188

こうもり 投稿日:2002/08/22(木) 20:56

譲はベッドから起き上がり煙草に火を付ける。
隣には全裸の少女が寝ている。
譲の方もトランクス一枚だけである。
天井に上っていく紫煙を見ながら、何故こうなったのかを考えていた。
あの時会わなければ、こうはならなかったのか?
多分、そんな事はないだろう。
出会ってしまった時から全ては始まっていたのだ。
そう三ヶ月前にこの少女が隣に引っ越してきてから………。

その日は夏のある昼下がりだった。
譲はその日仕事が休みで恋人の圭もたまたま仕事が休みだったので
家で一緒に昼食を取りその後、リビングでくつろいでいた。

――――ピンポーン、ピンポーン――――

「ちょっと譲出てよ」
圭はその時キッチンで洗いものをしていたので、手が離せなかった。
一緒に暮らし始めてから料理を譲がして、圭が後片付けをすると言うのが
二人のルールだった。
「ああ、わかった」
譲は返事をすると、玄関へ行きドアを開ける。

ドアを開けるとワンピースを着た中学生くらいの女の子が
「こんにちは、あの・・・隣に引っ越してきた、加護亜依と言います」
と言いながら少し緊張気味に譲に手に持った包みを差し出す。

「あ、これはわざわざどうも」
譲はそれを受け取りその包みを見る。
それは世間でも有名なお菓子屋のものだった。
「良かったら一緒に食べる?」
譲は亜依が食べたそうな目をして包みを見つめているのを見逃さなかった。

「えっ、いいんですか?」
亜依は嬉しそうな顔で譲に返事をする。
「もちろん、これからお隣さんなんで仲良くしたいし」
譲はそう言って亜依に家に入るように促した。
「じゃあ・・・お邪魔しちゃいます」
亜依はサンダルを脱ぐと、譲に続くようにリビングに入る。

「やっぱりうちと同じ間取りですね」
「だろうね、このマンション間取り全部一緒だし」
リビングのソファーに座り、二人で話していると
「あれ、譲どうしたの?お客さん」
話し声に気付いた圭がキッチンからリビングに入ってきた。

「あらずいぶん可愛いお客さんね」
圭はリビングに座っている亜依を見ながら微笑む。
「どうも初めまして、私、隣に引っ越してきた加護亜依といいます」
「そうだったの、私は保田圭って言います」
「そういえば俺も自己紹介まだだったね、秋月譲です」
三人はそれぞれに自己紹介して、再びソファーに座る。
譲はそのままキッチンにお茶を淹れに行く。

「そうだ、あなたの事なんて呼んだらいい?
やっぱり加護さんじゃ呼びにくいし、普段なんて呼ばれているの?」
圭は加護の隣に座って、話を始める。
「ええと、友達とかには『あいぼん』って呼ばれてます」
「じゃあ私も『あいぼん』って呼んでいい?」
「ええ」
「私の事も好きなように呼んでいいから」
「そうですか」
亜依は少し考え「『圭さん』って呼んでいいですか?」と言う。
「うん、全然OKだよ」
「これからよろしくお願いします」
「よろしく」
圭と亜依はそう言うと握手をしている。

とそこへ、譲がお茶を運んできた。
「女同士は仲がよくなるのが早いな」
譲はお茶を差し出しながら、圭に言う。
「もう仲良しだよね」
「はい」
圭も亜依も微笑みながら譲に向かって答える。

「それで、あいぼん、年はいくつなの?」
「へぇ、あいぼんって呼んでるんだ」
「うん、そうだよ、譲もそう呼べば」
「いいけど………なんか恥ずかしいな」
譲はそう言いながら頭を掻く。
「私は全然構いませんよ、そう呼んでもらっても」
「じゃあそう呼ぶよ、俺の事も『譲』とでも呼んでくれていいよ」
「わかりました『譲さん』って呼びます」
亜依はそう言いながらお茶を少し飲む。

「あ、そうだ、さっきの質問、私は中学三年生の14歳です」
「やっぱり若いね、圭とは7歳違うんだな」
譲はニヤリと笑いながら圭のほうを見やる。
「譲だって同じでしょう、あいぼんからみたら譲もおじさんに見えてるんじゃない」
圭はそれを譲と同じように返す。
「二人とも仲がいいんですね」
そのやり取りを見ていた亜依は感心したように二人に言う。

「そりゃまあ子供のころから一緒だしね」
「そうなんですか?」
「そうよ」
「まあ、腐れ縁っていうやつかな、もう二十年以上ずっと一緒にいるし
いつのまにか一緒に暮らしてるんだけど」
「まあ、そんなところね」
圭はそう言いながら少し笑う。
「あいぼんはそういえばどうして引っ越してきたの?」
「あのぅ………」
亜依は複雑そうな顔をする。

「ごめん、言いづらいなら言わなくてもいいよ」
圭はまずいことを聞いたと思い話を止めようとする。
「でも、ちゃんと言います」
「いいよ、言いづらいなら言わなくて」
「うんそうだよ」
「分かりました、ちゃんと話せるようになってからでいいですか?」
「もちろん」
譲はそう言いながらお茶を口に含む。

「そういえば二人ともお仕事してるんですか?」
「うん」
「ああ」
二人は同じタイミングで亜依の質問に答える。
亜依はそれを見て再び微笑みながら
「それで何の仕事をしているんですか?」と聞く。
「俺は普通の会社で経理の仕事」
「私は雑誌の編集」
「雑誌の編集をしてるんですか、すごいですね」
「まあね、っていっても小さいところだから色々やらなきゃ
いけないから忙しいのよ」
「へぇー」
亜依は感心したように圭の方を見る。

