195
関西人Z 投稿日:2002/09/05(木) 19:13
「亜弥、早く起きなさい!」
一階から母が声をかけてきた。
既に目を覚ましていた私は体を起こし、溜息をつく。(学校に行きたくないなぁ)
ベットに座った状態でしばらくいると、階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。
「亜弥、寝てるの?」
母はドアを開け私の顔を見るなり、渋い顔をした。
「ちょっと、起きてるなら早く着替えて降りてきなさい。遅刻するわよ」
「…学校、行きたくない」小さい声で訴えると、母は溜息をつき、
「もうそんなわがまま言わないの。さっさと仕度なさい」
そう言い残し、ドアを閉め降りていった。
私は何も聞いてくれない母に、怒りと悲しみを覚えていた。
私、松浦亜弥。16歳、高校一年生。
実は私、虐めにあっています。
同じクラスの人達は、普段は無視するだけなんですが、時に私をおもちゃのように扱うのです。
机やノートに酷い落書き、上履きに画鋲、体操服が無くなったこともあります。一度、担任の石井リカ先生に言ったことがあります。
しかし、「じゃあ後で調べてみます」と言ったっきり何も行動に移してくれません。
両親にも言いました。
でも、何も聞いてくれないし真剣に考えてくれません。自殺を考えたことがあります。
でも出来なかった。
死ぬことが怖かったから。誰にも相談できず、誰も助けてくれない。
だから私は我慢することにしました。
いつかは飽きるんじゃないかと思って。でも……
私は、いつまで泣き続ければいいんだろう…
ある日、ウチのクラスに転校生がやってきた。
教壇の上に立った石井先生が一つ咳払する。
「えー、じゃあ入ってきて」
教室のドアが開き、一人の男子生徒が入ってきた。
ちょっと気の強そうな顔、短い髪の毛、背はあまり高くない。
学生服がよく似合っている感じだ。「それじゃ、自己紹介して」
石井先生に促され、男子生徒は口を開いた。
「北海道の学校から転校してきた真島龍介です。宜しくお願いします」
真島君は軽く一礼すると、横から石井先生が、
「じゃあ真島君は窓側の一番後ろの席だから。わからないことがあったら隣の人に聞くように」
その席は私の隣。
少しドキッとした。「わかりました」
真島君はゆっくり歩き出し、私の左横を通って席に着いた。
「じゃあもうすぐ授業だから準備をして待っているように」
石井先生は教室を出ていき、
私は授業の用意をしていると、「あの」
真島君から声をかけられた。
「な、なんですか?」
私が尋ねると、真島君は先ほどの気の強そうな顔から一変、申し訳なさそうに、
「あの、まだ教科書とか届いてないから見せてくれないかな?」
私は少し戸惑いながら黙って頷くと、
「ゴメンね、ありがと」
そう言って机をくっつけてきた。
「今日からよろしく」
「よ、よろしく」笑顔で言ってくれた真島君に対し、上手く喋られない。
だって、こんなに親しく話す事なんてしばらく無かったから。休み時間にはいると、クラスの人達が真島君の周りに集まってきた。
「ねえ、北海道ってどんなところ?」
「今まで何回転校した?」
「彼女いるの?」みんなからの質問責めに苦笑っている。
しばらくそれが続くと、チャイムが鳴り2限目が始まった。このあとの休み時間も同じようなことが続いた。
昼休みに入り、みんなそれぞれ行動を起こす。
グループになってお弁当食べたり、食堂に向かったり…。私はいつもお弁当を持ってきて、一人で食べる。
別に寂しくはない、慣れてるから…。お弁当を持って校舎裏へ移動。
そこはあまり人は来ず、私がのんびり出来る唯一の場所だった。ベンチに座り昼食をとる。
「…はぁ」
深い溜息。
本当は一人でいることが寂しい。
でも、私には友達がいない。
いや、友達を作ることが怖い。
どうしても虐められるかもしれない、と思ってしまう。
だから一人でいることは仕方ないといつも思っていた。でも…
やっぱり一人は寂しい。
「あれ、松浦さん?」
不意に声をかけられ、私は驚いた。
振り向くと、そこに真島君が立っていた。「こんなところで昼飯食ってるんだ」
「う、うん」歩み寄り隣に座った真島君に対して、私は少し緊張していた。
「友達と一緒に食べればいいのに。いい天気だしさ」
その言葉が胸に突き刺さる。
「…一人でいるのが、好きだから」
嘘をついた。
なんとなく、虐めにあってるって思われたくなかったら。
いずれわかることだけど…。「そっか。でも誰かと喋りながら食べるのも良いよ?」
「…」何も答えられないでいると、
「じゃあさ、明日から俺と一緒に食べない?」
「え?」私は驚いて、真島君の顔を見た。
「いやだってさ、俺転校してきたばっかりだから友達いないし、一人で食べるの寂しいから」
「…どうして私なの?」
「だって席隣だから、これから色々お世話になるだろうし。仲良くなってた方がいいでしょ?それに」
「それに?」
「…いや、やっぱいいや」真島君は私から視線を外し、空を見上げた。
私は少し気になったけど、失礼だと思い聞き返さなかった。次の日
特に何事も無く、4限目まで授業を受ける。
そして昼休み。
私はいつものようにお弁当を持って外に出ようとすると、
真島君が慌てた様子で私を呼び止めた。「あ、ちょっと待ってよ松浦さん。俺も行くから」
そう言い鞄からお弁当箱を出した。
その様子を呆然と見ていると、「どうしたの?」
「え?いや、別に何でもないけど…」
「何だよ、昨日約束したじゃん。一緒に食べようって」
「う、うん。そうだけど…」
「あれ、嫌だった?」
「…そうじゃないけど」
「じゃあいいじゃん。さ、行こう」そう言い、私の手を引っ張っていこうとした時、
「おい真島」
近くで聞いていたクラスメートの東城君が、真島君を呼び止めた。
「何?」
「…ちょっと来いよ」
「なんだよ一体?あ、松浦さんは先に行ってて。すぐ行くから」真島君は東城君と一緒にどこかに行ってしまった。
(やっぱり私のことについて何か言うのかな)
もしそうなら真島君も他の人達同様、私を無視したりするんだろうな。
…別に良いけど。
一人は、慣れてるから。そう自分に思いこませる。
外に出て校舎裏へと続いている硬いコンクリートの上を歩いていると、頭上から声が聞こえてきた。
上は東校舎と北校舎を繋ぐ渡り廊下になっている。
誰かが窓際で話しているようだ。
耳を澄まし聞いてみる。「…から、あいつとは関わらない方が良いって」
東城君の声だ。
ということは、一緒にいるのは…。「…誰のことを言ってるんだ?」
「だから松浦だよ。お前は転校してきたばっかりだから知らないだろうけど、
あいつに関わったらろくなことになんねえぞ」あ、やっぱり私の事言ってる。
これでまたひとりか…ハハ……乾いた笑いだけしか出てこない。
「…くだらねーな」
(え?)
