだけどそれを感じさせない気さくな人である。「でも、どうして玄関で立ち止まってたの?」
梨華が不思議そうな顔をして尋ねた。
「だって私鍵も持ってないし家の中に誰もいなかったからよ。」
「あれ、亜依がいるはずだけど、、、?あっ!!」
俺も梨華も保田さんの登場によって亜依のことをすっかり忘れていた。
まだおびえて隠れているんだろうか?
よっしゃ、少し驚かしてやるか!
「2人とも静かに入ってくれよ。亜依に気づかれないように、、、」
「どうして?」
「みてりゃ、わかるよ。」そーっとドアを開け中に入ると物音一つしない。
どうやらまだどっかに隠れたままらしい。
俺は息を殺し亜依を探していると、食器棚から音がした。
「確かあの棚にはまだ何も入れてなかったな、、、」
食器棚の前で立ち止まると音が止まった。そして、
「ヴァーーー!!!」
棚を思いっきり開けて叫んだ。
「キャーーーーー!!!!」
俺の叫びより大きい亜依の悲鳴が屋敷中に響いた。
「バーカ、俺だよ〜。亜依もまだお子様だな。」
「、、、慎一、、、グスッ、、、」
亜依は棚の中でうずくまったまま泣いている。
ヤベッ、泣かすつもりじゃなかったんだけどなぁ。俺の後ろから梨華と保田さんがやってきた。
「亜依ったらこんな所に隠れてたのね。
あら、亜依泣いてるの?、、、、慎ちゃーん!(怒)」
「イヤ、これには事情がありまして、、、」
昔から亜依を泣かすと決まって梨華は俺のせいにするんだよなぁ。
まぁ、ほとんど俺のせいなんだけど。
「おっとそう言えばアイスがあったんだけど亜衣ちゃんは食べないのか。」
こうなれば最終兵器のアイスを使うしかない。
「ちょっと慎ちゃん!それは私が買ってきたやつよ。
それにもともと亜依のなんだから返しなさい。」
その瞬間、亜依の動きが一瞬止まり気付いたときには
アイスは亜依の手中に収められていた。速い、、、「やっぱアイスは最高やなぁ〜。うまい!!」
さっきとは全然違い満面の笑みでアイスをほおばる亜依。
泣かせた罰として保田さんの荷解きを手伝っている俺。
この差は何だ。飯買いに行ったのは俺だぞ。
保田さんの荷解きもとりあえず終わったので、
みんなでリビングに集まり今後のことを話し合っていた。
議長は最年長の保田さんだ。
「まず、生活していくには食事とか、洗濯とかの係が必要ね。」
「それをするためにオバちゃんがいるんやろ?」
「私だって仕事があるのよ。それにオバちゃんって呼ばないの!
まったく何回言ったらわかるのよ。」
「はいはい、わかりましたよ。オバちゃん。」
「オバちゃんって言うな!!」
さっきからこんなやりとりばっかで話が進まない。「ふうぁ〜、、オバちゃんの相手しとったら眠くなっちゃった。」
時計を見るとすでに12時をすぎていた。俺は平気だけど
「そろそろお子様にはキツい時間かな?」
「うちはお子様やない。まだまだいける、、で、、、」
「ほら、亜依もうお部屋に行って寝なさい。
みんなもここで終わりにして明日改めて決めよう。」
「確かに梨華の言う通りだな。今日はいろいろあって俺も疲れたし。」
「それでは本日はここまで。」
保田さんの一言で家族会議(?)は終了した。俺も自分の部屋に戻りマンガでも読もうかと思ったら
「慎ちゃん、亜依を部屋まで連れて行ってくれない?
最近この子ったら太って私じゃ無理なの。」
「別にいいよ。ったくこれだからお子様は困るんだよなぁ。」
俺がそう言うと梨華はクスッと笑った。「うわっ、こいつ結構重いぞ。」
これは亜依をおぶっての素直に思った感想だった。
亜依の部屋は2階なのでおぶって行くと腰にきそうだ。
しかたない、ここはこうやって運ぶか。
俺は俗に言う「お姫様だっこ」で亜依をへやまで運んだ。
「いいなぁ〜。」
ふと梨華がそれを見て呟いた。
「バーカ。お前はもういい歳だろ。」
「いい歳って慎ちゃんと同じ17歳だよ!」
頬をプーッと膨らませて怒っていた。
「わかった、わかったゴメンナサイ。」部屋に着き亜依をベッドに寝かせた。
「かわいいお姫様、ベッドに着きましたぞ。」
「、、、うん、ありがとう。」
亜依のやつ眠たくなるとやけに素直だな。
いつもこんな感じならホントにかわいいんだけど。
「おやすみ。慎一。」
「ああ、おやすみ。よく寝ろよ。」
そう言って、亜依の部屋を出た。リビングに戻り一人でソファーに座っていると
「慎ちゃん、ありがとう。」
「おう、いいってことよ。あ、梨華。」
俺は言いたいことがあったけどやっぱり言わないことにした。
変に意識してしまうとこれからの生活が大変だから
でも、男一匹に女3人は普通に暮らしにくいかもしれない。
梨華は不思議そうな顔で俺を見ている。
ふと、幼い頃の記憶が頭の中に蘇ってきそうになった。
あの時は普通に言えたこの言葉なのに。
「私の顔に何かついてる?」
「別に、何でもないや。」
今は言わないでおこう、少し恥ずかしいし。
もう少しこの生活に慣れてからでも遅くはないだろう。
その時までとっておく、このセリフは。「可愛くなったな、梨華。」
窓から射している太陽の光が部屋の中心を照らしていた。
でも、その角度はいつもと違った。部屋も違った。
・・・ん?・・・朝だ。
どうやらそのままソファーで眠ってしまったらしい。
「おはよう慎ちゃん。」あれ?こんなアニメ声の家政婦なんていたっけ?
それに慎ちゃんって呼んでる。
少しずつ目を開けると梨華が立っていた。
そうだ、今日から本格的に一緒に暮らすんだ。
「おぉ、おはよう。」
「早くしないと学校に遅れちゃうよ。」
梨華は制服の上にエプロンを着ていた。
朝食でも作っていてくれたのであろうか、それにしても可愛い。
「バカ慎一、寝坊だぞ。」
亜依の声は少々耳障りだったけど
俺を正気に戻してくれたのでありがたいかも。立ち上がり大きなあくびをする。ベッドだったらもっとぐっすり眠れたかも、、、
テーブルを見るとすでに朝食が並べてあり、
亜依がそれらをパクパク食べていた。
「あれ、保田さんは?」
あの保田さんも寝坊とかするのかな?
