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HN募集中。。。 投稿日:2003/08/29(金) 14:54

「波とサンダル」

さわさわと寄ってはさわさわと引いていく波を、ぼんやりと見つめていた。

―――波も大変だなぁ。同じこと何度やりゃ気が済むのかなぁ。

ぼんやりとした頭で、ぼんやりとそんなことを考えていた。
私はちょっと馬鹿といえばかなり馬鹿であった。
ちょっと抜けていると言えばかなり抜けていた。
日はまだ高く、海から吹いてくる風はベタベタと身体にまとわりついて、
なんだかひどく私はくたびれていたし、不快だった。

「っていうか……。」

ちょっとふてくされ気味に言葉にならない文句ブツブツ言いながら、
今座っている砂浜に、指で落書きを始めた。とにかく暇だったのだ。
砂浜には、ちょっと不恰好なドラえもんや、水に濡れて力の無いアンパンマン、
可愛げの欠片すらない星のカービィ、そんなものがどんどんと登場した。

―――えーと、ラッキーマンってどうだったっけな……?

そんなことを考えているうちにふと気が付いた。
私はこのヒーロー達を登場させるのに一生懸命になって、
今まで気付かなかったのだが、いつの間にか、
辺りは真っ赤に染まり、海から吹いてくる風も、
幾分心地よいものになっていた。
そういえば、波もさっきまではずっと前方にあったはずなのに、
今 では波はほとんど私の座っている足近くまで来ていたし、
私が波打ち際にポイと脱ぎ捨てていたお気に入りのサンダルは、
波にさらわれ、コロコロと波と戯れていた。しかも結構遠くで。

「えぇーー!ちょっとぉ、マジ勘弁!」

私は履いていたスカートの裾を両手でくちゃくちゃに持ち上げて、
急いでさわさわと寄せては引く波につっこんで行った。
それはまるでお盆過ぎにぷかぷか浮いているクラゲの死骸のように、
キラキラとキレイキレイに漂っていた。
実際それはサンダルでなくて、クラゲなのでは無いかと思った。
だけど見た目の美しさに感じる感情の方向とは裏腹に、
下着が濡れそうなギリギリまで進んでみても、
それを取るにはちょっと遠すぎて、
私はその場でぶすぶすと燻るしかなかったのだ。

私がぽつねんと、しょんぼりと、漂うクラゲ風のサンダルを見やっていると、
ふいに視界の右やや前方で結構大きな水しぶきが上がった。
やはりちょっと脱力しているとはいえ、気になるので、
力無く視線をそちらに向けると、驚いた。
すごい水しぶきで誰だかは分からないけどものすごい勢いでクロールをして、
ぷかりぷかぷかりと浮かぶ私のサンダルに近づいて行っているのだ。

そして、その誰だかは分からないがものすごい勢いでクロールして、
私のサンダルに近づいていった人物は、やはりというかありがたいというか、
私のサンダルを右手にしっかりと持ち、またしてもものすごい勢いで、
今度はバタフライというえらく実用的で無さそうな泳ぎで、
ばっしゃんばっしゃんと大きな水しぶきを上げながら、
私がボーゼンとスカートの裾を立ち尽くしている傍まで、
往復僅か10秒足らずで戻ってきたのだった。

しかし、戻って来ても、その謎の人物は依然として海に全身潜ったままで、
顔すら上げようとしない。流石にちょっと抜けてる私としても、
心配になって近づくと、ふいに水中から私のサンダルが飛び出した。
私はとっさに握り締めた両手でサンダルから身体をガードした。
あやうく顔に当たって、痛い思いをするところだったが、
私のガードに弾かれたサンダルは、自分ガードのせいで見えなかったけれど、
また少し遠くに落ちたらしい。遠くでぱしゃんという音が聞こえた。

「よしこぉー!パンツ丸見えだぞーーー!!」

ハッとして両手を離した。くちゃくちゃにもっていたスカートの裾が、
海面に触れて、一気に海水を吸っていくのが分かった。
そしてそのスカートが、海水を吸っていくのに比例して、
自分の顔が赤くなっていくのが分かった。
そして、水面にぷかりと浮かんだ見慣れたへらへら顔を、私は発見した。

「このぉぉおー!待ち合わせにくそ遅れた上にこれかー!?これなのかー!?」

思わず私は大声で怒鳴ってしまった。
私の怒りは至極当然のもので、私はこのへらへら顔と、
午後1時に例の人の居ない砂浜で待ち合わせ、をしていたのだ。
それなのに、太陽の傾き加減と、周りの赤さから言って、
今は確実に5時近い。いや、もしかしたら5時を回っている可能性さえあった。

「ごめーん、よしこー。でもサンダル取ってあげたじゃん。」

「かんけーねー!サンダルが流れたのも元はと言えばごっちんが遅れたせいだ!
 きっちり謝ってもらおうか!きっちりと!」

私がそう言うと、今までへらへらしていたはずのごっちんは、
俄かに俯き加減になって、唇を噛み締めた。
俯き加減なのでよく見えないけれど、少し涙目になっているみたいだった。
私は、やべっ泣かしちゃう。と思うより前に、ドキッとした。
濡れた長い髪を俯いた顔と共に垂らして、涙目で、唇を噛み締めたごっちんに、
ドキッとしてしまったのだ。
そして、そのドキッの後に、やべっ泣かしちゃう。という気持ちがかぶさって、
私は大変にしどろもどろになってしまった。

「いやっ、あのね、ごっちん、別にそういうことじゃなくって、
 こう、謝れよ!じゃなくって、謝っても良いわよ、みたいな、
 なんかそんな感じで……」

ひどく情けない姿だった。しかも、私は情けない上に、更に甘かった。
私がしどろもどろになりながら必死こいてごっちんを泣かすまい、
と一生懸命になっていると、ぶわっといきなり何かに視線を遮られた。
それが自分のスカートであると気付くのに通常に5倍の時間はかかった。

「いや〜ん、よしこのパンツかわい〜〜!」

私はブチ切れた。この女絶対ブッ殺してやると思った。

「もう絶対ゆるさねー!どんなに謝ったって許してやんねーからな!」

「あはははは、ごめ〜んよしこぉ〜!」

「うがぁー!お前の水着全部ひっぺがしてやる!」

「いや〜、こないで〜。このエロオヤジ!」

こんなことをしている内に、せっかく一旦は私の下に帰ってきたサンダルは、
いつの間にかまた再び波に乗せられて、私たちの日頃の疲れやストレスと共に、
すっかり沖に流されてしまったのだった。

−了−