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リボルバー 投稿日:02/02/02 23:50
桜も散り散りになった5月、俺は先に2年に上がった友達より1ヶ月遅れで2年になった。
春休みに交通事故を起こして入院していたのだ(ただの骨折だったんだけどね)クラス編成の紙や教科書は、お見舞いの時に友達が持ってきてくれていた。
「(うげーみんなクラスばらばらじゃんよぉ〜2、3人しか知らねぇよ・・・・・)」
新クラスを見たときに思ったことはこれしかなかった。「(まぁ一番親しいやつと一緒になれたからいっか・・・・・)」
今日が今学期で初登校だ。
やはりあまりいい気分ではない、みんなと共有してない時間が1ヶ月もあるんだから当然か・・・
まわりは同じ学校の生徒の筈なのに、どうもそうは思えない自分がいる。「(なんか転校してきたみたいだ・・・たはは)」
気分ブルーになりながら、なんてことを考えてると後ろで名前を呼ばれたので振り返った。
少しは気分が晴れる要素だ。「よー准、久しぶりじゃん。」
そう声をかけてきたのは、野中優治という俺の一番親しい友達だ「あぁ久しぶりだなぁ・・・教科書とか見舞いとか色々ワリかったね。」
「ハハ、気にすんなよ。滅多に行ってなかったんだしな?」
「確かにな(w」
「てか何か暗くねぇ?しょんぼりしてんぞ?」うっ・・・・・図星・・・・・
「ほら俺久しぶりじゃん?しかもクラス変わってるから緊張してんだよ。」
「あぁ、んな事心配いんねぇって。俺と一緒のクラスじゃん」
「そだな・・・気晴れてきたわ。」
「だろ?それより急ごうぜ、初日から遅刻とかヤだろ?」
「おぉ!」急いだ甲斐もあってかギリギリ遅刻せずに教室に滑り込んだ。
うわ・・・・・やっぱ周り知らない人ばっかりだわ・・・・・元々は女子高だった私立の高校なので、男子の数もクラスで3分の1程しかいない。
クラスの大半が俺を好奇の目で見てくる・・・・・当たり前か、初だもんな。そんな視線を無視して優治と喋っていたら担任の先生が入って来た。
中澤と言う、三十路前の恐そうな人だ。関西弁を巧みに操り話術に乗せてくるらしい(w「え〜と、4月にも話したけど今日やっと嶋野准君が学校復帰になってます〜。
みんな仲ようしたってや〜?んじゃ今日の連絡事項を――」先生の話は続いているのだが先ほどからチラチラと見られてる・・・・・気になるなぁ。
女の子ってどうして珍しいモノ好きなんだろねぇ(w先ほどから向けられる視線に気付かないふりをしながらボーっとしていると、
いつの間にか先生の話は終わっていて、教卓に先生の姿もなかった。「(ボーっとしすぎだこりゃ・・・)」
真新しい教科書に目を通しながら考え事をしていた「(あー部活どうしよ・・・やぐっさん怒ってるかなぁ・・・?)」
と考えてると、不安の張本人が来た!「准〜矢口さん呼んでるぞ?」
トリップしてた俺を優治が引き戻した「あ、あぁサンキュな」
慌てて教室の外まで駆けていく。
するとそこにはいつも通り背が低く、ロイヤルミルクティーの金髪の矢口さんがいた。「あ、すんません。なんですか?」
「今日から復帰だって聞いたからさ。もういいのケガは?」
「はい、今日から部活にも出れそうですよ」
「そりゃ良かったじゃん!・・・部活って、もう走っても大丈夫なの?」俺と矢口さんの所属しているのは陸上部だ。
俺も矢口さんも県では結構名前を知られるほどの成績をおさめている。
ちなみに矢口さんは今年で3年である
―閑話休題―「全然平気みたいです。折ったの腕と指ですしね(w」
「そっかぁ〜1ヶ月のブランクがあるんだから無理しないでよぉ〜んじゃまたね!」
「はぁ〜い。」まだクラスに馴染めてはないけど、授業が始まる頃には朝の鬱な気分が無くなっていた
これぞやぐっさん効果かな(w放課後までの時間はすごく長かった。
新クラスの人たちとも二言三言交わしつつ、やっと放課後になった。「よしゃ〜部活だ〜」
「おいおい准、復帰初日にして部活行くのかよ?大丈夫なのか?」
「あぁ、全然平気みたいだから余裕よ!」
「そか・・・無理すんなよ!んじゃまたな」
「おぅ」部室に行くと、お馴染みの顔が揃っていた。
1ヶ月前まではお馴染みの顔だったんだけど、1ヶ月ぶりともなると何か懐かしい(w
事故のことなど色々と話しながらさっさと着替えて表に出た。「准君〜」
グラウンドに向かおうとすると、後ろのほうでお呼びがかかった。この声は矢口さんだ(w「これ、今日のメニュー。病み上がりって事で特別メニューだってさ」
「げ!?マジすか?どれどれ・・・?ってこれ補強ばっかじゃないすか!?
俺スゲ―走りたいんですけど・・・・・」
「コーチにそれ言ったら『まだ待て。』って言われた。」
「うえ〜コーチ直々命令かよ〜・・・・・じゃしゃーないすねぇ。」
「そんだけ期待されてるってことじゃん?ま、しばらくはイイんじゃない?」
「ですかね〜?」
「暇だったら矢口の練習も見にきてよ〜んじゃねぇ。」
「おいーっす。」しっかし・・・・・【腕立て×50、V字腹筋×50、片足スクワット左右×50】×5
ってのはどうよ?腕折ってたのに腕立てって・・・・・配慮してくれよコーチよ・・・・・みんなが黙々とメニューをこなす中、俺も黙々とメニューをこなした。
久しぶりに汗を流した。「(これは失いたくない感覚の一つだわな(w )」
みんながメニューの半分をこなしたところで、俺のメニューは終了した。
追加でやろうとも思ったが、与えられたメニュー以上の事をするのは良くない!と
コーチに教えられていたので、やめた「やぐっさんでもからかいに行くかな・・・?」
出てきた汗をぬぐいながら、矢口さんのいる砂場に向かった。
矢口さんは幅跳びの選手なのだ。砂場に行くと2、3人の女子の姿は見られたが、肝心の矢口さんの姿はなかった。
「なぁなぁ〜後藤さん、矢口さんは〜?」
話かけられた女の子は一瞬ビクッとした様子を見せたが、すぐこちらを向き「やぐっちゃんなら水飲みにいったみたいだよ〜練習見に来たの〜?」
「うん、暇になったからね。」後藤という女の子は、最近陸上部に入ってきたにもかかわらず
幅跳びで矢口さんの後釜になりそうになっているスゴイ女の子だ。「そ〜いや私嶋野君と一緒のクラスになったんだよ〜知ってた?」
「え、マジ?ごめん知らなかったや」
「もう〜ひど〜・・・・・梨華ちゃんも同じクラスなんだよ〜?それも知らないっしょ?」
「あ、石川さん?それは知ってた(w ちょっと話したし」
「うあ〜( ´д`)ますますひど〜い」そんなことを話していると、矢口さんが帰ってきた。
「おっ?准君きてんじゃん!!もう終わったんだ?」
「補強だけですからね〜」
「すねないすねない!
