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名無し次郎 投稿日:2003/10/13(月) 00:17

「マシンガントーク」

俺はその日、誘われるまま合コンに参加した。
相手は同じ大学の3回生らしく、幹事たちはやけに張りきっていた。
なんでも向こうの幹事が美人で、早くも狙いを定めているらしい。
俺も期待しないわけではなかったが、合コンで作った彼女と長続きするとは思えない。
友達からは年寄りっぽい考え方だと言われる。
でも、短絡的に付き合っては分かれるような忙しいやり方よりはましだと思う。

俺たち4人は和風レストランの座敷に腰を下ろした。
幹事が通路側の右端の席に座り、俺はその左に座った。
まだ向こうの4人は来ていない。
「しかし、どんな美人が来るんだろうな」
俺と同じように誘われた男は期待でいっぱいのようだった。
「なにせ向こうの幹事はこれだからな」
もう一人の男は何度も見ているはずの写メールをまた眺めている。
俺も見せられたから、相当かわいい人であることは知っている。

「でもそいつ、かわいいけどうるさいぞ」
うっとりと写メールを見つめる男に、幹事はそう言った。
「店でも客がいない時なんか喋りっぱなしでうるさいもん」
なんでも幹事同士のバイト先が同じらしい。
「美人なら構わないよ」
男は携帯を閉じて、今か今かと入り口を覗いている。

「宮本は期待してないのか?」
いきなり幹事に話しかけられて、少し驚いた。
「ちょっとはな」
「向こうの幹事にはあんまり期待しない方がいいぞ。
 美人だから彼氏候補はいくらでもいるけど、付き合ってはすぐに別れてるらしいよ」
「忙しいんだな」
「なんかつい喋りすぎちゃうらしいよ。
 それでうっとうしがられて別れるんだって」
俺の得意じゃない恋愛の仕方だった。
「俺は他の3人にだけ期待してるんだけどな。
 何しろ聞いてるこっちが引くぐらい喋るもんなぁ」
なんとなく先が思いやられた。
そんな女性と何かの弾みで喋ることになったら大変だ。
今のうちに途中で帰る言い訳を考えておいた方がいいかもしれない。

10分ほど待って、女子大生の一団が店内に入ってきた。
「ごめん、待った?」
先頭に立つ小さい女性が手を挙げた。
写メールで見た女性だ。
ということはこの女性が口うるさい向こうの幹事だ。
「いや、そうでもないよ。
 とりあえず座って座って」
こちらのメンバーを見ると、3人とも少し緊張しているようだった。
なるほど、確かに幹事を含めて4人とも相当の美人だった。

「失礼しまーす」
小さい女性は通路側の席に座った。
俺の右斜め前に腰を下ろす。
「それじゃ、まずは自己紹介から!」
小さい女性は座ったと思ったらすぐにまた立ちあがって声を張り上げた。
「えっと、まずおいらは矢口真里って言いまーす。
 皆さんちっちゃいなーって思ったでしょうけど、本当にかなりちっちゃいです。
 150センチないぐらいです」
それから矢口真里は延々5分ほど自己紹介をした。
その後残り3人の自己紹介があったが、矢口のインパクトが強すぎてあまり印象に残らなかった。
他の男性陣は飽きることなく耳を傾けているようだ。

「じゃー次、男子ね」
こちらは幹事が最初に挨拶し、俺の番になった。
「宮本って言います。
 彼女は一年ちょっとぐらいいないんで、宜しくお願いします」
「えー、男前なのに」
矢口は間髪入れず横槍を入れる。

俺はすでに矢口真里の喋りに辟易していた。
確かに話の通り、よく喋る。
誰の自己紹介の時でもまんべんなくフォローを入れるのはいいが、うるさすぎる。
けたたましい笑い声も俺には耳につく。
とにかく、他の女の子と話してみてダメだったら抜けよう。
そう思った時、こちらの幹事はすでに俺の向かいに座る女の子と話しこんでいた。
このままでは矢口とのツーショットになると思って早くも手を打ったのだろう。
気付けば他の二人も向かいの女の子と話し始めている。
まだ話していないのは俺と矢口真里だけだった。