「すいません、長居しちゃったみたいで」
亜依はそう言いながらサンダルを履いている。
あの後も話は弾み、話が終ったころには日も西に傾き始めていた。
「いいよ、気にしないで、どうせ今日は両方とも仕事休みだったし」
「そうよ、どうせ譲と二人でいても話す事もあんまりないから
丁度よかったわよ」
圭は亜依の方を見ながら微笑む。
「じゃあ、お邪魔しました、今度は私の家に遊びに来てください」
「うん、わかった」
亜依は頭を下げると譲の家から出て行く。

「可愛い子だったね」
「ああ」
譲と圭はリビングで亜依の事を話している。
「それにしてもどうして引っ越してきたんだろうね」
「さあな、まあでもこのマンション結構家族で住んでる人も多いし
たまたまじゃないの?」
「でも凄く言いづらそうにしてなかった?」
「そう言われてみればそうだけど、あんまり他人事に干渉しない方がいいだろ」
「そうね、あ、そういえば今日買い物に行かなきゃいけなかったんだ
譲、車出してくれない?」
「だったら、ついでに飯でも食いに行くか、今日は珍しく休みが一緒になったんだし
もちろん、圭のおごりで」
譲は圭の方をみて圭の返答を待つ。

圭は少し考えた後に「しょうがないわね、いいわよ、でも高いものはなしよ
今月はあんまりお金がないから」
「分かってるよ、そうと決まればすぐに行こうか?」
「OK、じゃあ準備してくるからちょっと待ってて」
圭はそう言うと自分の部屋に行く。
譲は別に用意する事もなかったので、リビングのソファーに座っていた。
「じゃあ行こうか?」
「うん」
圭は支度をすませ自分の部屋から出てきた。
譲と圭は車に乗り買い物に出かけた。

「亜依遅かったな、なにしてたん?
お隣にお菓子届けるにしては遅すぎるで、どっかいってたんか?」
亜依が家に戻ると待ちかねていたように母親のみちよが話し掛ける。
「隣の人がええ人で、お茶をご馳走してくれたから、それ飲んでて」
「それで?」
「結構話も弾んでいつのまにかこんな時間になってた」
「ほぉー、そうかそれで隣の人どんな感じやったん?」
「秋月さんと保田さんっていう、若いカップルやった」
「何、二人で暮らしてるんか?」
「みたい、しかも結構仲も良かったし」
「そうなんか………はぁ」
みちよは一つため息をつく。
「みっちゃん、ため息ついたらあかんよ、二人でやってこうって決めたんやから」
「そうやな、うちには亜依がおる、一緒に頑張って行こうな」
「分かった、じゃあ片付け今日中に終らせよ」
亜依はそう言うと腕をまくる仕草をして、みちよに見せる。
「今までサボっていた分、亜依には頑張ってもらわんと」
「さっきとほとんど変わってないやん、みっちゃんも、サボってたんか?」
「そ、そんなことあれへん」
みちよは慌てたように首を横に振る。
「まったく」
亜依はあきれたような顔をしながらダンボール箱を開け始めた。

譲と圭は車で、近くのデパートに来ていた。
「譲はそこにでも座っててちょっと時間がかかりそうだから」
「わかった」
譲は喫煙所の椅子に座り煙草を吸っている。
座りながら譲は圭の事をぼんやりと考えていた。
圭と一緒に暮らし始めてもう三年半か。
しかしよく飽きないよな俺も、結局圭以外の女と付き合ったのって
高校時代の一人だけだもんな。
まあでも飽きない女なのかもしれないけど………。
譲は三本目の煙草に火をつけて、圭が戻ってくるのを待っていた。

「だれーだ」
譲はいきなり手で自分の視界を塞がれてしまう。
しかしそのことで別に驚くと言う事もなかった。
なぜならそれは圭が子供の頃からやっている事で譲にとって見れば
いつもの事だったからだ。
「圭、一体いつまで俺にそれをやるつもりなんだ?」
譲はあきれたように後ろに居る圭に尋ねる。
「わかんない、私が飽きたときじゃない」
「まだ飽きないのか、それで?」
「うん、だって譲何回やっても違う反応するから」
「そうかな?」
譲は目を覆っている圭の手を解きながらそう言う。
「それが楽しみでやってるようなもんよ、私は」
譲は立ち上がり圭を見ると、少し笑っている。

「買い物は済んだの?」
「うん」
「じゃあ飯食いに行くか?」
「安いものにしてよね」
「分かってるよ、巧の店でいいだろ」
「それなら全然平気だよ」
「じゃあ行くか?」
譲はそう言いながらさっきまで目を塞がれていた圭の手を握る。
「久しぶりだね、手なんか繋ぐの」
「ああ、そうだな、でもいいだろたまには」
譲と圭は手を繋ぎながら一緒に歩いていた。

「亜依、そろそろ休憩しよか?」
みちよは汗をタオルで拭きながら、亜依に聞く。
「でも、まだ半分も終わってへんよ」
亜依はそういいながらまた新しいダンボール箱を開けようとしている。
「開けんでええて、とりあえずお腹すいたから、晩御飯でも食べにいこうや
ついでにこの辺りに何があるのかも知りたいし」
「じゃあちょっと休憩しようか、なんかお腹もすいてきたし」
「そうやろ、じゃあ早速いこか」
みちよは座っていた椅子から立ち上がると、家から出る。
亜依もそれに続くように、家を出て行った。

譲と圭は中学時代の同級生である、大川巧の店に来ている。
この店は、明治時代から続く由緒正しい料理屋で巧はそこの後継ぎだった。
ここは譲の住む家からそんなに離れていないので
譲と圭が外食にくる時は大概この店だった。
「譲、久しぶりだな、保田さんも」
譲と圭が座敷で座っていると、同級生の巧が入ってきた。
「ああ、そうだな、最近忙しかったから」
「私もなかなか暇ができなくて」
「貧乏暇なしってやつだよ」
巧が笑いながら、そう話すと、譲と圭もそれにつられるように笑っている。