「圭ちゃんは仕事があるからってもう行っちゃった。」
梨華がいつの間にかテーブルについていた。
「ネボ助は慎一だけやで。」
「朝から一言余計なんだよ。」
このままでは亜依とまたケンカしそうだったので、
俺はとりあえず洗面所へ行くことにした。まだ少しだけ眠かったけど冷たい水で目を一気にこじ開けた。
いつもとは違うはずの朝の光景
だけど何となく懐かしい感じがしたのは気のせいだろうか。
それから二階の部屋に行き制服に着替え、
下のリビングに戻ってテーブルについた。
「そう言えば、材料ってあったのか?」
昨日は引っ越しが済んだばっかりで冷蔵庫の中は空っぽだった。
「圭ちゃんが野菜とかお肉とか色々持ってきてくれたの。」
なるほど、それなら納得がいく。ご飯にみそ汁、納豆、卵焼きと何とも家庭的な朝食
どれを食べてもおいしい。
「梨華って料理うまいんだな。」
「ありがとう。、、、いっぱい練習したんだよ。」
「練習って、料理のか?」
俺が食べながら話すと、亜依がこっちを睨んできた。
「汚い食べ方やなぁ、もっと行儀良く食べんかい。姉ちゃんは家で
花嫁修業を一通りやったんや。当然料理も。」
自分のことではないのに亜依が誇らしげに言う。
しかし、花嫁修業とはこれまた古風だな。
石川のおっちゃんも変な所にこだわるんだよな、昔から。
「花嫁って、お前もう結婚すんのか?」
みそ汁をズズーッとすすりながら聞いた。食卓が静かになった、俺のみそ汁をすする音だけが響いていた。
「別にそう言うわけじゃないの、ただもう17歳だからって。」
「フーン、んじゃごちそうさん。梨華も早く食えよ。」
「うん、学校遅刻しちゃうからね。慎ちゃんも一緒に行くよね?」
思いも寄らない一言が梨華の口から聞こえた。
俺はてっきり別々に登校するものだと思っていたけど
どうやら梨華は一緒に登校する気らしい。
一瞬だけどうするか迷ったがここから学校も近いし
変な風にも思われないだろうと思い一緒に行くことにした。
「わかった。じゃあ、あと10分以内な。」
「え〜、ちょっと待ってよぉ。」
俺が梨華をからかっているといつの間にか亜依がいなくなっていた。
その時玄関の方から声がしたので行ってみたら
亜依がちょうど靴をはいて、これからまさしく登校といった様子だった。「亜依はうちの中等部なんだろ?一緒に行かないのか?」
「う、うちは一人で行くからええねん、、、」
亜依にしてはめずらしく焦りながら答えた。
「じゃ、じゃあ行って来るね。」
「お前なんか隠してないか?」
その様子に疑問を持ったので聞いてみたら焦りが増し、顔が赤くしている。
「か、か、隠し事なんかしてへんで。じゃ、じゃあね。」
ものすごいかけ足でドアを開け飛び出していった。あやしいな、あれは何か隠しているぞ。
もしかして亜依にも好きな男の子とかできたのかな?
転校二日目にして惚れてしまうとは早いな。
うんうん、若いって素晴らしいな。俺も17だけど
そんな妙な気分に浸っていると視線の隅に何かが映った。
カバンだ。これって確か中等部のやつ、、、
はぁ!?亜依のやつカバン持たずに学校行ったのか?
時計を見るとまだ5分ぐらいなら時間がある。
「梨華、ちょっと外出てくるから。3分で戻る。」
「外ってもう私も準備できたよ。じゃあ玄関で待ってるから。」
意外と落ち着いた梨華の態度に多少驚きながらも俺は走った。この家から学校へ通うのは今日が初日だったけど
いつも帰り道に通っていた所なので特に迷わず学校へ行ける。
でも厄介なのが踏切があることだ。あの踏切はなかなか開かない。
そのために「開かずっぽい踏切」と呼ばれている。
亜依はその踏切の前で立っていた。運良く踏切が開いているのに
渡ろうとする気配はなく電柱の陰に隠れているようにも見えた。
俺は背後からこっそり近づきカバンで頭をポンと叩いた。
「カバンも持たずに登校かよ?」
通り魔にでも出くわしたかのような顔で亜依が振り返ると
しばらく状況が理解できなかったらしいがようやく俺であることを認識した。
「ビ、ビ、ビ、ビックリしたわぁ。し、慎一かいな。」
「ほら、カバン渡しにきたんだよ。」
「あ、ありがとう、、、」
亜依は心ここにあらずといった様子で俺に礼を言った。「それは絶対隠し事してるわね。」
さっきの踏切の前での事を梨華に説明すると梨華は確信した。
さすがは姉妹、様子を聞いただけで確信できるなんて。
そう思っていると俺達も例の踏切の所で止まった。
「う〜ん、これだと時間ギリギリだな。」
時計を見ると登校完了時間まであと10分。
新学期二日目から遅刻は結構ヤバイかも、、、
「梨華、何か部活に入るのか?」
「うん。テニス部、前の学校でもやってたんだよ。」
「あと少しで引退だっていうのによくやるよなぁ。」
「慎ちゃんは部活に入ってるの?」
「いや、どこにも。」
基本的に学校から帰ったら遊ぶってのが俺の生活だ。
これからはそうも行きそうにないけど校門の前では生活指導の教師が立っていた。
それを見た俺と梨華は校門までダッシュした。
「寺田か、お前が遅刻とはめずらしいな。」
「ハハハ、、色々ありまして。それに遅刻ってあと2分ありますよ。」
「そうだったかな?じゃあさっさと教室へ行け。」
俺が教師の横をそそくさと通り抜けると今度は梨華が話しかけられていた。
「おや、君は転校してきたばかりの石川さんだね。」
「はい、、、遅れてスミマセン、、、」
梨華が俯きながら謝っている、まだ遅刻じゃないのに。
「道にでも迷ったのかな?それじゃ、しょうがないな。
さあ急いで教室に行きなさい。」
小走りで梨華は俺を追っかけてきた。
まったく、あの態度の差はけしからんな。男女差別だ。
少し不満をもらしながら下駄箱に靴を入れた。3年3組が俺のクラスで梨華のクラスは3年4組。
隣のクラスなんだけどここの校舎は構造が複雑なので階が違う
俺の教室が2階で梨華が3階だ。
「まだ、1分あるな。ギリギリセーフだ。」
「いいなぁ〜慎ちゃんは2階で疲れないし。」
階段登るだけで疲れるとか疲れないはあまり考えないものだけど
梨華にとってはそれなりの問題らしい。
「バカ言ってんじゃねぇよ。それから俺達が一緒に暮らしてるっていうのは
他の奴らには当然だけど内緒にしといてくれよ。」
「どうして?」
「どうしてってバレたらいろんな問題が起こるだろ。」
俺達はこういった所で考え方が違ってきてしまうらしい。
普通は俺が楽観的で梨華が心配性になることが多い。
でも、今みたいに逆になることも時々ある。「じゃ、ここまでだな。変な奴には気を付けろよ。」
「うん、帰りは私部活があるから一緒に帰れないね。」
梨華は下校も俺と一緒のつもりだったんだろうか?