ところでちょっとフォームみて欲しいんだ〜」
「俺で良かったらいくらでも〜」練習やってるより楽しいかも・・・(w
ダッダッダッダッダッダッ、ダンッ、(ぅあちゃー)ズサァアアーーー
「ぷふぅ〜准君、フォームどうだった?」
(なんか変な飛び方だったぞ今・・・・・)
(右足上がってるけど左足下がってたし・・・・・)
(飛ぶ前『ぅあちゃー』とか聞こえたし・・・・・ハピサマ?)
「あ、あぁスゴイ飛んでるからいいと思いますよ?やりやすいのが一番ですよ!」
「そう?自分では良くわかんないんだけど」
「とにかくスゴイスゴイ。改善の必要なし(w。」
「うーわ、適当〜ホントかよ・・・・・」
「本当すよ。てかそろそろあがりません?結構やってるでしょ?」
「そね、暇そうな准君のために今日は早上がりしてあげる。」
「わりーすね、じゃ着替えて待ってますんで。」なぜ一緒に帰るのかと言うと、矢口さんはウチの隣のアパートで一人暮らしをしてるのだ。
スポーツ特待生ってやつで、わざわざ一人暮らしをしてまでこの学校にきている。
1人で帰るのは味気ないので、いつも2人で帰るのだ。「お待たせ〜よし、帰ろ〜。」
帰ろうと門を出かけたその時、後ろで声がかかった
「お〜い、やぐっちゃ〜ん!」
さっき幅跳びをしてた後藤さんだった「お〜ごっちん、どしたの?今日もうあがり?」
「うん、そうなの〜だからごとうも途中まで一緒に帰っていい?」
「うん、帰ろー帰ろー。ほら准君、行くよ?」
「あいさー」5月と言えども夕方になると肌寒い。空も薄暗いし・・・・・
「そうそう、今度またごっちんの家遊びに行くね?」
「あ、そだね〜またいつでもおいでよ。前楽しかったね〜」
「前は梨華ちゃんがさー・・・・・で・・・だったよね〜キャハハハ〜。」
「それだったらやぐっちゃんも・・・・・で・・・・・じゃん!?」
「ごっちんも・・・・・だったじゃ〜ん?」
「え〜そうだったっけ〜」・・・・・入れねッス・・・・・
油断してるとイキナリ話を振られた
「ねぇねぇ、今度はさぁ准君もごっちんの家行こうよ〜」
「「えぇっ!?」」きれいにハモってしまった。
「なんで話がいきなりそうなるんな!?」
「え、いや、男の子いた方がたのしいかな〜って」
「んで一番手近なんが俺ってわけかい(w」
「いいんじゃない?親睦を深めるって意味でも。クラス一緒になったんでしょ?」う・・・やっぱ知ってるんだ?
「准君1ヶ月も休んでたから新学期の気分だろうけど、もう1ヶ月経ってるんだよ?
みんなのクラスぐらい知ってるってば!」
コイツ・・・俺の心を見透かしたように・・・・・「いいじゃん、楽しいよ〜ごっちんも来て欲しいよね?」
・・・心なしか後藤さんの方を向いて合図してるような?
「うん、一回おいでよ?ごとうは構わないよ〜。」
「てことで、近いうちにお邪魔するから予定空けておきなよ、准君!」
「・・・わかったよ・・・悪いね後藤さん」
「うぅん、いーよ。(ほんとはちょっと来て欲しかったしね〜)」はぁ〜やっかいな事に・・・
「じゃ、さっき言ってたことちゃんと考えててよ?んじゃまた明日ね〜」
「へいへ〜い、じゃあ。」矢口さんとはもう2年間の付き合いなので、先輩後輩関係なくタメ口だ。
敬語を使われることを嫌い、使うことも嫌う人なのだ(オイオイw
一応学校では、まがいものの敬語を使ってはいるけども・・・・・矢口さんと別れて、玄関に入る。・・・・・真っ暗じゃん。
「ただいま〜、玄関の電気ぐらいつけろよ〜」
・・・・・シーン・・・・・反応がない
というか家の中まで真っ暗だ。変だ・・・・・玄関の電気を点け、居間に入ろうとした時だった。
2階からドタドタと言う音と共に、階段を下りてくる足音が聞こえた。「あ、お兄ちゃんお帰り〜」
「おー、亜依いたんだ?母さんは?真っ暗だったぞ玄関。」
「あ、そっかぁ!電気点け忘れてたぁ、ごめんごめん。」
「別にいいんだけどさ。で、母さんは?」
「お父さんと一緒に出かけちゃったよ〜ご飯は適当に食べろってさ〜」
「またか・・・・・」ウチの親はよくこういう事をする。何の予告もなくふらっと出かけるのだ。
「あぁ、じゃあ着替えてから何か作るからちょっとまっててくれな?」
そういって自分の部屋に行こうとした時、亜依から声がかかった
「ねぇ〜お兄ちゃ〜ん、今日矢口さん呼ぼうよ〜?」
「いいっ!?やぐっさん?」
「だって前来て作ってもらったぺペロンチーノおいしかったんやも〜ん。」
「騙されるなって!あれ、レトルト食品だぞ?ぺペロンチーノなのににチーズかかってたし・・・」
「ぺペロンチーノにちーずかけたっていいだろーー!!」
「お、おい?」
「とにかく楽しかったし、おいしかったもん!」
「でもとにかく今日は勘弁してくれ、何か疲れてるんだ。」と言い残し、部屋を出ようとしたその時、
♪Prrrrrr♪ガチャ
「もしもし〜矢口さんですかぁ?亜依ですけど〜
今日〜ご飯作ってくれませんかぁ? ウチ両親出かけちゃったんですよ〜?
・・・・・え?オッケーですか?やったぁ、じゃあ待ってま〜す。」
ガチャ唖然とした顔で亜依の方を見ていると、こちらを見てにやりと笑い
「矢口さん来てくれるって〜良かったねぇお兄ちゃん♪」
こいつ・・・・・いつの間に矢口さんの番号を・・・!?
「へへ〜ん、亜依も携帯持ってんのやからこれくらいお茶の子さいさいやわ!」
・・・父親譲りの妙な関西弁がやけに腹立つ・・・!!
