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我犬。 ◆N0E.Nono 投稿日:2002/09/19(木) 10:16

【言えない2.1X】

「あのー矢口さん?だよね?」

私が仕事に向かうのにマンションの入り口でエレベーターを降りたら
後ろから見覚えのあるおじさんが私に声をかけて来た。
頭をフル回転させて思い出す。

「あ。はい。管理人さんですよね?」

管理人さんはニコリともせず軽く頷き見定めるように
足元から全体にかけてジロジロと見てくる。
割と愛想のいい人だと思ったのに嫌悪感が込み上げてくる。

「あの?なんですか」

「あんたは、芸能人なんだって?」

私のことを見定めるように見ていたのはそのためか。
でもその目は好奇な目と言うよりあまり歓迎されていないような目。
例えが悪いかもしれないけれど、まるで犯罪者を見るように
見られている気がしていたので早く立ち去りたかった。

「あ。え。えぇ何か?」

「いや昨日ね。管理組合の会合があってね、アナタの話題になりまして・・・」

「は?そ、それで?」

のんびりとした口調が私を少し、イライラさせていた。
これから仕事だつーのに用があるんならハッキリ言えよ。
なんてココロの中で突っ込み入れていた。

「出てってくれないかな?」

「はぁ?!」

半分、仕事に行くモードであんまり聞く耳を持たないようにしていたんだけど
さすがに、大きく反応してしまった。
管理人は私の声に顔をしかめたけど、グッと睨みつけるように私を見る。

「あのねぇ。ここは高級マンションでね。
 静かに暮らしたい人が高いお金を出して暮らしているんだ。 
 アンタみたいな芸能人がいるとファンの人が来たり
もしかしたらワイドショーとかのレポーターとか来たりする
恐れがあるわけだ。
そうなると、マンションの風紀を乱すことになるので、
規定によって出て行ってもらいます。
契約書にも書いてあるから。」

「はぁ?ちょっと待ってください。そんなこと言われても」

「決まりですから。
それに昨日の会合で決議されましたから。
 では今月末までによろしくお願いしますよ。
伝えましたからね。」

「え。ちょっと、急過ぎるし─」

管理人は言いたい事を言うと私のことを無視して管理人室に戻っていった。
突き放すようなドアの閉まる音で、私は声を止めた。
話しても無駄だとわかったから。

私は携帯を取り出してメモリーを呼び出して電話をかけた。

「よ!オイラ、オイラ。
あのさぁ、またちょっと助けて欲しいんだぁ。 
 違う違う。ゴキブリじゃない。
 あのね。マンション追い出されちゃった。
 詳しい事は仕事から帰ってから話すから
 部屋空けといてね。よろしく!」

マンションを追い出されるこの緊急事態にかける相手は一人しか居ない。
自分の親友とも言える人の元彼氏。
でも中学からの男友達。
一番自分を理解してくれる奴。
そして私が一番理解したいと思っている奴。

仕事に向かう途中のタクシーの中で何度か電話があった。
きっと詳しく事情を聞かせろ。って電話だと思う。
でもあえて出なかった。
ちょっとイジワルしたくなったから。
いつも驚かされるのはコッチだし。
電話が掛かって来る度に携帯を眺めてニヤニヤしてた。

「きっと困ってるんだろうな・・・」

仕事が終わって楽屋に戻り携帯の着信履歴を見るのが待ち遠しかった。
履歴の全てがアイツからの電話だったらなんとも面白いのに。

「・・・」

ちっ
行きのタクシーの中で聞いた着信が最後だった。
その後は着信がない。
なんだよ。もっとしつこく掛けてくるかと思ったのに。

「矢口。何、携帯に向かって笑ったり怒ったりしてるの?」

「ん?なんでもない。なんでもない。そんじゃお疲れ様。お先に〜」

恥ずかしさと悔しさを紛らわすように早口で挨拶して楽屋を飛び出して
タクシーに乗り込む。
そして、ちょっと落ち着いてからリダイヤルする。
渋滞している道の中、何気なく窓の外の風景を見ながら電話にでるのを待つ。
なんて言おうかな。
やっぱりここは落ち着いて話するかな。
あれ?
出ない。
もう15回以上コールしている。
一度、電話を切って再びリダイヤルする。