「お前、そういえばまたバイトの女の子に手を出したらしいじゃないか
いいかげんにしないと、あゆみさんに捨てられるぞ」
譲が巧に向かってそう言うと、巧は凄く慌てた顔をして
「な、なんでそんなこと、知ってるんだよ」と言う。
「いつだったか忘れたけど、偶然あゆみさんに会った時そんなこと聞いたぞ」
「そういえば、今日あゆみさんいないけどどうしたの?」
圭は辺りを見回しながらあゆみがいないに気付き、巧に尋ねる。
「ついに逃げられたか」
譲はニヤリと笑いながら巧のほうを見る。

「そんなわけないだろ、今日は中学の同級生と会いに行ってるだけだよ」
「しかし、あゆみさんもよくお前についてきてるよ、高校も行かないで
嫁ぐなんて普通絶対出来ない事だからな」
「本当よ、だから大川君ももっとあゆみさんの事大切にしてあげないと」
「それより、お前らはどうなんだ、そろそろ結婚とかしないのか?」
「………それはおいおい」
譲はそう言いながら笑って誤魔化す。

「まあ、今日はゆっくりしていってくれや注文はいつもので、いいんだろ?」
「それで頼む」
「わかった」
巧はそう言うと、座敷から出て行く。
「しかし、あいつも変わらんな、いつになったら浮気性が直るのやら」
譲はやれやれという表情で圭のほうを見る。
「まあ、大丈夫かあゆみさんがキレない限りは」
「そうじゃない」
そこへ、アルバイトの女の子が飲み物を運んできたので、二人は一端話を止める。
「乾杯」
譲と圭はまずビールで乾杯した。

亜依とみちよは、マンションを出て、あちらこちら歩き回っている。
「みっちゃん、大丈夫なんか?」
「何が?」
「いや、ちゃんと家までの道覚えてる?」
亜依は心配そうな顔でみちよのほうを見る。
「亜依、あんたは覚えてへんの?」
「途中までは覚えてたけど、みっちゃん適当に進むから覚えてへん」
「うちも覚えてないねん」
「どうすんねん、家に帰られへんやん」
「思い出すから、ちょっと待って」
みちよはその場で立ち止まり、いままで歩いてきた道を思い出そうとしている。
亜依は周りに何かないか探していた。
みっちゃんにも困ったもんやな。
方向音痴の癖にドンドン行くからこっちまで迷子になってまうわ。
それにしても、なんかないかな。
亜依はさらに歩を進め、小さな通りから大きな通りに出た。

とそこには、古めかしい建物の店が立っていた。
看板に目をやると、そこには『和食 大川』と書いてある。
「みっちゃん、店があるからここで、とりあえずご飯でも食べへんか?」
亜依はまだ立ち止まって考え込んでいる、みちよに向かって声を掛ける。
「そうやな、うちもお腹ペコペコやし、丁度ええな」
みちよは走って、亜依の方に駆け寄る。
そして、二人は店の前に立つ。
「なんか高そうな店やな」
みちよはその大きな店構えに少し不安になりながらも、亜依の
「大丈夫や」の声に押されて店に入る。
「いらっしゃいませ、二名様でよろしいですか?」
「はい」
店に入るとすぐに店員が駆け寄って、二人を座敷に案内してくれた。
「こちらへどうぞ」
亜依とみちよは座敷にあがり、店員が出してくれたお茶で一息つく。

みちよはその佇まいに驚いたようで亜依に興奮気味に話す。
「でも、このお店結構安いで」
「ほんまに?」
みちよは亜依からメニューを奪い取ると、それを見る。
すると大体のものが1000円から1500円くらいのリーズナブルな値段だった
ので、みちよは少し安心した。
「亜依好きなもん頼んでええよ、このくらいやったら大丈夫や」
みちよは胸を叩きながら亜依に言う。
「じゃあ、うちこれとこれな」
亜依はみちよに、そう告げると立ち上がる。
「どこいくんや?」
「いや、ちょっとお手洗いに行こうかと思て、ちゃんと注文しといてな」
亜依はそう言うと、座敷からトイレに行く。

譲と圭は酒を飲みながら出てきたつまみを食べている。
「譲、私ちょっとトイレ行ってくるね」
「ああ」
圭はそのまま座敷から出て行く。
はぁー、なんだか今日は飲みすぎてるかも。
でも久しぶりに譲とお酒飲めて嬉しいな。
最近忙しかったし………、たまにはこういうのもいいよね。

―――コンコン―――
圭はトイレのドアの前に立ちノックをする。

―――コンコン―――
するとすぐに、トイレの中からノックする音が聞こえてきたので
誰かが入っていると思い、圭は洗面所の方に移動した。
そして鏡を見ると少し化粧が落ちかかっていたので、それを直している。

「カチャ」
少したってドアの開く音がしたので、圭はトイレに入ろうと移動する。
「あれ、あいぼん」
圭の目の前にはさっきまで話しをしていた亜依が立っている。
「圭さん!!」
亜依もそれに気付いたようで圭と同じように声をあげている。

「どうして、ここにいるの?ここって結構分かりにくいところにあるから
知ってる人じゃないとほとんど来ないのに」
「実は道に迷ってたら偶然この店を見つけて、おなかもすいてたから
ここに入ったんですよ、お母さんと一緒に」
「そうなんだ、私も譲と一緒に来てるから合流してご飯食べない?」
「いいですよ、じゃあお母さんに言ってきますね」
亜依はそう言うとトイレから出る。
圭も用を足してからトイレから出た。