俺の父親はこてこての関西人で、何故か亜依には関西弁を仕込んだのだ。
俺は普通に育てられたから普通に標準語だけど・・・(違う?「どしたん、お兄ちゃん?怒ってるん?そんなイヤなん?」
「・・・そんなコトするようなやつには・・・・・こうだ!!コチョコチョ〜」
「キャ、ちょ、止めて!キャハ、ホンマ頼むから〜うひゃ〜」
「そら〜コチョコチョ〜」
「キャ〜やめて〜エッチ〜」
「・・・あの〜もう来てるだけどぉ〜」
「「ハッ!!?」」いつの間にかそこに矢口さんがいるではないか!!
「兄妹仲がいいのはいいんだけど、傍から見たら・・・ヤラシイよ?」
「「ご、ごめんなさい・・・」」俺と亜依は顔を見合わせて笑った。
でも妹をこそばすのに夢中になる兄ってのもどうなんだろう・・・?
1人でそう考えて赤くなってしまった・・・ヤバイなぁ(wその場を離れ、部屋着に着替えて台所に行く。
すると、亜依はソファーで横になっている。矢口さんは台所で準備をしているようだ。うちの親が適当なので、矢口さんとご飯を食べることはもう何度もある。
だから慣れた様子で調理用具を出し冷蔵庫を開け、食材を漁っている「亜依ちゃん、今日は親子丼でいいよね〜?」
「うん!早くしてな!!」どうやら今日の献立は親子丼に決まったらしい。
これまたえらく簡単な料理を選んだもんだ(w「准君〜ちょっと手伝ってぇ〜」
・・・・・親子丼ごとき、何を手伝う必要があるんだ!?「この鶏肉と玉ねぎ切っちゃって!矢口はダシとるから。」
「ダシとるって・・・・・手に持ってるそれは明らかに即席ダシじゃねぇ?
沸騰した湯に入れるだけの物じゃん・・・・・」
「いや、だから湯加減とか・・・?」
「・・・・・。」コンコンコンコンコンコン・・・・・・
包丁とまな板が起こす小気味良い音が、一定のリズムで玉ねぎを刻んでいく。刻んでいるのは当然俺だ。
(結局こうなるのか・・・・・)
玉ねぎのおかげで浮かんできた涙を堪えつつ、それをきざむ。
(包丁使えねんだったら料理できねーじゃん・・・)
涙がにじみでてきた時、不意に矢口さんがそれを拭いてくれた。
「いやぁ〜悪いね〜准君。」フキフキ。
(あ、こういうのはいいかも〜)←アホか俺・・・
そんなこんなで親子丼は完成した。
結局矢口さんは、ダシをとって卵をといただけだった(何しに来てんだかいつも・・・)さっきまでソファーで転がっていた亜依は、丼の上に盛り付けをした瞬間に
ソファーから食卓に移動していた。(スゲー鼻だなオイ。w)「いただきま〜す!」
・
・・・
・・・・・・
「ぷふぅ〜ごちそーさんでしたぁ!矢口さん、またご飯作りにきてなぁ?」
「うん、ありがとね亜依ちゃん。」亜依はそれだけ言うとさっさと自分の部屋に上がっていってしまった。
「無責任な奴だなぁ・・・自分でやぐっさん呼んだクセに。」
「でも可愛いじゃない?ご飯食べてる時の無邪気さとか・・・・・・」うーん・・・可愛いって言ったら可愛いのかな?よくわからん・・・
「話し方とかも子供っぽいし。矢口にはない可愛さだよあれは・・・・・」
「ワオッ!?自分のことを可愛いって言いますかアナタは!?」
「キャハハハハハ!可愛いんじゃないの〜?どうよ准君?」
「はいはい、可愛い可愛い。さて後片付け後片付け〜と。」
「ちょ、・・・適当〜感じ悪〜」そそくさと台所まで食器を運び後片付けをする。これは矢口さんも参加するのだ(w
「洗い物は結構手つきいいんだけどなぁ?」
「いいお嫁さんになりたいからね!今から花嫁修業だよコレ。」
「でも料理できねんだよねぇ〜」
「うるさいなぁ〜?包丁怖いの!それも今修行中!!」
「どうだか・・・」そうこうしてるうちに洗い物が終わった、3人分ぐらい知れたものだ。
「今日はどーするの?もう帰るの?」
矢口さんは大した用事がないと、いつもウチでのんびりして帰るのだ。
「今日はゆっくりして帰るよ。いいでしょ?」
「アイサー。ごゆっくり〜俺部屋にいますんでなんかあったら呼んでね〜」そう言い残し2階へ上がった。
「(自分の部屋に来たはいいけど特にすることもないんだよね・・・風呂入ろ。)」
「あれ?どしたの准君。」
矢口さんは居間のソファに寝転がって、ジュースを飲みながら
ローカルなクイズ番組のようなものを見ていた。「悪いスけど風呂入ってくるね?久々に動いて疲れたから。」
「あ、そう?じゃあどうぞ〜。」
「あんま荒らさないように!」
ビシッと矢口さんに向け指を突きつけ風呂場に向かう。
矢口さんは後ろで「いい加減信用しろ〜」って言ってたが、聞かないフリをした。〜モワモワ〜ン〜
「ふぅ〜体が自由に動くっていいなぁ〜♪」
湯船のなかで拳を握ったり開いたりして感触を確かめる。明日は学校も部活も休みだけど、体動かしにいくか・・・・・
鈍った体を復活さすべく自主練を計画し、早々と風呂から上がった。
さっきそこに脱ぎ捨てた部屋着を着て、リビング経由で自分の部屋に上がろうとした。
矢口さんはソファーの上でたれぱんだのようにぐてっとしていた。矢口さんをちらっと一瞥しただけで、上にあがろうと思ったら声がかかった。
「ねぇねぇ準君さぁ、明日オフじゃん?」
「そですけど、明日自主練行くつもり・・・どしたの?」
「今日言ったごっちんの家に遊びに行くってヤツ、明日になったんだけど・・・・・行くよね?」
「いいっ!?明日は練習したいから勘弁してよ〜」
「駄目っ、准君も行くの!練習だったら今度私も付き合ってアゲルからさ!?」
「・・・・・無理無理、明日は練習!久しぶりに走るのだ!!」
「むー・・・・・」俺が意地でも折れないことが分かったのか、矢口さんは少し膨れて黙っている。
「ごっちん・・・」
ちょっとした沈黙の後に矢口さんはこう漏らした。「え?後藤さんがどうしたん?」
「ごっちんさぁ、准君と同じクラスだよねぇ?」
「あぁ、そうみたいだけど・・・・・今更親睦を深める為ってのもないと思うけど・・・?」
「ごっちんさぁ、そのクラスじゃ中心的存在なんだよね〜権力あるっていうか?」矢口さんが何を言い出したのか、はじめは良く分からなかった。
「私ごっちんと仲いいし、しかも先輩じゃん?
