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関西人Z 投稿日:2002/12/24(火) 16:09
吹雪が一段ときつくなる中、俺と後藤は歩いていた。
「・・・!」
肩に支えられながら、後藤は何か言っている。
しかし吹雪で良く聞こえない。
顔を近づけ、聞きなおす。「何?!」
「私たち、助かるのかな?!」
「…多分な!」俺にも分からなかったがそう答えた。
―俺達は遭難していた。
今日はクリスマスイブ。
クラスの仲間と一緒に、スキーツアーにやってきたのだが、
滑っているうちに、俺と後藤は仲間とはぐれてしまった。
またタイミングの悪いことに、天候が荒れてきて前が見えないくらいの吹雪が俺達を襲ってきた。本来なら、クリスマス限定ツアーということで、楽しめるはずだったのに、
何でこんなことになったんだろう、と思ってしまう。後藤に目をやると、足取りが重そうだった。
雪が深いので、歩きにくいのだ。
なんとか後藤を支えながら、ただ歩くだけしかできない。「あ、ねえ見て。あそこになにかあるよ」
俯き加減で歩いていた俺に、話しかけてきた後藤。
顔を上げると、何やら建物らしきモノがあった。
近づいて見てみると、どうやら避難所用の小屋らしい。
中に入ってみる。部屋には暖炉があり、その横には薪の束が積まれている。
他には大きな箱も置いてあった。
それだけしかない、とも言えるが。「誰もいないね」
そりゃそうだ。そんな頻繁に遭難する人もいないだろう。
「とにかく、火を焚こう」
俺は暖炉に木を入れ、薪の束の後ろにあった新聞紙も入れる。
そして、同じく置いてあったライターで火をつけた。パチパチと燃えていく。
「この箱何かな?」
後藤が興味を持ち開けていた。
中には、水の入ったペットボトル、コップ
数種類の缶詰多数、スプーン、毛布などが入っていた。
これだけあれば、しばらくは何とかなるだろう。俺は缶詰を確かめていると、
「くしゅん!」
後藤がくしゃみをした。
見ると少し寒そうだ。「服脱いだ方がいいぞ。そのままじゃ風邪引くから」
「う、うん。…でも」何かこっち向いてモジモジしてる。
(あ、そうか)
俺がジッと見てるからだ。そりゃ脱げねーよな。
「ちょっくら外の様子見てくるわ」
急いで外に出た。
相変わらず吹雪いている。
(生きて帰れるんだろうか…)
真っ白な景色を見ていると、不安になる。
多分この状態である限り、この不安は取り除けないだろう。
俺は迷っていた。
吹雪が止めば、自力で歩いていくか。
もしくは救助が来るまでここで待っているか。(後藤がいるからやっぱり救助待った方が無難か)
一人ならまだしも、女の子を危険な目に遭わすわけにもいかない。
(そろそろいいかな?)
「入るぞー!!」
大きい声を出し聞くと、中から「うん」と返事が聞こえた。
部屋にはいると暖炉の前で、毛布にくるまって暖まっている後藤の姿があった。
脱いだ服は暖炉近くで乾かすように置いている。
よく見ると、下着もあった。ということは、今の後藤の姿は…。
(考えるな俺考えるな俺考えるな俺考えるな)
と呪文のように何度も頭の中で注意する。
俺も服を脱いで毛布にくるまろうと思い箱の中を見ると、(…無い)
どうやら毛布は1枚だけらしい。
かなり寒かったが仕方ない。
暖炉前にいればそのうち乾くだろう。果物の缶詰とスプーンを持ち、後藤の横に座った。
「食べる?」
「うん」二人で缶詰を分け合って食べる。
これが甘くて美味い。缶詰もバカにできないな。缶詰も食べ終わり、お腹もそれなりに満腹になった後藤は少し眠そうな顔をしていた。
「眠いのか?」
「うん、ちょっと」
「寝てていいぞ、俺ずっと起きてるから」
「いいの?」
「ああ」
「…じゃあお言葉に甘えさせていただきます」後藤は毛布ごと丸くなり、横になって眠りについた。
「スー…スー…」
部屋内には後藤の寝息と木が燃える音しか聞こえない。
定期的に暖炉の中に薪を入れてると服も多少乾いて、部屋内も暖かくなってきた。
しかしそれでもまだ寒い。「へっきしっ きしっ!!」
2連続のくしゃみ。
(うー寒!)