「どうも、よろしく」
矢口はなれなれしげに話しかけてきた。
「どうも……」
「宮本くんってスポーツとかやってる?」
「今はやってないけど」
「じゃあ高校の頃、部活かなんかやってたでしょ。ガタイいいもん」
「一応、バスケ部だったけど」
「いいよねー、バスケって。カッコイイよねー。
 私って背低いから、バスケとかバレーとかって憧れなんだ。
 授業でバレーボールとかやっても、ボールに届かないの。
 運動神経は悪くないんだよ。でもやっぱり体格って生まれつきだもんね」
矢口は勝手にペラペラと喋りだした。
俺が相槌を打つ暇もなく、どこで息継ぎをしているのか分からないくらいの早口でまくし立てる。

周りを見ると、他の3組はすでにできあがりかけているようだった。
俺は外れくじを引かされたのだ。
他の女の子は皆、物静かでおしとやかな雰囲気なのに、なぜ矢口だけこうも喋りたがりなのだろうか。

俺が興味のない顔をしていたのか、矢口は急に口をつぐんだ。
「ごめん、喋りすぎちゃって……」
矢口は心底反省しているようだった。

席替えのあと、当然のように俺と矢口は隣同士になった。
向かいではすでにいい感じの空気ができているのに、こっちは未だに固いままである。
もちろん、矢口といい感じになろうとは思っていなかったが。
「お酒、あんまり飲んでないよね」
「そんなに飲む方じゃないから」
「あ、そう……」
二言三言交わすと、それで会話は終わってしまう。
矢口に最初の元気はなかった。

「……いつもそうやって喋ってんの?」
少し気の毒になって、話しかけてしまった。
「うん、まあね。いつもそれで引かれてるんだ」
「ふーん」
「宮本くんも引いたよね?」
「うん」
俺は正直に返答した。
向こうも分かっていたはずだ。

「ごめんね、なんか気まずくさせちゃって」
「いいよ、別に。期待してなかったから」
またしばらく沈黙が流れた。

それから1時間ほど経っても、矢口は話そうとしなかった。
お互いにグラスをちびちび飲むだけだった。
「ねえ……」
俺は酔った勢いか、矢口に話しかけた。
「なに」
「矢口さんって忙しくない?」
酔うと人にからむのは俺の悪い癖だ。
「聞いたけど、男作っては別れてるんだって?
 よくやるよね、そんなこと。俺は無理だな」
矢口はうつむいて黙ったままだった。

「寂しくない?
 コロコロ相手変えてると寂しくない?」
「……できるもんならしたいけど」
矢口はぼそっとつぶやいた。
「でもどうしたら人に好かれるか分からないもん」

「不自然なんだよ、自分」
「え?」
「なんかその喋りが無理してるように見えるんだよ」
しばらくお互いに黙りこくった。

矢口はいきなりグラスをつかんで、一気にあおった。
「……喋るの好きなんだけど、いつも相手がどう思ってるか考えちゃって、最近喋るのが辛くなってるんだ」
「別にいいじゃん、自分の言いたいことだけ言えば」
なにも考えずに、俺はそう言った。

「でも……」
「いいんだよ、それで。
 だって相手の気持ちなんか分かるわけないじゃん。
 やりたいようにやらなきゃ損だよ」
俺も思わず、グラスの底のワインを口に流しこんだ。
「……ちょっと、トイレ行ってくる」
矢口はいきなり座敷を下りて行った。

矢口はすぐにトイレから戻ってきた。
また俺の横に腰を下ろして、他愛のない話を始める。

合コンがお開きに近付いてきた頃、矢口に尋ねられた。
「ひとつ聞いていい?」
「ん?」
「宮本くん、もてないでしょ」
「なんでだよ」
「今日話しててそう思った。酒飲むと説教してくるし。
 一年も彼女いない理由分かったよ」
「そうか。そりゃよかったな」

「……ねえ、携帯の番号教えて」
億面のない矢口に、俺も堂々と答えた。
「いいけど、矢口の番号も教えろよ」
「いいよ、もちろん」
矢口は今日の合コンで一番の笑顔を見せた。


−終わり−