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名前:どらい 投稿日:2004/08/19(木) 13:50

<いつかの風景・2>

昼間はまだ残暑が厳しいが、朝晩は幾分と涼しくなってきた。

山地の川沿いに走る単線のローカル列車に乗って、
窓から流れる渓谷の風景を眺めていた。

―――

『……もう行っちゃうんだ』
『ん、また来るよ。ここ気に入ったし』
『ダムになってからじゃ遅いんだからね』
『そっちこそ、引っ越したら新しい住所とか教えてくれよな』

―――

18きっぷで一人旅をしていた時に立ち寄った山中の小さな町。

あれから3年、そこで知り合った一人の少女は、
もうあの町にはいない。結局新しい連絡先も分からないまま。

山に囲まれ、川が横切り、出遅れた蝉と気の早い秋の虫が
騒いでいたあの山中の小さな町は、来年ダムの底に沈む。

もう一度あの町の景色を見たくなり、行こうと決めたのは一昨日のこと。

『………あたしこの駅が好きなんだ。自分の町をホームから見下ろせるから。
 家もあんなにちっちゃくて、町全体が見えるし、………』

細い川を、もう誰もいない町が囲み、それ全体を山が抱いているその風景を、
この列車から見下ろす。

列車の前後を見ると、鉄道ファンや登山家が数人、同じように
来年はもう見ることが出来ないこの景色を窓から眺めていた。

彼女が好きだったその駅は、今年の春に廃止になった。

『だって自分が生まれ育った町がなくなっちゃうんだよ?
 ふるさとがなくなるなんて寂しいよ……』

自分の好きだった町が消えるなんて、どんな感覚なのかは自分は解らない。
でもこの景色を見れば、何ともいえない寂しさがこみ上げて来る。

『でも自分の心の中にはずっと残ってるから…』

近い将来、この町は世間から完全に忘れ去られる。

当時中学生だった彼女は、今この町のことをどう思っているのだろう。


もう誰も使ってくれない駅舎は、ただ通過する列車を、
寂しそうに影を落として見送っていた。

突然、誰かに目を塞がれた。

「……だーれだ?」

3年前のあの声が聞こえた。