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コンボ 投稿日:2002/12/24(火) 18:02

「寒いですよ、やっぱり」
川村は両手でカイロを揉みながらひとりごちた。
もうすぐ正午になろうというのに、暖かくなる気配がない。
「これ、本当に暖房ついてるんですか」
「ついてるに決まってるだろ、バカ」
隣のデスクに座る先輩が答えた。
暖房がついている割には寒すぎる。
現にこの部屋にいる社員は全員寒がっているのだ。
ひとえに川村が寒がりなだけではないはずだ。
「暖房の温度上げてもいいんじゃないですか」
「無理だな、多分」
そう言って先輩は編集長を見やった。
編集長は突き出た腹を机の下に押し込め、短い煙草を吸っている。
ケチで通っている編集長に頼むこと自体が無謀なのだ。
川村は諦めてカイロを擦りつづけた。

女性編集者の休みが目立つ。
――クリスマスイブだからなあ。
昼休みになって、川村は一人でコンビニ弁当を食べていた。
同室の編集者は川村を除いて、全員外で昼食をとっている。
一人きりになるんなら、俺も行ったほうが良かったな。
川村はそんなことをぼんやりと考えながら、箸を動かす。
すっかり冷たくなったかまぼこを口に運んだ。
去年はいたんだけどなあ。
去年、イブの夜をともに過ごした彼女の顔を思い浮かべる。
もう川村も25である。
友人の中には身を固めている友人も多いのだ。
大学からの同年の友人などは、離婚を経験してさらに再婚している。
今更新しい彼女など、望むべくもないのだろうか。
そもそも女性との付き合いが薄いのだ。
その数少ない女性の知人も、ほとんどが既婚者である。
――このまま一生独身かな。
弁当を食べ終えた途端に、部屋のドアをノックする音がした。

「はい、どうぞ」
川村は座ったまま素早く返事をする。
「失礼します」
ドアの向こうからは、長い黒髪の女性が出てきた。
「なんだ、飯田さんか」
川村は立ちあがり、女性に近付く。
「あれ?
 川村さんだけなんですか」
「だって昼休みだもん」
飯田は部屋の片隅のソファに腰掛けた。
川村も向かいのソファに腰を下ろす。
「クリスマスなのに暇だね」
「ちょっと待ってくださいよ、川村さん。
 それセクハラですよ」
「なんで?」
「だって、彼氏いないってことでしょ?」
「いるの?」
「別に、いないですけど」

飯田は持参の原稿用紙を取り出しながら答える。
「それで、今日は何本持ってきたの?」
「2本です」
飯田は原稿用紙の束を二つに分ける。
「少なくない?
 やっぱり持ち込みで作家目指してるんだし。
 折角顔が利くんだから、もっと持ってこないと勿体無いよ」
「分かりました」
飯田は生真面目に答える。
持ち込みというのは、作家志望の素人が出版社に、直接自分の書いた原稿を持ってくることである。
それをプロの編集者に読んでもらい、実力を認められれば作家デビューできるのだ。
飯田は半年近くこの出版社に通い詰めていて、川村とも顔なじみなのだ。
「じゃあ、早速読ましてもらうよ」
川村は原稿用紙を手にとり、ページをめくっていった。
どのページにも絵が描いてあり、片隅に数行の文章が添えてある。
いわゆる、大人が読んでも楽しめる絵本なのだ。
教訓めいた印象を与えずに社会に対して主張できる、というのが魅力の一つである。
絵本であれば時間をとらないし、可愛らしい絵が女性に受ける場合が多いから、この先も売れる。
飯田は以前にそのようなことを熱弁していた。
そういう時、飯田の目は光り輝いているのだった。

飯田は持参の原稿用紙を取り出しながら言う。
「それで、今日は何本持ってきたの?」
「2本です」
飯田は原稿用紙の束を二つに分けた。
「少なくない?
 やっぱり持ち込みで作家目指してるんだし。
 折角顔が利くんだから、もっと持ってこないと勿体無いよ」
「分かりました」
飯田は生真面目に答える。
持ち込みというのは、作家志望の素人が出版社に直接、自分の書いた原稿を持ってくることである。
それをプロの編集者に読んでもらい、実力を認められれば作家デビューできるのだ。
飯田は半年近くこの出版社に通い詰めていて、川村とも顔なじみなのだ。
「じゃあ、早速読ましてもらうよ」
川村は原稿用紙を手にとり、ページをめくっていった。
どのページにも絵が描いてあり、片隅に数行の文章が添えてある。
いわゆる、大人が読んでも楽しめる絵本なのだ。
教訓めいた印象を与えずに社会に対して主張できる、というのが魅力の一つである。
絵本であれば時間をとらないし、可愛らしい絵が女性に受ける場合が多いから、この先も売れる。
飯田は以前にそのようなことを熱弁していた。
そういう時、飯田の目は光り輝いているのだった。

2本の作品を読み終えた時には昼休みは終わっていた。
室内には昼食をとっていた編集者が戻ってきていた。
「あの、時間は良いんですか?」
「大丈夫。今日は忙しくなさそうだから」
今日はなんとなく仕事が少ないようで、編集長もゆっくりと煙草を吸っている。
「腕はちょっとづつだけど上がってると思うよ。
 ただね、やっぱり何を伝えたいかっていうのが明瞭に分からないんだ」
川村はそういう風に飯田に指摘する。
こうやって指摘するのも、飯田に将来性があると踏んでいるからだ。
上手くなる見こみがなければこんな面倒なことはしない。
売れる作家を確保できれば出版社にとってこれより嬉しいことはない。
飯田は始終、真面目な顔をしてうなずいていた。
持ち込んでくる素人も、それを見る編集者も必死なのだ。
川村はこのところ飯田の腕が上がっていると思っていた。
絵本にとって重要なのは構成であり、すなわちアイデアである。
飯田はなかなかの構成力を身につけてきているのだ。
一瞬、飯田の視線を盗み見る。
飯田は尊敬と緊張の入り混じった視線を川村に投げかけていた。

一通りの指摘を終えると、飯田は原稿用紙をまとめて鞄に放り込んだ。
「そうそう。今日は川村さんにクリスマスプレゼントがあるんですよ」
「え?」
飯田は長い黒髪をかきあげ、鞄の中に手を突っ込む。
さっきまでの姿とは全く違う様子だった。
緊張に凝り固まっていた表情が和らいでいる。
鞄から出てきたのは緑と赤のマフラーだった。
「はい、どうぞ」
飯田は机の上にマフラーを置いた。
「え……なんで」
「えーっと、友達に編んでって頼まれたんだけど、できたのを見せたら嫌だって」
「飯田さんが使ったら?」
「私、マフラーしないんです」
飯田はきっぱりと言った。
「だからあげます」
川村は机の上のマフラーと飯田の顔を見比べる。
「いやあ……」
飯田はじっと川村の目を見ていた。

結局、マフラーは受け取った。
触ると毛糸の柔らかい感触が心地よい。
断るわけにもいかず、飯田の視線に押しきられたようなものだった。
「それじゃあ失礼しますね」
飯田はソファから立ちあがると、さっさと部屋から出て行った。
デスクに戻ってマフラーを鞄に片付ける。
「あの子、お前に気あるんじゃないか」
先輩が軽薄な口調で話しかけた。
「そんなことありませんよ。
 友達から頼まれて編んだらしいですし」
「お前、そんなの嘘に決まってるだろ」
「そうですかね」
そう答えながら、思わず笑みが浮かんだ。