215
剣士 投稿日:2002/10/19(土) 20:02
「一緒に・・・」
夏も終わり、秋だな、と感じるぐらい涼しい季節だった。
俺は、仕事を終え、車に乗って家に帰っていた。信号に何度もかかり、イライラしながら。
と、その時、携帯が鳴った。
「はいよ。何だ、亜依か」
「何だ!はないやろ。はよ帰ってこないと、ののに晩ご飯全部食べられてまうで!」
電話の主は、俺の娘の、亜依。以外としっかりしてて、家のことはテキパキと色々やってくれる。
「げ!まずいな・・・わかった、急ぐよ」
俺は電話を切り、急いで家に向かった。
そして家に到着し、扉を開けた。すると
「てやぁ〜!」
「うわ!な、何すんだ希美!」
いきなり体当たりをかましてきたのは、もう一人の娘の、希美。可愛いのだが、よく食い、よくじゃれてくるという厄介者。
「えへへ〜!お父さん遅いのれす!お腹すいたのれす!」
「お腹すいたって・・・お前もう食っただろう!?」
それを聞くと、希美はムスっとして
「食い足りないのれす!」
と答えた。呆れるのを通り越して、驚いた。まだ亜依から電話があって20分。食べて20分しかたってないのに、それかよ。
「わかったよ。ちょっと分けてやっから」
希美はそれを聞くと、ニッコリ笑って走り去っていった。まったく、何なんだか・・・。
「おかえり〜!あ、晩ご飯できてるで」
亜依がタイミングを見計らったように出てきた。
「あ、サンキュ!腹減ってるし、先食うよ」
亜依は急にニヤニヤし始めた。何だ?一体。
「今日晩ご飯作ってくれたん、飯田さんやで。まだリビングにおる」
「え?圭織さんが?それを先に言えよ!」
俺はカバンをほったらかしにして、リビングに向かった。
「おかえりなさい、勇治さん」女性にしては長身で、スラっと長い髪。まぎれもなく圭織さんだった。圭織さんは、隣に住んでいて、いつも俺達の身の回りの世話をしてくれる。
「ああ、ただいま。すいません、晩ご飯作ってもらっちゃって」
それを聞くと、圭織さんはニコリと笑い
「いいんです。勇治さんに晩ご飯食べてもらいたかったし、あいぼんやののにも会いたかったし。さ、ご飯作りますから、座ってください」
圭織さんはエプロンをつけ、ご飯を作り始めた。見てると、死んだアイツに似てるよなぁ・・・。 アイツも長身な方だったし、髪もロングだった。
「どうしました?」
圭織さんが俺に問いかけてきた。ジっと見過ぎたか。
「い、いや・・何でもないです」
死んだ妻に姿をダブらせてたなんて、言えるはずもなかった。
「そうですか。体調が悪くなったのかと思いました」
その心遣い、凄く嬉しい。その俺と圭織さんの光景を遠くから見てる二つの視線があった。
「再婚するんかなぁ?お父さん」
「わかんないのれす。それより、早くののに食べさせて欲しいのれす!」
亜依は頭をおさえながら
「今、ののは食べもののことだけしか頭にないみたいやな・・・」
と、呆れてため息をついた。「ごちそうさま」
食事を終えて思ったけど、圭織さんの料理、本当にうまい。
「ごちそうさまなのれす!」
コイツはよく食うし・・・。でも、その食べっぷりを見てニコニコしてんだよなぁ、圭織さん。
「おそまつさま。じゃ、片付けるから、お風呂入ってきたらどうです?」
「あ、悪いですよ、そんな」
さすがに、亜依、希美の
相手をさせ、料理も作ってもらい、片付けまでさせると悪い。
「いいんですよ。お疲れでしょう?」
優しいのはありがたいけど、何か悪い。あ、そうだ。
「希美!圭織さんの手伝いしなさい。あんだけ食ったんだし」
これを聞くと、あきらかに不機嫌そうな希美。
「そんな、のの、いいのよ。私やるから。それと、のの。もうちょっとハッキリ喋ったほうがいいよ?いいらさんとか、〜れすは子供っぽすぎるからね」
「ハーイ!大好き〜!いいら・・・いや、飯田さん」
ふう、仕方ないな。ここまで圭織さんが言うんなら。
「じゃあ、風呂入ってきます。圭織さん、ゆっくりしていってください」
そして俺は風呂場に。すると、洗濯物や着替えがキチンとされていた。おそらくこれも圭織さんのおかげだろう。
(何か悪いなぁ、何から何まで。何かお礼しなきゃな)
風呂に入りながら、圭織さんへのお礼を考えていた。何をすればいいか。
(あ!そういやぁ・・・もうすぐだっけ。よし、これは使えるな)
俺はさっさと風呂から出て、着替え、圭織さんのいるリビングに向かった。
「あ、疲れはとれましたか?コーヒー入れてます」
その気遣い、すばらしい。圭織さん神認定。じゃなくて!