「く、くだらないって何が?」
東城君が驚いたように聞き返す。
「虐めじゃねーのか?それって」
「…」何も答えない東城君。
「ようはあれだ、虐めて楽しんでるわけだ。違うか?」
「ち、そうじゃなくて。お前のためを思って言ってるんだ」
「なんだ?松浦さんとと一緒にいたら死ぬのか?」
「それはないけど…」
「なら何故虐めるんだよ?原因は何なんだ」そう言えば、私は虐められる原因をはっきりとは知らない。
ただ、何もやり返さないから楽しんでるだけだと思っていた。(違うのかな…)
私は言葉を待った。
「……俺が言ったって言うなよ」
東城君は静かに話し始める。
「ウチのクラスに藤本美貴っていう女子がいるんだけど」
「藤本?」
「ああ。昨日今日と学校休んでる奴さ。最初は藤本が言い始めたことなんだ」知らなかった。
私は藤本さんとあまり話したことはない。
何故、藤本さんは私を…?「原因は俺も詳しくは知らない。だが、藤本は全校生徒に人気がある。男にも女にも。
先生でさえ藤本のことは甘く見る。そんな奴に逆らうのはある意味自殺行為さ」
「…」
「だからウチのクラスの連中は、あいつの言葉に従って松浦を虐め始めた」
「…」
「な?わかったろ、俺の言いたいことが」
「…」しばらく沈黙の後、足音だけが静かに聞こえてきた。
「おい、何処行くんだよ?」
東城君の声が聞こえたが、その様子じゃ真島君はどこかへ行ったらしい。
私は足音が消えるまで、そこを動かなかった。「ハァ…やっぱり私は、ひとりか…」
ポツリと呟いた。
いつものベンチに座り、お弁当を広げ一人で食べ始めた。
多分真島君は来ない。
あの話を聞かされて、来る人はいない。いいよ、別に。
私は、慣れてるから…。不意に足音が聞こえ、私は顔を上げた。
「ゴメンゴメン。遅れちまったよ」
目を疑った。真島君が、申し訳なさそうな顔をしながらやって来たのだ。
「いや〜、あいつの話が長くてさ。ゴメンね」
「う、ううん。いいよ…」言葉が詰まる。
「さぁて、食べようっと。…ん?」
真島君はジッと私の顔を見てくる。
「どうしたの?」
「松浦さん。なんで泣いてるの?」
「え?」自分の頬に手を当てた――濡れている。
「あれ、おかしいな。なんでだろ」
何度拭っても頬が濡れていく。
原因は分かっていた。
嬉しかったから
一緒に食べてくれる人がいるから
話をしてくれる人がいるから隣に、いてくれるから、
私は、嬉しかった。顔を覆い、止められない涙を隠す。
「私…辛かった」
「え?」全てを吐き出したくなった。
辛かったことを、全部。
聞いて欲しかった、誰かに。この人なら言える。
虐めがくだらないって言った真島君になら。「ホントはね、辛かったの。一人でいることが」
「…」
「誰かに、構って欲しかった…」真島君は黙って私のほうに顔を向けている。
「先生に相談したけど、何もしてくれなかった。調べてみるって言ったっきり何も…」
「…親には?」
「…言えなかった。でも気づいて欲しかった。
だから気づいて貰えるように色々したの。けど、無関心だった」
「…」
「誰にも相談できない。だから私は一人でいることに慣れようとした。そう思い込むことにした。
でも、本当は辛いの、一人でいることが」
「…」私はさらに続けた。
「さっきもね、真島君と東城君が話してるのを聞いてたの。すぐ下で」
「…うん」
「その時私は、真島君も私のことを虐めるのかなって。
だからお弁当はやっぱり一人で食べるんだって…、これからも一人だって思った…」
「…」
「でも、あなたは来てくれた。本当に、嬉しかったの」…全て言い終えた。
顔を上げ、真島君の顔を見ようとした。
でも、涙が止まらず視界がぼやけている。「あれ、おかしいな。全部言い終わったのに」
一生懸命涙を拭っている私を、
「え!?」
真島君に引き寄せられ、胸の中に埋まった。
急なことで慌てていると、真島君が耳元で、「…もっと泣いた方が良い、それだけ辛かったんだから。全部出し切っちゃえ」
その言葉に、私は甘えた。
「…ありがとう。………う、うう…うわー!!」
真島君の胸の中で、大声を出して泣いた。
その間、真島君は頭を撫でてくれて、それがまた嬉しくて泣いた。この日…私は…孤独から解放された…