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コンボ 投稿日:2002/08/29(木) 23:21
小学生の頃から、真田くんは変わっていた。
友達がいないわけじゃないけど、人付き合いは冷めている感じだった。
男子が皆外で遊んでいる時でも、一人教室でグラウンドを眺めていたことがある。
「何してるの」
たまに話しかけると、決まってこう返ってきた。
「グラウンド見てんの」
「何言ってんの、当たり前じゃん」
そう言っても、真田くんは何も言い返さない。
不機嫌そうな顔をして、またグラウンドを眺める。
「よっすぃー、あんなのに話しかけないほうがいいよ」
友達は、私が話しかけるたびにそう言った。
特にごっちんには、「近寄らないほうがいいよ」とまで言われた。
でも、私にとっては真田くんはどこか陰があって、気になった。
5年生の時、「将来の自分」というテーマで作文を書かされた。
同じクラスに真田くんがいたから、私は密かに期待していた。
教室の前で順番に自分の作文を読んでいく。
真田くんが壇上で読んだ作文のタイトルは、「花火職人」だった。
真田くんは延々と花火職人の仕事を説明し続けた。6年生の夏、友達と一緒に市内の花火大会に行った。
押入れから浴衣を引っ張り出して、駅前で集合した。
皆で喋りながら改札をすりぬけてホームに出ると、見たことのある人影が立っている。
真田くんが線路際で本を読んでいた。
「あれ、真田?」
誰かが言った。
「花火大会なんか行くんだ」
ごっちんも興味なさそうにそう言った。
「花火職人になりたいって言ってたよね」
私がそう言うと、皆こっちを振り向いた。
「なんでそんなこと知ってるの?」
「去年作文で言ってたけど……覚えてない?」
誰も覚えていなかった。
電車の中で皆が騒いでいる時に、ごっちんが話しかけてきた。
「真田くんのこと好きなの?」
私にはそういう意識は全然無かった。
ただ、変わった人だな、と思って興味を持っただけで、恋愛感情なんか湧かない。
曖昧に答えると、ごっちんは分かったような分からないような顔をした。中学の頃は、バレーに夢中だった。
練習についていくのに必死で、授業中も休み時間も、バレーのことばかり考えていた。
牛乳を飲んだり筋トレしたり、そういうことにばっかり時間を使っていた。
当然、成績は見るも無残なものだった。
結局夏休みの補習に引っかかって、一週間クラブに行けなくなってしまった。
本末転倒になって、情けない自分を後悔しながら家を出た。
補習は大体40人で、一つの教室でまとめてやる。
教室の中は学年の不良をかき集めたようなメンバーで一杯だった。
それでもまだ、補習に来てるだけましだと思うけど。
「あ!
ひとみじゃん、こっち来なよ」
これまた茶髪の友達が、私に手を振った。
その時、茶髪や金髪の中で、教室の隅に真田くんがぽつんと座っているのを見つけた。
真田くんの後ろの席が空いてたけど、呼ばれた方の席についた。
補習の間もなんとなく真田くんが気になったけど、クラブのために一応勉強した。6日目に、茶髪の友達が補習を休んだ。
その友達には、前の日に「明日遊び行くから休むわ」って聞いていた。
ここぞとばかりに、真田くんの後ろに座った。
小学生の頃はそんなに成績が悪いわけじゃなかったと思うけど、なんで補習に引っかかったんだろう。
違うクラスだから、クラブに入ってるかも分からない。
補習を受けてる時の様子は普通で、それほど真面目にも見えなかったけど一応聞いてるみたいだった。
昼近くなって、先生の合図で解散する。
私は興味本位で、校舎を出ようとする真田くんに話しかけてみた。
「なんか用?」
真田くんはやけに怪訝な顔をして振り向いた。
中学生になってからは初めて話すのだから、当然の反応だと思う。
それからなんとか話そうとしたけど、真田くんはずっと興味無さそうにしていた。
クラスは前にクラス名簿を見て偶然知ってたけど、クラブのことも花火のことも聞けなかった。
次の日からはまた茶髪の友達が来て、その隣の席に座った。
中学の間は、クラブの合宿で花火大会に行けなかった。