圭がトイレから出ると、通路に亜依とみちよが立っている。
「こんばんは初めまして、亜依の母のみちよと言います」
みちよは丁寧に挨拶をして、圭に頭を下げる。
「いえ、こちらこそ初めまして、私は保田圭って言います」
圭もみちよと同じように頭を下げた。
「じゃあ行きましょうか」
圭はそう言うと、自分の居た座敷に二人を案内する。

それにしても、若いお母さんだな。
やっぱり引っ越した理由をいえないのも関係あるのかな?
でもあんまり詮索するのもあれだし………。
圭は案内をしながら、色々考えていた。

譲は酒を飲みながら、圭の戻るのを待っていた。
とそこへ圭が戻ってくる。
「圭、随分遅かったね」
「いや、さっきそこであいぼんと会ってね」
「あいぼんと?」
「うん、それで一緒にご飯食べようと思ってるんだけどいいかな?
ってもう連れてきてるんだけどね」
圭は微笑みながら、亜依とみちよを座敷に入れる。
「こんばんは、譲さん」
亜依は笑顔を浮かべながら譲に挨拶をする。
「それでこちらがあいぼんのお母さんのみちよさん」
圭がそう言いながらみちよを紹介する。

「はじめまして、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「じゃあ、あいぼんとみちよさんはこっちに座って」
圭は譲の横に座り、亜依とみちよに向かいに座るように促す。
「じゃあ乾杯でもしましょう」
「そうだな」
「そうしましょ」
「そうですね」
「じゃあ乾杯」
譲がそう言うと皆グラスを合わせて、乾杯をする。
その後亜依やみちよの料理も来てそこはさながら宴会のようになっていた。

「なあ圭、それにしてもみちよさん、あいぼんのお母さんにしては
若すぎると思わないか?」
譲は食べるのに夢中になっている亜依とみちよに気付かれないように圭に話し掛ける。
「うん、私もそう思ったけど………多分あいぼんがさっき引っ越してきた理由
言わなかったのもそこら辺の理由があるんじゃないかと思うから」
「じゃあこの話は止めておいたほうがいいか?」
「そのほうがいいかも」
圭は小声で譲に言う。
「わかった」
譲はそれだけ言うとまた再び酒を飲む。

それから四人は色々と話しをしていた。
「みちよさんは今何歳なんですか?私は今21歳なんですけど」
「うちか、うちはいま23やねん」
酒が入り少し顔の赤くなったみちよは、いつのまにか関西弁になっている。
「関西の方から引っ越してきたんですか?」
譲はみちよの関西弁に気付いて、みちよに尋ねる。
「ああ、そうやねん、ここに来る前に大阪におったんや」
「そうなんですか」
「まあ、色々あってなこっちに引っ越してくる事にしたんや」
そう言うとみちよは少し悲しそうな顔をする。

譲はそう思い「みちよさんもっと飲んでくださいよ」とみちよにさらに酒を勧める。
「圭も今日は飲もうぜ」
「そうね、私は明日も休みだし、でも譲はもうやめときなよ
明日仕事なんでしょ」
「ああ、そうだな俺はあいぼんと話でもしてるよ」
「そうしなさい、私はみちよさんと女同士の話があるから
勿論飲みながらね」
そう言うとみちよの隣に座りなにやら譲に聞こえないように話しをしているので
譲は立ち上がり、まだ食べている亜依の隣に座り話し掛ける。

「あいぼん、どうおいしい?」
「凄くおいしいです」
亜依はさっき頼んだ鰤の照り焼きを美味しそうに頬ばっている。
「これについているタレは初代の頃からの秘伝のものなんだって
そういえば、巧が言ってたな」
「店の人と友達なんですか?」
「ここの四代目とは同級生なんだよ」
「そうなんですか」
「うん、だから今日もオマケしてくれると思うよ、デザートとか」
譲がそう言うと亜依は目を輝かせ
「楽しみです」と言った。

「学校はいつから行くの?」
「一応、明日から行く事になってます」
「あそこからだと結構遠いよ、確か歩いて15分くらいだったかな?
うちの会社の取引先が近くにあるからよく通るんだ、中学校の前」
「15分もかかるんですか?」
「うん」
「いややなー」
亜依は少し顔をしかめる。
「あいぼん、朝起きるの苦手なの?」
「そうなんですよ、ちょっと朝が苦手で………」
「へー、前はどうだったの?」
「前の学校の時は目の前だったんで、十分前に起きても大丈夫だったんですよ」
「じゃあ、明日は俺が送ってあげるよ」
「本当ですか?」
譲がそう言うと亜依は嬉しそうな顔をする。

「うん」
「でもご迷惑じゃありませんか?」
「ううん、そんなことないよ、ちょうど明日は取引先に行ってから
会社にいくつもりだったから」
「ありがとうございます」
亜依は譲に深々と頭を下げる。
「いいってそんなことしなくても」
譲は頭を下げている亜依の額を軽く押し上げて、正面を向かせた。
「お待たせ」
とそこへデザートを持って巧が入って来る。

「あれ、譲お前そんな小さい子に何をする気なんだ?」
「何もするわけないだろ」
譲はいやなところを見られたような顔をして巧に言い返す。
巧はにやりと笑い、亜依に向かって
「このお兄さんはロリコンだから気をつけたほうがいいよ」
と言う。
「ロリコンってなんですか?」
亜依は言葉の意味が分からずに、譲のほうを向いて問い掛ける。
譲は恨めしそうに巧を見ると、巧は持ってきたデザートを
置いてさっさと出ていってしまう。
亜依は譲の方をじっと見ている。
いらんことを………さっきの仕返しのつもりか。

譲は亜依にどう言おうか考えながら近くにあったコップの酒を一杯のむ。
そして一息ついてから、亜依に
「えーとね、うーん説明が難しいな………簡単に言うと
子供が好きな大人ってことかな」と言う。
「ふーん、そうなんですか」
亜依は納得したような表情を浮かべている。
「じゃあこれ食べちゃおう」
「はい」
譲は話しを強引に終わらせ、そのまま巧の持ってきたデザートを一緒に食べる。