私がごっちんに頼めば悪い噂流すのなんてちょちょいのちょいだよ?」
「・・・っ!?」
「ごっちんもきてほしそうだったしさ〜?行くよね?」矢口さん・・・笑ってるけど、心の底では笑ってないって顔してる・・・・・マジだ(汗
学校生活で一番恐ろしいのは情報だと俺は思っている。
ヘタな事して「嶋野はヤリチンだから近づくな!」とかの噂が流れたら収拾がつかん・・・
近しい人以外はみんな離れていくだろう。「あんたって人は・・・」
「じゃあ准君来るんだね?いやぁ良かった良かった!」女の恐ろしさを垣間見た気がして呆然とするしかなかった。
亜依・・・・・お前はこんなになるんじゃないぞ・・・・・(泣
明日の約束を取り付けて、矢口さんはさっさと帰ってしまった。
明日は後藤さんの家に行く前に買い物にも付き合って欲しいって事で
11時にアパートへ来い、とのことだった。「(朝の内に走ろう・・・・・)」
1日中の練習を諦め、朝練の計画をたてて、親が帰ってくるよりも早く寝てしまった。結局その日はもう亜依と顔を合わすことがなかった。何してんだろなぁ?
次の日、平日通りに朝6時半に目が覚めた。
自分の部屋でトレーニングウェアに着替えてリビングに行った。「あれ、准早いな。今日休みなんやからもうちょっと寝ててもいいのに。」
これが俺の親父である。
「あぁ、今日は自主練しようと思ってな・・・てか親父昨日いつ帰ってきたんだ?」
そう尋ねると、親父は顔の前で人差し指を左右に揺らし舌を鳴らした。「チッチッチッ、甘いな准。朝帰りやぞ?昨日じゃないねんな〜。」
「・・・(この色ボケ親父が・・・)
あーそうかい、それよりそろそろ行ってくらぁ。昼からも用事あっから・・・」そう言いリビングから出ようとした時親父が、
「昼から用事?お前にもついに女ができたんかぁ〜父さん嬉しいぞ〜」
「ボケが!んなんじゃねーよ!!矢口さんがちょっと用事あるって言うんで行くだけだよ!」ちょっと親父の指摘が的を射ていたのでドキッとしたが、やましい事をしにいく訳じゃないんだよな(w
「矢口さん?あぁ真里ちゃんかぁ。お前もあの子も陸上があるんやからあんまり無理はやめいや?」
「無理?何がだよ?」
「ん?ああ?腰振りにいくんやないんか?激しくしすぎたら腰悪するで?」
「・・・・・死ね!!」リビングのドアを激しく閉めて玄関に行き、ランニングシューズを履いていざ外へ!
・・・と思ったら、後ろに視線を感じる・・・「1回だけにしとけや〜」
・・・・・しつこい・・・・・関西人はこれだから・・・・・
「るせぇ!!今からトレーニングだっつってんだろ!!亜依に悪影響だからやめろ!」
「あぁ〜そういや亜依って結構胸でか―」――バタン
「何やねん、あんな怒ることもないやんなぁ?」
――――・・・・・
あー気分わりぃー・・・亜依ってマジで胸でけーのかな・・・?
ブンブンブン、バカなこと考えてるよ俺!親父の影響受けまくりだ・・・・・軽くランニングしながら公共のグラウンドを目指す。
基本的に走るのが好きな俺は、散歩している犬やゴミを漁っている猫などを横目にグラウンドを目指す。「(ふぅ〜到着〜手にも違和感ナシ、完璧!)」
走って10分、いい準備運動になる距離だ。「(あれ?先客だ・・・)」
オフの時はたまにここまで足を運んで練習するのだが、走っている人などいた例が無かった。「(あれは・・・後藤さん・・・かな?)」
少しづつ距離が縮んで行くにつれて、はっきりわかるようになる。
あそこでストレッチをやってるのは後藤さんだ・・・・・「(今日家行くんだし、話かけないのはまずいか・・・・・)」
1人で入念にストレッチをしている後藤さんは、走って寄って来る足音に気付きこちらを見た。
「あ、嶋野くん!?」
「や、おはよ。自主練?」
「うん、たまーにここ来てやってるんだ〜嶋野くんも?」
「そう、体治ったから、覚醒させるって意味も含めてね(w」
「ふ〜ん・・・じゃ一緒に練習しよっか?」
「そだね、せっかくだし・・・足引っ張らせてもらうよ(w」
「あはは〜」後藤さんの横でストレッチを始める。後藤さんもストレッチを続ける。
・・・しばしの沈黙・・・こんな時間はどうも苦手だ。「そういえば後藤さんさ、昨日のことやぐっさんから聞いた?」
「あ!そうだそうだ、今日ウチ来てくれるんでしょ?聞いたよ〜」
「あうん、他に何かいってなかった?」
「他に?別に言ってなかったけど・・・なになに?」
「実はかくかくしかじかで―」昨日の夜矢口さんに脅されて強制的に連れて行かれる、といった感じのことを言った。
「嘘ぉ?やぐっちゃんひどいね〜」
「だろ?勘弁して欲しいよ(泣笑」俺がその言葉を発した時の後藤さんの寂しそうな顔に、俺は気付くことが無かった。
「でもやぐっちゃんからそれ言われてもごとうはそんなことしないよぉ?」
「ポカーン( ;゜Д゜)・・・うぅ、後藤さんはホントにいい人だなぁ・・・」
「いやぁ(でも結構面白いかも・・・)」
「やぐっさんもちょっとは見習って欲しいよ・・・」
「あは・・・・・ねぇ嶋野くん勝負しよっか?」ひょんなことから勝負することになった、勝負は200メートル。トラック半周。
「いいけど俺・・・速いよ?自分で言うのもなんだけど・・・」
「ハンデ!!50メートルでどう?」正直それでも負ける気などさらさらなかった。
ブランクがあるとは言え、400メートルを専門とする俺に勝負を挑むなんて・・・ねぇ?「後藤さん幅跳び専門じゃん?大丈夫なの?」
「これでも中学の時は200メートル専門だったんだよぉ?
ここに自主練に来た時は走ってばっかだしね〜。」
「そりゃ頼もしい!でも・・・・・勝つよ?」
「ブランクありの嶋野くんじゃ私の相手にならないかもね〜( ´ Д `)♪」
「わお!?自信満々だね!じゃいこうか。」二人ともスタート位置につく、スタートの合図はタイマー式の時計だ。
ちょうど二人の真中に置き、音が聞こえることを確認してから位置についた。後藤さんのスタート位置はカーブの真ん中辺り、そこがだいたい50メートルだ。
後藤さんの後姿を見ながら開始の合図を待つ。タイマーは1分後に仕掛けてあった。「(勝負なんて久しぶり・・・気合入るなぁやっぱ♪)」
後姿をじっと見据えながら、気合を入れなおす。
スタートのために地面を掘っていた後藤さんが、見られている事に気付いたのかちらと振り向く。
少しはにかみ笑いを見せてすぐに前を向いた。pipipipipipipipi―
おっ、10秒前だ。よし行くか!!