結局3年間真田くんとは同じクラスにならなかった。テニス部に入ったごっちんは、中3の冬休みに告白されて彼氏を作った。
サッカー部で、不良なのか不良じゃないのかよく分からない。
正月明けに、ごっちんの家でその彼氏を初めて見た。
サッカー部ということで結構期待してたけど、そんなに格好良くなかった。
それでも並の男子よりはまあ、上だった。
可愛くて有名なごっちんと付き合いたい男子なんか、それこそ掃いて捨てるほどいるに違いない。
その中には彼氏よりも格好良い男子もいるだろうに。
後でそう言うと、ごっちんいわく「顔より中身の方が大事」だそうだ。
正直、ごっちんが顔より中身を重視するとは思わなかった。
私も冬休みに2回告白された。
サッカー部とテニス部の男子で、2回とも丁重にお断りした。
さらにバレンタインに義理チョコを配った男子の5割に、ホワイトデーに告白された。
大体10人ぐらい。
そのうち6人から校舎裏に来てくれって言われて、笑いをこらえながら現場にいくと6人とも仲良く待っていた。
6人とも対向意識満々だった。
さすがに全員断った時はちょっと気の毒だったけど、付き合いたくないんだからしょうがない。
2年生の頃にも確か告白されたような気がする。
自慢じゃないけど、中学だけで20人ぐらいに告白されたと思う。
こっちはむしろ迷惑で、人に「もてるね」とか言われるとむっとする。高校に上がっても、小学校の友達が半分ぐらいいた。
真田くんもその中の一人だけど、やっぱり同じクラスにはならなかった。
私もやっぱりバレー部に入った。
ごっちんは同じクラスで、時々彼氏とのおのろけ話を聞く。
遊園地に行ってきたことを昼休み中ずっと喋ったり、泊まりに行こうものなら徹夜で話を聞かされる。
夏休みのはじめに、泊まりに行って相変わらず彼氏との話を聞いていた。
夜中の2時を回ったあたりで、割と健康優良児な私はうつらうつらしていた。
「よっすぃーは好きな人とかいないの?」
「私?」
ごっちんの一言で目が覚めた。
まさか私が喋ることになるとは思わなかった。
「好きな人ね……」
「よっすぃーって小学校の時から私に好きな人教えてくれなかったよね」
「いや、教えなかったって言うかさ……」
「告白されたことあるでしょ?」
ごっちんはいつになく強い口調だった。
「あるけど……」
「付き合わないの?」
「だって、興味無いし」
「……好きな人いないの?」うなずくと、ごっちんはのけぞって、布団に寝転んだ。
「嘘だー、信じらんないよー」
「だっていないんだからしょうがないじゃん」
ごっちんはしばらく布団の上を転がってたけど、何か思い出したようにむくっと起き上がった。
「もしかして、真田くん?」
ごっちんは私の目を凝視した。
私が答えないでいると、ごっちんは親指と人差し指を立てて、私を指差した。
「やっぱりねー」
「いや、そんなんじゃないって」
「じゃあ、なんでさっき好きな人いないって即答しなかったの」
「だっていきなりだし……」
「あー、そうかー、ずっと前から怪しいとは思ってたんだよね。
真田くんかー、なんか微妙だな」
ごっちんは私の言葉を遮って、まくしたてた。
「顔はあれだよね、中の……上かな、いや、中の中だな」
「ちょっ、ちょ、ストップ!」
「え、なに?」
ごっちんは夢から覚めたような目でこっちを見た。
それから、私が真田くんのことをなんとも思っていないことを説明するのに朝までかかってしまった。4ヶ月前の春休み、クラブの帰りに三好くんに会った。
すぐ前の終業式までは、同じクラスだった。
何度か話したこともあるし、バスケ部のレギュラーだってことは知ってる。
中学からの友達が三好くんのことを好きだって言ってたのも覚えてる。
暖かい道を二人で話しながらあるいていると、公園で小学生ぐらいの男の子たちが遊んでいるのが見えた。
巨人の帽子をかぶった子が私たちに気付いて、こっちを見る。
――私たちって、カップルに見えるのかな。
そんなことを思うと、なんだか一人になりたくて、思わず歩調が早くなった。
「吉澤」
とっさに三好くんから声をかけられた。
「なに……」