それはいつも出してくれる水羊羹だ。
譲は圭にも渡そうと思い圭のいるほうを見ると
二人は肩を組みながらまだ飲んでいるようだ。
「圭、そろそろ飲むのやめておいたほうがいいんじゃないか」
譲は圭のほうに歩み寄り、声を掛けた。
「なによ、楽しく飲んでるのに」
圭は不機嫌そうな顔を浮かべ、譲のほうを見る。
「これ以上飲むと俺の手におえなくあるから」
譲は強引に圭からコップを奪い取った。
圭はなんとかして譲からコップを取り返そうとするが
すでに結構酒を飲んでいるためフラフラしていて、取り返すことが出来なかった。
「ああー、もう」
くやしそうな顔を浮かべつつも圭はそこで諦めた。

「譲、もう歩けないからおぶって」
店から出て五分くらい歩くと、圭はその場でしゃがみ込んでしまう。
亜依とみちよはすぐに駆け寄り、心配そうな顔をしている。
圭の隣を歩いていた譲はやれやれという表情で圭の事を見る。
「あんまり飲みすぎるからだろ、全くお前はいつもこうなんだから」
譲はそう言いながら圭の事を起こし、背中に乗せる。
そして歩きながら、まだ心配そうな顔をしている二人に
「大丈夫ですよ、圭は飲みすぎると足にくることがよくあるんです」
と言う。
二人は安心したようで譲の後をついて行く。

譲は圭をおぶったまま、みちよと亜依も自分の家の前に着いた。
「じゃああいぼん、明日迎えに行くから待ってて」
「はいわかりました、じゃあおやすみなさい」
亜依は部屋の中へ入って行く。
「譲さん、今日はありがとうございました
明日もわざわざ亜依のことを送ってくれるそうで」
みちよはそう言うと譲に頭を下げている。
「気にしないでくださいよ、どうせついでです」
「ほんとにありがとうね」
「おやすみなさい、みちよさん」
譲は家の鍵を開けて、自分の家に入って行った。
みちよもそれと同時に家に入った。

譲は家に入るととりあえず、圭の事を寝室のベッドへ降ろす。
圭はすでに寝てしまっているので
譲はそのままリビングに行き、ソファーに腰を下ろした。
さっきまで圭を背負って歩いていたため全身に汗をびっしょりとかいていた。
譲はそれを拭いながら大きく息をついて、エアコンのスイッチをオンにする。
五分くらい経つとやっと部屋の中が涼しくなってきた。
涼しくなると、喉が渇いてきたので譲は冷蔵庫から麦茶を出して
それを一気に飲み干す。
譲はその後シャワーを浴び、寝室に行く。

譲が寝室に戻ると圭はベッドの上を全て使うように
大の字を書いて寝てしまっている。
譲はどうしようか少し思案した後、強引に端に寄せて無理矢理横になる。
横になった後圭のほうを見ると、ぐっすり眠っているようだったので
譲もそのまま目を閉じる。

「みっちゃん、まだねたらあかんて全然終わってないんやから」
亜依はそう言いながらみちよの事を起こそうとする。
しかしみちよは、ソファーの上に横になったまま全く動かなかった。
亜依はその後何度か起こす事を試みたのだが、効果がなかったので
諦め、そのまま近くにあった毛布を被り寝てしまった。

――――ピンポーン――――ピンポーン―――――
「おかしいなあ」
譲は亜依の家のインターフォンを何度か鳴らしながらそう呟く。
そのまま五分ほど待っていたのだが何の反応もないので
――――ピンポーン――――
もう一度インターフォンを鳴らす。
そしてドアの前に立っていると、ドタドタと大きな音が聞こえてきて
その後「ガチャリ」乱暴にドアを開ける音と共に亜依が現れた。
「じょ、譲さんおはようございます」
そう言った亜依の表情はまさに起きたてのものだった。

「あいぼん、寝坊しちゃったの?」
「はい、みっちゃんも、まだ寝てて、ついさっきのインターフォンで
目が覚めて………」
「まあ、とにかく急がないと学校遅刻しちゃうよ」
「わかりました」
譲と亜依は、走って車まで移動した。
二人は車に乗り込み、すぐに出発した。
「その制服は前の中学校の?」
譲は亜依がセーラー服を着ているのが不思議だったので尋ねる。

「そうなんですよ、制服が間に合わなくて」
「とっても可愛いよ」
「そ………そんなこと」
亜依は恥ずかしいそうに顔を譲と反対側に向ける。
譲もなぜか恥ずかしくなってしまいそのまま何も言わずに車を走らせている。
「ついたよあいぼん」
譲は車を中学校の少し手前に止め、亜依に車から降りるように促す。

「なんとかまにあったけど、もうギリギリだよ」
車の窓を開けて、辺りを見回すと皆急いでいるようだった。
亜依は鞄を持って車から出て、すぐに走り出さずに
「ありがとうございました」と大きく譲に頭を下げてから走り去っていった。
譲は中学校の校舎に入るまで亜依を見送った後、すぐに取引先に向かう。

初めて会った時は別になんとも思わなかったのに………。
譲は再び煙草に火を付けて、大きく煙を吐き出す。
そして、少女の方を見ると幸せそうな顔で寝息を立てている。
少女が寝ている所は譲が圭と何度も愛を確かめ合ったベッドの上。
しかし今日はそこには圭の姿はない。
今日は取材で帰ってこない筈だ。
譲は少女の髪を優しく撫でながら、ずっと少女の顔を見つめている。
そして、2ヶ月前のある出来事の事を思い返していた。