――――――
「(ふぅ〜なんでこんなこと言っちゃったんだろ・・・緊張するよぉ〜。)」
クラウチングスタート用の穴を掘りながら少し後悔の念を抱く。
「(走ってるってのはホントだし、私もそこそこ速いとは思うけど・・・)
(あーまで言って負けたらカッコ悪〜い。)」ちらりと准の方を見る。
「(きゃ!こっち見てる!?)」
ふにっとした笑いを見せて向きなおる。「(嶋野くんいつも走る前は瞑想してるのにぃぃぃ!!)」
pipipipipipipipi―
あっ!もう10秒前?よーし、頑張ろうっと!!
――――――
5秒前からカウントが始まる。
もう何度も聞いている秒読みなので体が自然に動く。
1ヶ月のブランクでも勘は衰えてないみたいだ(wピッピッピーーッ
5秒間に3カウントという、妙な秒読みとともにスタートした。(慣れたもんだけど)
――――――
ハァハァハァハァ・・・・・やっぱ久しぶりに本気で走るとつれーわ・・・
足に来る、足に・・・「ふぅふぅ・・・うわ〜嶋野くんやっぱ速いんだねぇ〜。」
「・・・・・」極度の疲労とショックで何も言えないでいた。
「あんなにスタート離れてたのに、ゴールする時はホントギリギリだったもんね〜」
「・・・ハァ〜負けちゃ一緒じゃんか。」
「へへ〜勝っちゃった〜。
って1ヶ月ブランクあって、ハンデまで貰ったのに負けたら駄目っしょ!ごとう。」腰に手を当てていばったポーズを見せる。コイツ・・・・・
「ホンキだったのに・・・・・てか後藤さん速いじゃんか!ハンデ縮めたら良かったかな・・・」
「えへへ〜( ´ Д `)勝ちは勝ち!言うこと一つ聞いてもらうよ!?」
「いっ!?そんな約束してな・・・・・」
「大丈夫大丈夫!そんな大それたこと頼まないから、ね?」斜め下から見上げてくるようなポーズをとる後藤さん・・・・・カ・カワイイじゃねーか(汗
おかげで直視できないようになってしまった・・・・・「負けは負けか・・・仕方ないか。」
これはやっぱり目を逸らしながら言った。「やったぁ!じゃ何か考えとくね?ありがと〜」
そう言った後藤さんは本当に嬉しそうな笑顔で俺を見据える。いったいどんなコト頼まれるんだろ?
天使みたいな顔してとんでもないこと頼まれたらどうしよう・・・・・怪訝そうな顔が表に出てしまったのか、後藤さんも怪訝そうな顔になる。
「あ、イヤならべつにいいんだけど・・・」
「あ・・・・・んなことないよ!まぁ男らしく負けを認めて言うことを聞きま〜す。」
「たは〜ありがとね。
じゃ、そろそろあがろっか?」
「俺全然走ってないからもちっと走ってから帰るよ。」
「あ、そう?じゃごとうは先にあがるね。無理しないでね〜」
「お、ありがとう。じゃまた後で!」後藤さんはふざけながら敬礼すると、ゆっくり走りながらグラウンドをあとにした。
俺はその後姿をいつまでも見送って・・・・・いるなんてことはせずに、すぐに練習を開始した。
現在7時20分。―――――
ふぅ〜結構走ったなぁ〜・・・10時30分か・・・そろそろ帰ろうっと。
帰りの道もランニングで帰る。
休日とは言え、この時間にもなるとさすがに人がちらほらと見え始める。「ただいま〜」10時42分、約束は11時だったから急がねば・・・・・
「おう、お帰り准。」
朝と全く変わらない格好で親父が出迎える。「お前にお客さん来てるぞ?もっとはよ帰ってコイや。」
「客?誰だよ・・・・・出掛けるっつーのに?」
靴を脱ぎながら訊ねる。親父は小指を立てて「コレやコレ。」と言っていた。
「あぁ、矢口さんか・・・・・家に来いって言ってたのに。」まだ小指をたてて嬉しそうな顔をしている親父は無視してリビングに入った。
リビングでは亜依と矢口さんがテーブルに向かって何やら話をしていたが、
こちらの姿が見えると「あ、も〜准君おそいじゃん!」
と膨れっ面で声をかけてきた。「11時にやぐっさんの家に行けばいいんじゃなかったんか?まだ10時45分じゃんか。」
「何でもいーの、ほら、はやく支度しなよ!」
と言うとまたテーブルに向かって亜依と話をしていた。シャワーを浴びて、リビングに戻ってきた時もまだ話をしていた。
「何の話してんの?そんな嬉しそうに・・・・・」
髪の毛を拭きながら訊ねてみた。「え?ああ、コレコレ。亜依ちゃんがカワイイって言うから見せたげてんの。」
横の亜依は嬉しそうな顔でそれを眺めている。「ピアス〜?亜依もそんなの着けたいのかよ・・・・・」
星型の大きなピアス、亜依はこれに心奪われたようだ。「え〜だってカワイイやんかぁ〜ええなぁ〜」
まだうっとりした顔でそれを見つめている。「じゃあさ、ウチにも同じやつあるからそれあげよっか?あんまり着けてないからさ。」
「え!?ホンマですか?やったーありがとう〜矢口さん!!」
亜依は矢口さんに飛びついて首の辺りにチューをしていた・・・・・エ・・・エロい・・・・・
矢口さんも嫌がっているようで、案外まんざらでもなさそうだった。「どーでもいいんだけど、亜依お前ピアス穴あいてねーじゃん?」
「またいつかあけるもん!」
「ちゃんと親父と母さんには了承得てからやれよ?ったく、悪影響もここまでくると・・・・・」その時、リビングのドアが開いたと思うと、親父がヌッと顔を出して一言、
「穴なんか何個あいてても変わらんやろ、いつか誰かにあけられるんやしな?別にかまへんぞ亜依。」
そうとだけ言って奥の部屋に引っ込んでしまった・・・・・このボケ親父は・・・・・
盗み聞きかよ・・・・・タチわりーな・・・・・しかし亜依はその言葉の意味をよく理解していないのか、ただ純粋に喜ぶだけだった。
「やったぁ、じゃ矢口さん、また今度穴あけにきてな!!」
と言うとまた自分の部屋に篭もってしまった。「(穴あけに来てなって・・・・・さっきの親父の言葉から想像すると・・・・・これまたエロい!)」
てなことを考えながら、矢口さんの様子をうかがうと、「な、何見てんのよ!ほら〜さっさと支度しないと買い物行けなくなるでしょ〜?」
「あ、はいはい。」
矢口さんも親父の言葉を理解しているようだった。ほのかに紅い(wそれからはどことなく気まずくて、あまり会話をしない内に支度は終わった。
親父につかまってはやっかいだ、とそそくさと家をあとにした。「なぁやぐっさんどこ行きたいの?てかあと1時間しかないし。」
そう言えばどこに行くか聞いてなかったな・・・・・「ん?あのね、うちにあったCDラックが壊れちゃったのよね〜だいぶ前に。
しばらくそのままでCDとか地べたに置いてたんだけど、この前おもいっきりケース踏んじゃってさぁ?