「もしもし。」

「もしもし、オイラ。今大丈夫?」

さっき何度もコールしていたから確かめるように聞いてみた。
でも電話の向こうからはなんとなく笑っているような声。

「大丈夫だよ。」

「それじゃ何でさっき出なかったの?」

「オマエだって朝、電話に出なかっただろ?」

どうやら軽い仕返しだったみたい・・・
チリッと悔しさが沸いてきた。

「そんで?なんで追い出されたんだ?」

「話すと長くなるかもしれないから今から直接そっちに行って良い?」

タクシーをうちのマンションの前に止めて歩いて数十秒も掛からない
アイツのマンションに向かった。
こんな便利な所に引っ越してきたのに、追い出されるなんて・・・

厚底の靴をやや引きずるようにアイツのマンションに向かう。
そしてインターフォンを鳴らすといつものように直接ドアが開かれた。

「よぉ!」

キッチンのテーブルに座り、朝からの経緯を話した。
その間アイツはずっと黙って聞いている。
そして私は最後にお願いした。

「ってことだから、この部屋にしばらく住まさせてくれない?」

「どうせ、断わったって無理矢理にでも住み込む気だろ。」

私は頷いた。
わかってくれてる。
諦めたような、それでいて笑ったような顔に私は救われた。
そしてアイツはリビングを指差した。

「オマエの部屋用意しておいたよ。」

そう言って指差した先には・・・
大きなダンボールの箱。
それもご丁寧にガムテープでくっ付けて2mぐらいの巨大な箱。
しかも窓やドアまで切り抜いて作ってある・・・

「あの〜マジですか?
 クリネックスとか書いてありますけど・・・」

「オマエのためにわざわざドラッグストアーに行ってもらってきたんだぞ。
 ちゃんと電気も引いてあるから。」

う、でも・・・住ませてもらうんだから文句言えないよなぁ

「ぷっ」

振り向いたらアイツは笑っていた。
やられた・・・
いつも私は騙される。
でもそれが楽しいしうれしい。
だから素直な感情で応戦できる。

「なんだよーマジかと思っちゃったじゃんか!
 むーかーつーく!!」

アイツは大笑いしながら喜んでいる。
その姿を見て私は笑う。
自分の親友の元彼氏。
でも私の親友。
そして私の好きな人。
アイツも知ってる私の気持ち。
私は知ってる、アイツの気持ち。

笑っている途中で私が前の彼女に頼まれてアイツに返した
彼女が使っていた合鍵を見つけた。

「それじゃーさ。この鍵、オイラがもってていい?」

アイツはその瞬間に笑いを止めた。
そしてその鍵を私から取り上げた。

「オマエにはちゃんと新しい鍵、用意してあるから。」

そう言ってポケットから鍵を取り出して私に手渡した。
同じ形の鍵だけど新しく作ってくれたことに私は感激して言葉を失った。
どんな意味で作ってくれたのか聞かなかった。
聞いたところでアイツは照れて言わないと思う。
そんな奴なんだ。
でもこんな心遣いがアイツの良い所でもある。
だから聞かない。
もしかして、私が思っているようなことじゃなくても
そう思い込みたいって願いもあるから。

それからアイツは私のマンションの荷物を運んでくれた。
大きくて持ちきれないものは後日、業者に頼むとして
生活に必要な物を何度か往復して全部運び出した。

物を運ぶアイツの腕の筋肉の筋や額から流れる汗に
ちょっとビビッとした。
そしてこれからの生活に胸躍らせた。

私達は正式に付き合うなんて話はしていない。
それでもわかるお互いの気持ち。
アイツとは親友。
でも男と女。
だけど親友。
でも2度ほど口づけした2人─