「ん…」
後藤が目を覚ました。
どうやら俺のくしゃみで起こしてしまったらしい。「悪ぃ、起こしちまったな」
「別に良いよ。それより、寒いの?」
「…ちょっと」
「そういえば、毛布これ一つしかないんだよね」後藤は身体に巻いている毛布を見た。
「気にすんなって。俺は大丈夫だから」
無意識に出た言葉に、自分で驚いた。
(あんまり大丈夫じゃないのに)
男というものは、女の前ではついつい強がってしまう生き物である、と
どこかで聞いたことあるが本当らしい。
まあここで弱音吐くのもどうかと思うが。しばしの沈黙。
後藤は何か考え込み、こう言った。「ねえ…一緒に、毛布にくるまろうよ…」
「な、何言ってんだ」
たまに後藤は本気か冗談かわからない事を言うときがある。
だから今言ったことは冗談だと思っていた。「だってそのままの格好じゃ風邪引くって言ってたじゃん。それに…」
後藤は恥ずかしそうに言った。
「人肌なら、すぐに暖まると思うよ」
恥ずかしがりながらも真剣な目で見てくる後藤。
その目を見て、俺は断ることが出来ず、「いいのか?」
「…うん」またもしばしの沈黙。
(…考えても仕方ないか)
俺は少し覚悟を決めた。
「あの、あっち向いててくれる?服脱ぐから」
少し照れながらお願いした俺。
「あ、うん」
後藤は慌てて目を反らした。
俺は全ての衣類を脱ぐと、暖炉の前に置き、
後藤の身体を見ないように毛布に入り込んだ。「……」
なんとなく気まずい。
誘ってくれた後藤もそうなのか、ずっと俯いている。
とりあえず、薪を暖炉の中へ入れる作業を続ける。「…今ごろみんな、どうしてるかなぁ」
後藤が、ポツリと呟いた
「大騒ぎじゃないか?俺達いないし」
「そうだよねぇ」
「まったく、とんでもないイブになったな」
「そう?」
「そう?って」後藤のほうに顔を向けた。
「遭難してるんだぜ?それに助けが来るかわかんないし」
そう言うと、後藤はくすくす笑った。
どうして笑えるんだろう?
疑問にしか思わなかった。「私はあんまりそうは思わないな」
「どうして?」
「だって…、好きな人と…二人きりなんだもん…」…は?
俺は耳がおかしくなったのか、それともただの聞き間違いか。
先ほども言ったが、後藤はたまに冗談を言うときがある。
しかし表情が変わらないので、わからない。多分不思議な顔をしていたのだろう、後藤は俺の顔を見てまたくすくすと笑った。
「驚いた?」
「驚いたって…、うそだろ?」
「どうしてそう思うの?」
「だって…」俺は後藤から目をそらし、暖炉の火を見つめながら言った。
「こんななんの取り柄も無い男を好きになるなんて…ありえないと思ったから」
「そんなことないよ」そう言う後藤の目を、横目で見てみる。
「もしそうだとしても…私が…あなたのこと好きなことに…変わり無いから」
その言葉と、火の明かりでオレンジ色に染まった顔に、一瞬ドキッとした。
思考が固まったまま、後藤の顔を見る俺。
後藤も俺のほうに顔を向けてきた。
お互い数cmのところで見詰め合ったまま止まっている。
まさに、時が止まったように。
横顔が、オレンジ色に照らされている。
俺も同じであろう。そして、時が動き出すと同時に俺達も動き出した。
徐々に顔が近づいてくる。そして―
突然、大きな音と共にドアが開いた。
「大丈夫か!」
俺達はハッとして振り向いた。
そこにいたのは、防寒具が雪まみれになっている男性が三人。
1番前にいた人が俺達を見てこう言った。「お邪魔…だったかな?」
その人達は救援隊で、友達が電話して助けを求めてくれたらしい。
俺と後藤は安堵を浮かべ、救援隊の人達に連れられ
なんとか宿泊先のホテルに着くことが出来た。
男友達は俺の肩を叩いて喜び、女友達は無事で安心したのか泣いていたしばらく話し込み、気がつけば午前0時をまわっていた。
色々あり過ぎて疲れたので、各自部屋に戻ることに。
俺も部屋の鍵を開け部屋に入ろうとした時、「あ、ちょっと待って」
後藤に呼びとめられた。
「どうした?」
「あの、えっと…無事に帰って来れて良かったね」
「そうだな」
「それで、あの、さっきクリスマスプレゼント渡せなかったから、今渡すね」(さっき?そんな渡せそうな時あったっけ?)
などと思っていると、後藤が少し背伸びして
― 頬にキスをしてくれた
「メリークリスマス。…お休み」
後藤はそう言って、部屋に入っていった。
俺は、ただ呆然とその後姿を見送った。