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名無しの人 投稿日:2003/05/11(日) 23:43

寒く厳しい北風の吹く夜のことであった・・・

「ピーンポーン」    インターホンが鳴る。

       ・・・・・
「ピーンポーン」
 そこに不快げな足音がドアへ迫っていく。

   がちゃ。

松原「ったく。カギ持ってんだから自分で開けろよなっ。」

矢口「もー、別に開けてくれたっていいでしょっ。」

 外の冷たい空気が入り込んできた。
矢口「あ〜、寒っ。」

 少し圧底のブーツを脱ぐ時に、真里はよろけた。
 それを見て松原は真里に手を貸す。

松原「お前の手、冷たいな。」

矢口「まーね。」

松原「風呂に入るか?」

矢口「うん・・・一緒にはいるぅ?」

松原「ばーか。」

 松原は今までやっていた仕事をやめ、食事の準備にとりかかった。
 その手さばきは、大学の頃から一人暮らしをしていたせいか、
 男にしては軽快であった。

矢口「あ〜、気持ちよかったぁ。」

 風呂から上がった真里は濡れた髪を拭いていた。

松原「メシ、食うだろ?」

矢口「うん・・・・いつもありがとね。」

松原「もう少しでできるから、待ってろな。」

矢口「うん。」

 真里はテレビを観だした。その姿はどこかぐったりしているようだった。    

松原「明日は?」

矢口「私は夜のラジオだけだよ。」

 鍋焼きうどんをすすりながら、真里は答えた。

松原「ふ〜ん。」
 頬杖をつきながら、食い入る真里を見ていた。

矢口「ちょっとぉ、じろじろ見ないでよぉ!なんか恥ずかしいじゃん。
   ・・・ん?ひょっとして、、、欲しいの?」

松原「いや。俺はもう食った。」

矢口「ちぇっ。私が帰ってくるまで待っててくれたらいいのにぃ。」

松原「んなこと言ったって、お前はいつ俺ん家来るかわかんねぇじゃん。
   メール打ったってあんまり返信来ないし。」

矢口「だってぇ〜」

 真里は、疲れ気味な顔にさらに少し悲しみの色を滲ませた。        

松原「最近よく俺のマンションに来てるじゃないか。
   自分のマンションに帰らなくてもいいの?」

矢口「別に一人暮らしだし、家に帰っても何にもないし。
   …だから心配しなくても大丈夫だよっ!キャハハハ!!」

 その笑い声にも、どこか寂しさが滲んでいた。

矢口「だったらこの際、雄基ん家に住んじゃおうかな?」

松原「俺は別にいいけどさ・・・・俺と住んだところでいいこと何にもないぞ。」

 松原はさらりと言ってのけた。

    日付は既に変わっていた。

松原「真里、お前疲れてるだろ?もぉ寝たほうがいいぞ。」

矢口「…あ、もうこんな時間?じゃ、また一緒に寝よっ!(はぁと)」

松原「何言ってんだよ。俺は起きたばっかだ。」

  真里の担当しているラジオ番組とは全く関係ないが、
  松原は数年前からラジオのADをしている。
  そして仕事のほとんどは今でも夜のラジオなので、
  昼夜逆転の生活を送りつづけている。
  
矢口「それでもいつも一緒に寝てくれるじゃん!」

  小さな頬をぷっくりとふくらませた。

松原「それでも今日は仕事がたまってるからダメェ〜」

矢口「・・・・・ケチ」

  そう言い捨てると真里は寝室へと消えていった。

  松原がラジオ番組の企画書を読み出したから、およそ一時間が経とうとしていた。

松原「(真里のやつ、本当に疲れきってたな…大丈夫かな…)」

松原はいまいち仕事に集中しきれなかった。

松原「……?」

  松原はふと背後に人気(ひとけ)のようなものを感じ、振り返った。

松原「なんだ…寝れないのか?」

矢口「…うん。」

松原「しょうがねぇなぁ。俺がしばらく一緒にいてや………ん?」

  真里は無意識のうちに松原に抱きついていた。

松原「どうしたんだよ真里??  …泣いてるのか?」

矢口「  …  」
  無言のままだったが、時々しゃくりあげていた。

松原「どうしたんだよ、いったい…。あっ、もしかして
   俺がいなくて寂しかったとか?」

  松原はからかうようにして言ってみせたが、

矢口「  …  」

  真里は無言のまま、顔を左右に振った。

松原「じゃぁどうしたんだよ…」

  しばらくの間、部屋には真里のすすり泣く声しか聞こえなかった。

矢口「〜〜〜〜〜〜〜。」

松原「えっ?!お前いま何て言った?」

矢口「私、もー娘。辞める・・・」                 

松原「はぁっ!?何で!?」

矢口「私、ダメだよ…疲れちゃったよ・・・・

        もう何も考えたくないんだよぉ〜!!」

 それから、松原が何を言おうとしても真里は聞き取る余裕など無く、
 惜しげも無い大声を出して泣き、松原のセーターを濡らした。

 松原にとって、こんなに取り乱した真里を見るのは、

       「あの時」以来、初めてのことであった……

  疲れきっていたせいもあるのだろうか、真里はしばらくして泣きやみ、
  松原に慰められて、今では同じベッドに入って、
  まるで子供のように松原に寝かしつけられていた。