このままじゃヤバイ、と思って完全オフの今日買おうと思ってたワケ!」
「ふーん、で、どこ買いに行くの?商店街でいいの?」
「うんうん、買えればどこでもいいよ。なるべく近いほうがいいでしょ、准くん?」
「ん?あぁ?なんで俺に聞くのさ。」「え?だって運んでくれるんでしょ?家まで。」
「やっぱりか・・・・・別にいいけど、あんまり重すぎたらパスね?」
「ありがとね♪またご飯でも奢るからさ!」
「はいはい期待してますよ〜」昼間の商店街は人で溢れていた。
普通のサラリーマンなら休日、しかも連休とあってけっこうな人出だ。「ふぁ〜人イッパイだねぇ・・・さっさと買い物しちゃお。」
「そだな・・・・・」矢口さんは人の間を縫って移動する。
しかし俺にはできない芸当なので、姿を確認しつつ後を付いていく。
行きつけの店があるのか、矢口さんはわき目もふらずスイスイと進んでいく。矢口さんがある店の前で立ち止まる、ここが行きつけの店のようだった。
俺が店内に入った時には、矢口さんはもう店内をあちこち物色していた。
俺は初めて来る店だったが、店内には落ち着きがあり外の喧騒とはうってかわったもの静かな店だった。
どことなくアンティークな品物が多く、照明もどちらかと言うと暗い。奥のカウンターにはこちらの様子を窺う店員が1人、煙草をくゆらせていた。
目つきは鋭い(wしばらく店内を見回していると、その人はすっくと立ち上がり、矢口さんに近づいた。
「何や矢口、久しぶりやないか〜今日は何がほしいんや?冷やかしはイヤやで?」
また関西弁だ・・・
「うん、きょうはね〜―――――」
矢口さんがその関西弁の店員と話している間に、自分も店内を物色した。
なるほど、オシャレ好きの矢口さんが気に入るのも分かるなぁ、といった品物ばかりだった。「なんやあそこの兄ちゃん?矢口の彼氏か?ウチ悲しいで〜」
「違うよ!トモダチだよ。」
「ふ〜ん、でも何か感じのええ兄ちゃんやなぁ?ウチとも遊んでもらおっかな・・・・・」
「ハァ、また始まったよ・・・・・それよりこれ、もちょっと安くなんない?」チラチラとこちらを見て話されているのはわかっていたが、知らん振りをした。
(最近こんなことが多いなぁ・・・・・)一通り店内を見回ってすることが無くなったので、矢口さんを急かしにいった。
「やぐっさん、まだ?」
「え、ああゴメンね〜裕子がなかなかしぶとくてさぁ・・・・・」
とだけ言うと、またその店員の方に向き直る。「だからぁ、もーちょっと安くてもいいんじゃない?」
「アカンアカン、こっちも財政難やねん!ま、そっちの兄ちゃんに頼まれたら考えるけどな(w」
と言い、妙に艶かしい目でこちらを見てくる・・・・・コワヒ・・・・・「えっ!?ホントに?じゃあ、ほら、准くんからもたのんでよぉ?」
「へぇ〜准って言うんや、キミ。お姉さん好みの雰囲気してるわぁ♪」
「あ、そースか?」
照れ笑いとも愛想笑いともつかない顔で応える。「裕子はもうお姉さんって年じゃないだろ・・・・・」ボソッ
「矢口・・・・・5割増にしたってもええんやで?」
「わぁーゴメンゴメン!ほら准くん、頑張って!!」
2人の視線が俺に集中する。「あの〜裕子さん、でしたっけ?矢口さんもこう言ってる事ですし、ちょっと安く出来ないですかねぇ?」
「准くんその調子!」
「あ〜なんかその謙虚なトコもええなぁキミ!よっしゃ准クンに免じて安くしたろやないか!」
「ホント!?やったーい!ありがとね准くん!」奥のレジに行き簡単な包装をしてもらって、買い物は終わった。
「あ、そやそや。これ、この商店街のガラガラの券――」
と言い、レジの脇に置いてあった紙切れを矢口さんに渡す。「今日明日って中央広場でやってるから、暇やったら行ってみー。」
「おう、ありがとね裕ちゃん。また来るよ!」
「あいあい、ウチは矢口よりも准くんに来て欲しいんやけどな?」
「もー、なんだよそれー?」
「ハハハ、ま、また来てや〜」
「じゃーねぇ〜」軽く会釈だけして店を出た。
「ガラガラだってさ、今から行く?」
「まだちょっと時間あるし行ってもいいんじゃない。でも俺荷物持ってるから・・・・・」
「いいよ、矢口行ってくるから。ここで待ってな。」
と言うと、トテトテと歩いていってしまった。ただ待ってるだけってのも味気ないので、俺も中央広場に行ってみることにした。
(お、やぐっさんだ。並んでる並んでるw)
商店街自体が結構な人なので、ガラガラをしにくる人も多く、少し時間がかかりそうだった。
カランカランカラ−ン♪
ざわざわとした商店街に、独特の鐘の音が響く。お決まりの鐘の音だ。
(あ〜やぐっさん残念だったなぁ、もうちょっと早く並んでたら当たってたのになw)
と思っていると、すぐに矢口さんが帰ってきた。手には何か持っている。「あれ、早いね?まだ時間かかると思ってたのに・・・で、何貰ったの?ティッシュ?」
「当たっちゃったよ・・・!!」どうせ冗談か、俺から見たら大したことないもんだろうなって考えて期待せずに聞いた。
「え、何が当たったのさ?」
「特賞だよ!!1週間のハワイの旅4名様ご招待!!!」
「いっ!?」
確かに景品一覧の板に『特賞・ハワイ1週間ペア2組チケット』ってかいてある・・・・・「矢口小さいからうまいこと順番抜かししてったのね!?じゃあ当たっちゃった!!」
興奮を隠し切れないのか、手をバタバタさせて喜びを全身で表現しているようだった。「わかった、わかったからとりあえずやぐっさん家に戻ろ?落ち着け!」