「あの、今度の日曜、時間ありますか?もしあったら、ウチに来てもらえないですか?」
「いいですよ。でも、何で?」
う゛!作戦をバラすわけにはいかないから・・・。
「秘密です!お願いいますね」
圭織さんは首をかしげたまま、コクリとうなずいた。その後、俺と圭織さんはたわいもない話を続けた。仕事のこと、亜依や希美のこと。そして、そうこうしてるうちにもう21:00になっていた。
「あ!もうこんな時間。それじゃあ、そろそろ失礼しますね」
「あ、はい。色々すいません」
俺が頭を下げると、圭織さんはクスリと笑い
「いつものことじゃないですか。もうお礼は聞き飽きましたよ」
確かに、もう何度お礼を言っただろうか。そう突っ込まれては、少しばつが悪い。
「じゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみなさい」
圭織さんは扉を閉め、行ってしまった。さて、どうするか・・・。
「お父さん」
後ろから俺を呼んでいるのは・・・亜依か。
「何だ?何か用か?」
亜依の顔を見ると、何か、ニヤニヤしてる。こういう時の亜依は、何かイタズラを思いついた時の顔だ。
「お父さんなぁ・・・飯田さんのことどう思ってんの?」
はあ?何言ってるんだコイツは。どう思ってるって言われてもね。
「優しい人で、色々お世話になっちゃって、悪いな、と思ってるよ。やかましいお前らの相手させちゃってるし」
それを聞くと、亜依は少しふくれながら、二階へ上がっていってしまった。一体なんなんだ?
「ま、いっか。さて、仕事の残りを今からするか」一方、亜依は・・・。
「鈍感鈍感!ま〜ったく何でウチのお父さんはあんなに鈍いんやろ?飯田さんが何で毎日クルのか、わからへんのか?」
亜依は枕を殴りながら、ブツブツと愚痴っていた。その後、俺は持って帰ってきた仕事を片付けていった。気づけば、もう23:00。
「もうこんな時間か。ん?メールがきてる・・・。誰だ?」
俺は、メールを読んで、冷や汗がタラリと、頬をつたった。『オイコラ!電話に反応しろよ〜!何度もかけたのに。明日会社で覚悟しろよな〜!』
・・・矢口だ。このアドと、文体は。
矢口真里。ウチの会社のOLで、よく言えば明るく、悪く言えばやかましい。よく俺に突っかかってくるが、いまだに理由はわからない。
「ヤバイ!メール送っておかないと!明日マズイことになる」
俺は急いでメールを送り返した。謝罪の文を。と、その時、またメールがきた。
「誰だ?矢口にしては早いし。あ、圭織さんだ・・・」
夜中に圭織さんからのメール。何だろうと、少しドキドキしながら開いた。
『まだお仕事やってなさるんですか?寝てたらごめんなさい。日曜、何があるか楽しみにしてますね(^^)じゃあ、おやすみなさい』
何か、矢口とは全然違って、安らぐなぁ。しかし、俺の安らぎをブチ壊しにするメールが、矢口から。
『許してやってもいいけど、明日昼飯おごれよ〜!じゃないと、どうなるかわかるよね!』なんだかなぁ・・・。可憐な文の圭織さんと、あきらかにガサツっぽいのは矢口。この差はどっからくるのだろう?
「おっと、余計な事は考えず、と。やるべき事は終わったし、寝るか」その夜、圭織さんのメールでまったりしたり、矢口に明日何おごらされるかビクビクしながら眠りについた。
翌日、俺が会社に行くと、俺の机の前で矢口が待っていた。
「おっす!や〜っと来たね。
ご機嫌な矢口。こっちは鬱・・・。
「わかってるよ。昼飯おごるって」
それを聞くと矢口はニヤリと笑い、黙って自分の机に行ってしまった。
(なんなんだか・・・ったく)
俺は少々機嫌を悪くした、がそのイライラをぶつける相手もいないので、淡々と仕事をこなすことにした。そして、昼休みとなった。
「お〜っし!行くぞ〜!何おごってもらおうかなぁ」
何おごらされるんだろう?高い物はヤダなぁ、という不安にかられながら連れられて着いた先は
「なになに?定食屋・・・って、お前!これだったら自分の金で食えるだろうがっ!」
「いいじゃん、ここの定食好きなんだからさぁ。さ、行こう!」
矢口は扉を開け、ずんずん中に入っていった。しかし、ホントに何で定食屋なんだ?