まぁ、同居してるんだしどうせ帰り道は一緒なのだが。
「あぁ、そうだな。」
俺は梨華に軽く返事をし教室へ向かおうとした。
「ちょっと待って。」
不意に梨華に呼び止められた。
「何だよ?」
「ありがとう、、、心配してくれて。」
どうやら梨華は俺が変な奴に気を付けろと言ったことに
感謝してくれているらしい。
「お、おう。じゃあな。」
向こうが恥ずかしそうだったので、こっちも恥ずかしくなってしまった。
でも、俺が言った意味はそういうことじゃなくて
本当に梨華のクラスには変な奴がいるんだよなぁ、男女問わずに。誰かが「午前の授業は長いんです」と言ってたけど
確かにそうだ、何でだろう?
そんな疑問に答えなど出るわけもなく昼になった。
いつもならここで学食へ言って友達と食べるのだが
今日は何となく1人で食べたい気がしたから購買部に行って
焼きそばパンとコーヒーを買い屋上へ向かった。最近は妙に風が強い、そのせいで屋上はビュンビュンと風が吹いている。
この様子だと飯も食べにくそうだから下の階で食べるか。
そう思い下へ降りようとしたら屋上に一つだけあるベンチに
人影が見えた。どうやら先客がいるらしい。
そいつも俺に気付き何やら手招きしている。
「こっちへ来い。」って意味なのかな?
せっかく手招きしてくれてるんだから行ってみるか。おそらくマンガやドラマならば大抵はこういった場面では
ちょっと茶色のさらさらな髪の毛を風になびかせている美少女が
現れるはずなのだが現実はそうはいかなかった。
「せんぱ〜い、一緒に食べませんかぁ?」
俺の目に映ったのは髪の毛を二つにしばった少女だった。
しかも、ほっぺにクリームパンのクリームがついている。
「ハハハ、、辻ちゃんか、、」
「ののじゃ不満れすか?」
少しこっちを睨みながらパンをほおばっている。
「いやいや充分だよ。ただ現実は厳しいなぁって、、、」
考えてみれば美少女が手招きするはずないよな。
俺はさっきの妄想を反省しながら辻ちゃんの隣に座った。この子は辻希美。中等部の3年生だ。
辻ちゃんとは昔、委員会で一緒になり仲良くなった。
中等部と言えば亜依もだな。
「先輩、食べないんれすか?」
「食べるよ。ちょっと考え事してただけだよ。」
俺は焼きそばパンの封を開け一口パクついた。
そして、コーヒーで口の中に水分を補給する。
こういう風に言うとやっぱり俺の食べ方って行儀が悪いな。
「辻ちゃんの学年に転校生来ただろ?関西弁の女。」
「それってあいぼんのことれすか?」
あいぼん、何だそりゃ?ロボット犬のことか?
「えーと、亜依って名前なんだけど。」
「そうです。その子があいぼんれす。」どうやら亜依にはあいぼんというあだ名がついたらしい。
そのあいぼんは偶然にも辻ちゃんと同じクラスだそうだ。
持ち前のうるさい、じゃなくて明るい性格のおかげで
クラスの中でもたちまち人気者になったようだ。
「でもどうして先輩があいぼんのこと知ってるんれすか?」
「そ、それは、、どうしてって、、、」
ここで一緒に暮らしていることがバレたら中等部の奴らにも
誤解を招くことになりかねない。何かいい嘘はないかと頭の中で考えていると
辻ちゃんの目がキラッと光った。
「先輩、もしかして、、、、」
ヤバイ!俺の慌てた様子で勘づかれたか?
「あいぼんが可愛いからののを通してお友達になろうとしてますね。
でも、ののは友達を売るようなことはしませんからね!」
ラッキーなことに辻ちゃんは別の意味で誤解をしてくれた。
「じ、実はそうだったんだよ。そうか残念だなぁ。」
あの事がバレるよりはこっちで誤解された方がまだマシだ。辻ちゃんは早くも3個目のパンにありついていた。
俺は焼きそばパン1個しか持ってなかったので
後はコーヒーが缶に半分ぐらい残っていた。
辻ちゃんが他に何個かパンを持っていて「食べますか?」と聞かれたが
そんなに腹も減ってなかったのでもらわなかった。
風もだんだん弱くなってきてそれが心地よかった。
このままここで昼寝でもするかな?