矢口さんは首を縦にフルフルと振って頷いた。帰り道でも矢口さんはハシャギっぱなしだった・・・・・少し静かにしてくれ・・・・・
重い荷物を引きずりながら、矢口さんの家に到着した。
「ところでやぐっさん、そんなに興奮してるけど旅行なんて行けるの?」
さっき買ってきた棚にCDを詰め込む作業をしながら矢口さんは答える。「う〜ん、さっき考えたんだけど結構難しいんだよねぇ・・・部活もあるし・・・・・」
「家族にあげたら?やぐっさん5人家族でしょ、ちょうどいーんじゃない?」
「それはイヤ!せっかく矢口があてたんだから家族には内緒で行くの!!てへへ。」
「そんなことして大丈夫なのか?」
「基本的に放し飼いだからね、ウチは。」
「ふ〜ん、まぁ楽しんできなね。」CDを詰め込み終えた矢口さんは一言「うん!」とだけ言い奥に引っ込んでしまった。
冷蔵庫を閉める音が聞こえたと同時に矢口さんが出てきた。「そろそろいこっか?もうすぐ12時でしょ。」
「おー、あと10分で12時。間に合うの?」
「よゆ〜よゆ〜あ、そだ!ごっちん家まで自転車でいこ?」
「いいね〜。5分前集合、これ運動部の基本!」
「そゆこと!でも准くんこいでね。」
「わかってるよ。」アパートの外の駐輪場に小奇麗なママチャリが一台停まっていた。それが矢口さんのだ。
「相変わらず使ってないの?これ」
「歩きは人間の基本だからね〜てかローソンも近いし自販機も近いし使うことないじゃん?」
「だよな。」
「ホラ、はやく行った行った!」
「は〜い。」後藤さんの家までは自転車で5分ぐらいの距離らしい、しかも下りで。
坂を下りながら軽快に自転車をこいでいると後ろにちょこんと乗っかった矢口さんが声をかけてきた。「ねぇ准くんさぁ?」
「ん?何?」
「・・・・・矢口とハワイ行く気ない?」
自転車のカゴに入れた荷物ががさがさと音を立てる、おかげで矢口さんの言ってることがよく聞き取れなかった。「え〜?何て?」
「・・・・・んーん、何でもない!あ、そこ左曲がって。」
「・・・変なの・・・」
言われた通り左に曲がる。
「あそこあそこ!ごっちん家アレだよ!」まだ築何年も経ってなさそうなキレイな家が後藤さんの家らしい。
ピンポ〜ン♪
「すげぇ〜女の人の家とか久しぶりだよ・・・・・」
「ん?今日矢口の家上がってたじゃない?」
「あんたは何か違うだろ!」
「うっわひっどー!矢口これでも結構人気あるんだよ学校で〜」
「はいはい聞き飽きた聞き飽きた、お?誰か出てきた。」ガチャっと頑丈そうなドアから出てきたのは後藤さん本人だった。
後藤さんの私服は見たこと無かったんだけど・・・カワイイじゃねーですか!
下はラフなジーンズを履いて上は淡いピンクのピッタリしたTシャツを着てる・・・・・「(ピーコに見せても合格点だなこりゃw)」
声も出さずにじっと見ていると後藤さんもこちらを見て恥ずかしそうにはにかんだ。
「あ・・・ま、まぁ上がってよ。」
後藤家に招きいれられる。次いで後藤部屋に招きいれられる。
「飲み物でも持ってくるね。」バタン何か素っ気無いな・・・・・
「あんたさっきごっちんのことじっと見てたじゃない!イヤラシイねぇ・・・・・」
「うっ・・・・・」
「おじさん譲りのイヤラシさだね。」
「・・・・・普段あんまりわかんなかったけど、後藤さんっていい趣味してるね・・・不覚にもかわいいと思った。」
「え〜不覚にもってナニよ〜!?いっとくけどねぇ?」
そこでドアが開き、お盆にジュースやお菓子をのせた後藤さんが入って来た。「どしたの〜やぐっちゃん?おっきい声だして〜」
さっきの素っ気無さとはうってかわった、のほほんとした喋り方で矢口さんに話し掛ける。「ちょ、ごっちんも言ってよー!矢口らがどれだけモテるのかを!!」
俺も矢口さんも同時に後藤さんを見やる。これには後藤さんもタジタジなようだった。
「え・・・・・ごとうはどうか分かんないけど、やぐっちゃんは結構モテてるみたいだよ?
試合とか行くと絶対誰かに声かけられるみたいだし・・・」
「そうそう、ごっちんだって結構なもんなんだよ?ワカッタ准くん?」
「はい・・・・・もう‘不覚にも’とか言いません・・・・・」(´・ω・`)ショボーンそれからは日頃溜まっているうっぷんを晴らすかのように、すごい勢いで話をしていた。
――部活でのコーチのことやクラスのこと、勉強のことなど話題には事欠かなかった。
俺も参加できる話の内容だったので、軽く相槌を打ったりして2人の話を聞いた。「あ、そうだ!」
と声をあげたのは矢口さん、ジュースを飲むために話に一段落置いた後に発せられた言葉だ。「今日ねぇ買い物行ったのね?で―――」
どうやらハワイ旅行のことを後藤さんに自慢したいらしい。
当てるまでの経緯を事細かに話している。「えぇっ!?嘘ぉ、ハワイー!?」
「これがマジなんだよね〜ね、准くん?」
「俺もまだ信じれないんだけどね〜マジみたいだよ・・・・・」
後藤さんはまだ信じられないような顔をしていたが、矢口さんの次の行動で信じることになった。「あ〜まだ信じてないっしょごっちん!?これが証拠のチケットとパンフレットだよ!!」
矢口さんが持ってきた―矢口さんよりも格段に小さい―ウエストポーチから紙切れと小冊子を取り出した。「あ〜ホントだ〜・・・いいなぁ〜ごとうもハワイとか行ってみたいよぉ〜」
と言いながら手をフラダンス風にひらひらさせている(古!「・・・ごっちんも一緒に行く?ハワイ。」
「え!?」
「部活とかまとまった休み取れないだろうけどさ、どう?