帽子の子の視線がやけに気になる。
「俺、吉澤のこと好きなんだよ」
背の高い三好くんは、直立不動で突っ立っていた。
「中学の時に、告白されまくってたの後藤から聞いたことあるんだ。
でもさあ、俺、頑張るし。
こんなの何回も言われてるかもしれないけど、俺頑張るから。
本気でやるからさ」
三好くんは荒い息で必死でしゃべり続けた。
その間も帽子の子はずっとこっちを見ていて、恥ずかしかった。
三好くんの言葉が途切れたところで、返事した。
「分かった、付き合う……」
自分でも、消え入りそうな小声だと分かった。一番驚いたのは、ごっちんだった。
「一生独身だと思ったもん」
家に帰ってから携帯にかけると、ごっちんはこればっかり連呼した。
「なんにしろ良かったね、彼氏ができて」
この言葉が、やけに引っかかった。
付き合うってそんなにいいことなのかな。
そう言おうと思ったけど、とても言えなかった。
「真田くんは? 諦めたの?」
「諦めたっていうか、最初から好きじゃなかったし」
それだけはやけにすらすら言えたのが不思議だった。
「やっぱりね。
あ、ごめんね、真田くんのこと好きじゃないの、とか言って」
「そんな気にしなくてもいいって」
そう言って笑おうとしたけど、笑えなかった。
乾いた声でハハハ、というのが精一杯だった。
「じゃまあ、そういうことで」
ごっちんはそこで携帯を切った。
やけにあっさりしてるなと思ったら、次の日うちに押しかけてきてさんざん訊かれた。今日は花火大会がある。
今は、お母さんに仕立ててもらった浴衣を着て、三好くんを待っている。
去年は旅行だったから、花火大会には行ってない。
小学6年生の時から5年ぶりだ。
浴衣は白地に赤い金魚が泳いでいるがらで、かわいいから気に入っている。
下駄も靴箱から引っ張り出したけど、すっかり小さくなっていた。
仕方ないからサンダルで駅まで来た。
5時に来るはずが、半を過ぎても三好くんはまだ来ない。
付き合いはじめて4ヶ月経つけど、まだ三好くんのことを名前で呼んだことは無い。
気恥ずかしいというか、『三好くん』としか呼べない。
向こうは『ひとみ』と呼ぶけど、こっちはどうもその呼び方に馴染めない。
結局、40分になってやっと三好くんが来た。
「遅いよ」
「ごめん、なに着て行くか迷っててさ」
迷ったわりには白いTシャツに細めのジーパンといういたって平凡な姿だ。
それでも三好くんは迷いに迷ったそうで、シャツもパンツも結構なブランド物らしい。
私が肩からバッグを下げているのを見て、三好くんは笑った。
「浴衣と似合わないよ。
持ってやる」
そう言ってバッグを持って、切符売り場に歩いて行った。「花火って7時からだよな」
「うん。
夜店回ってたら時間潰れるでしょ?」
最初のうちはぎこちなかった会話も、大分自然にこなせるようになった。
並んでホームまで歩くと、ホームの端に見覚えのある人影があった。
「あれ、真田じゃないか?」
三好くんは私の返事より先に、真田くんの方へ走っていった。
2年になって、私と三好くんと、真田くんは同じクラスになった。
真田くんは三好くんと結構仲が良いらしく、時々一緒に遊びに行ったりしてる。
男同士の友達はよく分からない。
全然タイプが違うように見えるのに、案外仲が良かったりする。
真田くんは本を読んでいたけど、三好くんに気付いて顔を上げた。
黒い綿パンに白のポロシャツを着ている。
私はとぼとぼと歩いて行く。
「三好、どこ行くんだ?」
「花火大会。お前もだろ」
「そりゃまあな。吉澤と来てんのか?」
雑談する真田くんは、あまり見ない笑顔だった。
私が三好くんの側に立つと、真田くんは珍しく愛想良く笑った。
「似合うな、それ」
――友達として、真田くんは友達として私に言ったんだ。
「ありがと」
そう自分に言い聞かせて返事をした。ホームもそうだったけど、車内は花火大会に行くカップルだらけだった。
3人で乗りこんだけど、真田くんは「吉澤がいるから」と言って少し離れた所に行った。
「やっぱり真田来てたんだな」
「なんで一人でわざわざ花火見に来てるの?」
目星はついてるけど、訊いてみる。
「お前、小学校から一緒だろ?