(まあ、いいか。安くすんだし、さて、俺も入ろう)入ってみると、なかなか繁盛していて、料理の種類も豊富。
「へぇ、いい店みたいだな」
「でしょでしょ!ここ、結構お気にいりなんだよ〜。さ、注文しよう!」
矢口は、トンカツ定食、俺は天ぷら定食にした。そして、料理が来るまで矢口と雑談をしていた。
「おまたせしました。天ぷら定食と、トンカツ定食です」
見てみると、何とも美味しそうなにおい、カラっと揚がった天ぷら。美味しそうだ。
「いっただきま〜す!」
矢口はトンカツをパクパク食ってる。なんとも、幸せそうな顔してるよ。
「そういや・・・お前彼氏できたんだってな」
「ングッ!何ぃ?突然」
いきなりこんな質問すれば、そりゃ驚くだろう。ちょっと反省。
「いや、噂に聞いたからな。本人に聞くのが一番だろうと」
矢口は食べている時もごきげんだったが、その話題になると、さらにごきげんになった。
「そうなんだよ〜!で、その人ってね〜」
俺は食べながら矢口の彼氏の自慢話をたっぷり聞かされた。言わなきゃよかったと思う、この頃。と、その時。
「ん?メールだ。誰からだろう?」
メールを見てみると・・・
『飯田です。ちょっといいですか?実は、希美ちゃんが熱だしちゃって。今は寝てますが、まだ熱がひきません。すいませんが、帰りにお薬買ってきてくれませんか?看病は私がしておきます』
「どったの〜?」
矢口は、あまりに俺が真剣にメールを見てたので、声をかけてきた。
「あ、いや。娘が熱だしたらしい。まあ、隣の家の女性が看病してくれてるけど、クスリを買ってきて欲しい、だって」
それを聞くと矢口は、心配顔、ではなくニヤっと笑った。
「へえ・・・彼女?その人」
「ちち、違うよ!」
俺は必死になって否定した。でも、圭織さんが彼女、か。悪くないかもね。・・・否定しなくてもよかったかも。昼食後、会社に戻った俺。が、希美のことが気になってしまい、仕事が手につかなくなってきた。
(でも、早退はできない・・・こうなったら、急ぐしかないのか)
と、俺が苦悩していると、誰かが背中をポンと叩いた。振り向いてみると、いたのは矢口だった。
「私も手伝ってあげるよ。私はもう終わったし」
「い、いいのか?お前、デートとかないのか?」
矢口はニコッと笑い、
「いいから。ホラ、急ぐよ!」
俺は初めて矢口に感謝した。コイツ、いいとこあるな・・・。そして、仕事に取りかかって2時間後、やっとのことで終わらせた。しかも、まだ17:00。余裕だ。
「終わった・・。矢口、サンクス!」
矢口は笑いながら俺を蹴り
「ホラいったいった!希美ちゃん、元気になるとい〜ね!」
ホントに助かったと思いながら、俺は車を飛ばし、薬を買い、急いで家に戻った。
「ただいま!」
俺が急いで中に入ると、飯田さんが亜依と家事をしていた。
「おかえりなさい。薬も買ってきてくれたんですね。じゃあ、希美ちゃんとこ行きましょう」
俺たちは二階に上がり、希美の部屋に入った。希美は寝息を立てて寝ていた。
「熱は下がってきてます。ゆっくり休めば大丈夫でしょう」
俺はホっと胸をなで下ろした。と、その時、希美が寝言を呟いた。
「お父さん・・・ずっと一緒にいてほしい・・・。お母さん、なんで・・・」お母さん。この言葉で一番衝撃を受けたのは、俺だったかもしれない。
「希美・・・」
俺は唇をかんで、希美の手を握った。申し訳なさ、自分の不甲斐なさに、腹を立てながら。
「希美ちゃん・・・」
圭織さんも、泣きそうな顔で座り込んだ。
「希美、ごめんな。寂しかったんだな・・・お前」
「そうですね。私じゃ、悲しさを癒すこと、出来なかった」
そう言うと、圭織さんは部屋を出ていってしまった。しまった、と俺は思った。圭織さんのせいじゃないのに、圭織さんのせいになっちゃった、と。俺は急いで追いかけた。
「待ってくれ!圭織さん!」
圭織さんはリビングで泣いていた。やっぱり、責任を感じたのだろう。
「圭織さんのせいじゃない!俺が・・悪いんだ。仕事ばかりで」
「うっ・・グスッ・・でも、私が何もできなかったから」