そう思っていたら辻ちゃんはパンを食べ終わっていた。
「ごちそうさまなのれす。」「辻ちゃんもこれから俺と昼寝でもしないか?」
誘ってもらったお礼にとこっちから誘ったけど
委員会の仕事があるらしくてもう戻らなければならないらしい。
「それではののは教室に戻るのれす。」
「ああ、誘ってくれてありがとな。でもどうして1人で
ここで食ってたんだよ?」
「青春を感じてたんれす。ののはテツガクシャれすから。」
そう言って彼女はベンチからピョンと跳ねて立ち上がり
そのままスキップしながら階段の方へ向かっていった。
不意に強風が吹きスカートをハラリとめくった。
辻ちゃんは「テヘヘ、、、」と笑いスカートを押さえながら
俺の方に手を振って階段を下りていった。
しばらくベンチでボーッとしていると
気のせいか風が優しいように感じた、、、キーンコーンカーンコーン、、、
鳴り響く終業のチャイムで目が覚めた。
どうやらそのまま寝てしまっていたらしい。
ってことは午後の授業がサボり扱いになってるわけだ。
まぁ、いっか。どうせ俺がいてもいなくても変わらないだろう
朝とは違い今度は楽観的な考え方でいくことにした。
「あー!!やっぱりここに居た。」
「まったく、新学期早々サボりとは慎一らしいな。」
俺の方へ向かってくる男と女。
あの2人が一緒にいるとどうもおかしいんだよなぁ。
女の方が矢口真里、金髪で亜依以上にうるさい奴
男の方が松原史也、成績優秀でスポーツ万能の天才君
いわゆる腐れ縁で中等部の3年間クラスが一緒だった奴ら
高等部になってからも2年間同じで
今年から真里と史也が4組になり俺だけハブだ。「サボりじゃない、昼寝してたんだよ。」
「それをサボりって言うのよ!」
真里の蹴りが俺のケツめがけて飛んできた。
「まあまあ、落ち着いて。一緒に帰ろうとしたら
教室にいなかったからここかなって思って。」
史也は真里と違って知性という物があるので助かる。
もし、史也も真里と同じような性格だったら大変なことになっていただろう。
「それじゃ、悪いけどもう一度俺の教室に行こうぜ。
荷物を取りに行かなくちゃ。」
史也は快く、真里は渋々とついてきてくれた。屋上は3階の上にある、つまり4組の教室の上だ。
俺の教室である3組はそのもう一つ下の階である。
そのためいつもなら使わない階段を使ってしまったせいか
途中で梨華に会ってしまった。
いくら仲の良いこの2人でもあの事がバレるのはちょっとヤバイ
この場は上手くシカトしてくれることを祈ったが
「あっ!慎ちゃん!!」
俺の願いは叶えられなかった、、、
「お、おう。これから部活か?がんばれよ。」
「うん!それと今日の晩御飯は何がいい?」
それは俺にとって一番聞かれたくない質問だった。
真里と史也は後ろで呆然と俺達のやりとりを見ている。
「お、俺の家の晩御飯なんて何でもいいけど。
そ、それがどうかしたのかな?じゃ、石川さんまた明日。」
俺のあまりにも不自然の言動に梨華はようやく緊急事態で
あることに気付いてくれたらしく
「う、うん、また明日ね。寺田君。」
と言って部活へ向かった。俺は黙々と自分の教室で帰り支度をしていた。
先ほどの話題には触れられたくなかったからだ。
「慎一、さっきの子ってうちのクラスの石川さんだよね。」
「あんた梨華とどういう関係なのよ?」
2人が合図でもしたかのように質問を浴びせてきた。
はぁ〜、やっぱりこうなるのね。
ちなみに朝俺が梨華に言った変な奴らとはこいつらのことも指している。
「たまたま知り合ったんだよ。」
この場に一番適していると思われる嘘をついた。
「ふ〜ん、たまたまねぇ。」
真里の勘は鋭く、大抵の嘘は見抜かれてしまうのだが
今日はめずらしく少し疑っている程度だ。「でも、相変わらず手が早いな。慎一は。」
史也がポツリと言い放った。この一言が意外とキツい。
正しく言うと俺は手が早いわけではなく、
好きになった子には速攻でアタックを仕掛けるタイプだからだ。
そのせいで、中等部の時に何度も痛い目にあったのだが、、、
「そろそろ彼女でも作りなさいよ。」
「それが難しいからこうやってもがき苦しんでるの。」
真里は恋愛の話になると決まって俺にこう言ってくる。
不思議なことに真里の周りには男が集まってくるので
こいつ自身はあまり男に困っていない。
「今度は石川さんか?」
「だから、あいつとはただの知り合いだって。」
史也も女には困らないのでいつも俺のことをからかってくる。
「準備できたからさっさと帰るぞ。」
俺は用意をすませこの話題を断ち切った。帰り道、真里と史也は他愛もない会話を続けていたけど
俺は1人だけあることをずっと考え続けていた。
どうやってあの家に帰るか?
通り道なのはいいけどいつもなら通り過ぎてしまう所だ。
突然今日から違う家に引っ越したなんて言えないし
その前にこの2人が梨華の家を知ってしまった時点でアウトなのだ。
なぜならそこには俺もすんでいるから、、、そんなこんなでついに家の前まで来てしまった。
「確か、このでっかい屋敷が石川さんの家だったな。」
「そうそう、梨華ってお嬢様なのよねぇ。」
2人の会話はほとんど聞いてなかったがこの会話だけ耳に入った。
「な、何でお前ら2人がここだって知ってるわけ!?」
「だって同じクラスだもん。」
真里が当然のように言った。「じゃあな。」
「また明日な。」
「がんばって、彼女作りなさいよ。」
2人が家の場所を知っているならばこうするしかなかった。
結局いつも2人と別れる所まで来てしまったのだ。
まあ、それでも歩いて5分も戻ればいいんだけど
これから毎日こんな事を繰り返すのかと思うと損した気分になる。
そのせいで足取りが重くトボトボと今来た道を戻っていった。「ただいま。」
声がない。あれ、誰もいないのかな?