「うわっ、最悪だな」
譲は一仕事済ませて、取引先から出ると外は大雨が降っていたので
急いで車に乗りこむ。
雨で濡れてしまった体をタオルで適当に拭いてから、会社に電話を掛ける。
「はい、こちら経理課です」
「もしもし」
「もしもし、秋月さんですか?」
「うん、斎藤さん今課長いる?」
「会議中で席を外しているんですよ」
「そう、じゃあさ取引先から直帰するって言っておいてくれる?」
「はい、わかりました」
「じゃあよろしくね、お疲れ様」
「お疲れ様です」
譲はそう言うと電話を切って車を走らせる。

しかしこりゃ凄い雨だな。
まあ車だからあんまり関係ないか。

譲は信号待ちをしながら辺りを見ていると
突然の雨に急いで帰っている中学生の姿が見える。
横断歩道を横切る中学生の中にびしょ濡れの
亜依の姿を見つけたので譲はクラクションを鳴らす。
すると亜依のほうも譲に気付き車に駆け寄って来る。
譲は車の中から手招きをしながら亜依にドアを開けるように促す。
亜依は急いでドアを開けて、助手席に座る。

譲は取りあえず亜依にタオルを渡した。
亜依は体を拭いてから、譲に
「譲さんどうしたんですか、こんな時間にあそこにいるなんて」
と尋ねる。
「いやたまたま取引先に来てたんだ」
「でも良かったですよ、このまま濡れて帰らなきゃいけないところでしたから」
譲は窓から外を見るとやはりまだ雨がずっと降り続いている。
「学校にはもう慣れたの?」
「はい、なんとか一応、友達も出来ましたし」
亜依は濡れている前髪を触りながら譲の方を向く。
「それに、いいお隣さんも出来たんで凄く嬉しいです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ俺も。あ、着いたよ」
「はい」
譲と亜依は車を降りて、自分たちの部屋のある階に向かった。
「じゃあね、あいぼん」
譲はそう言うと家の中に入り、取りあえず濡れている服を脱ぎ着替える。
家の中を見ると、圭はまだ帰っていないようだった。

――――――ピンポーン、ピンポーン――――――
ソファに座ってコーヒーを飲もうと思っていた
譲だったがインターフォンが鳴ったのでとりあえず玄関のドアを開ける。
するとそこにはさっき家の前で別れたはずの亜依が立っている。
しかも服装も濡れた制服のままだった。
「どうしたの?あいぼん」
譲がそう尋ねる。

すると、亜依は俯き少し恥ずかしそうにしながら
「あのですねー、実は………鍵を忘れてきちゃったみたいで」
と言う。
「なんだ、そうなのじゃあ上がりなよ」
「すいません」
「いいの、気にしないで」
「お邪魔します」
亜依は靴を脱いで譲の家に入る。

「あいぼん、その格好のままだと風引いちゃうから
着替えて、ついでにシャワーも浴びてきちゃいな」
そう言いながら譲は亜依にタオルを渡してバスルームのドアを開ける。
「いいんですか?」
「別に構わないよ、着替えはあいぼんがシャワーあいてる間に
圭のでも用意しておくよ」
「ほんとにありがとうございます」
亜依は深々と頭を下げてから、バスルームに入って行った。
譲は圭の部屋に入り、亜依に合いそうな服を探す。

どうしようかな………。
圭の部屋で少し考えてから譲は亜依の着替えを選び部屋から出た。
そして、シャワーを浴びている亜依に声を掛ける。
「あいぼん、ここに着替え置いておくから」
「はーい」
譲は洗濯かごに入っている、制服を無造作に洗濯機に入れ洗濯機を回す。
その後譲はキッチンに行って亜依のために温かい紅茶をいれて
シャワーから出るのを待っていた。

どうしようかな………。
圭の部屋で少し考えてから譲は亜依の着替えを選び部屋から出た。
そして、シャワーを浴びている亜依に声を掛ける。
「あいぼん、ここに着替え置いておくから」
「はーい」
譲は洗濯かごに入っている、制服を無造作に洗濯機に入れ洗濯機を回す。
その後譲はキッチンに行って亜依のために温かい紅茶をいれて
シャワーから出るのを待っていた。

―-―-カチャリ―――
ドアノブをまわす音が聞こえたので、譲はそちらのほうを見る。
そこにはシャワーから上がって来た亜依が立っていた。
亜依は譲の用意したTシャツとジャージに身を包み
髪はいつもの様に上で纏めないでそのまま下ろしている。
その姿を見て、譲は胸が高鳴っていた。

なんか変だな……、なんだろうこの感じ。
前にもあったような感じだけど昔の事だから覚えてないな。

譲は亜依の向かいに座って、一緒に紅茶を飲みながら話をしている。
話もそこそこに譲は気付かれないように亜依の事を目で追っていた。
「それでですね譲さん今日学校で………」
「う、うん」
「だったんですよー」
そう言って亜依は微笑む。
「へー」
譲は生返事でそれを返す。

その時亜依は譲の様子が変だと思い
「譲さん、どうしたんですか?なんか変ですよ」
と尋ねる。
「えっ、いやなんでもないよ」
「そうですか」
「ああ」
亜依は心配そうな顔をして譲の顔をのぞき見る。
「大丈夫だよ、心配しなくても、元気、元気」
譲は力こぶを作りながら、笑ってごまかした。

――――ピルルルルルルル――――
しばらくの間話をしていると、携帯のなる音がしたので、譲は自分の携帯を見たが
それは譲のではなかった。
どうやら亜依の携帯が鳴っているうようだ。
最近の中学生は携帯電話を持っているのか。
俺が中学の頃は持ってる奴なんて一人もいなかったからな。
譲はそんなことを考えながら、亜依の電話の声に耳を傾ける。
どうやら電話の相手はみちよのようだった。