圭織さんはそう言うと、さらに声を上げて泣いてしまった。このまま泣かれると、近所に聞かれてもやっかいだ。
(え〜い!ままよ)
俺は突然、圭織さんの体をこっちに向けて、抱きしめた。圭織さんは泣きやんで、驚いた表情で俺を見ていた。心なしか、頬が赤くなっている。
「ごめん。でも、これだけは言いたい。圭織さんのせいじゃないんだ、絶対に。いいこと教えてあげるよ。希美はね・・・」「希美は、圭織さんのことが凄く好きだったんだよ」
俺は、希美から話していたことをすべて話した。圭織さんのことが、大半だったが。「そう・・・そうだったんだ。それなのに、私は早とちりを」
圭織さんは泣きやんだが、頬が真っ赤になった。自分の早とちりがよほど恥ずかしかったんだろう。
「だから、これからも・・・お願いします。希美や、亜依のことを。アイツラ、圭織さんが好きなんですよ」
圭織さんは黙ってうなずき、そして・・・
「あ・・か、圭織さん?」
俺に、抱きついてきた。しかも、力強く。
「しばらく、こうさせてください。何だか、落ち着くんです」
今度は俺が赤面してしまった。まあ、こういう状況じゃあな。
「日曜日、楽しみ・・・にして・・・ます」
圭織さんは、よほど安心したのか、眠ってしまった。俺は圭織さんを抱き上げ、俺のベットに運んだ。
(圭織さん・・・。圭織さんとなら、か)
俺は、このとき初めて「再婚」ということを考えはじめていた。妻が死んで、1年。もう、木枯らしがふく寒い夜だった。そして、日曜日。
俺、亜依、希美は圭織さんが来るまでに、家を飾っていた。圭織さんの誕生日を祝うために。
「あ〜!のの、そこはもうちょい横や横!」
「横・・・横っと。出来た!」
希美と亜依は凄く楽しそうだ。圭織さんを祝うってのが楽しみなのと、圭織さんが好きな気持ちがいっぺんにでて、興奮してんだろう。そして、30分後、家のベルが鳴った。
「おじゃましま〜す!」
どうやら、圭織さんが来たようだ。さて、どんな反応するか。
「ああ〜!これって・・・ええ?」
凄い驚いてるみたいだ。ま、頑張ったかいあったな。
「誕生日、おめでとう〜!」
俺たちは、一斉に圭織さんを祝福した。圭織さんは、驚きながらも、理解したようで・・。
「グスッ、ありがとう。私、自分でも誕生日忘れてたのに、こんなに・・ありが・・グスッ」
どうやら、感激のあまり泣いてしまったらしい。それを見た俺、亜依、希美ももらいなきしてしまった。そして、その後俺らは誕生日会を楽しんだ。希美は料理をよく食うし、亜依は圭織さんに突然甘えるし・・・圭織さんはずっとニコニコと笑顔だった。
そして、俺も決断の時はせまっていた。
そして大分騒いで、一時間が過ぎた。亜依と希美は疲れてすうすうと眠ってしまった。
(今なら・・よし!)
俺は今こそチャンスだと思った。そう、圭織さんに告白するチャンス。
「あの〜」
圭織さんに突然呼ばれたので、俺はビックリしてしまった。
「ちょっとお話があるんですけど・・・」
「ちょうどよかった。俺も話があるんだ・・・」
俺と圭織さんは外に出た。ちょっと肌寒い。
「あの・・話って?」
俺が聞き出そうとすると、圭織さんはうつむいた。
「あの・・・私と、結婚してください!」
これにはさすがに驚いた。俺が言おうとしてたことをあっさりと言われちゃった。
「俺の話もそれだったんだ・・・もちろん、俺OKだよ!」
圭織さんは笑顔で泣いていた。その姿がいとおしくて、俺はそっと抱きしめた。3年後。
俺と圭織さんは結婚して、さらに子供まで授かった。名前を亜弥と名付け、可愛がっている。
「のの、学校行くで〜!」
「待って〜!」
希美と亜依は高校生になった。なんともういういしい。
結婚にあっさりと賛成してくれた二人だが、子供が出来た時は大騒ぎしたな・・。
「どしたの?考え事なんかしちゃって」
圭織さんがひょっこり顔を出してきた。
「ん?いや、色々思い出してた」
圭織さんはフフっと笑い
「まだまだこれからだよ!思い出いっぱいつくるのは」
俺もフっと笑い、コクリと頷いた。
そして、圭織さん、いや・・圭織を抱きしめ、そっと口づけた。〜END〜