知らないのか?」
「うん……あんまり付き合いなかったし」
「あいつ、花火職人になりたいんだって」
予想的中だった。
「クラブも入らずに毎日花火工場の見学してるって言ってた。
中学からずっとそうなんだって」
「ふーん……」
「凄いよな、あいつ。
いくら憧れてても普通毎日行く?」
三好くんが真田くんと仲良くしてるのは、尊敬してるせいもあるみたいだった。
真田くんが毎日花火工場の見学に行ってるなんて聞いたこともない。
「見てみろよ、あいつの読んでる本」
人込みで見えにくかったけど、表紙には確かに『黒色火薬の発展』と書いてあった。男というのは、彼女の前でも平気で友達の話をすることが分かった。
三好くんは駅につくまでずっと真田くんの話をしていた。
私は別に不愉快じゃなかったし、どっちかというと楽しかった。
三好くんたち仲間とバンドを結成しようとした話。
家でお手製の花火を作った話。
その花火がちょっとボヤを起こした話。
どれも面白かった。
「あいつは皆が思ってるほど変な奴じゃないよ」
三好くんは感心するような口調で言った。
「それにあいつな、中学校からずっと片思いしてるんだって」
片思い、という言葉が鋭く胸に突き刺さった。
「どんな人?」
思わず訊いてしまう。
「今、大学生だって。
なんか、見学してる工場の職人さんの娘で、飯田さんって言うんだってさ」
「お前、なに勝手に言ってんだよ」
いつのまにかすぐ後ろに来ていた真田くんが、右腕で三好くんの首を締めた。
「いててて、痛い痛い!」
「なに勝手に言ってんだよ、お前は」
三好くんの叫び声は大きくなる一方で、二人とも笑っていた。
私は笑って二人を見ながら、真田くんの片思いの相手が『飯田さん』であることをしっかり覚えた。駅から伸びている光は、長い河川敷で途切れる。
駅を出ると、道はもう夜店で一杯だった。
イカ焼きやベビーカステラの匂いが鼻をかすめる。
喧騒の中で、一緒にいた真田くんが雑踏にまぎれた。
「真田くんどっか行ったの?」
「先に神社行ってるって」
「神社?」
「最高のポジションだってさ。
ほら、河川敷の上の方にちっちゃい神社あるじゃん?」
三好くんは物珍しそうに夜店を見まわしながらそう言った。
「来たこと無いの?」
「小学校から祭りなんか来たこと無い。
それにしてもすごいなこれ、何軒あるんだ?」
「さあ?」
三好くんはいきなり私に振り向いた。
「お前、なんか機嫌悪いな」
「そう? 別にそんなこと無いけど。
あ、私のバッグ返して」
意識してなかったけど、三好くんの肩からひったくるようにバッグを取ってしまった。
「……変だな、お前」
「変じゃないって。行こうよ」
三好くんの手を引っ張ろうと思ったけど、どうしても手が伸びなかった。夜店を回っているうちに、三好くんの機嫌も段々良くなってきた。
私は自分でかき氷を買って、食べながら歩いている。
三好くんがお金を出すと言ったけど、断って自分で買った。
「ねえ、あれやろうよ、射撃」
少し不機嫌になった三好くんも、笑顔で話しかけると相好が崩れる。
小学生ぐらいの女の子たちがやっていた。
訊くと、銃が一本だけ余っていたから私がやることにした。
ぬいぐるみとかを当ててもしょうがないけど、他に狙う物が無い。
それでもやっているうちに夢中になってくるもので、騒いでいる小学生の横で私も真剣にやっていた。