「うん、分かった」
亜依はそう言うと携帯を切り、席を立つ。
そして譲に
「みっちゃん、帰ってきたみたいなんで家に戻りますね」
と言った。
「ああ、そうなんだ」
譲はまだしばらく一緒に話していたいような気もしたが
玄関まで亜依の事を見送りに行く。
「あ、そうだ制服もう乾いてたから」
そう言って譲は亜依に乾いた制服を手渡す。
「ありがとうございます、いろいろと」
亜依はそれを受け取りもう一度頭を下げてから、譲の家から出て行く。

あの時から俺はこの娘に恋をしていたんだな。
寝ている少女……、亜依はあの時と同じように髪を下ろしている。
「ううん」
不意に亜依は寝返りを打ち、譲の方に顔を向けていた。
譲は煙草を灰皿に押し付けて火を消し、亜依の柔らかい唇に
自分の唇を押し付けた。
「ふう…ん、ん」
亜依は息をもらして少し喘ぐ。

譲は亜依が目覚めたのかと思い、唇を離し亜依の事を見る。
しかし亜依は一瞬目を開け、譲の事を一目見ると安心して
すぐに目を閉じて再び寝てしまったようだ。
そしてすぐにまたさっきのように規則正しい寝息が聞こえてくる。
譲はそれを確認するとベッドから降りて窓のカーテンを開け、外を眺めていた。
空は曇っているようで、月は隠れている。
しばらく空を見た後、譲は住んでいるマンションの近くにある公園を見下ろした。
そこは一月前亜依と初めて、キスをした場所。
譲と亜依の運命を決めてしまった場所。

「じょーう、今日の事覚えてるでしょうね?」
朝食をとりながら圭は、譲に向かって話し掛けている。
「覚えてるよ、みちよさんとあいぼんと飯を食いに行く話だろ」
「覚えてるなら別にいいのよ」
圭はそう言うと譲が作った味噌汁を「ずずずっ」と音を立てて飲む。
三日前にみちよが四人分の食事券をもらって、それに譲と圭を誘ったのだ。
「それにしてもついてるよな、みちよさんがあんな高級なレストランに
食事に誘ってくれるなんて」
「ほんとよねー、今日は本当に楽しみ、あっ、そろそろ時間だから行かないと」
圭は時計を見ながら慌しく席を立つ。
「後片付けはいいよ俺がやっとくから」
「ごめん譲、あとよろしくね、じゃあ行ってきます、私は待ち合わせの場所に
直接行くから譲もちゃんと来るのよ」
「わかってる、じゃあ仕事頑張れよ」
譲は箸をいったん置いて、圭に向かって手を振る。

あの雨の日から一ヶ月、譲は一度も亜依と会っていなかった。
だが一ヶ月たっても譲の心の中ではまだあの時の、胸の高鳴りを覚えている。
「今日会ったら、俺どうなるんだろう?」
譲は食器を洗いながら一人呟いている。

おっと、そろそろいくか、確か約束は7時だったし。
譲は腕時計を見ると、時間は午後6時。
家から約束の場所までは電車で大体40分くらいかかるので
支度をして、家を後にする。

あいぼんはもう出かけちゃったのかな?
譲は家を出て亜依の家を見ると、電気が消えているので
どうやらもう出て行った後のようだった。
あいぼんと一緒に行ければ良かったけど、まああとで会うからいいか。
譲はそう思いながら、待ち合わせ場所に向かった。

待ち合わせの場所に着くと、すでにみちよと亜依は着いていた。
亜依は譲の姿を見つけると、譲のほうに駆け寄って来る。
「譲さんこんばんは」
「こ、こんばんはあいぼん」
そう言いながら譲は亜依のほうに視線を移す。
亜依の格好はポロシャツにジーンズのミニスカートという格好だった。
譲にはその姿が凄く眩しくて、思わず声が上擦ってしまう。
それに一ヶ月前に感じた胸の高鳴りがまた戻ってきているようにも感じられた。

「こんばんは、譲さん」
みちよは亜依に少し遅れて、ゆっくりと
みちよの方は、仕事帰りなのかスーツを着ている。
3人になると譲のほうも次第に落ち着いてきて、しばらくその場で圭の来るのを
待っていた。

……遅いな圭、どうしたんだろう?
もしかしたら待ち合わせの場所間違えてるのか。
時計を覗くともう約束の時間の7時はとっくにまわっている。
「ちょっと圭に電話をしてみますね」
譲は携帯を取り出し、圭の携帯に電話を掛けた。

――――トゥルルルル――――トゥルルルル――――
呼び出し音が三回くらい鳴った後に、圭が電話に出る。
「もしもし、譲?」
「ああ、どうしたんだ圭?もう時間過ぎてるけど」
「ごめーん、仕事が少し長引いちゃったから、まだタクシーの中なのよ
だから直接レストランに向かうから、みちよさんにも言っておいて」
「ああ、わかった」
譲がそう言うと圭の方から携帯が切れた。
ポケットに携帯をしまって、みちよに
「圭の奴遅れるみたいなんで、先に行ってていいそうです」
と言う。
「あ、そうですかそれじゃあ先に行きましょうか」
「ええ」
「うん」
3人はレストランに向かって歩き出した。

「本当に今日はありがとうございます、わざわざ誘ってくれて」
譲は道すがら、みちよに感謝の気持ちを表す。
「いいのよそんな気にせんで、亜依だって、うちだって世話になってるし
たまには恩返しないと罰が当たってしまうわ」
「いや……そんな」
譲は頭を掻きながら首を振る。
そんなことを話しながら五分くらい歩いていると、目的地のレストランに着いた。
そこは凄く有名なフランス料理店で一度食べにきた同僚が
『本当に頬が落ちるかと思った』というくらい美味しいらしい。
入り口の前には圭が立っていたので譲が
「あれ、圭もうついてたのか?」と言うと圭は
「うん、電話を切った後すぐにここに下ろされたのよ」と譲に言う。
そして、みちよの方に歩み寄り
「こんばんは、みちよさん今日はありがとうございます」
と言う。