とりあえず自分の部屋に行き、着替えてからリビングへ行った。
リビングにも人影がない。どうやら俺だけのようだ。
そう思いもう一度自分の部屋に戻る途中、亜依の部屋から声が聞こえた。
「ふむふむ、、、そうやったんか、、、なるほど」
電話しているのか独り言を言っているのかわからない
とにかく相づちを打つようなことしか言ってなかった。
ノックをしても気付く様子がないのでこっそり入った。
後ろ姿からすると机で読書をしているようだ。
亜依が読書ねぇ。意外だな。「ただいま。」
亜依をビックリさせないように小声で言ってみたつもりだったけど
それでも充分にビックリされてしまった。
「し、慎一。お、お、おかえり。」
朝と同じようなひどく慌てているようである。
「今朝から変だぞ。何か隠してんだろ。
梨華もその様子だと、隠し事してるって言ってたぞ。」
「う、うちは何も隠してないよ。」
机の上に目をやるとさっきまで亜依が読んでいた本が目に入った。
「100%男の子に振り向いてもらえる方法、何だこりゃ?」
「こ、これは何でもないねん。と、友達から借りただけやで。」
もっと問いただしたかったけどちょうど携帯が鳴った。わざわざ自分の部屋まで行くのが面倒だったので
亜依の部屋にいるまま電話に出た。
「もしもし?おっ、史也か。どうした?」
この言葉を言った瞬間に亜依が体をビクッと反応させた。
史也は今から俺の所へ来てもいいかと聞いてきたが
今までの家にはもちろん居ないし今の家を教えられるわけもない。
「ゴメン、今日はちょっと忙しいから、また今度な。」
史也は少し残念そうな声をしていたが
また今度誘うよ、と言って電話を切った。
はぁ〜、せっかく誘ってくれたのに悪いことしたなぁ。「なぁ、史也って松原史也さんのこと?」
電話を切った後、亜依が半笑いのような表情で
だけど、真剣な眼差しで聞いてきた。
俺は何で亜依が史也のことを知ってるかは少し気になったけど
軽くうなずいて「そう」と言う意味を示した。
「慎一と史也さんってお友達?」
だんだん目も笑い顔になってきた。
もう一度うなずいて、そのまま亜依の部屋を出た。それからしばらくして梨華が帰ってきた。
「ただいまぁ〜。ふぅ、疲れた〜。」
リビングに響いたアニメ声に気づいて俺は自分の部屋から出た。
梨華は両手にパンパンのスーパーの袋を持っている。
その姿は言われなくても買い物に行ってきたことがわかる。
「言ってくれたら荷物持ちぐらいしてやったのに。」
これだけの荷物を女の子が持ってくるのは大変だったろう
そう言うと、梨華は笑ってこう言った。
「いいの。この家では私がお母さんだから。」俺はその時確信した。彼女は彼女なりに
この生活を楽しもうと努力している。亜依も、保田さんも
なのに俺はこの生活をひた隠しにしてきた。
自分を守りたい、その為だけに。
だけど今からは違う。
この生活を守りたい、それだけだ。「さぁ、晩御飯ができるまで慎ちゃんは休んでていいよ。」
本当に梨華はこの家の母親になったようだ。
きっと、いい花嫁になるんだろうなぁ。
こいつと結婚できる奴がうらやましいよ。まったく
「それじゃ、部屋にいるから手伝うことがあったら呼んで。」
俺は自分の部屋に戻ることにした。
階段を上がっている背中に「今日はハンバーグだよぉ!」
という梨華の声が当たった。部屋で宿題をしているとドアがノックされた。
「うちやけど、ちょっとええか?」
「いいよ。」
ドアが開き亜依が入ってくる。
気のせいか暗い顔をしているようだ。
亜依は俺のベッドに腰掛けるとフーッと一呼吸おき
「今日ののに会ったやろ?」
「ののって辻ちゃんのことか?」
黙ったまま頷いた。
「会ったけど、それがどうかしたか?」
「変なこと言ってなかった?」
亜依の顔は暗いと言うより心配そうな顔になっていた。「別に、ちょっと亜依の話をしたぐらいだけど、、、」
「そこが問題なんや!どんな話?」
亜依は勢いよく立ち上がって
俺の首根っこにつかみかかりながらで聞いてきた。
「クラスでは人気者であだ名があいぼんだって話。」
「なんや、そんな話かいな、、、」
フーッとため息をついてもう一度ベッドに腰を下ろした。
どうやら触れてはいけない話題があったらしい
多分だけどさっき見てた本が関係あるだろう。
「100%男の子に振り向いてもらえる方法」
あの本には確かにそうタイトルが書いてあった。ここまでの出来事を整理してみよう。
亜依は今朝から様子が変である、慌てた様子だ
めずらしく読書をしていると思えばうさんくさい本を読んでいる
俺と辻ちゃんの会話の内容をしつこく聞いてくる
そして、俺が史也の名前を口にした瞬間に体が反応していた
以上の点をまとめると結論はただ一つしかない。
「亜依は松原史也に惚れている」
こう考えるのが常人の思考回路であろう。
まだ本人はベッドの上でキョトンとしている。
「なぁ、お前って史也の」
俺がたった今出た結論を突きつけようとした、その時
「晩御飯できたわよーーー!!」
家中にあのアニメ声が響き渡った。
すると亜依は「ご飯♪、ご飯♪」と言いながら
俺の部屋をそそくさと出ていってしまった。リビングに降りると、ちょうど保田さんも帰宅した所だった。
「おかえりなさい。」
「ただいま。慎一君、後でちょっと話があるんだけど、、、」
保田さんは帰ってくるなり俺に話があるからと
晩飯の後に部屋に来てくれと告げた。
その時の彼女の表情は非常にビミョーだった。梨華の予告通りその日の食卓にはハンバーグが並んでいた。
みんな「おいしい」と言いながら食べている。
実際、ホントにおいしかったけど
何だかさっきの保田さんの話があるってのが気になり
味わいながら食べることができなかった。
「・・・ちゃん、慎ちゃんってば!」
不意に梨華の声が耳に入ってきた。
「な、なんだ?」
「おいしい?って聞いてるの!」
少々怒り気味に言ってきた。
「あ、あぁおいしいよ。」
「もう、ボーッとしてるんだから。」
それから梨華達は晩飯を楽しんでいたけど
俺はやはり話が気になってしょうがなかった。晩飯も終わったので俺は言われた通り保田さんの部屋へ向かった。
「保田さん、慎一ですけど入りますよ。」
「はーい。」
初めて見る保田さんの部屋、きちんと片づいている。
隅の方にまだ開けられていない段ボールが何個かあったけど
見た目はそれなりにキレイだった。
「それで話って何ですか?」
机で何かを書いている背中に向かって聞いた。
「あのね、、、」
椅子をクルッと180度回転させてこっちを向いた
それからさっきよりもビミョーな顔で
「これから言うことは、みんなには絶対内緒よ。」
内緒と言われれば内緒にするけどまだ何の話かわからない。
「圭ちゃん、話って何?」
その時、梨華も呼び出されたらしく部屋に来た。
「ちょうど良かった。2人ともそこに並んで座って。」2人とも何が起きるのか不思議そうな顔で見合わせていた。
それから保田さんは一回ゴホンと咳払いをして
鞄から何やら書類のような物を取り出した。
「えーと、この書類にはとても重要なことが書いてあるの。」
2人の顔をじっと見ながら話を始めた。
「日付は今日付けで2人のお父様、
つまり寺田社長と石川社長の署名と印があります。」
俺と梨華はまだいったい何の話か想像がつかない。
どうして、俺達の親父が関係しているのか。
そして保田さんは無機質な声でとんでもないことを言い始めた。「寺田家の長男である寺田慎一と、石川家の長女の石川梨華は
本日をもって許嫁として共同生活を始める。
そして両者が二十歳になった時に結婚することを決定した。」
淡々とした口調で保田さんは読み上げた。
しばらくの間何が起きているのか理解ができなかった。
確か、今の文章の中には許嫁とか結婚とかそんな単語があった。
「えーーーーー!!!」
やっと俺は理解することに成功する。
「えーーーーーーー!!!」
ワンテンポ遅れて梨華が理解した。俺より驚いている。「許嫁」結婚の約束をした相手、婚約者、フィアンセ。
古くは、まだ幼少のうちに、双方の親の合意で
結婚の約束をした子女の間柄をいった。
辞書にはこう書いてある。説明することでもないけど、、、
たった今、俺と梨華はその許嫁とやらになってしまった。
「あ、あの〜保田さん、冗談ですか?」
「こんなこと冗談なら言わないわよ。」
軽くハジかれてしまった。梨華はさっきから平気な顔で落ち着いた態度をとっている。
突然に許嫁になれと言われてこんなに落ち着いていられるのだろうか?