気付けば5発100円を20発打ち終わっていた。
ぬいぐるみにはかすりもしない。
「ちょっと、俺にやらせてみろよ」
三好くんが横から出てきた。
丁度20発目を打ち終わったところで、三好くんに銃を渡した。
「あんまり数打ってもダメなんだよ。
慎重に狙って打てば当たるって」
そう言ったきり、三好くんは黙りきった。
射撃にのめりこんだようで、5発外れては、無言で100円を渡して弾をもらう。
弾はぬいぐるみの脇をかすめていくだけで、落ちる様子はない。
左横から人の波が押し寄せてきた。
抵抗しようと思えばできたけど、この場から離れたいと思って、あえて人の流れに飲みこまれた。
離れていく三好くんを見て、なぜか気の毒だった。人の流れは河川敷に向かっている。
私は流れを抜け出て、なだらかな坂道を歩きはじめた。
舗道なんかされてなくて、歩けば歩くほど喧騒は遠ざかる。
明かりもほとんど無い。
砂利の感触がサンダルに直に伝わる。
ただ、耳をすますと、カップルの話し声や家族連れの声が聞こえるから寂しくはない。
どうやら神社で花火を見ようと思っているのは真田くんだけじゃないらしい。
10分も歩くと、赤い鳥居が暗闇の中から浮き出て見えてきた。
無人の神社には、広い空き地がある。
空き地は河川敷に面していて、高みから花火がよく見えそうだった。
先客はほとんどいなかったから、黒いズボンと白のシャツを着た真田くんを見つけるのは簡単だった。
木の根に腰を下ろして、河川敷の方を眺めている。
後ろから近付いておどかそうとしたら、直前で振り向いた。
「吉澤?」
真田くんは呆然としていた。
「なんでこんな所いるんだ?」
「……色々あってね」
「三好は?」
まさか、その三好くんをごまかして来たとは言えない。
黙っていると、真田くんはあっさりと河川敷に視線を戻した。
三好くんから携帯でもかかってきたらややこしくなる。
こっそり携帯の電源を切った。真田くんの横にしゃがみこんだ。
なんにも言わず、真田くんはじっと空を見つめはじめた。
「真田くんって花火職人になりたいんでしょ?」
「まあな」
「毎日見に行ってるって、凄いよね」
「……三好から聞いた?」
「うん」
三好くんの話はしたくなかった。
やっぱり後ろめたさがある。
「この間三好から聞いたけど、なんかあいつ不安がってたぞ」
「三好くんが?」
「吉澤は本当に自分のことが好きで付き合ってるのかって。
付き合って4ヶ月ぐらい経ってもキスどころか手さえ握らせてくれないって」
「そんなこと言ってたの?」
「ああ」
真田くんは他人事のように淡々と言った。
私が三好くんと手を握れないのは、別に三好くんを嫌いだからっていうわけじゃない。
今まで付き合ったことがなくて、そういうことには慣れてないから。
というのは三好くんと自分に対する言い訳で、本当は三好くんのことを嫌いじゃないけど好きでもないからかもしれない。話はぱったり途絶えた。
こっちから話しかけようにも、なにを言っていいのか分からなかった。
無理に話題を探したのがいけなかったのかもしれない。
「真田くんって好きな人いるんだよね?」
「……さあな」
「飯田さんでしょ。
私覚えてるから」
それまで空を見ていた真田くんは、私を一瞥した。
「忘れろ」
「ねえ、どんな人?
飯田『さん』ってことは年上だよね?