そして、みちよの方に歩み寄り
「こんばんは、みちよさん今日はありがとうございます」
と言う。
「ええの、気にせんで、どうせ貰ったもんだしそれにたまには
お礼も兼ねてな」
と言いながら圭に微笑みかける。
「みっちゃん、早く、早く」
みちよの後ろで話を聞いていた亜依がもう待ちきれないと言った表情で立っている。
「じゃあ入りましょうか?」
譲が言い終わる前に、亜依が先に店の中に入って行く。
「じゃあ私たちも行きましょう」
圭がそう言うと3人も店の中へ入って行った。

「へえ、こんなところなんだ」
「やっぱり綺麗なところよね」
みちよと圭は店員に案内された席に座りながら、色々と話している。
「譲さん、ここってそんなに美味しい店なんですか?」
亜依はきょろきょろと辺りを見回しながら、譲に尋ねる。
「うん、そうらしいよ」
「でも結構空いてないですか?」
店の中はまだ半分くらいしかテーブルが埋まってないので
不思議に思って譲に尋ねているようだ。
「いや、この店は完全予約制で、今開いてる席は予約席なんだって」
譲は亜依に向かってそう言うと亜依も納得したような表情で譲を見る。
亜依の表情はとても豊かでついつい譲は亜依の事を見とれてしまいそうになるが
圭やみちよに変に思われるのでなんとかこらえながら亜依と話を続けた。

その後お喋りをしながら四人は出てくる料理を食べていた。
料理はうわさ通り凄く美味しくて、譲や圭、みちよは舌鼓を打ちながら食べている。
だが亜依のほうは味が薄かったり、少し口に合わない物があったらしく
少し不満そうな表情で食べている。
そしてデザートも食べ終わり、少しした後に四人はレストランを後にした。

「圭ちゃん、この後なんか予定あるんか?」
「え?別にないけど」
「いやなんか飲み足りないから飲みにでもいかへん?」
「うーんどうしようかな……」
レストランから出た後、駅に向かう途中でみちよは圭を飲みに誘っている。
圭は歩きながら考えているようだ。

「圭、俺は別にいいよそれにお前明日休みだろ
たまにはおもいっきり飲んで来い」
譲はそう言いながら隣にいる圭の事をみちよの方へ押しやる。
「俺はあいぼんと一緒に先に帰ってるから、お前はみちよさんに
今日のお礼として付き合ってあげろ」
「それもそうね、みっちゃん、行こうか?」
「ええの?」
「うん、譲のお許しも出たしね」
圭はそう言いと、みちよの腕をとる。
「譲さん、亜依のことお願いします」
みちよはそう言うと、圭と腕を組んで駅とは別の方向に歩いていった。
「あんまり飲みすぎるなよー」
譲はこっちを向きながら手を振っている圭に大声で言う。
「わかってるよー」
圭も大声で譲に返した。

「じゃあ俺たちもそろそろ行こうか?」
圭とみちよが見えなくなるまで見送ってから譲は亜依に話し掛ける。
「はい」
二人は肩を並べて一緒に歩きだす。
亜依はさっきの食事の不満をまだ譲にぶつけている。
「だからやっぱり美味しいには美味しいけど量が全然足りないんですよ」
「けどしょうがないよ、ああいう所ってそんなに量が多くないらしいし」
「そんなもんなんですか」
「うん」
譲がそう言うと亜依はまだ不満そうな顔を譲に見せたがその後は何も話さなかった

譲と亜依はそのまま電車に乗って最寄り駅まで向かう。
電車は家に帰るサラリーマンや学生でごった返していて満員状態だった。
譲は亜依とはぐれないようにするために亜依の手を握り電車に入る。
手を握った時に亜依は少し戸惑いの表情を見せたが譲が
「はぐれないようにね」と笑いながらいうと、笑顔で譲の手を握り返してくる。
「あわわっ!!」
電車の中で亜依はそう言いながらバランスを崩しそうになっている。
譲は握っている手を引っ張り亜依の事を引き寄せる。
すると亜依の胸が譲のお腹の上あたりに当たる様な格好になってしまう。
譲はすぐにそれに気付いて体をずらそうとしたが、満員なのでそれも出来ない。
これは……気付かれないように落ち着いてないと。
亜依は譲の手をぎゅっと掴んでバランスを崩さないように堪えている。
譲は亜依の体を上手く支えるようにして何も考えずに駅に着くのをじっと待っていた。

譲はやっと降りる駅に着いたので安堵の表情を浮かべながら人ごみを掻き分け
電車から降りる。
その時亜依の手を離そうとしたが、亜依が離そうと
としなかったので繋いだままで駅を出る。
駅を出ると秋の風が電車の中で汗ばんでいた二人の体を優しく撫でる。

「はぁー、気持ちいい風だねあいぼん」
「はい、それにしても東京の電車っていつもあんななんですか?」
「大体あんなもんだよ、けど夜より朝の方が大変だって圭が言ってた」
「えー、そうなんですか?」
譲と亜依は手を繋いでそんな話をしながら歩いている。
譲のほうはいつのまにか亜依と手をつないでいる事が自然に感じてきた。
しばらく歩いていると亜依がコンビニを見つけて
「譲さん、あそこのコンビニよって行きませんか?
私お腹が空いちゃったからなんか食べたいんですよ」
と言って譲の手を引っ張る。
譲の方はさほどお腹は空いていなかったが別にいいと思ったので
「いいよ」とだけ言って亜依に着いていく。