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TMC 投稿日:2002/09/10(火) 11:53

ほおづえ

2学期になってそろそろ一週間が過ぎようとしていた
この季節になると毎年体育祭の練習が始まる
秋の気配がしてきたと言ってもまだかなり暑い
外での練習はジリジリとした日差しを浴びながら
男子は組み体操、女子はダンスの練習を毎日続けている

俺は委員長でもあるので仕事も忙しい
特に体育祭関係の仕事で帰るころには教室には誰もいない
しかし、隣の教室にはいつも一人の女子が残っている
彼女はスーッと引き込まれそうなくらい外を見つめている
少しずつ沈むのが早くなった夕陽が
窓越しに彼女の顔をオレンジ色に照らしている
彼女はほおづえをつきながら時折ため息をついた

それからしばらくは忙しい日々が続いた
もちろん体育祭が近づいてきたからである
周りの皆がどんなに焦っていても、どんなに慌てていても
それでも彼女は放課後の教室で外を眺めていた
やっぱり、ほおづえをつきながら

ある雨の日、仕事が終わり帰ろうとしたら
やはり彼女はほおづえをついていた
どしゃ降りが降り続き、あの綺麗な夕陽が出ていない
夕陽を眺めていたのではないのか?
そんな疑問が湧いてきたので彼女に声をかけた

「いつもは夕陽を見てるんじゃないのか?」
答えはない、しばらくすると彼女の体がガクッとなった
どうやら眠っていたらしい、目をこすりながら俺に気付いた
「えっ!?えっ!?・・・何だっけ?」
まだ完全に目が覚めてなさそうだったが
俺はもう一度聞いてみた

「別に夕陽だけを見てたわけじゃないんだ。」
彼女は窓の方を向きこう答えた
その時の横顔はいつも見ているイメージとは違い
可愛いよりも美しいという表現が似合いそうだった

「私はこの窓から見える風景が大好きなんだ。」
細長く糸のような雨を見つめながら彼女はさらに続けた

「最近は晴れの日が続いてオレンジの夕焼けが見えたでしょ
 あの夕焼けがね、すごく綺麗で何かも忘れられるって言うのかな? 
 何か違う世界に入っちゃったみたいで気持ちいいの。」
何かを訴えるように、けれども落ち着いた口調だった

「でも、今日みたいな雨の日も大好きなの。
 雨が降ってるのは窓の向こうなのに自分が雨に洗われるような気がして
 耳をすましてみると音が聞こえてきてナゼか癒されるんだよね。」
最後まで落ち着いた口調で時折笑顔を見せながら教えてくれた

しばらくの沈黙が続いた、しかしそれが心地よかった
さっき言っていた雨の音が聞こえてくる
彼女は突然ほおづえをやめて俺の方を向き
「自己紹介まだだったね、私は後藤真希。」
言葉では表せないような柔らかい笑顔だった

その瞬間から彼女を好きになるまであまり時間はかからなかった
雲の切れ間から太陽が見えてきた、雨はあがったようだ