矢口と一番仲良いのごっちんたちだしさ?」
「い・・・行きた〜い!!部活とかどうでもいいよハワイに比べたら!!」
「ホントにぃ!?いやぁ、私も誰と行こうか迷ってたんだよね〜」「もちろん准くんも来てくれるよね?ハワイ」
ぼんやりと話を聞いていたので一瞬どういうことかわからなかったが、突拍子も無い発言にただ驚いた。「いいっ!?」
「なんか合コンみたいで楽しいじゃん、男いたほうがさ?」
「あ〜パスパス、第一俺パスポートとか持ってないし」
「んあ?それなら私も持ってないけど・・・」
「ホラ!一緒にとりに行きゃいいじゃん!?准くんと仲良い優治って子も誘ってさ?どう?」いつの間にか優治の名前まで覚えている矢口さんにも驚いたが、
優治がいるなら行ってもいいかな・・・・・と一瞬でも思った自分にも驚いた。「行きたくない、ハワイ?」
「そりゃ一回ぐらいは行きたいけど・・・・・」
「じゃあ決まり!優治って子も早いこと誘ってね!!パスポートは各自で取りに行くこと、ね?」き、決まってしまった・・・・・
「やったぁ、私も一回行ってみたかったんだ〜」
無邪気に喜ぶ後藤さんを見てたら、別にいっか〜って思えてくる・・・不思議だ。「詳しい日にちとか決まったらまた話すからさ!」
その後はハワイがいかにいい所かを聞かされて帰った。―――――
「ねぇ准く〜ん。」
「ん〜?何?」
帰りの道で自転車をこぎながら後ろの荷物が話し掛けてきた。
帰りは上り道ばかりなので正直話しながらこぐのは辛いのだが・・・・・「ほんとにハワイ行きたい?さっきはごっちんの前だったからノリで決めちゃったけど・・・・・
ちょっと悪かったかな〜ってさぁ・・・・・」普段は大雑把で適当に物事を決め付ける&人に押し付ける矢口さんが他人から嫌われないのは、
たまに見せるこういったしおらしい所があるからなんだ、と俺は勝手解釈している。根は素直で優しい人間だと、誰もが解かっているからみんな何も言わずに付き合う。
そんな一種のカリスマ性をもっているのだ。「ハワイ行きたいのはホントだよ、優治誘ってくれたのも嬉しかったしな。」
「ホントに?なら良かったぁ〜冷めてる人連れてっても仕方ないもんねぇ!」たまに吐く‘毒’も、嫌味に聞こえなくはないが、相手の意思を尊重しての‘毒’だと
知っているので、軽く鼻で笑った。「そりゃそーだわな。でも楽しみっつったら楽しみだよ?」
「・・・やっぱ部活とか心配だよね?」
「確かにね・・・・・でも何とかなるんじゃない?せっかくだから、な?」
「うん・・・・・・・そだね!!」矢口宅までの最後の坂を登りきる、ウチはもう見えているがその前を通り越して一軒隣まで自転車をこぐ。
「じゃあ今日はありがとね!またねぇ〜」
手をひらひらさせて自分の部屋に戻る矢口さん、それを見届けてから俺も自宅に帰った。――――――
ザァーザァーー
抜けるような青い空、さんさんと降り注ぐ陽光、お決まりのような言葉だが
まさにそれと言った場所に来ているのだ。俺はカラフルなパラソルの下、地味な色のシートの上に寝転がって海を見ていた。
他の3人は着いてすぐホテルに荷物を置き(置くと言うよりほってきたという感じだが)
水着に着替えて海に直行したので、嶋野准が場所取り係!
といった暗黙のルールがあったのかも知れない・・・が、それは定かではない。一応俺も水着に着替えてはいるのだが、如何せん疲れが溜まってそんな気分じゃなかった。
色々と悩み事もあった。「(クラスの3人【俺、後藤さん、優治】がインフルエンザとか信用されるわけないよなぁ・・・・・)」
「(親父は「部活のことなら大丈夫や!」って言ってたけど・・・心配で仕方ない・・・・・)」
「(亜依1人でかわいそうだったかな・・・私も行きたい、っつってたしなぁ・・・・・)」「准く〜ん、ナニしてんのさ〜?こっちおいでよ〜!」
・・・・・悩んでたって仕方ないか・・・・・楽しもう、って言ったのは俺だし
「おー今行く〜」ほぼ初対面(話するのは初めて)のはずの優治と矢口さんがこんなにも打ち解けているのは
飛行機の中でのこんな会話によるところが大きいんだろう・・・◇
「やっぱ焼肉は塩タンで始まり塩タンで終わる、だよな〜」
普通ならこんな言葉が出るのはオカシイのだろうが、飛行機の中で暇な俺たち男2人は
することも話すことも無くなってしまい、ついには相手の趣味から家族構成にいたるまで聞いてしまうという
ある種、お見合い的な質問を互いに繰り返した。ちなみにこの時の議題は「外食では何が一番美味いか!?」だった事をハッキリ覚えている。
この優治の塩タン発言で食いついてきたのが矢口さんだった。
タンが好きなのは知っていたが、話に出ただけであそこまで興奮するとは思ってもなかった。
気が付くと俺と矢口さんの席が入れ替わっていて、優治と矢口さんは話しこんでいた。俺の隣の後藤さんは静かなもんで、スゥスゥと寝息をたてて寝ていた。
後藤さんが起きた時に、
「うぅ〜・・・・・キャッ!?なんでここに座ってんのさ!!」
って言われたのにはさすがにショックだったけど・・・・・(w◇
今になって考えてみれば、あれも矢口さんの気遣いだったのでは、と思う。
自分と面識ない人間が同じグループにいたら楽しいもんも楽しめないだろう、という
矢口さんなりの配慮だったのかも・・・(もっとも、優治は人見知りなんてするヤツじゃないのは知っていたが)今は波打ち際で変なぐらいに仲良くしてる、まぁいっか・・・・・
俺も波打ち際でハシャいでる一行のもとへと駆け寄った。―――――
「あー疲れたー。」
「そりゃ飛行機から降りてすぐに泳いでたら疲れるわな!そろそろホテル帰る?」
「まだあと6日もあるんだしねぇ〜今日はもうかえろっか!」それぞれ着替えを済ませ、ホテルに戻る。
フロントでルームキーをもらいエレベーターで上まであがる。部屋は隣同士だった。福引で当てたとは思えないぐらいに豪華なこの旅行、ホテルの部屋までしっかり取ることができた。
しかもそのホテルというのがまたキレイなホテルなのだ。まさにリゾートホテル(wてっきり“海の家!!”みたいなところに泊まらされると思っていたのだが、
その想像は海外旅行経験の無さからきたのだろう、今考えても情けない・・・・・部屋は当然のように男女分けられた。優治は惜しがっていたが・・・・・
部屋では、初の海外旅行ということでテンションの上がりきった俺たちの話は尽きることがなかった。
1時間ぐらい話し込んだあと、優治が
「食料調達に行ってくる」
と部屋を後にした。今考えればルームサービスとか色々あったんだが・・・・・忘れてました、>>84-86の続きです。
1人にされた俺はシャワーでも浴びて汗を流すことにした。
シャワーを浴び終え、髪を拭いている時だった。――ビーッ、と部屋のチャイムが荒々しく鳴った。
「(優治ルームキー持っていかなかったのかよ・・・)」
乾かしかけの髪をそのままにしながら、パンツ一枚で、外を確認することなく勢いよくドアを開けた。「うわっ!?」「きゃっ!?」
そこにいた人物と俺は、ほぼ同時に悲鳴をあげた。そこにいたのは優治ではなく、後藤さんだったのだ。
「ごめん!でもどうしたの!?」
さすがにパンツ一丁の姿で面と向き合うことはできないので、ドアに隙間を開けて話をする。「え?う〜ん・・・今やぐっちゃんお風呂はいってるから暇だったんだよね・・・」
「あ・・・ちょっと待って、今服着てくるから。」
と言いそそくさと部屋の奥に引っ込む。我ながら情けない姿だ。
服を着終えドアを開ける。