普通なら俺みたいにあたふたすると思うけど。
「そういうことで。じゃ、私は仕事があるから。」
保田さんはそう言い放つと俺達を部屋から追い出した。
相変わらず梨華は落ち着いている。
とりあえず俺の部屋で話してみることにした。
何を話すかと聞かれれば答えられないけど、とりあえず。部屋のベッドの上にちょこんと腰掛けた梨華は
落ち着いた表情から少し笑みがこぼれた。
「あのね、慎ちゃん。」
椅子の逆向きに座っている俺を見ながら梨華が言った。
「実はね、お父様から許嫁のことは聞いてたの。
でもそれが誰かは教えてくれなかった。
だから、すごく嫌だった。顔も知らない人と結婚するなんて。」
少しずつだが瞳に涙がたまってきた。「でもね、もう決まった事だからしょうがないって。
その人のために花嫁修業をがんばろうと思ったの。」
そう言えば亜依が梨華は一通り花嫁修業をやったと言っていた。
梨華は涙をこらえながら話を続けた。
「わ、私ね、その人が慎ちゃんだってわかって、、、」
ついにこらえきれなくて泣き出してしまった。
そうだよな、俺みたいな男が許嫁じゃ泣きたくなるよな。
「ごめんな、梨華。」
「どうし、、て、謝るの?」
手で拭っても梨華の涙は止まらない。
「嬉しかったんだよぉ、、、すごく、、、すごく。」
力を振り絞ったような声で言った。
「俺もだよ。嬉しい。」俺達はそれから今後のことを話し合った。
一緒に生活していることは別に話しても構わないことにした。
しかし許嫁のことは混乱を招くので言わない。
これらのことを決めその日はもう遅いので2人とも寝た。
俺は夜中これからの暮らしの不安と希望でなかなか寝付けなかった。
亜依にはこのことは次の日の朝に伝えた。
何となく感ずいていたらしくあまり驚いてなかった。しばらく平穏な日々が続いたけど
ついにその日がやってきた。一緒に暮らしていることがばれた。
発端はどうやら梨華のことが好きな男が梨華の家を調べたら
そこからちょうど俺が出てきた現場を見られたらしい。
その日の学校新聞は特ダネを載せた週刊誌のようだった。
もちろんのこと学校側からもお呼びがかかった。俺と梨華は職員室で厳しい顔をした教師に囲まれていた。
別に悪いことをしているわけでもないので
涼しげな顔で立っていることが俺はできたのだが
梨華はけっこうビビっているようだった。
「今朝の学校新聞に載っていた記事は事実かね?」
「はい、そうです。俺と石川さんは一緒に生活しています。」
キッパリとした態度に少し教師側も驚いていた「君達がしていることがどういう事か解っとるのか!!」
突然怒鳴った体育教師を教頭がなだめていた。
「一緒に暮らしちゃダメですか?石川さんの妹もいるんですけど。
あ、それと石川さんのお父さんの秘書の人も。」
それを聞くと厳しい顔から、さっぱりわからんという顔になった。「寺田君、どういう事か説明してくれないかな?」
今まで黙って聞いていた校長が初めて口を開いた。
「えっとですね、俺の親父と石川さんのお父さんが知り合いで・・・」
俺は長々とこれまでの経緯を説明した。
もちろん話を解ってくれそうな校長にだけ視線を向けて。「そう言う事なら仕様がありませんね。学校側も認めましょう。」
話を聞き終わると校長はにっこりとそう言ってくれた。
「しかし、校長、、、」
あの体育教師は最後まで認めたくなかったらしい。
そりゃ、梨華のこといやらしい目で見てりゃ俺と暮らすの認めたくないよな。
と言ってやりたかったけど、心の中で叫ぶだけにした。「校長先生、優しかったね。」
もう暗くなった帰り道の踏切で梨華が言った。
「ああ、たぶんあの学校で一番話を解ってくれるな。」
「慎ちゃん、あのぉ手を・・・」
梨華が何か言おうとしたが同時に電車が来たので聞こえなかった。
「あぁ?何だって?」
「ううん、な、何でもないよ。ほら行こう。」亜依がすでに学校から帰っているはずなので
チャイムを押したら、2階からドタドタと足音が聞こえてきた。
思い切りドアが開いて亜依が出てきた。
「慎一、お客さんやで!!」
亜依はそう言うと俺の手を取り部屋へ引っ張っていった。
部屋の近づくに連れて客の笑い声が耳に入った。
その笑い声からするとおそらくあいつらか。予想通り部屋には金髪の小さい女と美形の青年がいた。
「キャハハ、おじゃましてまーす!」
「やぁ、慎一。お邪魔してるよ。」
あの学校新聞が出たのに今日こいつらから一度も話しかけられなかった。
まぁ、こんな事だろうとは思っていたけど。「まさか、梨華とあんたが一緒に暮らしてるなんてねぇ。」
俺が出してやったジュースをストローで吸いながら真里が言った。
「親父から言われたことだ。しかたないだろ。」
許嫁のことが勘づかれないように俺は平静を装う。
「でも、まんざらでもないみたいだね?」
史也は笑顔でさらっと言ってきたので
俺も「ハハハ」とできるだけ爽やかな笑顔で流した。
ドアに近づいたら急に服の袖が引っ張られた。狭い隙間から亜依が顔を覗かせていた。
2人はおしゃべりに夢中になっていて気付いてないようだ。
「ねぇ、あの人が松原史也さんだよね?」
袖を引っ張る力を弱めながら亜依が聞いてきた。
「そうだけど・・・」
また袖に力が入ってきている。
「慎一、そこの可愛らしい子は誰だい?」
歯をキラッとさせ史也がこっちを向いた。「えっと、こいつは・・・ぬぉ!」