もしかして年上好み?」
「うるさいな」
低い声で遮られた。
さすがに悪いと思って少し黙っていると、真田くんは財布を取り出した。
「これ」
財布の中には写真が入っていた。
大勢のおじさんやおばさんたちの中で、中央に真田くんがしゃがんでいる。
回りは真っ暗で、後ろには工場が見える。
花火工場の人たちと撮った写真なんだろう。
満面の笑みを浮かべる真田くんの隣には、綺麗な女の人がいる。
黒い長い髪で、しゃがんでても背の高いのが分かる。
スタイルが良さそうで、来ている紺の浴衣がよく似合っていた。
――負けたなあ。
思わずそういう気持ちになった。
別に自分と比べる必要なんて無いのに、そう思った。「俺のことなんか訊いてどうすんの?」
真田くんは財布を片付けて、私に訊いた。
「吉澤の彼氏は三好だろ。
俺じゃないじゃん。
俺のこと訊いてもしょうがないだろ?」
黙っていると、真田くんは言葉を継いだ。
「訊かないでおこうと思ったけどさ、どうせ今も三好とケンカかなんかしてここ来たんだろ?
ここ来るのは吉澤の勝手だけど、三好が今どう思ってるか分かるか?」
本当はもっとひどい。
三好くんは、いきなり私が消えてなにをしてるんだろう。
考えるのもつらい。
「これこそお前らの勝手だけど、三好のこと好きじゃないんだったら別れたら?」
真田くんの言うことは決して厳しいことじゃない。
当たり前のことを言われて、私は落ちこんだ。
「仲直りするか別れるか知らないけど、俺はこのままで良いとは思わない」
真田くんは空に視線を向けた。
丁度マイクの声が耳に届いて、花火大会の始まるのが分かった。
手もとのかき氷は全部溶けていて、シロップだけになっていた。1時間も空を見ていると首が痛くなる。
当たり前だけど、始まるまで気付かなかった。
首をもみながら坂道を下りる。
真田くんは何年も来るうちに首の筋肉が発達したのか首を気にする素振りも無い。
「携帯持ってるのか?」
「……持ってない」
咄嗟に嘘をついた。
「俺の貸してやるから、三好にかけろ」
そう言うと思った。
「分かった……」
渋々携帯を受けとって、三好くんにかける。
すぐに三好くんが出てきた。
「もしもし」
「あ、ひとみ?
お前どこ行ってたんだよ」
三好くんは怒るというより呆れた口調だった。
「後で話すから。
とりあえず今から駅行くから、駅前のコンビニで集合しよう」
すぐに電話を切って、真田くんに突っ返した。
「どうにかしろよ」
真田くんは受け取りながら、低い声で言った。私と真田くんは、ずっと並んで歩いた。
河川敷までの坂道を下りても、一緒に歩いていた。
――私たちって、カップルに見えるのかな。
ふとそう思うと、急に真田くんが格好良く見えた。
三好くんの時はこうじゃなかったのに。
真田くんが私の彼氏だったら、どうなったんだろう?
そう思うと、不思議と心地よかった。
だから、ずっとこうしていたかった。
できるなら現れて欲しくなかった。
「……あれ、飯田さんじゃないの?」
先に見つけたのは私だった。
後姿だけど、長い髪と紺の浴衣には見覚えがある。
「そうだな」
真田くんの口調は落ちついてたけど、顔がこわばるのがよく分かった。
「行かないの?」
「一応、片思いだからな」
飯田さんは女性の友達と二人で歩いているみたいだった。
「邪魔しちゃ悪いしな」
「……なにそれ、情けない」
正直な感想だった。
「私に説教しといてそれは無いでしょ」
真田くんの返事は無い。「声かけてきたら」
「いいよ」
「いいわけないでしょ、さっさと行きなよ」
背中を押すと、真田くんは数歩つんのめった。
「そのまま前へ行く!」
声をかけると、真田くんは私を一瞥してから、前に歩いて行った。
真田くんは段々飯田さんに近付く。
飯田さんが振り向いた。
笑顔だ。
友達と真田くんと3人で並んで歩く。
真田くんが一瞬振り向いた。
私は精一杯手を振る。
涙があふれてきた。
真田くんたちが見えなくなっても、涙は止まらない。
私は嗚咽をもらしながら歩き続けた。
視線を感じて振り向くと、巨人帽の子がこっちを見ていた。
公園にいたあの子だ。
私は目じりを浴衣のすそで押さえながら、ひたすら前へ歩いた。了