矢口「かっこ悪いとこ見せちゃった…エヘッ。」

松原「別にそんなことはないよ。」

矢口「こんなとこ見せたの、あの時以来かなぁ。」

松原「あの時?」

知らないふりをして松原は聞き返した。

矢口「ほら?雄基と初めて出会った時だよ。木曜のさ、深夜の
   ラジオ番組の時だったよね。」

松原「でも、タンポポの部分は夕方に収録したんだろ?」

矢口「なんだ、雄基も覚えてるじゃん。
   私とか圭織↓の年齢が制限に引っ掛かったもんね。」

松原「おまえあの時大変だったもんな。」

矢口「3人の時は本当にケンカばっかだったんだよね〜。それで
   その日もケンカしててさ、雄基に初めて会った時、私、控え室で
   思いっきり泣いてたっけ…」

松原「俺、しばらくあたふたしてた。」

   二人は笑った。

矢口「それでさ、雄基とは初対面だったのに、
   夜遅くまで悩みの相談にのってくれたっけ…」

松原「3人とも個性強かったからなぁ。」

矢口「えへっ、それから雄基と仲良くなったんだよね。覚えてる?」

    松原は軽く頷いた。

矢口「今思うと、雄基に会えて本当に良かったよ。」

真里は横になっている状態で、松原にキスをした。

松原「ん?そう言えば、たしかあの時もお前『タンポポ辞めたい!
   もー娘。辞めたいっ!』って言ってなかったか。」

矢口「……うん。」

松原「また何か嫌なことでもあったのか?」

矢口「嫌なことっていうかね、、、アイドルが嫌になっちゃった。」

松原「アイドルが…嫌に?」

  以前松原は、担当している番組のプロデューサーから、聞いたこたがあった。

 「アイドルは、自分のアイドルとしての意味に悩み始めた時、それが一番危ない。」と。

矢口「ほら、もー娘。も最初は、大人っぽいキャラで売ってたじゃない?
   でもさ、段々売れなくなってきてさ…そしたらラブマシーンの頃から
   急に強調変わってさ、辻・加護とかも入ってきて…それで、ミニモニ。とか
   やっちゃってさ…辻・加護に囲まれると、自動的に子供キャラになっちゃうじゃん。
   自分のこと『オイラ』とか言っちゃったりしてさ…」

  真里が自分のことを「オイラ」と呼ぶこと、、、
  これはまるで「公」と「私」を切り分けるスイッチのようであった。

矢口「……でも、そうしてるうちに、本当の自分が何なのかわからなくなっちゃった…」

    真里の表情が再び曇り始めた。

矢口「こうやって雄基に会ってるうちに、本当の自分っていうのが取り戻せたような
   気がするけど……、私って、こんなことしてアイドルやってる意味なんて
   あるのかなって……最近よく悩んじゃうんだ………」

    松原は、プロデューサーの言っていたことを実感し始めていた。

矢口「私ね…雄基のこと…とっても好きだから・・・・
   だからね、もうアイドルなんか辞めてね・・・・・雄基と一緒に暮らしたいな・・・・・」

    真里は今にも泣き出しそうだった。

松原「俺もな・・・・真里のこと、大好きだよ。」

    これは松原の本心だった。

矢口「えっ。」

松原「でもさ、今仮に真里が仕事辞めて、俺と一緒に暮らしたらさ、
   きっと真里は後悔するんじゃないか?」

    そしてこれも松原の本心。

矢口「・・・・・・・・」

松原「真里はまだやれるよ。本当にダメだって思うまで、
   真里は楽しく仕事をやり切れるはずだよっ!だから、元気出して頑張らないとっ!」

   ・・・・真里にとって松原は、まさしく「王子様」・・・・

矢口「・・・・グスッ、ありがと・・・・」

   松原はしばらく真里の頭を優しく撫でていた。

矢口「ねぇ、雄基?」

松原「ん?」

矢口「どんな私が好きなの?大人キャラ?それとも子供?」

松原「何くだらないこと言ってるんだ。俺は素の真里が一番すきだよ。」

   真里の表情は次第に穏やかになっていき、

               松原はそれを見て安心した。

矢口「結婚して、ね?」

松原「あぁ。」

矢口「仕事辞めたら、すぐにだよ?」

松原「あぁ、辞めるまでいくらでも待っててやるよ。」

矢口「・・・・・・・よかった。」

    真里は再びキスをした。

矢口「でもさ、雄基がこんなに真剣に
   好きだって私に言ってくれたの、初めてだねっ!(はぁと)」

松原「ば、ばかなこと言うなっ!(汗)」

   〜 翌日 〜

  松原は相変わらず昼夜逆転の生活を行い、真里は仕事に遅刻した。

   ピピピピピッ、ピピピピピッ、………

松原「んぁ?」

    松原が目覚めた。ただ今午後10時59分・・・

            そして、

矢口「日曜日も終わり、会社や学校に行くのが憂鬱なあなた!
        そんなっ、『あなたがいるから矢口 真里っ!』(^O^)/」

    いつにも増して元気な真里の声が松原の部屋に響いていた。
                                    終