突然開いたドアを避けきれず俺は挟まってしまった。
「初めまして!石川梨華の妹の亜依です。中学3年です。よろしく!」
目にも留まらぬ速さで亜依は視界から消え
俺が振り向いた時にはすでに自己紹介を終えていた。「へぇ、石川さんに妹がいたんだ。僕は松原史也。よろしくね。」
「よろしゅ、よろしくおねがいします!」
亜依は差し出された史也の手を持ってブンブンしている。
ちょっとは俺の心配もしてもらいたいのだけど・・・
「おいらは矢口真里。よろしく。」
「はい、よろしく。」
明らかに史也の時とは違う態度は真里に接している。
すると亜依はそそくさと部屋を出ていった。それと入れ違いに梨華が部屋に入ってきた。
「し、慎ちゃん!大丈夫?」
ドアに挟まれて数分が経っていたが
初めて心配してくれたのはやはり梨華だった。
「あぁ、何とか生きてます。」「松原君に矢口さん、いらっしゃい。」
私服に着替えた梨華が改めて2人に挨拶をしていた。
「う〜ん、やっぱり梨華はカワイイ!!」
ちっちゃな矢口が梨華に飛びつきほおずりしていた。
矢口はそっち系の趣味でもあるのだろうか?「こらこら、真里。石川さんが嫌がってるだろう。」
「だって〜・・・」
あまり慣れていないと、この2人のペースは辛い。
当然転校したばかりの梨華はとまどいを隠せない。
「まぁ、慣れればこいつらも面白いよ。」
俺は引きつった笑顔の梨華にそっと耳打ちをした。「いいよね〜、お父さんが社長なんて羨ましい。」
これは2人に俺と梨華が小さい頃のことや
今回、一緒に暮らすようになった訳を話した時に
真里が一番最初に発した言葉である。
もっと違う感想とかないのかねぇ・・・
しかしこれより厄介だったのが史也の感想だった。「慎一と石川さんの関係って昔で言う許嫁みたいだね。」
許嫁という言葉を聞いた瞬間、俺の背中に冷や汗がたれた。
いつもなら勘が鋭いのは真里の方なのに
今日は史也が一番ついてほしくない所ついてきやがった。
「ハハッ、許嫁とは少し違うんじゃないかな。なぁ、梨華。」
梨華は、どうして私に振るのって顔をしていたが
「そうよ、それとは違うと思う。」
これまた引きつった笑顔で答えた。それからというもの真里はそうでもなかったが
史也の言うことはどれも鋭く俺と梨華に突き刺さるようだった。
俺達はそのたびに冷や汗をかきながら
苦笑いで何とか流すことはできた。
「バイバ〜イ!また来るからね〜!」
「じゃ、また明日。」
その後、俺達がそろってため息をしたのは言うまでもない。
「はぁ〜。」夕食の席では亜依も同じようにため息をついていた。
「ハァ〜。」
さっきからずっとこれである。
保田さんも、そっちの方をチラチラと見ている。
「亜依、具合でも悪いの?」
その時一番最初に亜依と会話したのが梨華だった。
「別に何でもないわ。」
そう言ったあと、もう一度深いため息をついた。「そういや、史也あの子とどうなったかなぁ。」
俺が思い出したように言うと突然亜依が咳き込んだ。
そしてそのまま席を立った。
「食欲がわかへん。ごちそうさま。」
亜依はそそくさと自分の部屋に戻ってしまった。「あれじゃ亜依がかわいそうじゃない。」
梨華は俺のおかわりの分のご飯をよそいながら言った。
「何が?」
俺はあくまでもとぼけたフリで梨華から茶碗をもらった。
「松原君って彼女いないんでしょ?」
「お前も気づいてたのか。」
「当たり前でしょ。何年間姉妹やってると思ってるの?」
少し顔を膨らませて梨華が言った。姉妹だから何となく気付いてはいると思っていたが
何となくどころでなくドンピシャに気づいていた。
「だって亜依の反応がおもしれぇから。
それじゃごちそうさん。」
「もう!知らないからね!」
俺が自分の部屋に戻ろうとした時に保田さんの方を見ると
?マークがいっぱい浮かんでるように見えた。次の日、学校でいつものように昼飯を食っていると
「慎一にお客さんだよ。」
友達がやけにニコニコして俺の所に来た。
ドアの方へ目をやるとそこには辻ちゃんがいた。
辻ちゃんはいつかみたく手招きをしている。
俺は焼きそばパン片手にそっちに向かった。辻ちゃんは真面目な顔で俺の手を引いて屋上へ上がった。
「ここでお昼ご飯を一緒に食べましょう!」
こちらを向いてやっと笑顔になってくれた。
あの日は風が強かったが今日はそうでもなく
昼飯を食べるにはちょうどよい感じがした。
辻ちゃんはやっぱりクリームを頬に付けていた。「せんぱい。」
2個目のパンにありつこうとした時に
辻ちゃんがさっき見たく真面目な顔をして話しかけてきた。
「最近、あいぼんは元気がないんです。」
それを聞いて俺はビニールを破いていた手を止めた。
「授業中も休み時間もずーっとボーッとしてるんです。
ののは親友として何かしてあげたいんですけど・・・」「そうかぁ。そういう時はいっぱい話しかけてあげな。」
俺は自分の記憶の中から似たような経験を引っ張り出してきた。
たしかその時はこの方法で解決したはずだ。
「無視されてもいいから、いっぱい話しかけるんだ
その子が元気になるまで、毎日。」
辻ちゃんは真剣な顔で聞いてくれている。
「わかりました。そうしてみます。」
顔にクリームを付けながら真剣な顔をしてたのに
少し笑いそうになったが笑わないでおいた。でも、どうして辻ちゃんは俺に亜依のことを話したんだろう?
俺と亜依の関係を知っているわけでもなさそうだし。
疑問に思って聞いてみた。
「せんぱいならいい答えをしてくれそうだったから。」
彼女は俺の顔を見てハッキリそう言った。
俺は後輩に信頼されてることが嬉しかった。昼飯を食べ終えたので辻ちゃんと別れて
自分の教室に戻る途中で真里に会った。
軽く挨拶を済ましそのまますれ違おうとしたら
真里は急に俺の腕を引っ張って空き教室に連れ込んだ。「何か用か?」
「うん・・・あのね・・・」
いつになく真里が真剣な顔をしている。
2人きりの教室に漂う不思議な空気のせいもあり
俺の胸は次第に速く鼓動しだした。「・・・好き・・・」
俺はすでに妄想の世界にトリップしてたので
真里がポツリと呟いた言葉がそれだけ聞き取れた。
「え?好き!?」
突然のことに驚き、俺は真里の顔を見れなかった。
「い、いやぁ困るなぁ。突然そんなこと言われても。
俺にだって心の準備とやらが必要だし。
それに俺にはいいなず・・・っと!」
俺は慌てて口をふさいだ。「ねぇあんた大きな勘違いしてない?」
呆れかえったような目で真里が俺を見る。
「もしかして、私があんたのこと好きだと思ってる?」
「え?違うの?」
その瞬間にみぞおちの部分を殴られた。
「私は慎一みたいなのに告るほど落ちぶれてないわよ。」
なんかすごく馬鹿にされてるような気がした。「だから、あんたも気付いてるんでしょ?
梨華の妹が史也のこと好きだって。」
「なんだ、そんなことか。」
俺はせっかくの妄想を破壊されて落ち込んでいた。
「そんなこととは何よ?少女の純粋な恋愛じゃない。」
「あいつに純粋という言葉は似合わんがな。」
再びみぞおちの辺りに衝撃が走った。「と、いうわけで今日は梨華&慎一の家でパーティーでーす!」
真里はその場でピョンと飛び上がった。
これまでの話の流れとまったく関係のないことなので
俺はなんのことだか理解できなかった。
「どういうことだよ?」
「だからぁ、あんたの家に史也を連れてきて
亜依との距離を近づけるためよ。」
「何でそんなことすんだよ?」
「だっておもしろそうじゃない。」
真里はケロッと言い放った。そんな急に言われても「いいよ」と言えるわけがない。
まず梨華に承諾を得なければならない。
梨華がそんなことに賛成するとも思えないけど。
「大丈夫。梨華ならもう話したから。」
「どうせダメだったろ?」
「全然オッケーだって。」
おそらく梨華は真里の勢いに押されて
断れなかったのだろう。可哀想に・・・家に帰ると玄関には見なれない靴があった
「遅いぞ!慎一!」
さっそく真里が飾り付けを始めていた。
高いところの飾り付けのため椅子の上に立っている。
「ちょ、ちょっと梨華、い、椅子押さえといて。」
「え〜、手が離せない。」
台所に顔を出すと梨華がエプロンを着けて
なにやら料理をしていた。
鼻歌混じりにやっているのを見ると
もしかしたら意外とノリ気なのかもしれない。「お帰り、慎ちゃん。」
「ただいま。亜依はまだなのか?」
「うん、今帰ってる途中だと思う。」
その時リビングから大きな音が聞こえた。
「いったー、、、死ぬかと思った。」
やはり真里が椅子ごと倒れたようだった。
「変わりなさいよ。」
そう言って俺の方に飾りを差し出す。結局高い所の飾り付けは俺が、低い所は真里が担当になった。
「そう言えば今日は何のパーティーだ?」
突然パーティーをやるにも理由がいるはずだ。
何もなしにそんなもんをやる方が不自然だ。
「慎一引っ越しおめでとう&梨華よろしく」
「梨華が来たのって、もうだいぶ前じゃ・・・」
俺が言おうとしたら真里がキツイ目で睨んできた。「た、ただいま。」
ちょうど亜依が帰ってきた。背後にはもう1人いる。
「お邪魔します。」
その人影から爽やかな声がした。
そいつは相変わらず歯が白い史也だった。
「ちょうどそこで亜依ちゃんに会ってね。
慎一、今日は招待してくれてありがとう。」
「ハハハ・・・」
主宰でない俺は乾いた笑いしかできなかった。「カンパーイ!!」
実の主宰である真里が乾杯の音頭をとった。
しかし、学生の俺達はジュースなのであまり実感はないけど。
それでもパーティーはそこそこの盛り上がりをみせた。梨華と真里はずっと何か話してるし、
亜依はさっきから史也にピッタリくっついて質問攻め。
何故か途中参加の辻ちゃんはバクバク食べてるし、
どうやら亜依が電話して誘ったらしい。
亜依が史也にくっついてるのを見て
最近の様子の原因が解ったようだ。俺も最初はドンチャン騒ぎに加わっていたけど
そのうち、梨華と真里のキンキン声のせいで
頭が痛くなったのでベランダで風に当たっていた。
しばらくそうしていたので皆が帰ったのに気付かなかった。
真里が帰り際に玄関で怒鳴ったので我にかえった。
ジュースなんだから酔っぱらうはずはないんだけど。「ごめんね、騒ぎ過ぎちゃったかな?」
「そんなことないよ。楽しかったし。」
梨華がすまなそうな顔で隣に来た。
おそらくリビングはまだグチャグチャの状態だろう。
憧れの人との時間を楽しんだお姫様はもう寝たようだ。「ねぇ、これからどうなるのかな?」
梨華は手すりに体を預けながら言った。
「どうなるって?なるようになるだろ。」
俺も同じ体勢で梨華の隣にもたれる。
「二十歳になったら私達結婚するんだよね?」
「もしかして、いやか?」
こんな事を言われてしまうと不安になってしまう。「全然そんなことないよ。」
すると梨華は俺の方を向きニッコリ笑った。
「他の人には味わえない人生だから楽しまなくっちゃ♪」
「ああ、そうだな。」「キスしようよ。」
そう言うと俺の返事を待たずに唇が重なった。
「へへぇ〜ん、もうやっちゃったもん。」
梨華は顔を真っ赤にして走っていった。
俺はその場で呆然とするしかなかった。
銅像になった俺を元に戻してくれたのは
帰宅した保田さんの悲鳴だった。「何なの、これは?」
俺と梨華は怒られた子供のような表情をしていた。
と言うよりも実際怒られていたのだが。
「まったく、勝手にパーティーなんでやらないで。」
「だって〜。」
「罰としてトイレ掃除一ヶ月ね。」
保田さんはそう言って部屋に戻っていった。「はぁ〜、トイレ掃除か。一ヶ月も。」
梨華が嫌そうにため息をついた。
「しょうがないだろ。それに・・・」
俺はその言葉を言うべきかどうか迷った。「それに?」
「トイレ掃除もできないようじゃ、結婚しないぞ。」
「えぇ〜、そんなぁ〜。わかりました。トイレ掃除します。」
梨華は満面の笑みを浮かべていた。
「これからもよろしくね。あ・な・た☆」
「ば〜か。」
「ひどーい!!バカって何よ。」2人の甘い生活はまだまだ続きそうです。
第一部 完